虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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咲き誇る偽りの白詰草

 

「いた」

 

 廊下の先に広がる大きな空間の中央で、一体の魔女が巨大なソファーの上に鎮座していた。

 緑色のぐちゃぐちゃしたゲル状の頭に、無数の赤い薔薇。

 背中には大きな揚羽蝶の翅が広がり、ゆっくりと開閉している。

 その姿は控えめに言っても、化物であった。

 

「うわ……グロ……」

「あれが、魔女……」

 

 二人は魔女を見るのが初めてだ。

 使い魔とは違い、私達の何倍ものサイズがあるのだから驚くのも無理はない。

 

「大きいね……それに、うわぁ、どうすればいいの、あんなの……」

「……もっと、人型のを想像してたけど……うげぇ」

「気持ちはわかる。一体どうして、あんな形になってしまうのだかね」

 

 けど、あれを倒すことこそが私達魔法少女の日常だ。

 怖気づいてばかりもいられないぞ。

 

「じゃ、二人はここで待っててくれ。私だけ降りて行くからさ」

 

 幸い、魔女が拓けた空間の奥側にいる。

 まどかたちはそれよりは何メートルか上方にいるので、流れ弾が飛んでゆく危険も……なくはないが、ほとんど無いだろう。

 あったらあったで、私が防げば良い話である。

 

「……気を付けてね、ほむらちゃん」

「ああ」

 

 不思議だな。まどかの応援は、励みになるよ。

 

 温かい気持ちを抱きながらも、颯爽と飛び降りて、鮮やかに着地。

 魔女と同じ地面にて、対峙する。

 

 だが、奴はこちらに興味がないらしい。そっぽを向いたまま、一切の挙動を変えていなかった。

 たまにあることだ。

 魔女の中にはたまに、ああいった偏執的な性格をしている奴もいる。

 

 あれは……きっと、花を愛でているのだろう。

 生前、魔法少女だった時にも何らかの関係があるのやもしれない。

 そのせいで、私ごときの侵入者を意に介していないのだ。

 

 ……が。

 

 さりげなく格好良い動作で地面に降り立った私を無視するのは、いただけないと思うのだ。

 どう考えてもさっきの私は決まっていたし、体幹はブレなかったし、いかにも強者がやってきた風な登場だったはずだ。

 

 それをガン無視だ。

 なんと罪深いことだろう。

 

「因縁の戦いだというのに、舐められたものだな……まあ良い」

 

 ちょっとキザだけど、指パッチンで。

 

 

 *tick*

 

 

 興味がないっていうのなら、無理矢理にでも戦わせてやろうじゃないか。

 

 

 *tack*

 

 

 時間停止を解除。

 すると、魔女が作り上げた悪趣味な花園に、突如として黒い砲台が立ち並んだ。

 それは地面の草花を踏みにじりながら、全てが魔女へと向けられている。

 

『……aednohaanwwnuah!?』

「おおっ! すごい!?」

「わぁ……!」

 

 部屋一面に広がる黒い筒の砲台たち。

 マミの銃からヒントを得て、大量に仕入れたものだ。

 

 魔女は草花を荒らされたことに驚き、次いで怒っているようだが、そんなことを気にする私ではない。

 

「今度こそ、決着をつけてやる」

 

 

 *tick*

 

 

 ここで逃がすつもりはない。

 情け無用。一斉点火してやろう。

 

 

 *tack*

 

 

 系三十門の導火線が一斉に発火。

 すると無数の弾が砲台から同時に射出され、魔女へ向かって飛来する。

 

「わぁっ……!」

「すごっ!」

 

 光弾は風を切る。

 ひゅるるる、と小気味良い音の群れは一点へ収束し――

 

 

 ――ドン

 

 花火となって、大輪の花を咲かせた。

 

「……あれ? ……打ち上げ、花火?」

「え、えぇー……」

 

 幾つもの弾が魔女に命中し、輝きを撒き散らす。

 爆発の色は様々で、赤だったり青だったり、とにかく豪勢に咲き誇っていた。

 

『kaasmbunuai!!』

 

 踊り狂うように身を捩る魔女は花火に照らされ、どこか芸術的だ。

 

「怒ってる……」

「みたいだね……」

 

 絶え間無く続く火薬の爆発音。

 これは、発射台一つにつき一発ではない。十発は上がるはずだ。

 それが三十。ともなれば、合計三百発の花火が魔女に直撃することになるだろう。

 

「さすがは“華龍”(税抜き5200円)。豪勢な演出だ」

 

 もともと暗い部屋ではなかったが、今は私の仕掛けた花火の輝きだけが全てを支配している。

 奴が手入れした丸めた模造紙のような花など、煙の中に消えて一輪も見えやしないのだ。

 

 効いては……いないか。

 草に火は効果抜群なのは世の常かと思ったのだが。

 ま、それは仕方ない。

 

 けど、どうだ。花の大きさも、美しさも、こちらが上だぞ。

 演出だって、私の方が派手だろう?

 

『nauiaurys! nauiaurys!』

 

 私はそう得意げに微笑んでみせたのだが、どうもそれが魔女の機嫌を損ねたらしい。

 魔女が叫び、緑色のゲル状の頭部が泡立った。

 

 沸騰ではない。

 だがその反応が怒りであろう事は瞬時に理解できる。

 

『muitnisrhiiorhto!!』

 

 奇怪な金切り声と共に、魔女の座していたソファーが勢い良く吹き飛んだ。

 巨大なソファーは花火の弾を蹴散らして、弛すぎる弧を描いて私の方へと向かっている。

 

 着弾まで、秒もない。

 さやかとまどかが僅かな悲鳴を上げた、その瞬間――

 

 

 *tick*

 

 

 ――時は止まる。

 

「悪いね。これでも時々、卑怯だなとは思うんだ」

 

 空中で完全に静止した巨大ソファーを見上げ、私は誰にでもなく肩を竦めた。

 

 ……しかし、これをまともに受ければ、魔法少女といえど無事では済まないだろう。

 時間停止があと一秒も遅ければ、私はおろか、その後ろにいるさやかとまどかも危なかったかもしれない。

 そう考えると、ちょっと背筋に冷たいものを感じるが……結果的には挑発に乗ってくれて助かったと言うべきだろう。

 時間停止は相手の様子を窺いながら使わなくてはならない魔法なのだ。故に、怒りに任せ、正面からわかりやすく攻撃してくれる単純な相手の方が、私としては利用しやすいのだ。

 搦手の魔女より、ずっとね。

 

「けど、その豪快さ。私は嫌いじゃないよ」

 

 熱血。直情的。大いに結構。燃え上がれって感じがするし、嫌いじゃない。

 そっちがその気なら、こっちもその気になって、真正面からぶつかってやろうという気持ちになってくるからな。

 

 呼吸を整え、ステップを踏み、――跳ぶ。

 

「うらぁああぁあああぁッ!」

 

 時が止まった世界で、叫び、跳躍する。

 そして空中に立ちはだかる巨大な座面に向けて、全力ヒーローキックをぶつけてやる。

 

 すると停止時間の中で、椅子の残像が僅かに揺れた。

 実像はそのままだ。

 実像が傾かなければ、まだ停止時間でのエネルギーは椅子の投擲エネルギーに勝っていないということである。

 なので。

 

「まだまだぁ!」

 

 着地。そしてすぐに脚に力を込めて飛び立つ。

 

 体を半捻り。座面に向けて勢い良く――

 

「はァ!!」

 

 ──ドゥン。

 

 魔力を込めた盾による裏拳をかます。

 紫の波紋が迸り、残像が大きく震えた。

 

 着地。裏拳。

 

 着地。裏拳。

 

 着地。裏拳。

 

 何度も何度も繰り返し、停止時間の中でソファーに向けて拳を振るい続ける。

 ソファーはまだ動かない。

 

「これで……どうだぁッ!」

 

 そして、六度目の裏拳にて。

 その時ようやく、ソファーの実像が大きく動き、傾いた。

 

「ふぅ、ふぅ……ん、はぁ、……ふぅー……魔力、減ったなぁ……」

 

 ……私が出せる最高の打撃を六発も入れて、ようやく魔女の一撃を上回れるのか。

 魔法の性質上非力なのは仕方ないけれど、比較して見るとなんとも悲しい結果である。

 

 ま、良いさ。それを知るのも私だけ。

 今はさやかもまどかも見ていない。

 

 道中の使い魔退治で、くれてやれるだけの忠告は与えたつもりだ。

 だから、彼女らが最後に見るのは……。

 

「美しいフィナーレだけで構わない」

 

 

 *tack*

 

 

 一瞬の強烈な打撃音。

 それとともに、宙を飛んでいたはずのソファーは真逆の方向へと矛先を変えた。

 

『!?』

 

 さすがに驚いたのだろう。相手の動きが一瞬固まる。

 追撃として、翅を広げて飛ぼうとでも考えていたのだろうか。

 

「させるか、潰れろ」

 

 魔女空間の床を半壊させるほどの衝撃が、魔女を襲った。

 無防備な魔女の全身は巨大な質量に押し潰され、拉げ、おそらく……バラバラに砕け散った床と同じ運命を辿ったのだろう。

 

 緑色の液体が破裂したように飛び散って、床に突き刺さったソファーの辺りを芝生のように染めている。

 ……そこに散らばる薔薇の花弁は、ふむ。なるほど、悪くはないかもしれない。

 

 

 ──ドン

 

 

 打ち上げ花火の最後の一発が上がると共に、魔女の結界は崩壊を始めたのだった。

 

 

 


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