虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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わからなくてもいい。(何も伝わらなくてもいい。)

 

 瓦礫の大地。

 

 私の袖。

 

 黒い銃。

 

 誰かの手。

 

 ソウルジェム。

 

 嗚咽。

 

 発砲。

 

 硝煙――。

 

 

「っ……ぁぁあああぁああッ! そんなものを見せるなッ!」

 

 魔力を込めたステッキが、魔女のモニターをたたき割る。

 

「それは私ではない! 私は私だ!」

 

 何度も何度も、割れたガラスの奥まで叩く。

 画面は既に無数のヒビと割によって見えなかったが、それでも叩き続ける。

 

 壊さなくてはならない。

 抹消しなければならない。

 

 私の過去を。暗すぎる記憶を。

 

「そんな暁美ほむらなんて、私ではない! そいつはもう居ない! 私は……!」

「ほむらちゃん……?」

 

 振り向くと、まどかが私を見ていた。

 

 なんだまどか。どうした。その表情はなんだ。

 私は……魔女を倒したんだぞ。なのにどうして、そんなに……怖そうな顔をする必要があるんだ。

 

「今の、画面に映ってた腕って……ほむらちゃんの、だよね……?」

「あれは……!」

 

 あれは私だ。私が一番よくわかっていないが、わかっていなくてはならない、いつかの私だ。

 でも、違う。あれは私ではない。

 

「あの、画面で銃を持って……」

「違う! あれは魔女の……!」

「ソウルジェムって、魔法少女の魂なんだよね……!?」

 

 結界が崩壊してゆく。崩れ去る。

 音を立てて。何もかもが。私の築いた砂の城が。

 

 ショータイムが、終わる。

 

「……暁美さん? 今の、見てたけど……どういうこと……?」

「マミ……!」

 

 裏口から入ってきたマミの表情を見て、私は固まった。

 彼女の浮かべる表情が、まどかと同じだったから。

 

 マミも見たのだ。 あの忌々しい魔女のモニターを。

 私の内面を移した……忌々しくも、笑い飛ばすことの出来ない……おそらくは、真実を。

 

「ほむらちゃん……?」

「今の魔女は精神攻撃をしてくるタイプの魔女かしら……けど、なんというか……完璧な幻覚というわけでも、なかったみたいだけど」

 

 二人の目が私を刺す。冷静ではいても、私を観察するような、窺うような目だ。

 

 ……あの魔女はもっと早く片を付けておくべきだった。

 そうすれば……。そうすれば……私は、私のままでいられたのに。

 

 中途半端に甦ってきた暁美ほむらの破片が、私の世界を傷つける。

 完全に戻ってこないくせに、今の私の邪魔をする。

 

 根暗のくせに。眼鏡のくせに。

 

「えっと、暁美さん……今の映像、どういうことなの?」

 

 魔法少女を殺した映像を見て、触れるべきか、触れずにおくべきなのか、恐れ戸惑うマミの顔。

 人を殺した私に怯えるまどかの顔。

 

 どうしてそんな顔、するんだよ。

 あれは、私ではないのに。

 

「モニターのあの手は、暁美さんの手」

 

 マミが私の袖を指差す。

 

「そしてその手に持った銃が撃ち抜いたのは……ソウルジェム、よね?」

 

 知るか。私が知るものか。

 訊くなよ。訊かないでよ。

 暁美ほむらがやったことの全てを私が関知しているわけがない。

 

 彼女がやったことで私が知っている事といえば、……魔法少女殺しと、あと猟奇的な連続殺人かなにかと、……。

 

「答えてよ! 答えてくれなきゃ、私もわからないよ……!」

 

 暁美ほむら! 君は何をしている!?

 君は何をやってきた!? 何故あんなことを!?

 

 どうして私が!

 無関係な私を巻き込むなよ!

 

「私は……知らない! 私はやっていない!」

「暁美さん!?」

 

 私は叫んだ。それしか言えなかったから。

 

 

 *tick*

 

 

 弁明もできない私に許された行動は、時間を止めて逃げることだけ。

 過去への不信、マミの声、まどかのおどおどした表情、頭にかかる靄とノイズ、全てが鬱陶しかったのだ。

 こんな場所にはもういられたものではない。

 

「私は……暁美ほむらじゃない! 暁美ほむらの事なんか、何一つ知らない! 知りたくもない!」

 

 裏拳が壁を砕き、三発目には大穴が開く。

 工場長がどうなろうと、もう知らない。

 

 

 *tack*

 

 

 私は離脱した。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 美樹さやかは慣れない寝心地に目を覚ました。

 気付けば既に夜で、バス停の椅子にもたれるようにして眠っていたのである。

 

「さやかちゃん……大丈夫?」

「まどか? 私……あれ?」

 

 その上、隣では仁美が肩に持たれるようにして、同じように眠っている。

 

「え? 何このシチュエーション、なんでこんなところであたしと仁美が寝てるのよ……」

「気がついた?」

「マミさん」

「美樹さん、魔女の口づけを受けていたのよ……危ないところだったわ」

「私が……!? えっうそ」

 

 思わず手鏡で首元を見ようとするが、それらしき痕は見当たらない。

 

「ほむらちゃんが助けてくれたんだよ、魔女をやっつけてくれて……」

「え、ほむらが? ……うーん、あいつには頭があがんないなあ」

 

 さやかは困った笑顔を浮かべて頭を掻いた。

 が、まどかとマミはそれに対し、何と言えば良いのかわからないような顔を浮かべている。

 

「ん? 二人ともどうしたの? 暗い顔して……まさか、ほむらが魔女に!?」

「ううん、そうじゃないの。暁美さんは難無く魔女を倒したわ、けれどね……」

「けれど……?」

 

 ほむらが魔女を倒してくれた。しかし、ほむらはこの場にいない。

 暗い可能性が頭を過ぎったが、そうではないのだとマミは言う。考えてみても、さやかにはわからなかった。

 

「……ほむらちゃん……なんでだろう」

「それが……色々と、あってね。私達もまだ、よくわかっていなくて。でも……暁美さんのこと、何かあるかもしれないから……美樹さんには伝えておくね」

「?」

 

 

 

 

 見滝原。

 ここは、暁美ほむらが転校し、新たな生活を送るはずだった場所だ。

 当初の私は、暁美ほむらがこの街で暮らしていけるように……学校生活を卒なくこなし、友人を作り、魔女を狩っていた。

 ……記憶を取り戻し、引き継いだ後の事を考えて行動していた。

 

 だが、夢で見るのだ。

 一度や二度でなく、何度も何度も。夢の中で暗躍する、私視点による奇妙な記憶の片鱗を。

 

 暗い世界で、私は何人もの誰かを殺し、魂を砕き……後ろ暗いなにかを続けていた。

 

 魔法少女を何人殺したのだろう。

 何を殺し続けていたのだろう。

 何を設置し、何を企んでいたのだろう。

 

 わからない。記憶は完全に戻らず、彼女の人格も見えてこない。

 

 けどね、暁美ほむら。

 記憶を取り戻していない私でもわかるんだよ。

 

 ()は危険だ。

 

 

(私は、記憶を取り戻してはいけない……)

 

 記憶が戻るだけならいい。

 罪深い過去を再認識する。それはおそらく受け入れがたいことだろうが、良いだろう。背負えと言うならば、背負ってやろう。それもまた、私の責任だ。

 けど、記憶だけでなく、暁美ほむらの感情が再び戻って来ることが、私はそれ以上に恐ろしかった。

 

 もしも前の暁美ほむらの人格に戻ってしまったら、その時に私は何をするのだろう。

 この平和な見滝原で。

 マミを手にかけるのか?

 この町を、荒野に変えてしまうのか?

 

「……ワトソン、私はどうすればいいのかな」

 

 路傍を振り向けば、そこには何の影もない。

 

「ワトソン……」

 

 ワトソンは隣にいなかった。

 ……急いでいたから。そのせいで、工場ではぐれてしまったようだ。

 いや、ひょっとするとワトソンもまどかやマミと同じで、血なまぐさい私の本質に気付いたのかもしれないが。

 

 


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