虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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空翔る夢

 

 

 嵐。

 

 また、嵐が吹いている。

 

 

 ――どうして?

 

 ――どうしてなの?

 

 

 不吉な灰色の空。

 巨大な渦を巻く雷雲。

 ゴミ屑のように吹き飛ばされる車。

 紙のように宙を空回りするモルタルの壁面。

 

 そして、荒野のような瓦礫の山。

 

 

 ――何度()っても、あいつに――……

 

 

 視界がぼやける。

 額からの流血に、視界が覆われる。

 

 赤と灰色が混じる不吉な世界。

 

 

 私は、ここで何をしている……。

 

 

 

「……ん」

 

 目を開ける。そして、無言で毛布から抜け出す。

 昨日は一日中趣味の時間だった。

 今日は多少なりとも、魔女を狩らなくてはならないだろう。

 

 ……しかし、ソウルジェムに余裕はあるようだ。

 今日もまだ、マミに二人の見学会をさせておこうか。

 

 まだ魔女退治を急ぐこともないのかもしれない。

 

「あれ……」

 

 今日の予定を思い浮かべながら時計を見たのだが、なんとまだ四時過ぎだった。

 学校の支度をするにも早すぎる時間帯だし、朝食を摂ってもお昼まで持たないくらいの時間である。

 けれど、二度寝をする気分にはなれなかった。

 

「………そうだ。朝なら丁度良いし、あれでも探そうかな」

 

 朝にしかできないこともあるのだ。

 うむ、そうと決めたならば、早速行動に移すとしよう。

 

「よーし、今日はまぐろ缶だぞー」

「にゃぁにゃぁ」

「んー? ワトソンに外のラーメンはまだ早いかなー。また今度ねー」

「にゃ」

 

 私はワトソンへの缶詰を開けるのに少しだけ手こずりながらも、大体を手早く済ませ、外へ出たのだった。

 

 

 

 

 

「あんむっ」

 

 明朝、廃教会へと続く階段に座り込み、リンゴを齧る少女の姿があった。

 

「んむっ」

 

 デニムのショートパンツと灰色のパーカー。

 早すぎる朝にはいささかラフな格好ではあったが、本人はさほど堪えた様子もない。

 

「あー……ん?」

 

 最後の一口を大きく齧ろうとした矢先に、その動きが止まる。

 広場を眺める彼女の視界に、見慣れない人物が映ったためだ。

 

「……」

 

 それは、見滝原中学の制服を来た一人の少女だった。

 長い黒髪と黒いカチューシャが目印らしい目印だろうか。飾り気はさほどなかったが、凛として整った容姿は、印象深い。

 暁美ほむらである。

 何かを落としたのか、探しているのか、彼女はしきりに辺りに目を向けていた。

 

 階段に座る彼女は、ぼんやりと昨日のことを思い出す。

 

(ああ、見覚えがあると思ったら……昨日のゲーセンの奴じゃん。こんな時間の、こんな場所に何の用があるってんだか)

 

 ギリギリまで可食部を齧られたリンゴの芯が、階段の下に放り投げられた。

 廃教会の階段は長く整備されていないためか見窄らしく、また以前の火災によって、タイルの色合いも疎らに変色している。

 

(……ここは、もう……)

 

 元々は、それなりに綺麗だった。

 いや、綺麗だった時期もあったのだ。

 

 新興宗教ではあった。だが、信徒が善意で清掃し、潤沢な寄付金によって整備されていた。そんな輝かしい時期も、確かにあったのである。

 

 だがそれは突然の火災によって唐突に終わりを告げ、それと同時に人々の信仰すらも離れていった。

 以来、この教会を訪れる者はおらず、復興を志す者も現れない。

 

 芯だけになったリンゴのような、そんな虚しい過去である。

 

「……よし…そのまま……いける。よし、動くなよ……」

 

 煤色の思い出に耽っていると、挙動不審だった黒髪の少女が、地面にいる何かに躙り寄っているようだった。

 あまりにも挙動不審な姿に、沈みかけた心がふっと浮き上がる。

 

「っはあ!」

 

 ほむらは勢い良く地面に飛び込んだ。

 

(うお!? なんだオイ)

 

 唐突かつ意味不明な奇行に、少女は目を瞬かせるしかない。

 が、けたたましい羽音を鳴らしながら飛翔してゆく白い鳥を見て、疑問は解けた。

 

(………あれは……鳩?)

 

 全身真っ白、いや、ほんの一部だけ黒の斑が入った鳩だったようである。

 この時間帯は多くの鳩が虫を捕食するためにやってくるので、探せばあのような鳩も何羽かいるらしかった。

 

「……く、力を使わずに捕まえるのは無謀か」

 

 とはいえ、何故そんな鳩を捕まえようとしているのかは全くわからない。

 浮浪生活を送っている少女からしてみても、わざわざ野生の鳩を捕まえて食おうなどとは考えられなかった。

 

(……アホらし。あれで学校行ってんのかなアイツ)

 

 騒々しく疑問は尽きない相手だが、わざわざ声を掛けようとは思えない。

 少女は今更に朝の底冷えする寒さを覚え、パーカーを深く被り直すと、教会から去っていった。

 

 

 

 

 隣町の教会にまで足を運んだというのに、結局鳩は一匹も捕まらなかった。

 

 何故鳩なのかといえば、それは当然、マジックにおいて必要だからである。

 私のマジックには紙飛行機や花びらをハラハラと舞わせる演出が多いが、帽子から鳩が飛び出たりするような演出は全くないのである。

 それを打破するためにも、鳩が必要なのだ。

 

 だが、今日は無理だった。また今度、再挑戦するしかないだろう。

 

 能力を使えば捕まえるのは容易いだろうが、生き物を相手に使うのはなんとなく気が引ける。ゆくゆくは助手として、仲良くやっていきたいからね。

 いつかは私自身の力で、あの鳩を捕まえてやるつもりだ。

 

「ふう……ごちそうさま」

 

 私は一旦帰宅し、朝食を食べた。

 チリトマトのほのかな辛さで、頭もしっかり覚醒する。

 

 今日の一日も、頑張ってやっていこう。

 時間は有限だ。大切に。無意味に過ごさないように。

 

「ワトソン、今日は私についてくるかい」

「にぁ」

 

 鏡で髪を手直ししつつ駄目元で訊いてみたが、返事は芳しくない。

 盾の中は窮屈なのだと。

 

「私も一度でいいから、盾の中に入ってみたいものだけどね」

「にゃぁ……」

 

 昔のSFのように、目が回るような幾何学模様をしているわけではなかろうが、一度覗いてみるだけならば、見てみたいものだ。

 何かあっては困るので、やろうとは思わないけどね。

 

「それじゃ、いってきます」

「にぁ」

「壁紙は丁重にね」

「にゃぁ」

 

 さて、学校へ向かおう。

 

 

 

 授業内容は全て簡単なもので、流し聞きしていてもほとんど問題はない。

 突然指名されても即座に答えを導き出せる程度には、私の頭は冴えている。

 逆に、この学校の習熟度が低いのかもしれないが……いや、パンフレットではかなり強気な宣伝文句があったし、そんなこともないのか。

 

「……ほむらちゃん、授業中だよ。ほむらちゃん……」

「駄目だまどか……席が遠すぎて」

 

 聞く必要のない授業に馬鹿真面目に参加する必要はないだろう。

 なので、私は机の上でちょっとした作業を行っていた。

 

 様々なプリントを切り取り、折り紙の原型を大量生産しているのだ。

 普通の折り紙でもいいのだが、それでは強度とサイズと見栄えがあまりよろしくない。

 格好良い紙飛行機を作るのであれば、紙からカスタマイズしてゆくのが一番なのだ。

 少なくとも鳩が見つからないうちは、この紙飛行機で代用する他ないだろう。

 

「おーい、暁美……」

「はい」

 

 なんてことを考えている間に、指名された。

 今ちょっと折り目がいい所なんだけども……。

 

(わー、やっぱり指されてるー)

(大丈夫なのかな……)

 

 教室正面の電子ボードをちらりと見れば、既視感のある文章が羅列していた。

 なるほど、どうやら今は理科……というか、化学の時間らしい。

 

「……ここ、わかるか?」

「石灰水が濁る」

「……よろしい」

 

 Ca(OH)2+CO2→CaCO3+H2Oと言い換えても良い。

 というより、もっと続ければ透明になるし、正確な答えとも言い難いのだが、それは構わないのだろうか。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。興味がないわけでもないが、見た目に地味な化学反応はお呼びでないのだ。

 それよりもずっと、飛行機生産の方が大切である。

 

(相変わらずすげーなー……)

(頭いいよね、ほむらちゃん)

 

 ふむ。紙飛行機は先端を潰せばよく飛ぶのだが、やはりそのままの綺麗に折ったほうが、飛んでいる姿は格好いいだろう。

 シンプルな折り方は時間の節約にもなる。

 けど、折り目は正しくしっかりと。

 

 

 

「ふふーん」

 

 そうして昼になる頃には、二十機もの綺麗な飛行機が完成していた。

 これが再び、大勢の観客の前で空を飛ぶのだ。

 想像するだけで胸が高鳴る。

 

「随分作ったね」

「おお、まどか。多いに越したことはないからね」

「あ、昨日ほむらちゃんがマジックやってるとこ、見かけたんだぁ」

「なに? 見られていたか」

 

 私は一切気付かなかった。

 結構見てる人も多かったし、自分のマジックに集中していたせいかな。

 

「うん、マミさんやさやかちゃんも遠目にだけどね。人、沢山いたね。格好良かったよ」

「ふふ、そう? ……うん、大勢の人が立ち止まってくれて良かったよ」

 

 今はまだ路上のパフォーマーだけど、ゆくゆくは大きな会場を借りてやってみたいものである。

 

 私を囲む大勢の観客。

 繰り出す奇術に息を飲むホール。

 

「……ふふ」

 

 ああ。

 やっぱり、鳩が欲しいな。

 

 


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