瓦礫の大地。
私の袖。
黒い銃。
誰かの手。
ソウルジェム。
嗚咽。
発砲。
硝煙――。
「っ……ぁぁあああぁああッ! そんなものを見せるなッ!」
魔力を込めたステッキが、魔女のモニターをたたき割る。
「それは私ではない! 私は私だ!」
何度も何度も、割れたガラスの奥まで叩く。
画面は既に無数のヒビと割によって見えなかったが、それでも叩き続ける。
壊さなくてはならない。
抹消しなければならない。
私の過去を。暗すぎる記憶を。
「そんな暁美ほむらなんて、私ではない! そいつはもう居ない! 私は……!」
「ほむらちゃん……?」
振り向くと、まどかが私を見ていた。
なんだまどか。どうした。その表情はなんだ。
私は……魔女を倒したんだぞ。なのにどうして、そんなに……怖そうな顔をする必要があるんだ。
「今の、画面に映ってた腕って……ほむらちゃんの、だよね……?」
「あれは……!」
あれは私だ。私が一番よくわかっていないが、わかっていなくてはならない、いつかの私だ。
でも、違う。あれは私ではない。
「あの、画面で銃を持って……」
「違う! あれは魔女の……!」
「ソウルジェムって、魔法少女の魂なんだよね……!?」
結界が崩壊してゆく。崩れ去る。
音を立てて。何もかもが。私の築いた砂の城が。
ショータイムが、終わる。
「……暁美さん? 今の、見てたけど……どういうこと……?」
「マミ……!」
裏口から入ってきたマミの表情を見て、私は固まった。
彼女の浮かべる表情が、まどかと同じだったから。
マミも見たのだ。 あの忌々しい魔女のモニターを。
私の内面を移した……忌々しくも、笑い飛ばすことの出来ない……おそらくは、真実を。
「ほむらちゃん……?」
「今の魔女は精神攻撃をしてくるタイプの魔女かしら……けど、なんというか……完璧な幻覚というわけでも、なかったみたいだけど」
二人の目が私を刺す。冷静ではいても、私を観察するような、窺うような目だ。
……あの魔女はもっと早く片を付けておくべきだった。
そうすれば……。そうすれば……私は、私のままでいられたのに。
中途半端に甦ってきた暁美ほむらの破片が、私の世界を傷つける。
完全に戻ってこないくせに、今の私の邪魔をする。
根暗のくせに。眼鏡のくせに。
「えっと、暁美さん……今の映像、どういうことなの?」
魔法少女を殺した映像を見て、触れるべきか、触れずにおくべきなのか、恐れ戸惑うマミの顔。
人を殺した私に怯えるまどかの顔。
どうしてそんな顔、するんだよ。
あれは、私ではないのに。
「モニターのあの手は、暁美さんの手」
マミが私の袖を指差す。
「そしてその手に持った銃が撃ち抜いたのは……ソウルジェム、よね?」
知るか。私が知るものか。
訊くなよ。訊かないでよ。
暁美ほむらがやったことの全てを私が関知しているわけがない。
彼女がやったことで私が知っている事といえば、……魔法少女殺しと、あと猟奇的な連続殺人かなにかと、……。
「答えてよ! 答えてくれなきゃ、私もわからないよ……!」
暁美ほむら! 君は何をしている!?
君は何をやってきた!? 何故あんなことを!?
どうして私が!
無関係な私を巻き込むなよ!
「私は……知らない! 私はやっていない!」
「暁美さん!?」
私は叫んだ。それしか言えなかったから。
*tick*
弁明もできない私に許された行動は、時間を止めて逃げることだけ。
過去への不信、マミの声、まどかのおどおどした表情、頭にかかる靄とノイズ、全てが鬱陶しかったのだ。
こんな場所にはもういられたものではない。
「私は……暁美ほむらじゃない! 暁美ほむらの事なんか、何一つ知らない! 知りたくもない!」
裏拳が壁を砕き、三発目には大穴が開く。
工場長がどうなろうと、もう知らない。
*tack*
私は離脱した。
「……ん?」
美樹さやかは慣れない寝心地に目を覚ました。
気付けば既に夜で、バス停の椅子にもたれるようにして眠っていたのである。
「さやかちゃん……大丈夫?」
「まどか? 私……あれ?」
その上、隣では仁美が肩に持たれるようにして、同じように眠っている。
「え? 何このシチュエーション、なんでこんなところであたしと仁美が寝てるのよ……」
「気がついた?」
「マミさん」
「美樹さん、魔女の口づけを受けていたのよ……危ないところだったわ」
「私が……!? えっうそ」
思わず手鏡で首元を見ようとするが、それらしき痕は見当たらない。
「ほむらちゃんが助けてくれたんだよ、魔女をやっつけてくれて……」
「え、ほむらが? ……うーん、あいつには頭があがんないなあ」
さやかは困った笑顔を浮かべて頭を掻いた。
が、まどかとマミはそれに対し、何と言えば良いのかわからないような顔を浮かべている。
「ん? 二人ともどうしたの? 暗い顔して……まさか、ほむらが魔女に!?」
「ううん、そうじゃないの。暁美さんは難無く魔女を倒したわ、けれどね……」
「けれど……?」
ほむらが魔女を倒してくれた。しかし、ほむらはこの場にいない。
暗い可能性が頭を過ぎったが、そうではないのだとマミは言う。考えてみても、さやかにはわからなかった。
「……ほむらちゃん……なんでだろう」
「それが……色々と、あってね。私達もまだ、よくわかっていなくて。でも……暁美さんのこと、何かあるかもしれないから……美樹さんには伝えておくね」
「?」
見滝原。
ここは、暁美ほむらが転校し、新たな生活を送るはずだった場所だ。
当初の私は、暁美ほむらがこの街で暮らしていけるように……学校生活を卒なくこなし、友人を作り、魔女を狩っていた。
……記憶を取り戻し、引き継いだ後の事を考えて行動していた。
だが、夢で見るのだ。
一度や二度でなく、何度も何度も。夢の中で暗躍する、私視点による奇妙な記憶の片鱗を。
暗い世界で、私は何人もの誰かを殺し、魂を砕き……後ろ暗いなにかを続けていた。
魔法少女を何人殺したのだろう。
何を殺し続けていたのだろう。
何を設置し、何を企んでいたのだろう。
わからない。記憶は完全に戻らず、彼女の人格も見えてこない。
けどね、暁美ほむら。
記憶を取り戻していない私でもわかるんだよ。
(私は、記憶を取り戻してはいけない……)
記憶が戻るだけならいい。
罪深い過去を再認識する。それはおそらく受け入れがたいことだろうが、良いだろう。背負えと言うならば、背負ってやろう。それもまた、私の責任だ。
けど、記憶だけでなく、暁美ほむらの感情が再び戻って来ることが、私はそれ以上に恐ろしかった。
もしも前の暁美ほむらの人格に戻ってしまったら、その時に私は何をするのだろう。
この平和な見滝原で。
マミを手にかけるのか?
この町を、荒野に変えてしまうのか?
「……ワトソン、私はどうすればいいのかな」
路傍を振り向けば、そこには何の影もない。
「ワトソン……」
ワトソンは隣にいなかった。
……急いでいたから。そのせいで、工場ではぐれてしまったようだ。
いや、ひょっとするとワトソンもまどかやマミと同じで、血なまぐさい私の本質に気付いたのかもしれないが。