「うーん……」
結果は、微妙なところだった。
やはり一夜漬け程度では芸は身につかないというわけか。
毛布に包まれながら練習していたトランプのカットテクニックはまぁまぁな感じだったが、肝心のマジックの方は芳しくない。失敗がちらほらあることもあって、皆の反応はいまいちだった。
やはり、カードの絵柄うんぬんは地味すぎたのだろうか……。
いや、それはない。
これまで私のやっていたイリュージョン風マジックが過激すぎるだけなのだ。
本来マジックには、ああいったカードを含め、絵面が地味なものも多くある……。
……私のイリュージョンは、魔法ありきのものが多すぎる。
いや、公言こそしないが全て魔法ありきだと言っても良いだろう。
だが、それでどうなるというのか。
魔法を使って“欺いてやった”と。それは果たして、格好良いと言えるのか。
私はそれで満足なのか……。
……うん。
魔法を使ったマジックも悪くはない。
けど、それだけに甘んじてはいけないな。
マジシャンならマジシャンらしく、ちゃんとした魔法を使わない奴も覚えておかないと。
真のマジシャンになるためには、少しずつ精進していくしかないということだ。
「それにしても、おかしいな」
屋上でジョイソイ(バナナ味)をむさぼりながら考える。
路上でマジックをしていた時などは脳裏に掠めるような、私の記憶……のような感覚があったのだが、トランプマジックをしている間は特に感じることがなかったのだ。
この差は一体何なのだろう。
時間を止める能力に関わっているとしたらお手上げだが、いや、そういうわけではないはずだ。
私が最初に手品ショーを見た時だって、同じような既視感はあったのだから。
暁美ほむらの記憶。
それにはやはり、大道芸的なマジックに何かが関わっているはずなのだ。
何か、ピエロのような……あるいは舞台……。
「……あら、屋上に来てたのね」
「ん」
考え込んでいると、弁当を持ったマミが現れた。
「えっと、……隣。失礼するわね?」
「ん」
食事中につき口を開けられないのは失礼。
しかし手では“どうぞ”と快諾する。彼女は何故か苦笑いながらも、理解を示してくれた。
マミの昼食はいつも美味しそうだ。
今日は、四角いバスケットの中に沢山のサンドウィッチを入れている。
色とりどり。野菜も多めで、なかなか健康に配慮した食事であると言える。まぁ、私ほどではないが。
「んぐんぐ」
「……」
マミが隣でレタスとハムのサンドを齧る。私は残りのバーをもぐもぐ齧る。
とはいえ私はもうすぐ食べ終わるので、そう長くは居られないのだが。
……ほら、もう食べ終わった。けど腹持ちは良い。
理想的な携帯食料のひとつであると言える。
「えっと……暁美さん、あの時の……怪我はなかったかしら」
「怪我? ああ、特にないよ。そういえば、決闘の時はありがとう」
「え?」
「私はかなり乱暴な形で決着を付けようとしたのに、マミは寸止めをしてくれたからね」
そう。
私は決闘の時、最後の一撃をステッキによる刺突で決めようと考えていたのだ。
寸止めなどするつもりはなかった。
思えば、喉元にピッと当ててやるだけで済んだものを、急所でないとはいえ腹部を貫かんと全力で突き込んでいた気がする。
マミが防いだから良かったものを、決まっていたら決まっていたで、治療のために結構な魔力を使っていたことだろうな。
「……そんな、私は……」
「マミは優しいんだな。それに、手加減が出来るっていうのは、余裕がある証だよ」
「……そんなことないわ」
私はそんなことあると思うけどな。
過剰に持ち上げているつもりもない。
同じ学校にいる魔法少女がマミのような人格者で良かったと、本当に心から思っているよ。
「あの……ねえ、暁美さん。今日、鹿目さん達を魔女探しに連れていくつもりなのだけど……よかったら、暁美さんも」
「私は無理だ」
「……そう、なの」
「生憎と調べなくてはならないことや、やらなくてはならない事が山積みでね」
記憶探し。マジックの練習。後は適当な調べ物。
これでも記憶喪失だからね。やらなくてはならないことは、意外と多いんだよ。
「魔女退治はもちろん並行して行うけれど、それ以上にやるべきこともあるから。ごめんね、私はそっちを優先するよ」
「……わかったわ……うん、仕方ないわよね」
最近知ったことだが、暁美ほむらはゲームに関しても覚えがあるらしいのだ。
ゲームセンターの前を通りかかった時に少しだけ反応するものがあったので、時間がある内はそちら側からのアプローチもしていきたいところである。
(私のバカ……自分から取っておいて、何を言ってるのよ)
私が断ってしまったからか、マミはどこか俯きがちである。
あるいは葉物が多いサンドウィッチを作り過ぎたことに今更気付いて、意気消沈しているのか……なるほど、それなら落ち込むのも無理はない。
……よし。
元気がないというのなら、元気付けてあげようじゃないか。
それが奇術師というものだし、良い友達ってやつだろう。
「はい、どうぞ」
私はトランプの束をマミに差し出した。
「え?」
「引いてごらん」
「え……その、これは?」
「トランプに決まってる、あ、一枚だけだから」
マミは私の顔を見て、トランプを見て、それからもう一度私の顔を見てから、指を頬に当てて悩んだ。
ふふ、今はまだ何も仕掛けていないさ。私を見ても何もわかりやしないよ。そう、今はね。
「……一枚、引けばいいの?」
「ああ」
マミは中央のカードを、ゆっくりと引き抜いた。
「よし……では、マミの引いたカードを当ててみせようか」
「……ふふ、なにこれ、マジックかしら」
「そう、マジックだよ」
ちょっと笑ってくれた。良し。
シャッフルする。カードをよく混ぜる。
マミのカードもそこに加え、混ぜる。シャッフルする。
まるで何事もないかのような手つきだろう。
けど、ここで異議申し立てがなければ成功したも同然なのだ。
ふふっ、マミ。既に君は私の術中にはまっているのさ。
「よし……じゃあ次は、さあ、マミもよく切ってみて」
「ええ、よーく切るわよ?」
「どうぞ、気の済むまで」
マミもよく混ぜる。不慣れな手つきで。それでもマミは、楽しそうに束を切ってくれた。
私は、人のそんな顔を眺めている時間も、好きだった。
「……はい」
「ああ、どうもありがとう」
そして私は、切った後の束からカードを一枚、さも無造作であるかのように取りあげ、宣言するのだ。
「さて。マミの選んだカードは……ダイヤの11だね?」
「ふふっ……違うわよ?」
「あれ?」
おかしいな、間違えたのか?
……どうもまだまだ、上手く成功してくれないらしい。
帰宅の準備。
鞄に教科書などを詰めて、持つ。
程良い重さだが、盾の中にしまっておきたい気持ちが沸き上がって来る。しかしこのようなことで魔力は無駄にはできない。
まったく、魔法のない生活は億劫だ。記憶を失う前の私も、常々考えながら生活していたに違いない。
今日のさやかとまどかは、マミと一緒。
魔女狩り見学会があるので、忙しいはずだ。
逆に考えれば、今日は誰かが魔女狩りに勤しんでくれるので、私が街を守る必要はないということである。
正義の味方も非番というわけだ。そんな日も悪くない。
私は私で、今日は好きな事をしよう。
というよりも、また記憶探しのようなものなのだが。色々とやりたいことがごちゃごちゃなので、思いついた時に思いついたことをしようと思っている。
……それに、魔女と戦うための武器も仕入れなくちゃならない。
マミとの戦いで資材を一気に使い込んでしまったから、現状かなり枯渇気味なのだ。
盾だけでも戦えないことはない。
しかし、盾での裏拳は魔力を消耗するので、燃費はよろしくない。
何より、裏拳に使う盾と、私の左手の甲にあるソウルジェムの位置が近すぎる。これは大きな問題だ。
裏拳を外して変なところで殴ってしまった場合、そのまま魂が砕けて即死するなんてことが起こり得るのだ。冗談にもならない無様な事故死である。
そんな格好悪い死に方だけは御免被りたい。
どうにか、遠距離武器も調達しないとね。
できればスタイリッシュな奴が良いな。
「……さて、とりあえずはまず、あそこに行こう」
脳内会議はひとまず十分。
まずは動こう。話はそれからだ。
「暁美さーん、今日この後空いてるー?」
鞄を手にとって教室を出ようとすると、クラスメイトの子が声を掛けてきた。
馴染みのない子だ。けど、転入した日に色々と質問を飛ばしてきた子だったのは覚えている。
「ん? すまないね、今日はちょっとやらなきゃいけないことがあるんだよ」
「そっか。わかった、ごめんね?」
「ううん、また今度」
それがいつになるかはわからないけど。
「挫ぃ~けぇ~ないっ」
たんっ。
最後に華麗なステップを踏み、一週間早いフィーバーなポーズでフィニッシュ。
RANK AAA
「……ふふん」
画面に表示されたスコアは最高のもの。ミスもなくズレもほとんどない、まさに最良のダンスであったと言えるだろう。
「悪いねkyoko、歴史に名を残すのはこの私だ」
ランクの頂点に燦然と輝く私の名は、homhom。
覚えておくが良い。これがお前を倒した者の名だ。
「よし、とりあえず最大の心残りは潰し終えた、と」
まずはやり残したことを済ませてスッキリできた。
心のモヤモヤを放置するのは良くないことなのだ。これも立派な、やらなきゃいけない用事なのである。
それに、ただ遊んでいるだけ、ということでもない。
眼鏡で虚弱だった私、暁美ほむらは当然、内気な性格だったに違いないし、少なくとも明るい気質ではなかったはずなのだ。
私はそんな彼女の足跡を辿ることで、記憶の復元を目指さなければならない。
では、暗い子がやることといえば何だろう?
真っ先に思い浮かぶものがある。それがゲームなのだ。
「DDRはクリア、次は……」
趣味の一端から取り戻す記憶もあるはずだ。少なくとも大きな見当違いではないだろう。
マミたちが熱心に魔女退治に勤しんでいるのだ。色々と試してみなくてはね。
──パンチングマシーン
「ッシッ!」
強そうな呼吸と共に、裏拳を叩き込む。
ドゴン。サンドバックは思い切り後ろに倒れ、良い音が鳴り響く。
《342kg!ハイスコア!》
古き良きアナログな電光掲示板は、私の一撃を大いに讃えてくれた。
「よし、星が割れて余りあるな」
これぞ魔法少女の身体能力である。しかし、二位と五十近い差がついてしまったな。
この記録が常人に抜かされることはないだろう。
「おお~……」
「なにこれ、何やったの?」
マシンから響いた大きな音に外野が集まっていたが、まぁ、もうこの機械を使うことはないだろう。
早速、次にいってみよう。
──フリースロー
がしゃっ。網が揺れる。
身体能力は力だけでなく、様々な感覚さえも上昇させてくれるようだ。
もはや取っては投げて入れるだけの、退屈なゲームと化している。
「またハイスコアか……ま、カットラスよりは楽だな」
絶え間なくモーション無しで、最短距離でガンガン放っているのだ。こうもなるだろう。
パンチングマシーンほどの爽快感がないのが残念なところだ。
「すげえ」
「やべえ」
ふむ……。
そういえば、暁美ほむらは身体があまり強くないんだったか。
……思えば、何故私は肉体的なゲームばかりをチョイスしてしまったのだろうか。
多分こういったゲームは、暁美ほむらの趣味ではないよな……。
……早速、見当外れなことをしていたのかもしれない。
「もうやめておこう」
ポケットの中に入れた硬貨たちも丁度ゼロになった。店を出るには良い頃合いだろう。
次来る時にはもっと別の遊びをしよう。そう決心しつつ、私はゲームセンターを出た。
外はまだ明るく、人通りも多い。
まだ陽は沈まないだろうし、明るい間に会社帰りの人が出歩けば、更に通行人も増えるだろう。
「この時間なら大丈夫かな」
きっとゲームには私の記憶に関する手がかりがある。今日のはハズレだったが、それは間違いない……はずなのだ。
だがそのためには、記憶を辿るには、より多くの百円硬貨が必要になるだろう。
勿体ぶらずに言えば、もっとお金が欲しい。
なので、路上で奇術を見せ、小銭をいただくことにしよう。
実は前回もやっている最中にお捻りらしきものが飛んでいたのだ。良いものを見せれば、お客さんもそれなりのものを投げてくれるはずである。
……まぁ、もちろん、魔法の力をもってすれば数万や数十万ごとき、稼ぐのは容易だ。おひねりを目当てにマジックショーというのは、かなり迂遠で、回りくどいやり方だとは思う。
時間停止能力さえあれば、この世界で私に盗めないものなどない。きっと足だってつかないだろう。
でも、できれば悪いことはしたくないし、極力は自力で調達したい。
いずれ記憶を取り戻した暁美ほむらのために、可能な限りは無用な罪を背負わせたくはないのである。
……だが、しかし。
暁美ほむら。君は、ひょっとすると……。