暗雲は既に立ち込めている
私はゲームセンターにいた。
いつも通り、ひたすら記憶に引っかかりそうなものを探す、ようはただのゲーム漁りである。
「……む?」
ゲームをやっていたら、筐体から何かカードが出てきた。
ぺらりと捲ってみると、なんだか白くてキラキラ輝いている。
……よくわからんが、こいつを出す? と、相手の場と手札と墓地から一枚ずつカードを除外できるのだそうだ。
だから何だというのだろうか。除外ってなんだ。詳しくないからいまいちだが、こいつが凶暴な奴だってことは理解できるが……。
「お、トリシューラじゃん。おめでとう、一足遅かったな。ちょっと前まではそいつも高く売れたんだけどね」
「……よくわからないゲームだな。最後まで理解できなかった」
「はぁ? わかんないでやってたの? アンタ」
まぁ、手探りだからな。そういうゲームだってあるのだよ。
最近までは価値があったらしいこのカードはキラキラ輝いていて、まぁ綺麗といえば綺麗なのだが、どうもカードゲームというものは苦手である。
やる意欲というものをあまりそそられない。むしろ良く分からない。きっと、これらは暁美ほむらもノータッチだったのだろう。
「他のものをやるか……」
「……あんたも物好きというか、なんというか」
以前から何度も会っているポニテ不良少女とは、軽い挨拶を交わす程度にまで親睦が深まっていた。
彼女はここのヌシらしく、どんなゲームでも大体わかっているらしい。
私くらいの歳で、どうやってそこまで詳しくなれたのかといえば、やはりそれは不良少女であるが故ということなのだろう。
人の事情だ。わざわざ踏み入る真似はしない。
「なあ君、私と対戦でもしないか」
「お? いいよー、得意なので来なよ」
「よし、じゃあそうだな……これやろうか」
「おお、前にやってたな。気に入ったの? それ」
「まぁね、キャラクターが格好良いし」
「そうかあ? マッチョすぎるだろ」
「ギリシャっぽい美しさは永久に不滅なのだよ」
この良さがわからないとは不良少女よ、まだまだ若いね。
とはいえ、私も特別マッチョが好きというわけでもないけど。
《エメラルド……》
《無駄ァ!》
3戦目。
私も善戦はしているつもりだが、相手は圧倒的に戦い慣れていた。
さすがは不良少女、玄人向けっぽいキャラクターでなんだかよくわからない戦い方をしてくる。
こちらは最初から最後まで、翻弄されてばっかりだ。
「へへ、どうしたウスノロ~、まだ全然削れてないぜ~」
「む、む、む」
おかしい。ラスボスは強いはずなのに。
何故ストーリーのようにいかないのだ。敵だった時は強かったぞ。
……こうなったら!
一か八かで賭けるしかない!
《ザ・ワ》
「させないよっ」
「ぐふっ」
何度やってもあいつに勝てない。
「しっかしあんたも自由気ままだよね。あたしが言えたことじゃないけどさ、ずっと遊んでばっかっていうか」
「確かに、私を縛るものはあまり無いからな」
破廉恥な麻雀ゲームの椅子を占拠し、プレイするでもなく割高なコーヒーを飲む。
隣の古めかしいサッカーゲームには、不良少女の彼女が座り、台の上にコーラとお菓子を広げ、何しに来たのかと言われんばかりに栄養補給をしている。
けど、このレトロゲームコーナーにやってくる客はほとんど居ない。
落ち着いた遊びの空間は、大抵私と彼女だけであった。
「なあ」
「ん?」
「あんたの名前、聞いても良いか?」
ああ、そういえばまだ彼女とは名前を交わしてもいなかったっけ。
ふむ……いい加減、遊び友達と言っても良いくらいだものな。どうして今まで聞こうともしなかったのか。
「私か、私はな、」
私が言いかけたその時、突然に不良少女が立ち上がった。
灰色のパーカーのポケットに手を突っ込んで、毅然とした、というよりは不機嫌そうな目を、出口に向けている。
「悪い、急用だわ。また今度な」
「ん。そうか」
なんだろう。族か何かの集会でも始まるのだろうか。
「じゃ」
「ああ。またいつか」
彼女は台の上のコインクッキーをかっさらい、その割には急いでいる様子で出ていった。
けれど、飲みかけのコーラは置きっぱなしだった。
「……む、魔女反応?」
と、私はコーラに気を取られていたのだが、いつの間にかソウルジェムが魔女反応を示していることに気がついた。
近く、というほどでもないが、少し離れた場所にいるのだろう。このくらいの距離だったら……。
「あ、消えた」
狩ってやろう。と思ったのだが……反応は綺麗に消失してしまった。
「……やれやれ、何なんだか」
色々と釈然としない気持ちを抱えていたが、今日はもうやることもない。
さっさと帰って、ワトソンを湯たんぽにして眠るとしよう。
――路地裏。
奴を追い詰めた。
接触は許さない。
見つけ次第殺す。
引き金を引き、撃つ。
飛び散る肉片。消滅した生命反応。
──いや、まだ居る。
奴はまだ生きている。
また追わなくては。
無駄とわかっていながらも、奴を殺し続けなければ。
「っ……はぁ……」
朝だ。
跳ね起きて血流が回ったおかげで、目覚めの頭は存外悪くない。
しかし、身体はともかく気分は別だった。
問題は、ここ最近から見始めた不可解な夢である。
暗く、陰惨な……。
「……」
私は、起床した身体をそのままもう一度寝床に倒し、深く息を吐き出した。
しばらくぼんやりと、無目的に天井を眺め続ける。
病院と同じ、白い天井。
想起されない思考停止のキャンバス。
そこに色はない。何もない。私のように。
だが、暁美ほむらの深層心理は、いつだって闇色だった。
「起きよう」
これ以上考えても仕方がない。
言葉を起爆剤に、勢いだけで起き上がる。
そう、気分がどうしたというのか。私は私だし、暁美ほむらだし、花の女子中学生だ。
もたもたしてはいられない。今日だって、やることは多いのだから。
幸いなことにグリーフシードは前の魔女退治で集まっている。
またしばらくは、自由行動に専念できるだろう。
「にゃぁ」
「ワトソン……そうだ、まぐろ缶があるんだけど。食うか?」
「にゃにゃにゃ」
「うん、良い子」
夢の事を考えるのは、ひとまずやめよう。
そう簡単に、そう早く記憶が戻るはずもないのだ。
ゆっくり取り戻すことにしよう。焦ることなど何もない。
記憶があろうとなかろうと、私が暁美ほむらであることは、紛れもない真実なのだから。
「……いただきます」
朝食はバター醤油味だ。
喉越しの良い麺である。つまりは流動食のはずなのだが、あまり喉を通らない。
……久しぶりに、食欲がないようだった。
「にゃ」
「……君は、よく食べるね」
「にゃぁー」
このバター醤油をまぐろ缶を完食したワトソンに分け与えようとも考えたが、やめておこう。
塩分過多だし、コレステロール値が上がるのは好ましくない。
成長期のワトソンには、刺激の強すぎる食事だろう。
結局、私は大半を残したそれはラップをかけて、冷蔵庫の中に保存することにした。
「……あ」
冷蔵庫を開けて、思い出す。
中には飲みかけのコーラが入っていたのだ。
これは、昨日の族少女の忘れ物である。今日の夜に会えるなら、彼女に渡しておくべきだろう。
私は名乗りの途中だったし、彼女の名前も聞いておきたいからね。
「……そうだ、ワトソン。今日は、ショーがあるかもしれない、覚悟しておくように」
「にゃ」
任せろだと。私は良い助手を持った。
「それじゃあ、いってきます」