虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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黄金の陽を受け仄昏く

「……すげー……」

「すごかったね、二人とも……」

 

 戦いは終わった。

 さやかとまどかの反応を見るに、そこそこ楽しんでもらえたようである。

 

 ……油断して負けてしまったけれど、終わり方としてはドラマチックで良かったし、まぁ気にするほどのものではない。

 私はやれるだけのことをやったし、マミもまた、やれるだけの力で、私をねじ伏せたのだ。

 自分でも拍手したくなるような戦いだった。

 

「さて。私を負かし、あれだけの攻撃を防ぐ技量があれば、さやかとまどかをどこに連れ回しても問題はないだろう。二人とも、これからはマミと一緒に魔女狩り見学をするといい」

「え、あ……うん」

「……そっか。わかったよ」

 

 苦手なタイプの敵もあるだろうが、マミなら油断さえしなければどんな魔女だろうと問題ないはずだ。

 戦いの見栄えも良いし、見応えのある魔女退治を二人に提供してくれることだろう。

 

「あの。ほむらちゃんは……?」

「ん、私?」

 

 まどかがおずおずと訊いてきたが、さて。何のことだろう。

 

「その……ほむらちゃんは、一緒じゃないのかな。これから、マミさんと……」

「ああ、そういうこと」

 

 私は暇してるんじゃないかということか。なるほど。

 

「私は私で、他にもやることがあるからね。三人が魔女退治している時は、好きにやっているさ」

 

 マミと一緒に魔女狩りをしても過剰戦力だろうし、二人を守るだけなら今のままでも十分だ。私が同伴する理由も薄い。

 それに、私には記憶を取り戻すという日課もある。マジックショーだって、たまにはやらないと忘れ去られてしまうかもしれない。

 こう見えて忙しいのだよ、私はね。

 

「……そっか」

 

 納得してくれたのなら何よりだ。

 

「さて、と」

 

 私はシルクハットについた埃を払って被り直し、踵を返す。

 

「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。もう良い時間だし、運動して小腹も空いたからね」

「……暁美さん」

 

 立ち去る私に、マミは何か言いたげだ。

 けれど、あえてそれは聞かないことにする。

 皆は知らないかもしれないが、停止時間で動きまくったおかげで、本当に空きっ腹を抱えているんだ。

 

「それじゃあマミ、早速だけど二人を任せたよ。皆、また学校で」

「……ええ、もちろんよ」

 

 背を向けたまま手を振って、私はそのまま廃屋を後にした。

 

 敗者はただ去るのみ。

 二人の送迎という栄誉は、勝利を掴んだ彼女に託すのが一番だ。

 

 

 

 魔女退治は命がけだ。

 油断すれば魔法少女が一撃死する攻撃なんて、いくらでも飛んでくる。

 それを生身の人間が貰ってしまえば……後は想像に難くないことであろう。

 

 マミの言う通り、最低限の結界が張れない魔法少女では、一般人を連れ回すのには向いていない。

 私との実力に大きな差がなければ、ガイドは断然マミの方が良いに決まっている。

 

 それに、部屋にあがれば美味しいケーキと紅茶も出してくれる先輩だ。

 カップ麺と携帯食料しか備蓄していない私とは雲泥の差である。勝ち目がない。

 

 魔法少女の入門にあたって、彼女ほど素晴らしい教師役はいない。

 

「ちょっと気難しそうではあるけど、二人を変に扱うことはないだろう」

 

 独り言をつぶやいている間に、外に出た。

 

 

 

「……うん」

 

 真西に半分沈みかけた夕陽は真っ赤に燃え、地平線の薄雲は、紺に塗りつぶされそうな空の中で、線香花火のような黄金の輝きを湛えていた。

 

 黄昏時。

 美しい景色である。

 

「綺麗だ」

 

 心が洗われるような。

 まさにそんな、上出来過ぎる一枚絵。

 

「……貴女もこの風景を見れば、思い留まっていたのかな」

 

 すぐ傍で斃れ伏すOLは、黙して語らない。

 

「なんてね。……助けてあげられなくて、ごめんなさい」

 

 今この場で、花を手向けてやることはできないが。

 どこかで貴女の墓を見つけたら。その時は、きっと綺麗な花を供えるよ。

 

「おやすみなさい」

 

 そして、私は一人になった。

 

 

 

 

 

「……」

「どうしたんだいマミ、ソウルジェムをただぼーっと眺めてるなんて、懐かしい事をしているじゃないか」

「うん……」

 

 夜。

 巴マミは自室のベッドで、ソウルジェムの黄色い灯りを眺めていた。

 

 普段ならとっくに眠りについている時間である。

 今日は、なんとなく寝付けないようだった。

 

「マミ。何か、気がかりな事でもあるのかい?」

「……ええ。晩御飯も、なかなか喉を通らなくって」

「そういえば少食だったね。マミにしては珍」

「こーら」

「むぎゅっぷぃ」

 

 口を滑らせたキュゥべえの柔らかな頬を、マミは優しく抓った。

 

「女の子にそういうこと言わないの」

「やれやれ、君達は難しいね」

 

 キュゥべえは乱れた顔の毛並みを、後ろ足で器用に整えている。

 

「……ねえ、キュゥべぇ」

「なんだい?」

「私ね、本当は暁美さんが結界を張れるかどうかなんて……本当はね。あまり、問題ではないと思ってたの」

「ん?」

 

 マミの言葉には、どこか悔いるような弱々しさがあった。

 

「本当は……一番はね、ただ私が、鹿目さんや美樹さんのような魔法少女の素質がある子を……あの子達を、後輩として面倒を見たかっただけなの。暁美さんじゃなくて、私が……」

 

 シーツを引き寄せ、より深く顔を埋める。

 

「……キュゥべえ。私、ずるいことをしたよね」

「そう?」

「酷いよね。暁美さんから、二人を取っちゃったんだ……」

「別に良いんじゃない?」

「……そう、なのかな」

「君はちゃんと決闘で暁美ほむらに勝利したし、実際に二人を守れる結界を使える。何もおかしなことはないよ」

「本当に、そう思う……?」

「もちろんさ。適任者は間違いなくマミ、君だと思っているよ」

「……ありがと、キュゥべぇ」

「どういたしまして」

 

 マミは落ち着いた微笑みを浮かべると、キュゥべえの頭を柔らかく撫でた。

 

「それじゃあ……私、もう寝るね。おやすみなさい」

「うん。おやすみ、マミ」

 

 ソウルジェムが枕元のいつものローテーブルに置かれ、巴マミは天井を見上げながら、目を閉じた。

 

 瞑目の中で今日の出来事が薄っすらと回想されてゆく。

 

 

 謎の多い魔法少女、暁美ほむら。

 

 暁美ほむらの扱う魔法には謎が多く、今まで見たこともないほどに多彩だ。

 具体的にどのような力なのかは、長年魔法少女としてやってきたマミでさえ、ほんの少し類推することさえできなかった。

 

 彼女と一対一で戦ってみてわかったことは、彼女がとてつもなく強いということだけ。

 しかも、きっと。暁美ほむらは、まだ全力をだしていないのだろう。マミには、その確信があった。

 

 マミは全力で戦っていた。

 普段の魔女と戦う時以上なのは間違いない。

 これまでの魔法少女生活トータルで見ても、五指に入るほどの総力戦であったかもしれない。

 最後は足がもつれそうだったし、いくつかの照準は甘かったし、汗を隠すこともできなかった。

 常に優雅な戦いを繰り広げる巴マミをして、“泥臭い”と表現できる戦いだったのだ。

 

 けれど、相手は。

 暁美ほむらは、最後の最後まで一滴の汗を零すこともなかった。

 

 敗北してもなお、余裕そうに、楽しそうに微笑む彼女の姿は……マミから見て、異質だった。

 

 確かに、決闘には勝利した。

 けれど、それは本当に自分が掴んだ勝利だったのだろうか?

 彼女は、ひょっとすると、わざと勝ちを譲ったのではないか……?

 

 思い悩むことは多い。

 しかし、心地よい疲労感の中で順当に訪れた眠気は、追憶と苦悩の輪郭を徐々にぼかしていった。

 

「……暁美さん、ごめんなさい……」

 

 独り言か、無意識の寝言か。

 マミは最後にそう呟いて、まどろみに身を委ねたのだった。

 

 

 

 

 

 

「目覚めたフー、フフフン、走り、出したっ」

 

 右下上左、ステップステップ、長押し長押し。

 

「みーらいをっ、フフフフーンっ」

 

 ステップ、ターンステップ、ステップ、左右左右。

 

「難しい、フフフン、立ち止まってもー、空はーっ」

 

 たんたんたたたん、左右左右、ステップターンステップ。

 

「綺麗なフーフフフン、いつも、フッフッフーン、くれるっ」

 

 たたたんたんステップ長押しステップ。

 

「だから怖くなーいっ」

 

 たたんたんたんちょい長押し。

 

「もう何があってもー、挫ーけぇーないっ」

 

 たんっ。

 

 

 ――RANK AA+

 

 

 決まった。

 スコア表示に燦然と輝くAA+。悪くないぞ。

 

「おおー、すげぇ……」

「歌いながらかよ……途中めっちゃうろ覚えだったけど……」

「ふむ、どこで間違えたかな」

 

 私が踏破したのは、とあるダンスゲームである。

 音ゲー、というやつだろう。

 

 しかし一通りやったのだが、このゲームは全く記憶に響かなかった。

 何かしら、記憶を取り戻す鍵になるかもしれないと来てみたのだが……ハズレである。

 これは暁美ほむらが好んでいたゲームではなかったのだろう。

 

 けど、AA+か……。最高ランクはAAAだからな……。

 

「……よし、もうワンコインだけ」

 

 なんだかモヤモヤするし、AAAを取るまではやっていこう。

 

 


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