「……すげー……」
「すごかったね、二人とも……」
戦いは終わった。
さやかとまどかの反応を見るに、そこそこ楽しんでもらえたようである。
……油断して負けてしまったけれど、終わり方としてはドラマチックで良かったし、まぁ気にするほどのものではない。
私はやれるだけのことをやったし、マミもまた、やれるだけの力で、私をねじ伏せたのだ。
自分でも拍手したくなるような戦いだった。
「さて。私を負かし、あれだけの攻撃を防ぐ技量があれば、さやかとまどかをどこに連れ回しても問題はないだろう。二人とも、これからはマミと一緒に魔女狩り見学をするといい」
「え、あ……うん」
「……そっか。わかったよ」
苦手なタイプの敵もあるだろうが、マミなら油断さえしなければどんな魔女だろうと問題ないはずだ。
戦いの見栄えも良いし、見応えのある魔女退治を二人に提供してくれることだろう。
「あの。ほむらちゃんは……?」
「ん、私?」
まどかがおずおずと訊いてきたが、さて。何のことだろう。
「その……ほむらちゃんは、一緒じゃないのかな。これから、マミさんと……」
「ああ、そういうこと」
私は暇してるんじゃないかということか。なるほど。
「私は私で、他にもやることがあるからね。三人が魔女退治している時は、好きにやっているさ」
マミと一緒に魔女狩りをしても過剰戦力だろうし、二人を守るだけなら今のままでも十分だ。私が同伴する理由も薄い。
それに、私には記憶を取り戻すという日課もある。マジックショーだって、たまにはやらないと忘れ去られてしまうかもしれない。
こう見えて忙しいのだよ、私はね。
「……そっか」
納得してくれたのなら何よりだ。
「さて、と」
私はシルクハットについた埃を払って被り直し、踵を返す。
「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。もう良い時間だし、運動して小腹も空いたからね」
「……暁美さん」
立ち去る私に、マミは何か言いたげだ。
けれど、あえてそれは聞かないことにする。
皆は知らないかもしれないが、停止時間で動きまくったおかげで、本当に空きっ腹を抱えているんだ。
「それじゃあマミ、早速だけど二人を任せたよ。皆、また学校で」
「……ええ、もちろんよ」
背を向けたまま手を振って、私はそのまま廃屋を後にした。
敗者はただ去るのみ。
二人の送迎という栄誉は、勝利を掴んだ彼女に託すのが一番だ。
魔女退治は命がけだ。
油断すれば魔法少女が一撃死する攻撃なんて、いくらでも飛んでくる。
それを生身の人間が貰ってしまえば……後は想像に難くないことであろう。
マミの言う通り、最低限の結界が張れない魔法少女では、一般人を連れ回すのには向いていない。
私との実力に大きな差がなければ、ガイドは断然マミの方が良いに決まっている。
それに、部屋にあがれば美味しいケーキと紅茶も出してくれる先輩だ。
カップ麺と携帯食料しか備蓄していない私とは雲泥の差である。勝ち目がない。
魔法少女の入門にあたって、彼女ほど素晴らしい教師役はいない。
「ちょっと気難しそうではあるけど、二人を変に扱うことはないだろう」
独り言をつぶやいている間に、外に出た。
「……うん」
真西に半分沈みかけた夕陽は真っ赤に燃え、地平線の薄雲は、紺に塗りつぶされそうな空の中で、線香花火のような黄金の輝きを湛えていた。
黄昏時。
美しい景色である。
「綺麗だ」
心が洗われるような。
まさにそんな、上出来過ぎる一枚絵。
「……貴女もこの風景を見れば、思い留まっていたのかな」
すぐ傍で斃れ伏すOLは、黙して語らない。
「なんてね。……助けてあげられなくて、ごめんなさい」
今この場で、花を手向けてやることはできないが。
どこかで貴女の墓を見つけたら。その時は、きっと綺麗な花を供えるよ。
「おやすみなさい」
そして、私は一人になった。
「……」
「どうしたんだいマミ、ソウルジェムをただぼーっと眺めてるなんて、懐かしい事をしているじゃないか」
「うん……」
夜。
巴マミは自室のベッドで、ソウルジェムの黄色い灯りを眺めていた。
普段ならとっくに眠りについている時間である。
今日は、なんとなく寝付けないようだった。
「マミ。何か、気がかりな事でもあるのかい?」
「……ええ。晩御飯も、なかなか喉を通らなくって」
「そういえば少食だったね。マミにしては珍」
「こーら」
「むぎゅっぷぃ」
口を滑らせたキュゥべえの柔らかな頬を、マミは優しく抓った。
「女の子にそういうこと言わないの」
「やれやれ、君達は難しいね」
キュゥべえは乱れた顔の毛並みを、後ろ足で器用に整えている。
「……ねえ、キュゥべぇ」
「なんだい?」
「私ね、本当は暁美さんが結界を張れるかどうかなんて……本当はね。あまり、問題ではないと思ってたの」
「ん?」
マミの言葉には、どこか悔いるような弱々しさがあった。
「本当は……一番はね、ただ私が、鹿目さんや美樹さんのような魔法少女の素質がある子を……あの子達を、後輩として面倒を見たかっただけなの。暁美さんじゃなくて、私が……」
シーツを引き寄せ、より深く顔を埋める。
「……キュゥべえ。私、ずるいことをしたよね」
「そう?」
「酷いよね。暁美さんから、二人を取っちゃったんだ……」
「別に良いんじゃない?」
「……そう、なのかな」
「君はちゃんと決闘で暁美ほむらに勝利したし、実際に二人を守れる結界を使える。何もおかしなことはないよ」
「本当に、そう思う……?」
「もちろんさ。適任者は間違いなくマミ、君だと思っているよ」
「……ありがと、キュゥべぇ」
「どういたしまして」
マミは落ち着いた微笑みを浮かべると、キュゥべえの頭を柔らかく撫でた。
「それじゃあ……私、もう寝るね。おやすみなさい」
「うん。おやすみ、マミ」
ソウルジェムが枕元のいつものローテーブルに置かれ、巴マミは天井を見上げながら、目を閉じた。
瞑目の中で今日の出来事が薄っすらと回想されてゆく。
謎の多い魔法少女、暁美ほむら。
暁美ほむらの扱う魔法には謎が多く、今まで見たこともないほどに多彩だ。
具体的にどのような力なのかは、長年魔法少女としてやってきたマミでさえ、ほんの少し類推することさえできなかった。
彼女と一対一で戦ってみてわかったことは、彼女がとてつもなく強いということだけ。
しかも、きっと。暁美ほむらは、まだ全力をだしていないのだろう。マミには、その確信があった。
マミは全力で戦っていた。
普段の魔女と戦う時以上なのは間違いない。
これまでの魔法少女生活トータルで見ても、五指に入るほどの総力戦であったかもしれない。
最後は足がもつれそうだったし、いくつかの照準は甘かったし、汗を隠すこともできなかった。
常に優雅な戦いを繰り広げる巴マミをして、“泥臭い”と表現できる戦いだったのだ。
けれど、相手は。
暁美ほむらは、最後の最後まで一滴の汗を零すこともなかった。
敗北してもなお、余裕そうに、楽しそうに微笑む彼女の姿は……マミから見て、異質だった。
確かに、決闘には勝利した。
けれど、それは本当に自分が掴んだ勝利だったのだろうか?
彼女は、ひょっとすると、わざと勝ちを譲ったのではないか……?
思い悩むことは多い。
しかし、心地よい疲労感の中で順当に訪れた眠気は、追憶と苦悩の輪郭を徐々にぼかしていった。
「……暁美さん、ごめんなさい……」
独り言か、無意識の寝言か。
マミは最後にそう呟いて、まどろみに身を委ねたのだった。
「目覚めたフー、フフフン、走り、出したっ」
右下上左、ステップステップ、長押し長押し。
「みーらいをっ、フフフフーンっ」
ステップ、ターンステップ、ステップ、左右左右。
「難しい、フフフン、立ち止まってもー、空はーっ」
たんたんたたたん、左右左右、ステップターンステップ。
「綺麗なフーフフフン、いつも、フッフッフーン、くれるっ」
たたたんたんステップ長押しステップ。
「だから怖くなーいっ」
たたんたんたんちょい長押し。
「もう何があってもー、挫ーけぇーないっ」
たんっ。
――RANK AA+
決まった。
スコア表示に燦然と輝くAA+。悪くないぞ。
「おおー、すげぇ……」
「歌いながらかよ……途中めっちゃうろ覚えだったけど……」
「ふむ、どこで間違えたかな」
私が踏破したのは、とあるダンスゲームである。
音ゲー、というやつだろう。
しかし一通りやったのだが、このゲームは全く記憶に響かなかった。
何かしら、記憶を取り戻す鍵になるかもしれないと来てみたのだが……ハズレである。
これは暁美ほむらが好んでいたゲームではなかったのだろう。
けど、AA+か……。最高ランクはAAAだからな……。
「……よし、もうワンコインだけ」
なんだかモヤモヤするし、AAAを取るまではやっていこう。