「驚いた。凄まじい早撃ちだな」
時の止まった世界で、私は思わず拍手しかけてしまった。
試合開始を告げるグリーフシードの回収。それとほとんど同時に、マミはマスケット銃を放っていたのだ。
エネルギー弾は、二人の間の半分にまで達している。
時間が停止しているために脅威はなかったが、あと少しでも遅れていれば被弾し、敗北していたかもしれない。
「わたしの武器が銃だったら勝ち目はなかったかもな」
巴マミ。やはり侮れないな……。
『……』
そのマミは、今はまだ動かない。
強張ばっているが、冷静そのものの落ちついた顔をこちらに向けたまま、完全に静止している。
躊躇なく人間に引き金を引けるその度胸は、強さとして評価に値するだろう。
彼女は紛れもなくベテランの魔法少女だ。おそらくは、私と同じで。
「けど、まだまだ……それだけではマミ、君の強さはわからないから」
剣を掲げ、まっすぐマミに差し向ける。
「私のショーに付き合ってもらうよ」
マミの固有魔法は不明。今は銃を使っているが、他にも武器があるかもしれない。少なくとも、マスケット銃だけと考えるのは危ういだろう。
相手の手の内が読めないのは厄介ではあるが、私の扱う時間停止のように、全ての魔女に対して有効なものではないはずだ。
しかし、さやかとまどかを守りながら戦えると言ってみせたのだ。
で、あるならば当然。私が放つ様々な攻撃を、凌ぎきれるわけだよな?
「さあ、マミ。君はどうやって切り抜けてみせるのかな」
楽しみだ。
*tack*
「1.降り注ぐジェンガ」
「――なっ!?」
マミの頭上におびただしい量の赤レンガが出現した。
もちろんどれも本物だ。丸みのない角はそれなりの位置エネルギーによって凶器と化すだろうし、その数自体も、魔法少女だからといって無視できるものではない。
本来はこう扱う予定のものでもなかったが、まぁ構わない。真剣勝負なのだから、気前よく使ってやるとしよう。
「ふんっ」
それと同時に、私はトゥーハンドソードでマスケットの弾丸を受け、防御する。
ソードとエネルギー弾は両方とも弾け、互いに消滅した。
時間停止中に、うまい具合に剣を振り抜いていたのである。
弾を避けるのが最善なのだろうが、それをすると、あたかも私が瞬間移動しているかのように見えてしまう。
私の能力内容を警戒されてしまう可能性がある以上、できればそれはしたくなかった。
私の能力を悟らせない。これは戦闘面における私のアドバンテージであるし、命綱であるし、奇術師の大事な大事なタネだ。
タネがバレては何をやっても格好がつかないからね。
……しかし本当は弾丸を剣で真っ二つにしてやろうと思ったのだが、まさか一発でソードが壊れるとは。
これはますます、一発も受けるわけにはいかないらしいな。
「くっ……! 瞬時にレンガを、一体どうやって……!?」
「ほう? リボンか」
気がつけば、黄色のリボンが左右に伸び、廃屋の柱などに結び付いていた。
そこからどんどん蜘蛛の巣のように張り巡らされ、部分的にはネットを形成している。
「最初の一発をいなしたのは流石ね……! 上からの奇襲も、悪くはなかったわ……!」
マミの身体は手にしたリボンによって廃屋の端へと引き寄せられ、レンガの雨から逃れた。
「なに、出すだけならノータイムさ。そっちも、なかなか面白い魔法を使うね」
「ふふっ、ありがとう……」
どうやら彼女のリボンは伸縮もするらしい。自在に伸びるのだから当然か。
……結びつく力を併せて考えると、リボンに近づくのも得策ではないだろう。接近戦にはリスク有り。怖いな。
「けど、こんなものでは終わらないわよっ!」
マミは天井に張ったリボンからロープを掴み取り、機敏に宙を跳び回る。
まるでこちらを翻弄し、撹乱するかのような動きだ。
「受けなさい――」
鋭く身を切り返すと同時に、空中にマスケット銃が展開される。
その数、十挺。
距離を取り、動きながら複数の銃で攻撃するつもりか。
なるほど、これはなかなか、射線を見極めるのも難しい……!
「ティロ・ボレー!」
「! ―― 2.ダンボールイリュージョン!」
私は両腕を無意味にクロスさせ、格好良いポーズを取った。
*tick*
「……ふう」
妙案を考える間もなく放たれた動きながらの一斉射撃に、私はともかく時間停止を使わざるを得なかったのだ。
それらしい決めポーズが取れなかったら即死だったかもしれない。
「まずいね。射撃も正確だし、動きも素早すぎる……」
ひとまず、足元に煙幕弾を叩きつけておく。
白煙は私の手を離れるとともに停止し、上手い具合に煙を小出しする目印になってくれた。
準備はオーケー。……やれやれ、やることが多い。
「魔力の燃費も良さそうだし、ほとんど彼女に任せて良さそうな気もしてきたよ……ああ、これでいいかな」
顎に手を当て、考えながら歩いていれば、ちょっと離れたところに備品室があった。
中には良い感じに壊れかけていた掃除用ロッカーが佇んでいる。
うむ、こいつを拝借するとしよう。
「それでも、あっさり負けてはやれないな。マミの手の内くらいは、こちらも把握しておきたいしね」
このままでは張り巡らされたリボンによって、縦横無尽に逃げられた上に、向こうはずっと撃ち続けてくるだろう。
常識的な闘い方をしていたのでは、いつまでたっても防戦一方だ。
当然、それは面白くない。
「ギャラリーもいるんだ。どうせやるなら、もっと盛り上げないと」
私は煙幕の立つ場所に掃除用ロッカーを突き立て、一人頷いた。
*tack*
「――やっ……た……!?」
宙を跳びながら放ったマミの一斉射撃は、私……が居た場所に突然現れたロッカーを蜂の巣にした。
鋼製のソードですら一撃で破壊する弾丸だ。それを十発も受けた薄っぺらなロッカーなど、当然のようにグシャグシャになって、大破する。
しかし、穴だらけのロッカーから溢れ出た大量のスモークが、内部の様子だけは完全に隠蔽してくれた。
マミからすれば、まるで私が突然現れたロッカーの中に隠れ……そのままロッカーから消えたように見えるだろう。
案の定、マミは何が起きたのか、または何をされたのかわからない風に辺りを見回している。
「ほむらちゃ……あれ、中にいないの……!? 大丈夫!?」
「あれじゃない……としたら、ほむらどこ行った!?」
さやかもまどかも混乱中だ。
マミでさえ見つけられないんだ。二人にはもっとわからないだろうさ。
まぁ、実はそう離れた所にいるわけではないんだがね。
ひっそりと、皆からは見えない階段の裏に隠れているだけさ。
「どこからくるの……!」
マミも本気で気配を探り始めたようだ。
……このまま探知能力をフルで使われたら、魔力反応を割り出されるのも時間の問題だ。
それで居場所がバレるのはちょっと格好悪いし、客を待たせすぎるのもそもそも良くないだろう。
*tick*
私は奇術師。マジシャンだ。
ならば、登場する場所は決まりきっている。
*tack*
「じゃじゃーん」
「!?」
横倒しになった穴だらけのロッカーの蓋が煙と共に勢い良く吹き飛んで、その中から私が飛び出した。
そう、これはイリュージョンだ。
イリュージョンならば、穴だらけの箱から出てくるべきだろう?
「呆けている場合かな!?」
見当違いの所に注意を向けていて、完全に虚を突かれたのだろう。
目を白黒させたまま動けずにいたマミに対し、私はお返しとばかりに
「くッ、レガーレッ!」
しかしそれも、天井から真下に突き出されたリボンの壁によって容易く防がれる。
完全に隙を突いてやったつもりだったのに、一本も届かないとは思わなかった。
マミは咄嗟の反応も素晴らしいな。今のところ短所らしい短所が見つからないぞ。
「やるわね、暁美さん……!」
「そっちもね、マミ」
私は空中に出現する小さなレンガやタイルを足場にしながら動き回り、投げナイフを放つ。
それに対してマミは周囲に張り巡らせたリボンを使ったロープアクションで応戦し、ほとんど私と変わらない動きでマスケット銃を撃っている。
お互い、空間をフルに使った、立体的に飛び回りながらの闘いである。
「す、すごぉ……!」
「わぁ……!」
少なくとも私と戦っているマミ、そしてさやかやまどかにはそう見えるのだろう。
私が瞬時に即席の足場を作り、一瞬で無数のナイフやら鉄パイプやらレンガやらを生み出して射出しているように見えるのだろう。
「8.ウロボロス・ドミノ!」
床を思い切りステッキで叩いてやれば、タイルが何枚も捲れ上がって、即席の壁になる。
薄っぺらとはいえ、頑丈な素材であるそれはマミの放った二発の弾丸を綺麗に防御した。……ように見えるのだろう。見かけだけは。
「パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ!」
それに対してマミは間髪入れず、更に無数のマスケット銃を召喚した上で、壁を打ち破らんとしているのだ。
*tick*
「はあ、はあ……! これ、意外と辛いな……!」
渡り合っている? そんなわけがあるか……!
ここまで常識外れな動きや防御、私単体でこなせるわけがないだろう……!
足場にしているようにみせかけたレンガなんて、ただ時間停止中にその場に配置しているだけだ。
跳んでいるように見えるのは、ジャンプしながら上手く時間停止を解除しているからに過ぎない。
大量の投擲物だってそうだ。時間停止中に盾からせっせと出して、一つずつマミや撃たれた弾に向かって投げつけているだけなのだ。
勝手に壁状に捲れ上がったタイルなんて言わずもがなである。
「はぁー……それにしても、マミめ。こんなに私が無茶苦茶な動きや攻撃をしてるっていうのに、その全てに対応してくるとは……」
驚くべきは、マミの実力だろう。
まさか私もここまでだとは思わなかった。
マスケット銃は彼女の意のままに何挺だって出現するし、リボンはあらゆる動きや防御を可能にする万能ワイヤーだ。
攻防ともにパーフェクト。
私が“魅せながら”戦っているとはいえ、その全てを凌駕するほどの動きを見せるとは……。
「……ふう」
スカーフで汗を拭い、マミを見やる。
彼女もまた汗をかいているが、動きは未だ精彩を欠かず、美麗なままだ。
格好良い技名を告げる口調も滑らかだし、ミスらしきミスもない。
今もまさに、無数のマスケットによってタイルの防御ごと私を蜂の巣にしようとしているところである。
「……そろそろ、決着をつけないとな」
楽しい闘いだった。
彼女も存分に実力を発揮したし、私もまた理想的な闘い方を魅せられたように思う。
でも、時間の都合もあるのだ。
そろそろ最終局面に移らなくてはならないだろう。
*tack*
「―― 9.リフトアップ・エンターテイナー!」
解除と同時に、マミの真正面、それも真下のタイルが剥がれて浮かび、勢い良く上昇する。
「なっ……!?」
「さあて――」
タイルを押し上げて下から現れたのは、私。
魔力で強化されたタイルは射撃準備を整えていたマミのマスケット群を掠め、銃口を真上に跳ね上げた。
私はマミの目と鼻の先だ。
彼女のマスケット銃は全て明後日を向き、対する私は右手にステッキを持っている。
さて、驚きの最中でマミが銃口を整えるのと、私がステッキを叩きつけるのは――
「――果たしてどちらが早いかな!?」
魔力で強化したステッキがマミの腹部に向かって突き出される。
「あら――」
「!」
が、届かない。
ステッキの突きが、途中で止まった。
「――出すだけなら、こっちだってノータイムよ?」
魅惑的なマミのウインクに、思わず冷や汗が流れそうになる。
私が突き出したステッキの先端は、マミが咄嗟に生み出したマスケットの銃口に刺さっていたのだ。
「ッ、つぅ……!」
躊躇いなく落とされたハンマー。黄金のマズルフラッシュと共に放たれる弾丸。
紫のステッキは砕け散り、衝撃は私の手にも及んだ。
強化したステッキでさえ一発で破壊されるとは……!
一瞬だけ怯んだそれが命取りだった。
「決まりね?」
「……!」
見回せば、彼女の周囲にあった全てのマスケットが、再び私を捉えて浮かんでいた。
「もちろん、その盾で防がせもしないわよ?」
「……む」
いつの間にか、私の左手にもリボンが巻かれている。
……隙らしい隙は見せていなかったはずなのに、よくもまあ、ここまで手を回せたものだ。
「マミの勝ちだね」
厳正なる審判のキュゥべえがそういうのだ。
仕方あるまい。
「はあ、参った。……強いね。降参だよ、マミ」
「ふふっ、暁美さんもね。お疲れ様」
見栄え良く善戦してみせたつもりだったのだが、最後の接近戦が仇になったようだ。
この模擬戦、どうやら私の負けのようである。