虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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塔を揺るがす砂嵐

 

 人目を忍んで閑静な工場地区まできたというのに、気がつけば辺りは随分と騒がしくなっていた。

 いや、騒ぎというか、人通りが多いなとは思っていたのだ。だからこそ、こうして廃工場の中で、こそこそと燃料採集をしていたわけで。

 

 しかし、まさかそれが魔女の仕業だとは思わなんだ。

 どうやらこの人々は、魔女の口づけを受けた人間らしい。

 人々に混じってまどまどしているまどかは違うようだが……。

 

「うふふふ……」

「恭介……」

 

 ――群衆には、仁美とさやか。親しい二人の姿が見えた。

 

 うつろな目で、おぼつかない足取りで。二人を含めた人々は、次々と廃工場の奥へと入ってゆく。

 当然、見過ごせるはずもない。

 

「おい、さやか。仁美」

 

 一応声を掛けたものの、無反応。二人はゆらゆらとおぼつかない歩調で歩いてゆくばかりだ。

 夢遊病というにも、徘徊癖というにも無理がある状況だろう。

 

「お願いほむらちゃん、早くさやかちゃんたちを助けてあげて……!」

「わかってる、必ず助ける」

 

 さやかも仁美も私の大切な友達だ。

 絶対に、魔女に殺させてなるものか。

 

「そうだよ、俺は、駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった……」

「今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな……」

 

 集団を率いているのは……幸薄そうなおじさんだ。

 ひょっとすると、この人の車から燃料を取ってしまったのかもしれない。

 まあ良い。魔女の脅威から助けてやるんだ。それでチャラにしていただこう。

 

「ふん、何をしてる、渡せ」

「あっ……」

 

 集団の一人が、バケツに二種類の業務用洗剤を注ぎ込もうとしている最中だった。

 私はうつろな女性から塩素系のそれを奪い取り、また丁寧に中央に置かれたバケツも掴み取った。

 そして二つを窓の外へ向かって、全力で。

 

「っはぁあッ!」

「きゃっ……!」

 

 投げた。

 喧しい破壊音と共に、二つの化学的脅威は窓の外へと去っていった。

 いや、ひょっとすると窓の外で混じっているのかもしれないが。

 ……心配になってきた。いや、屋外だから大事には至らないだろうけども……。

 

「なんてことを……」

「よくも儀式を……!」

 

 しかし危険な状況から助けてやったというのに、操られている人々はお怒りの様子だ。

 何故こうも憎まれ口を叩かれなければならないというのか。

 不快なので、さっさと魔女を片づけるとしよう。

 

 

 

「ひぃ……音が聞こえるよぉ……」

 

 けたたましいノックの音が響いている。

 防火扉に、鉄製の作業台によるバリケードが叩かれている音だった。

 襲い来るアグレッシブな自殺志願者たちは、私が築き上げた障害物を前に為す術がないようだった。

 強くドアを叩く音こそ聞こえてくるが、このドアを破って侵入するよりは、きっと壁を破壊した方が早いくらいだろう。

 

「何人がかりで押してこようが、鉄製の作業台を五台もバリケードに使ったんだ。心配せずとも、開きやしないさ」

「す、すごいね……」

「後で直しておかないと、工場長が普通に自殺してしまうかもしれないな」

「う……ほむらちゃん、できれば後で……」

「もちろん元通りにするよ」

 

 窓ガラスは既に割ってしまったがね。ま、それは必要経費ということで。

 

 で、それはさておきだ。

 この部屋に来たからには、やることをやらねばならないだろう。

 

「……さあ、魔女の空間に入るぞ」

 

 魔女反応があるとわかってしまえば、結界のある部屋はすぐに見つかった。

 あとはここに飛び込んで、魔女を殴りつけるばかりである。

 いつまでもあの扉をノックさせていては、人々が手を痛めてしまう。さっさと倒さねばならないだろう。

 

「……ほむらちゃん。私も、ついて行っていい?」

「死んでも構わないというのであれば」

 

 そっけなく私が言うと、まどかは背筋を伸ばして驚いた風だった。

 ……ちょっと意地悪しすぎたかな。

 

「ふ、冗談だよ」

「な……なあんだ……でも、うん。気をつけるね」

「大丈夫、まどかは私が必ず守るさ」

「ほむらちゃん……」

 

 

 ――そう、貴女を守る私になる

 

 

「ッ……つ……!?」

 

 突然の痛みが、右側頭部を襲った。

 衝撃とも呼べる一瞬のそれに、思わず片膝が崩れ落ちかけてしまう。

 

「ほむらちゃん!?」

「だ……大丈夫。ただの、片頭痛だ」

 

 今の頭の靄は一体何だ。

 頭痛は……めまいは……いや、平気だ。今は、なんともない。

 

「……さあ、魔女を倒そう」

 

 ……気にすることはない。

 ただ、たまたま体調が悪かっただけ。

 

 検証は後だ。今はただ結界へと足を踏み入れれば、それでいい。

 

 

 

 結界内部は、狭かった。

 縦長の穴のような空間で……ふわふわと浮かび上がってしまいそうな、そんな特殊な結界である。

 

『hyahhhh』

『fufffffff』

 

 ゆらゆらと身体が木の葉のように不安定に落ちゆく中、姿勢制御もままならないというのに、羽を生やした天使のような使い魔がやってきた。

 それも二体同時。連中の攻撃手段はわからないが、あのニヤケ面を見る限り、きっとろくでもないものだろう。

 

「ひゃあ……! わ、わ、か、身体が……動けないよっ!?」

「なに、心配はいらない」

 

 

 *tick*

 

 

 小さな結界みたいで助かった。急いでいる時には嬉しい手合だ。

 敵の強さがどうであれ、それは私にとっては関係ない。探す手間が省ければ、あとは本体を軽く壊してやれば良いだけなのだから。

 

 

 *tack*

 

 

「1.パントマイムの見えない壁」

 

 接近してきた二匹の使い魔が突如として結界の端まで吹き飛ばされ、消滅する。

 その光景はまるで、見えざる壁に跳ね返された……かのように見えたことだろう。

 

「……すごい」

 

 だろう? ……うんうん、やはりギャラリーがいるのは良い。

 

「さてさて。使い魔も弱いとなれば、魔女も大した事のない相手だろう。さっさと片づけ、さやかと仁美を救い出そうか」

 

 大して広くもない結界だ。

 私が気配のする方へ顔を向ければ、それに触発されたのか、翼の生えたブラウン管のような魔女が舞い降りてきた。

 

「ひっ……」

 

 いや、ブラウン管というよりはパソコンだろうか。

 どちらにせよ、あちらは使い魔を殺されて怒っているらしい。

 

『th――……zhzhzhzh――……』

 

 モニターは明滅と共に、砂嵐を映している。

 不気味な姿だが、大抵の魔女がそんなものだ。慣れていれば、恐怖はない。

 必要なのは、私の後ろで恐怖するまどかを楽しませるほどの……快勝だけだ。

 

「さあ、ショータイムと参りましょうか」

 

 ハットを持ち、深々と挨拶する。

 やれやれ、今日は魔女と戦わないと決めていたのだが。

 それでも、出会ってしまったからには仕方がない。

 

 

 *tick*

 

 

「いきなり平手とは御挨拶だな」

 

 魔女は頭を下げた私を無防備と見たのか、モニターの身体を回転させ、翼をこちらに打ちつけようとしていた。

 相変わらず、少し隙を見せてやればすぐにこれだ。常に後の先を譲ってくれるのはありがたいね。

 

 しかし、こちらが挨拶しているというのに、無言で攻撃を仕掛けてくるとは……いただけないことだ。

 そんな無礼者には、こうしてやろう。

 

 

 *tack*

 

 

「2.輪切りトロピカルコースター」

『――ththht!?』

 

 翼に巻きついた鋼線は、長めのソードによって外壁に固定されている。

 私の魔力によって更に強度を増した鉄線は、非常に鋭いものだ。

 

 魔女の翼のひとつは、自らの勢いによって三つに切断された。

 それまで飛行制御が万全だった魔女の身体が、痛みを訴えるように不安定に揺れ動く。

 

『zhzazazzaza!』

 

 お次はモニターの中から先程の使い魔を召喚しようと目論んでいるらしい。

 気持ち悪い顔の量産天使が、五匹飛んでくる。

 

 

 *tick*

 

 

 だがその使い魔は先程の攻撃で、簡単に対処できる相手だとわかっている。

 

「しかし、本当に弱い魔女だな」

 

 下手をすれば、時間を止めない私でも倒せるかもしれないぞ。

 念には念を入れて、しっかり戦うけどね。

 

 

 *tack*

 

 

「3.レスターのナイフ」

 

 モニターから現れた全ての使い魔は、カットラスによって串刺しにされた。

 

『pyyyyyhyhyyyyhyyy!』

 

 同時に、よわっちい魔女のもう片方の翼も切断された。

 これで飛行能力は完全に失われたも同然だ。おそらく、後は申し訳程度の機動力しか残っていないだろう。

 つまりは、ほとんどこれで詰みというわけだ。

 

 全く。最近の魔女からは戦う気力というものが感じられないな。

 腑抜けすぎではないだろうか。これでは演出して盛り上げようにも限界があるぞ。

 

「全く、これではショーじゃなくて、まるでスナッフムービーだな」

 

 結界の地面に横倒しにされたモニターを蹴っ飛ばし、ダメージを与える。

 無抵抗な魔女は二、三回宙を舞って、こちらに画面を向けるようにして落下した。

 

 ここまでくればもはや、粗大ごみ相手に戦うようなものだ。

 相手が抵抗する様子もないし、後は一方的に傷つけるだけで済むだろう。

 

「終わったの……?」

「これから消えてもらうさ」

 

 魔女に歩き、近づく。

 まどかも結界内の浮遊感になれたのか、慣れない足取りでついてくる。

 魔女に歩み寄るというのも、本当はリスクのある行為なのだが……こいつの場合は問題もないだろう。もはや、こいつに害はない。

 

『zhzh――』

「……ん?」

 

 砂嵐の画面に、うっすらと何かが映っている。

 

「……? なにこれ……?」

「――あ」

 

 

 それは、いつも夢に出てくる陰惨な――

 

 ――私の、過去(深層心理)

 

 

 


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