既に受け取っていたらしい制服を着る。
「ふむ」
スカートの丈は、中学生にしてはやや短いように思える。
少なくとも、従来の暁美ほむらには似合わない派手さだろう。
けれど、今の私にはこれくらいが似合いそうだ。醜くはない、むしろ綺麗な脚なのだから、出し惜しみする必要は何もない。
下ろした長髪をブラシで整え、黒いカチューシャで適当に前髪を留める。
赤縁の眼鏡は必要ないが、暁美ほむらが持っていた品だ。何かのきっかけになるかもしれないので、鞄に詰めておこう。
「さて、準備は万端かな?」
忘れ物は無さそうだ。
……いや、記憶か?
まぁいいか。どうせ、ここに私の記憶は転がっていない。
さっさと立ち去り、見滝原中学で新たな一歩を踏み出そう。
後ろの足跡が見えないのなら、歩いて作ってやるしかないのである。
「いってきます」
閉塞感のある病室に別れを告げる。
そうして私は新たなる一歩を踏み出すのだった。
その十数秒後、私は再び病室の戸を開いていた。
「グリーフシードを忘れてた」
ついうっかりしてた。
このまま忘れ去っていたら、病院全体が複数の魔女によって陥落してたかもわからんな。ははは。
「じゃ、今度こそ。いってきます。もうここには帰ってきません」
ホントのホントに終わり。
さらばだ、私の始まりの地よ。
未使用のグリーフシードが四つ。
一度だけ使ったグリーフシードが一つ。
そして、かなり黒っぽくなってそろそろ魔女が孵化しそうなグリーフシードが三つ、私の鞄に捩じ込まれている。
鞄の中にしまってはいるが、グリーフシードの収納はこれで良かったのだろうか。
多分良くない……気がする。というより、ほぼ確信として取扱を誤っている気がしてならない。
グリーフシードを眺めていると、私の頭の中で警鐘が鳴り続けるのだ。これはまずい。なんとかしなくては、と。だからどうにも、気分が落ち着かない。
確か収納、回収……そんな感じで、無害化していたのだと思うのだが。
あれ、収納だっけ。回収だっけ……。
「──どっちでもよろしい!」
うおっと、驚いた。身体がビクッってなった。
……どうやら、私の担任となるであろう女性が教室内で荒れているらしい。
廊下からそっと覗き見る限り、どうにもおかんむりのようである。
しかも今まさに怒りによって教鞭がへし折られた。
私は、これからイジメにでもあうのだろうか?
正直なところ、不安しか無い光景なのだが。
「どうぞ、入ってください」
それでも入れと言われたら、入るしかないのだろう。
ほぼガラス張りの壁越しに、転校生が満を持しても少々格好付かないところであるが、呼ばれたタイミングで入るのは手筈通りだ。
既にクラス内の子たちもチラチラと私の方を見ているし、もったいぶらずに姿を晒すとしよう。
さあ、私の晴れ舞台だ。
学校。私が私であると認識される、最初の舞台。
「……」
戸を開き、無言のまま教壇まで歩く。
可能な限り、上品に。それでいて、格好良く。
そわそわうるさいクラスメート達にはまだ目線をやらない。
興味がないわけではないが、ここで目まぐるしく視線を漂わせてオドオドするのはいただけないからだ。
……これくらいでいいだろう。
教壇のちょうど中心で、前を向く。腕は後ろに。背筋は伸ばして。
教室を見回すのは一度きり。しかしただ泳がせるわけではなく、皆の視線をなぞるように、堂々と。
「……えっと、名前、書く?」
「そうしましょう」
担任から電子チョークを受け取り、ブラックボードに文字を走らせる。
見ている生徒も、教師も、私にさえも馴染みの無い名前が、今ここに刻まれる。
「私の名前は、暁美ほむら。どうぞよろしく」
薄く微笑んで、再びクラスを見渡す。
すると予想通り、私の雰囲気に圧倒されたであろう面々のポカンとした顔が見られた。
うむ。最初のコンタクトにしては、これはなかなか上等な結果であると言えるだろう。
一部、何故か険しい顔で驚いてるトロそうな女の子もいたが。
まぁ、大人数がいるクラスだし、中にはそういう変な子もいるのだろう。
あまり深くは気にしないことにした。
「えーっと、暁美さんは長い間入院生活を送っていたので……」
「ん?」
「えっ? な、何か間違っていたかしら」
「……いえ、なんでもないです」
長い入院、か。
暁美ほむらは、何度も入退院を繰り返しているらしいが。
……魔法少女の身体で入院、ね。
わざわざする必要があるとは思えないのだが……学校側にも病弱と伝えているからには、暁美ほむらにそれなりの事情でもあったのかもしれない。
「無愛想だけど、すっげー美人だねぇ」
「……うん」
「どうしたまどか~、まさか転校生のミステリアスな雰囲気に惚れちゃったかぁ~?」
「えっ!?そそ、そんなんじゃないよぉ」
クラスから潜めた話し声が聞こえてくる。
それが好意か悪意かの判別はつかなかったが、他人から注目されて悪い気分にはならない。
これが転校生というものか。今日は私が主役だな。
……そんな風にも、思っていたのだが。
「暁美さん、前はどんな学校に行ってたの?」
「ん。普通の学校、あまり覚えに無いくらい普通だったかな」
「綺麗な髪~、何使ってるの?」
「ありがとう。ふふ、何だと思う?」
「暁美さんってかっこいいねー」
自己紹介を終えた私を待っていたのは、質問の嵐だった。
飄々と答えてはいるものの、過去のことを聞かれる度に、頭を高速回転させなくてはいかなくなる。顔には出さないけれど、内心では全然余裕がない……。
……そろそろ、取り巻くのをやめて欲しいのだが……。
「部活は何してたの?」
くそ、想定外だった。想定しておくべき単純なことだったのに。
転校したら、その前のことについて聞かれるのは当たり前じゃないか……。
「あ~……」
そろそろ限界だった。
即興であっても、嘘は八百も出なかった。
「……すまない、どうも今朝から気分が優れなくて……保健室はどこか、教えてくれるかな?」
病弱設定に逃げるとしよう。
「あ、保健室? 暁美さん、えと、保健室だったらこっちだよ。私、保健係だから……ついてきて」
「ああ、すまないね。わざわざ」
「ううん、ごめんね? クラスのみんな、転校生なんて珍しいから、はしゃいじゃって」
私は具合が悪いことにして、保健係の彼女と共に廊下へと出た。
体が弱いのは事実なので、初日に保健室の場所を覚えておいて損はないだろう。
保健係らしいツインテールの彼女はとても大人しく、性根の優しそうな子であった。
「暁美さんってかっこいい名前だよね、なんていうか……燃え上がれ~って感じで」
「は?」
「あっ、ご、ごめんね変なこと言っちゃって」
ふむ、燃え上がれ……ねえ。
燃え上がれ……。
……?
“良く言われる”……?
そんなはずはない。名前について言及されたのなんて今日が初めてのことだ。気のせいだろう。
しかし……燃え上がれ。
暁美ほむら、燃え上がれ、かぁ。
「……うん、確かにカッコいいかも」
「!」
「自分で言ってしまうけれど、確かに良い名前だ。名前負けしないように、かっこよくなりたいものだね。ありがとう、えっと……」
「えへへ……私、
「鹿目まどか。うん、可愛らしくて良い名前じゃないか。まどかって呼んでもいいかな?」
「うん! あ、私はほむらちゃんって呼んでも良い……?」
「もちろんだとも。これからよろしくね、まどか」
彼女の横に並び、微笑みかける。
すると彼女も、少し恥ずかしそうに笑った。
保健係のまどかはトロそうだけど、とても良い子らしい。