放課後の見滝原を、三人の少女が歩いている。
先頭は巴マミ。その後を辿るように、美樹さやかと鹿目まどかが並んでいた。
目的は、魔女探しである。
最終的には魔女退治を二人に見せるところまでが理想だが、それにもまずは魔女を探さなければならなかった。
これは何時間もかかることも珍しくはない。とはいえ見習いの二人は昨日体験したばかりであったので、特に苦に思うこともなかった。
また、先を歩く巴マミが会話を途切れさせないよう、時折魔法少女としての知識や経験を話すなどして気遣っていたのも、退屈しのぎに一役買っているのかもしれない。
「それでね、個人の魔法少女としての素質にもよるけど、魔女反応は魔女毎に違うから……」
「はぁ~、色々あるんですね」
「慣れてくればすぐに魔女と使い魔の反応も見分けられるようになるし、気をつけなきゃいけない相手も判別できるわ。これって、戦ってる最中だと結構大切なのよ」
巴マミは魔法少女として、様々な分野で優秀な能力を持っている。
魔女反応を辿る技術は暁美ほむらよりも上であるし、結界から回復までこなせる万能型であった。
実際、彼女は今でこそ一人ではあるが、少し前までは様々な魔法少女から慕われていたのである。
「マミさん、すごいや……」
「うふふ、そんなことないわ。……鹿目さんが魔法少女になれば、私以上に強くなれるわよ?」
「えっ、まどかが?」
「キュゥべえにも言われました……けど、私ってそんなに因果っていうのが強いのかなぁ……」
まどかの何気ない、しかし聞きなれないぼやきに、マミは首を傾げた。
「………因果?」
「ああ、何かほむらも言ってたね。因果の量で魔法少女の才能が決まるって」
補足したのはさやかだった。それに対して、まどかは頷いている。
それが、ごくごく当たり前の魔法少女としての知識であるかのように。
しかしマミにとって、その“因果”というものは全く耳慣れないものであった。
「あの、何の話? 因果って……」
「ん~、ほむらが言ってただけなんで、えへへ、実を言うとよくわからなかったんですけど……」
「マミさんは知らなかったんですか?」
「ええ、初耳……」
魔法少女としての力に個人差があるのは知っていた。
だが、因果とやらが関係するというのは初めて聞くことである。
「魔法少女によって、知ってることと知らないことってあるんだなぁー……」
「難しいんだね」
さやかとまどかは知見の薄い者同士で雑談に興じているが、マミとしてはそれどころではなかった。
自分でさえ知り得ない魔法少女の知識。
それを持っていた暁美ほむら。
彼女の謎が、更に深まったのだから。
(……暁美さんは、私も知らないような知識を持っている……)
思い出されるのは、屋上での気さくな微笑み。
(グリーフシードやキュゥべえの事に関してはあやふやだけど、彼女はソウルジェムが魔法少女の魂だとも知っていた)
しかし、決闘の時などに浮かべた妖しげな笑みには、裏がありそうにも見えてしまう。
(……魔法少女は魔女と戦い続ける……私は元々その覚悟があったから、特になんとも思わなかったけど……)
考えれば考えるほど、様々な感情が交錯する。
(ソウルジェム……私の魂……因果、か……因果って、何なのかしら……)
暁美ほむら。ソウルジェム。魔法少女。
二人の見習い少女を引率する立場であるマミもまた、近頃は魔法少女としての基礎に立ち返る心持ちであった。
「おお~! 消えた!」
「すごーい!」
「ん……?」
ごく僅かな魔力反応と共に、歓声が聞こえてきた。
「なんだろ……あっちの通り、賑やかだね」
「よく路上ライブとか大道芸やってる道だね。有名なアイドルとかも、たまーに来たりするよ」
二人は賑やかな声につま先を誘われているようだ。
その二人の様子を見ているマミもまた、気持ちは同じである。
「……しばらく歩き続けてたし、どうかしら。少し、見に行ってみましょっか?」
「賛成!」
「はい。えへへ」
歩き通しの魔女探しにも、休息は必要である。
三人は賑やかな声のする方を目指し、歩いていった。
そして、意外な姿を目撃することとなる。
「このナイフを一度ハットに入れると……はい、何もない」
低めの台に立ち、大勢の観客に向けてマジックを披露する少女が居た。
衆目の中で堂々と魔法少女衣装を着込み、紫のシルクハットとステッキを手に持った少女である。
見間違えるはずもない。彼女は、謎多き転校生、暁美ほむらであった。
「もっと入れてみましょう。小石も、花も、ハンカチも、……おっと、ステッキも入ってしまった」
ハットの中に様々な小物を際限なく押し込むさまは、まさに魔法のよう。
「せっかくなので、先ほどのカットラスも、はい、収納」
明らかにごまかしきれないであろう大きな物でさえハットの中に納めてしまえば、観客からはより大きなどよめきが聞こえてくる。
タネはどこか。どうやっているのか。無粋な科学主義者が血眼でトリックを探そうとも、答えは見つからない。
それは驚くべきことに、常人以上の観察力を備えているはずのマミでさえ同じであった。
「ふむ、随分とハットが重くなってしまいましたが……どうしましょうか」
もったいぶるような台詞と、仰々しい仕草。
そういってハットを観客に見せびらかすも、驚くべきことに内側には何の小物の影も見当たらない。
「せっかく入れた道具ですが、重いままではハットが不便です。なので、出してしまいましょう」
ほむらはシルクハットの内側を地面に向け、軽く揺する。
「ハットを逆さに……揺らして……ううむ、なかなか出ないな」
頂点を叩いたり、側面を叩いたり。
大真面目にやってみせる仕草は、自然と観客の目線を引き込むが……。
「わ……」
ドサドサと収納したはずの小物が落ちてきたのは、帽子ではなく、ほむらのスカートからであった。
誰もが予想し得なかった場所からの出現に、感嘆のざわめきが起こる。
「おっと、スカートの中から全て落ちてしまったようだ。これは失礼」
おどけた風に謝り、深々と礼をすれば、拍手が巻き起こる。
魔法少女の姿のまま行われるちょっとした興行は、周囲のパフォーマーと較べものにならないほどに大盛況であった。
「……かっこいい…」
大勢いる観客の陰で、鹿目まどかは呟いた。
人々を魅了し、また大勢の前で堂々と振る舞えるその姿は、少々気障ったらしくとも、憧れるには十分な姿だったのだ。
「へ~……ほむら、魔法少女でこういうことしてたんだ……」
魔法少女は戦うもの。そう考えていた美樹さやかは、自身の価値観がひとつ、しかし確かに大きく動かされたのを感じ取っていた。
「……」
そして巴マミは、人々に囲まれながら余裕の笑みを浮かべるほむらを遠目に眺めたまま、――ただ呆然と、眺め続けていた。
楽しそうに笑う人々。
喝采を受ける魔法少女。
その光景はあまりにも、まどかとさやかの二人が感じているそれ以上に、マミにとって鮮烈なものだったのである。
「魔法って、こんなことにも使えるんだぁ……」
言葉に出なかった内心は、さやかの呟きが代弁していたのかもしれない。
「……そうね。魔法って……こういう使い方も、良いものなのね」
魔女を倒すための魔法。
街を守るための魔法少女。
ここしばらくはずっと、そのような考えに囚われ続けていたかもしれない。
もちろん、今更それが間違った考え方とは思えない。
けれど、壇上に立つ暁美ほむらは、魔法とは決してそれだけではないのだと、雄弁に主張しているかのようだった。
「……そろそろ、行きましょうか。私達は私達で、あの笑顔を、魔女から守らないといけないわ」
「……うん、そうですね!」
「はい!」
マジックショーを眺めていた三人はしばらくしてから、再び探索を開始した。
途中に挟んだ休憩は、思いの外有意義なものだったようである。