虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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そこにいただけのトリックスター

 

(はあ、今日もほむらちゃんは凄かったなぁ……色々と)

 

 まどかはいつもより少し遅めの帰路についていた。

 

(あれから男子たちの妙な熱気から逃げるのに大変だったよ……疲れたなあ)

 

 何故か。それは実のところ、彼女自身にもよくわかっていない。

 どういうわけかいつも以上に気迫のある男子達に囲まれ、奇妙な話やら説明やらを受け続けていたのである。

 

 それは非日常的な慣れない熱気であったのだが、それでも日常の内にある非日常であることには違いない。

 ここのところ彼女、鹿目まどかを取り巻いている本当の“非日常”は、思索に耽るたびに何度でも頭を過ぎっている。

 そう、ふと夕陽を見上げた今この瞬間でさえも。

 

(……ほむらちゃん、マミさん。ほむらちゃんはちょっと変わってるけど……すごく格好良い)

 

 思い浮かぶのは、二人の魔法少女の姿。

 まどかは知る由もないことだが、二人とも平均からは大きく上回るほどに、華麗な戦いを追い求める魔法少女である。

 

(マミさんは大人で、頼れる先輩で……やっぱり格好良い)

 

 演出を、見た目を重要視する戦い方。それを下支えする、確かな実力。

 良くも悪くも、二人の魔法少女を見たまどかは、より大きな理想に憧れを抱いていたのであった。

 

(私も魔法少女になれば、二人みたいに格好良くなれるのかな……こんな私でも誰かの……あれ?)

 

 考えながら歩くまどかの前を、二人の見慣れた少女が横切った。

 

 志筑仁美。そして美樹さやかである。

 口には出していないが、近頃この二人の間で会話がどこか硬かったのをまどかは感じていたので、こうして二人が一緒に歩いているのが珍しく思えていた。

 

 いいやそれよりも、とまどかは首を振る。

 

 

 ――確か、今日は仁美ちゃんのお稽古じゃなかったっけ

 

 

「仁美ちゃーん! 今日お稽古ごとは? どうしてここに……」

「はい? あらー鹿目さーん」

 

 仁美は普段よりはよほどおっとりした口調で、返事を返した。

 

「さやかちゃんも……あ」

「……ん、どうしたの、まどか……」

 

 仁美は違和感なかった。が、普段から快活なさやかの姿を知っているまどかは、彼女の様子に強い違和感を覚えた。

 そして、彼女のショートカットから覗ける“それ”を見て、息を呑んだ。

 

(首元に、あの時と同じ……!)

 

 魔女の口づけ。

 以前、一瞬だけ見てしまったOLの無残な死体がまどかの脳裏を過ぎる。

 ほとんど反射的に仁美の髪を手で漉いて寄せてみれば、彼女の首にも全く同じものが刻まれている。

 

 二人は既に、魔女に操られている。

 

「ね、ねえ二人とも、どうしたの? もう遅いよ、お家帰らないとだめじゃないかな……」

「あらあら、ふふ、心配症ですわ鹿目さん」

「そうだよ、帰る所なんてないよ……そんな資格ないんだよ……」

 

 話が通じているようで、通じていない。普段の二人ではない。

 少しでも会話を途切れさせてしまえば、何事もなかったかのように再び歩き出す様子を見れば、それはすぐに確信できた。

 

「だ、だめだよ帰ろうよ。ねえ、さやかちゃんしっかりしてよ……!」

「行こう、仁美」

「はいー」

「だ、ダメだってば……!」

 

 多少手首を掴んだ所で、二人が止まる様子はない。

 さやかと仁美は、ゆっくりとではあるものの、着実に魔女の元へと歩みを進め続けていた。

 

(あああ、大変なことになっちゃった……! 早くほむらちゃん……ああ、携帯番号わかんないよう!)

 

 急いで携帯を開いても、アドレス帳のあ行に目当ての相手はいない。

 数年来の友人のように思えた彼女の連絡先が一切無い。だが、まどかにそんなことに驚いている暇はなかった。

 

(そうだマミさん! マミさんならきっと大丈夫……! マミさん!)

 

 二つ目の相手。頼れる先輩のアドレスと番号は登録されていた。

 コールをかけてみれば、三回鳴るまでもなくすぐに通話が繋がった。

 

『鹿目さん!? ごめんなさい、今急いでいるから……!』

「マミさん! 大変なんです、さやかちゃんが……! い、いや、仁美ちゃん、あ、友達も……でも多分、もしかしたらもっと大勢の人が……!」

『キュゥべえから聞いたわ! ちょっと遠いけど……! 全力でそっちに向かってるから!』

「お願いします! 来てください……!」

 

 どうやら電話の向こうのマミもまた、既に行動している最中らしい。

 よほど急いでいるのだろう、マミとの通話はすぐに切れた。

 

(……あとは、私にできることはない……よね)

 

 マミに事情は伝えた。ほむらはいない。

 後、まどかにできることは……無かった。

 

(……二人の後を、追わなきゃ)

 

 それでも、全てを人任せにしたまま安全地帯に隠れられるほど、まどかは呑気な性格をしていなかった。

 さやかと仁美の歩く先には、必ず魔女がいる。そうだとわかってはいても、彼女は追わないわけにはいかなかったのだ。

 

 

 

(ああ、どんどん人気のない所に入っていくよぉ……)

 

 とはいえ、通行人の一切居ない、自分が歩いたこともないような辺鄙な場所にまでやってくれば、不安は募るし、心細さも高まってゆく。

 

(ここどこ? 工場……? 人気がないし……使われてない所なのかな……)

 

 さやかと仁美以外にも、虚ろな表情で建物へ入ってゆく人々がいる。

 老若男女様々だが、共通して自我らしきものが無く、状況を訝しむ様子はない。

 

 そして工業に無知なまどかにとって、ここが一体どのような工場であるかなど知り得なかった。

 電車やモノレールの重要部品を製造、組み立てする工場であるが、辺りから漂う慣れない油臭さは、彼女にとっては全く未知のものだ。

 それが魔女とは関係ない日常の要素だとしても、恐怖心は否応なく刺激されてゆく。

 

(沢山の人が集まってきてる……この人たちがみんな、魔女のせいで……!?)

 

 広い工場に集まってきた人々は、十人、二十人、そして三十人に達しようとしている。

 こんなにも多くの人々がどうするというのか。

 これから一体何が始まるというのか。

 

 まどかにはわからない。彼女はただ、脚を震わせてそこに居ることしかできなかった。

 

 

 ――シュコ、シュコ

 

 

「ひっ……!」

 

 音が聞こえた。

 空気の抜けるような、水の抜けるような音。

 

 それは少なくとも、まどかの日常には存在しない音であった。

 

 

 ――シュコ、シュコ

 

 

(何、何の音……? あっちの物影から聞こえてくる……!)

 

 奇妙な音は断続的に続いている。

 それは、建物に外付けされた軽トラックのある辺りからだろうか。

 何かの呼吸音なのか。だとすればどのような化物なのか……想像だけが先走り、焦燥が増してゆく。

 

「だ、誰か…そこにいるの?」

 

 まどかは音の聞こえてきた方へ、反射的に誰何した。そして後悔する。

 

(声かけちゃったけど……ま、魔女とか使い魔だったらどうしよう……)

 

 魔女の口づけを受けた人たちは喋っていない。

 しかしこうして喋りかけた自分は……大きな物音を出した人間だ。

 そこに潜むものが害意のある存在であれば、間違いなくまどかの命が狙われるだろう。

 

 しかし。

 

「その声は……」

「……あれ?」

 

 物陰から聞こえたのは、どこかで聞いた声だった。

 

「……まどか? か?」

 

 そして車の陰から顔を出したのも、やはり知った顔であった。

 同じクラスの転校生、謎多き美少女、暁美ほむらである。

 

「……ほむらちゃん?」

「ああ」

 

 ほむらは何も考えていないかのような顔で頷く。

 このような状況で無責任なまでに頼もしい姿に、まどかはようやく、長い緊張から解き放たれた気がした。

 

「あ、ありがとう! 来てくれたんだね……!」

(……あ、魔女反応出てる)

 

 当の彼女は今更ソウルジェムを確認して魔女反応と異変を察知したのだが、まどかは知る由もない。

 

 


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