「はあ、最近はまどかさん達が構ってくれなくて寂しいわ」
「浮かない顔だね、仁美」
放課後。皆が各々の荷物を持ち、いざ帰ろうという時だった。
私は、物憂げというには大げさだが、それでも少しだけ落ち込んでいる様子の仁美が気にかかった。
「暁美さん……暁美さんも、今日は予定が……」
「ああ、今日もね……たまには仁美ともゆっくりしたいけど」
これは嘘じゃない。ただ本当に、忙しいだけで。
魔法少女と記憶喪失のダブルパンチは厳しいね。
けど、仁美は聡い子だ。きっと、話すと面白い相手に違いない。
お嬢様だからな。芸事もやっていると聞いている。話そのものは共有できないことも多いだろうけど、個人的な興味はある。
とはいえ、今日の私は魔女を狩らなくてはならない。
グリーフシードのストックがあるとはいえ、いつまでも魔法少女を休業できないのだ。
マジックの披露やゲーセン通いも大切な私の時間だが、魔女狩りはそれ以上。
腹が減ったら、戦で奪うしかないのである。
「ねえほむら、今日一緒に遊ばない? つっても、ちょっとだけ私の用事もあるんだけど……」
「ああ悪いねさやか。仁美にも言ったけど、今日は忙しいから」
「そっか……じゃあまどか、行こっか」
「うん。またね、ほむらちゃん」
「ああ、また」
二人は仲良く並んで下校した。
性格は似ていないのに、よくあそこまでの距離感でいられるものだ。友達というのは、不思議なものである。
仁美はその後姿を眺めていたが、二人についていく様子はない。
彼女の横顔はどこか、憂いを帯びている風でもあった。
……理由は定かでない。
私はまだ、皆の交友関係に口を出せるほど、関わりがないからね。
『暁美さん、昼に話した通り、今日は……』
っと。
いきなりマミからのテレパシーがきた。
身体がビクッってなったぞ。
「ああ、わかってる」
「はい? 暁美さん、どうされました?」
「いや、なんでもないよ」
「? そうですか……」
『ああ、わかってる』
そう。
昼にも話したのだが、今日はマミと一緒に魔女退治をすることになったのだ。
ソウルジェムを指の間に挟み、コインロールしながら道を歩く。
うっかり落としたら即死するかもしれないので、見た目以上にはスリルのある暇つぶしだ。
「危ないわよ、暁美さん」
「手持ち無沙汰でね」
すぐ隣にはマミがいる。
昼に二人で話し合った結果、何度か一緒に魔女退治を行い、連携できるようにしておくべきではないかと提案されたのである。
なるほど確かにその通りだ。いざという時のためには、共闘する機会もあるかもしれない。ならばぶっつけ本番ではなく、こうして練習しておくのは大事だろう。
マミの探知能力は私よりずっと高いし、グリーフシードも欲しかったので、私からの異存は全くなかった。
……と、まぁそういった前置きの理由はあるけれど、その提案の後にマミが恥ずかしそうに語ったのは、つまるところ昨日までのことを詫びる“仲直り”のようなものらしい。
一緒に魔女と戦って、これからも仲良くしましょうと。そういうことなのだそうだ。
学校前、大通り、商店街、公園。
街が無駄に広いせいで、見滝原で魔女を探すのは非常に骨が折れる作業だ。
探さなければ骨が折れるどころではないので、骨が折れても探すのだが。
久々の魔女探しである。
ソウルジェムには反応してるような、そうでもないような明滅が瞬いていた。
私よりはマミの方が魔女反応を探りやすいんだろうけれど、こっちもこっちで怠るわけにはいかない。
「暇だな」
「そういうものだもの。確かに、近頃ちょっと少なめではあるけどね」
転校前に狩りすぎたか?
けど、枯渇しすぎるというのも考えものだ。できれば別の町に遠征はしたくないのだが……。
「でも、マミ。こんな形で仲直りしなくたって、私は気にしないぞ?」
「二人で協力すれば魔女退治の負担もかなり減らせるわ」
「ん~」
やろうと思えば負担無く狩れるんだけどな。
淡白すぎてそんなにやる気は起きないが。
「何より、その、私が暁美さんと一緒に魔女退治をやっていたい、っていうか……」
「ふむ。まぁ、見せる相手がいるのは良いことだね」
「見せ……え?」
マミがキョトンとしている。
「どうせなら、かっこよく魔女退治をしたいじゃないか」
倒すだけでは味気ない。
戦いに美しさや面白さを求めることも重要だと、私は考えている。
「ふふ、確かに暁美さんの戦い方って格好いいわよね」
「燃え上がれ~って感じだろ」
「あはは、何それ」
なんだっけ。
「はぁ~……なんなんだろ……」
「あれ? さやかちゃんおかえり」
病院の待合室に戻ってきたのは、がっかりしたような表情を浮かべるさやかであった。
キュゥべえを膝の上に乗せ、絵本を読みながら待っていたまどかは、幾分か早い親友の帰りにちょっとした疑問を抱いた。
「おっす、待たせて悪いねー。じゃあ、行こっか」
「うん。でも、いつもより早かったよね。上条君に会えなかったの?」
上条恭介。
それはまどかと同じクラスメイトであり、さやかの幼馴染の男の子である。
「ん~なんか、都合が悪いみたいでさ。検査の時間がズレ込んでるとか、なんとか」
「ふーん……あ、そういえばさっき看護士さんがね、朝くらいに病室に鳩が入ってきて大変だったって話をしてたから、それかもね」
「へえ、そんなことあったんだ」
その鳩は白かったというが、そこまでは二人も聞いていない。
「かなりドタバタしちゃったらしいよ。鳩が元気で……」
「衛生管理が厳しい所は大変だよねぇ」
「何かあったら、怖いもんね」
二人は長いエレベーターに乗り込み、談笑しながら病院を出る。
今日は魔女退治見学の無い日であるため、たまには女子中学生らしい遊びに出かけようというのが今日の目的らしい。
それはつまるところ、適当にお喋りしながらモールを回るようなものである。
「それでね、ママってば中学生の人に連れられて帰ってきたって言ってさー」
「あはは、なにそれー。まどかのお母さん、すっごいしっかりしてそうなのにー」
「可笑しいよねー」
「いやぁでもそういう一面もあったほうが……あれ?」
「ん? どうしたの?」
突然、さやかが立ち止まる。
彼女の視線は、病院の白い外壁の一点に注がれていた。
「……あそこ……壁に何か見えない? 黒っぽいの……」
「えっ……あ!」
壁に走る亀裂かと思われた黒いそれは、少しずつ蠢きながらその範囲を拡大させつつある。
そして中央に突き刺さっている球体のそれは、二人にとって見覚えのあるものだった。
「グリーフシードだ!」
「嘘ぉ!」
「キュゥべえ! あ、あれ放っといていいの!?」
「孵化しかかってる……このままだと、病院の一部を巻き込んで魔女になるよ!」
「なッ……それって、超まずいじゃん!」
魔女の結界は周囲の構造物を巻き込んで発生する。
生まれたばかりであれば緊急の害も出ないが、成長を続ければ、容易く人を飲み込む規模に達するだろう。
「なんとかしないと……キュゥべえ、あれ取っちゃえないのかな!?」
「孵化したグリーフシードを取るのは無理だ。もう、魔女になってから倒すしかないよ」
「そんな……そうだ、マミさんやほむらを呼ばないと……!」
携帯を開くさやかの指は、震えている。
このまま魔女の結界が完成し、病院が巻き込まれたらどうなるか。
それこそ、彼女にとっての絶望そのものであった。