「おっと」
昼。屋上で食べようかと上がってみると、そこにはマミが居た。
「暁美さん」
「やあマミ。いつもいるね」
「いつも、というわけではないわ、最近よ」
いつものようにベンチに腰掛け、鞄から昼ごはんを取り出し、空を見上げた。
雲はある。けれど青も多く、清々しい空模様だった。
もうちょっとすれば肌寒い季節にもなるだろうが、しばらくは過ごしやすい日が続くだろう。
こんな日はプロテインゼリーで昼食を取るに限る。
……うむ。味も悪くない。
何より、ぢゅーっと吸うだけなので、手早く栄養補給出来るというのがありがたい。
「……」
「ん」
隣で弁当を広げているマミが、どこか複雑そうな目でこちらを見ていた。
何か言いたげだが、彼女が言いたいことはわかっている。
私は鞄からもう一本のプロテインゼリーを取り出した。
「問題ない、さすがに一つで済まそうとは考えてはいないさ」
「……うん」
きっかり十秒で食べられる食品ではなかったが、マミがひとつのおかずを食べ終わる頃には完食した。
現代の忙しい魔法少女の頼れるお供だな。
「……ところで、二人の様子はどうかな。魔女退治は負担なくやれているかい、マミ」
食事も終わって手持ち無沙汰だったので、私は訊ねた。
「うーん、そうね……」
マミは白い箸の頭を顎に当てて、少しだけ考えた。
「美樹さんは、魔法少女になる意欲を強めている感じかしら。あ、私自身の負担はないから、平気よ。無理はしていないわ」
「そうか……」
魔女退治は問題なく出来ているようだ。それは何よりである。
そして、さやかは結構前向きなのだという。もしかすると、既に具体的な願い事でも決まっているのだろうか。
彼女にも躊躇はあるのだろうが、それは目的を前にして踏ん切りがつくかどうか、に近いのかもしれない。
あと一歩が踏み出せず、契約まではできていない。そんな具合かな。
何かきっかけを見つけてしまえば、さやかはすぐ魔法少女になってしまうだろうか。
……あまり勢いに任せた契約は、おすすめできないんだけどね。
「美樹さんもそうかもしれないけれど、鹿目さんは願い事という時点でかなり悩んでいるわね。今はまだ、魔法少女そのものへの憧れだけがある……っていう感じかしら」
「うん。普通の中学生なら、そんなものだろうね」
人生を捧げるほどの願い事なんて、二次成長期の不安定な少女が安易に飛びついて良いものではない。
戦わないことは、恥ずべきことではないのだ。平和に暮らしてゆけるのであれば、その方がずっとマシである。
「憧れだけなら、まどかにはそのままでいてほしいね」
「そうね。願い事は、ちゃんと考えてほしいものだし」
「悪魔に魂を売り渡すようなものだからな」
「悪魔とは心外だなぁ」
話していると、白い猫が沸いた。
噂をすればなんとやらである。否定しておきながら、結構完璧なタイミングだと思うのだが。
キュゥべえ。
彼がどこから出現するのかは未だに謎である。
……ふむ?
どこから出現するのかわからない白猫……。
「……なあ、キュゥべえ」
「なんだい? ほむら」
「……いや、なんでもない」
「?」
いやいや、落ち着こう。
キュゥべえをマジックに使うことは不可能だ。
そもそも彼は魔法少女の素質がない人間には一切見えなかったはず。
客に見えないタネを仕込んでも仕方がないだろう。
小物を浮かせる助手としては有能かもしれないが、マミ達にはバレているし……。
「すまないキュゥべえ、君は不採用だ」
「わけがわからないよ」
今日も学校が終わった。
授業中はマジックの案や小道具作りに余念がなかったので、比較的有意義に過ごせていたと思う。
さて。マミの話によれば、彼女たちの本日の魔女退治は夕方過ぎ、ほぼ夜になってから始めるらしい。
さすがに毎日放課後からすぐに、というのは負担の多い話だ。そんな日も必要だろう。
そして私はというと、今日は魔女退治でも何でも、好きな事をやって良い日なのだが……。
「暁美さん、今日の帰りは……どうかな?」
以前からお誘いを頂いているクラスメイト達との付き合いも、そろそろ疎かにはできないだろう。
「ああ、一緒に帰ろうか。約束だからね……付き合うよ」
「キャッ! ありがとう!」
「いいなぁ、暁美さんと一緒に下校」
「ねえねえ、私も良いですか?」
「もちろん構わないけど……私にもやることはあるし、帰るだけだよ?」
一緒に帰り、色々なことを話したいとは思う。
けれど、帰る途中で寄り道はあまりしたくない。
さすがに魔法少女としての活動を、完全に疎かにはできないのだ。漠然とはしていても、やるべきことはちゃんとある。
「それって、路上でのマジックですよね!」
「え」
何故それを知っているんだ。
「昨日見てたんですよぉ! かっこよすぎてもう、ほんと、惚れちゃいました!」
「なんと」
彼女らにも見られていたとは。
「ねー。暁美さんって、実はすごいマジシャンだったんだねー。うちもお父さんが見てたよ」
「ナイフとか使ったりねー」
「おお……」
目立ちすぎたか。いや、嫌なことではないんだけど。
……さすがにクラス中に広まっているとは思わなかった。
下校の順路は、一緒に歩く彼女たち基準である。
見滝原は比較的治安の良い街ではあるが、不審者はどこにでも現れるし、魔女や使い魔の脅威もある。
そうそう襲われるものではないけれど、私はそんなことも気にしながら歩いていた。
「ねえねえ。暁美さんって、いつからマジックやってるの?」
「あー、結構……いや最近」
けれど、集中はできない。
歩いている最中、好奇心旺盛な彼女たちは、常に質問を投げかけてくるのだ。
「やっぱり彼氏とかっていたの? 暁美さん綺麗だし……」
「ふふ、そう見えるかな」
私の過去という、私ですら知らない難問を。
「前の学校って普通のって言ってたけど、すごい頭良い所だったり?」
「んー、まあ、そこそこかな?」
知らない。
純粋さに煌めく瞳が、眩しい。
「お父さんとかお母さんって――……」
けど、私は知らない。
何も知らないんだ。
やめてくれないか。
当たり散らして、そう叫んでやりたい。
けど、こんな気持ちは誰も理解してはくれないだろう。
頭にかかる鬱陶しい靄は、私がクラスメイトを送っている最中、ずっと頭を覆い尽くしていた。
「……ふう」
クラスメイト達をそれぞれ家に送っている間に、随分と時間が経ってしまったらしい。
骨董品店のショーウィンドウに飾られた時代錯誤な時計は、既に夕時になりつつあることを指し示していた。
「……暁美ほむら……暁美ほむら」
無意味に自分の名前を呟きながら、深くは知らない道を歩いてゆく。
見知った場所に着く頃には、既に空に赤みが差しているだろう。
暗い場所では、あまりマジックは見せたくない。
屋外でやるなら、明るい青空の下で行うのが最高なのだ。
……ふむ。この後、私はどうしたものだろう。
「……そうだ。せっかくだし、このまま隣町まで行ってしまおうか」
向こうでマジックを披露して、私の存在を周知させるのも一興だ。
隣町ならば、まだ明るいうちに奇術をお披露目できるだろう。
見滝原では飽きられているかもしれない同じネタも使えるし、一石二鳥だ。
「よし!」
気落ちしていたが一転、明るいやる気を湛えて歩きだす。
さあ。いざ、名も知らぬ町へ。
隣町だからといって、人の反応はそう変わらない。
私がハットに花を咲かせるたびに静かなどよめきは起こるし、スカーフをステッキに変えれば目が見開かれる。
「はい、盾の中からステッキ~」
「「「おおー」」」
何の捻りもない芸を前にしても、皆喜んでくれる。
……このまま私の存在が周知されれば、魔法少女の姿で町中を歩いていても大丈夫なのではないだろうか?
なんて、面白そうなことを考えてしまう。
「はい、盾の中からカットラス~」
「「「おおー」」」
しかしこれ、楽だな。
考えてみればこれも立派な魔法の一つだけど、盾から物を取り出すだけでマジックが成立するとは……灯台下暗しである。
「はい、盾の中から万国旗~」
「「「おおー」」」
私は盾マジックに味をしめ、次回からも使い回す事に決めたのだった。