虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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GHOST IN THE SHELL

 

マミとの絆を取り戻し、杏子との絆を損なった。

 ワトソンを取り戻し、なんだかんだで白い鳩を手に入れた。

 

 全体で見れば、プラス収支に動いたはずの私の世界。

 なのにどうして、杏子との決別という一点が、こんなにも胸を刺すのだろう。

 

「にゃ」

「くるっぽー」

 

 ワトソンを温めるようにして、レストレイド(鳩)が翼を差し出している。

 鳥と猫ですらここまで仲良くなれるというのに、人と人との関係はいくらでもこじれてしまう。

 不思議だ。そして切なく思う。

 

 けど……魔法少女としての信念は、人の生き方そのものだ。

 口出しをすべきではないし、あまり干渉しても……お互い、良い結果にはならないだろう。

 

「……」

 

 ワトソンから分けてもらったまぐろ缶の一部をなんとなくかじりながら考えていたら、私の瞼は無意識のうちに重くなっていった。

 

 そういえば、明日は休みだっけ。

 さて、何をしようか。……何もしたくない。

 

 嘘。気晴らしに、新しいマジックの披露……。ぐう。

 

 

 

 

『……』

 

 机の上に項垂れていた。……はずなのだが。

 気がつくと私は、見慣れないソファーに腰掛けていた。

 

 ……夢?

 

『いや』

 

 右手を開く。閉じる。……夢にしては、はっきりしていた。

 確かに私が動いている感覚がある。

 

 しかし、辺りの景色は夢のように異様だった。

 

 真っ白な部屋だ。

 間取りは私の部屋に酷似している。

 

 中央には寝そべるには不便な湾曲したソファー。

 天井には、影がちらついて落ちつかない、分解したはずの振り子ギロチン時計。

 壁か空間かもわからない白い壁には、平面軸に揺れ動く、額縁の図面達。

 

 一言で言えば妙。または不便。そんな、私の部屋だった。

 

 所々は、私の記憶にもあるような家財が使われている……から、ふむ。

 やはりこの空間は、一部の感覚こそ目覚めたようにはっきりとしてはいるが、私の心理が見せた夢なのだろう。

 

『……』

 

 で、夢だ。それはいいのだが。

 私はここにいるというのに、どういうわけか、ソファーには他にも私が座っていた。

 

 魔法少女姿のまま、膝の上で手を結び、頭を項垂れている。

 髪を降ろした、今の私のような私だった。

 

『ふむ』

『……』

 

 なんとなく、私は私の隣に座ってみた。

 しかし私は猫背にならないし、俯いたりはしない。

 その体勢で寝ると首を寝違える事を知っているからだし、陰気なことは好きじゃないからだ。

 

 だから私は、美しい姿勢を保持したまま、白い壁にゆらめく無数の図面達を眺めていた。

 図面はぼやけていて、ここからだと何も見えないけれど。

 

 

 

『……疲れた』

 

 隣で、もう一人の夢の中の私が景気悪そうにつぶやいた。

 何故私が私の弱音を聞かなくてはならないのか。そんなもんやりした気分にさせられたが、こんな無意味な自問自答も悪くない。

 

『だったら、横になって寝ると良いさ』

 

 私は額縁を眺めたまま答えた。

 額縁の中には絵らしきなんぞがあるのだが、目を細めてみてもぼやけていて見えない。

 だが少なくとも、陰気にしょげている私自身の姿に視線をくれてやるよりは、マシだったのだ。

 

『……休めないわ』

 

 隣の私は力なく、うつむいたままに答える。

 何故この私は、こんなにもダウナーなのだろう。

 

『曲がったソファーしか置かなかった君が悪いんだろうさ』

 

 私は後ろに寝そべるようにして答えた。

 

 だが弧を描くソファーの上では、結果として寝そべると言えるほどくつろぐことはできず、頭が辛うじて中央のソファーに乗るだけにとどまった。

 腰や肩が支えられていない。癒やしを求めた割に、腹筋が鍛えられる姿勢だった。

 

『……そうね、真っ直ぐなソファーにしておけばよかったわ……』

 

 隣の私が、どこまでも落ち込んだ声でそう零す。

 ……やれやれ。いい加減、この私っぽい私の面倒臭さに堪忍袋の緒が輪切りになりそうだ。

 

『だったら、新しいソファーを買いに行くと良いさ』

 

 私は椅子から滑り落ち、後頭部を打ちつけながら言った。

 

『……もう、お金がなかったのよ……』

 

 じゃあ無理だ。

 

 そんなところで、夢は覚めたのだった。

 

 

 

 

「……」

 

 目を開ける。

 後頭部が痛い。

 

 結局のところ、頭を打ったこと以外はどうしようもないほどに、それは夢だった。

 だがそれは今までの陰惨な夢とは違い、過去というよりは色々なものをごちゃまぜにした、わけのわからない闇鍋のような夢だった。

 

「くるっぽくるっぽ」

 

 レストレイドが私の後頭部の上で跳んだり跳ねたりしている。

 家主に対してとんでもない仕打ちである。新入りとしての身分をわきまえてほしいものだ。

 

 だが、まぁ。悪くはない。

 

「……朝食を食べよう」

「にゃ」

「くるっぽー」

 

 ワトソンも起きていたらしい。猫は早起きだな。

 であれば、三人分の朝食を作らなくてはならないか。

 

 今日から支度が大変になりそうだな……。

 

 

 

「ぐふ」

 

 暖かな朝過ぎ。明るくなってきた休日の見滝原。

 だがそんな長閑な陽気をよそに、私の腹の中では朝食の油そばと水道水が胃の中で取っ組み合いを始めていたのだった。

 

 一体何が駄目だったのだろう。私の腹は唸るばかりで答えてくれない。

 

「にゃ?」

「大丈夫、歩ける、歩けるから」

 

 強がっている自覚はある。それを顔色に出さないようにするのも難しいほどであった。

 ううむ、辻斬りマジックショーを敢行しようとも思ったが、寸での所でやめるべきだろうか……。

 

 いいや、何を弱気になっているのだ。やめるわけにはいかないだろう。

 もう大通りまでやってきたのだ。ここで引き返してはマジシャンの名が廃ってしまう。

 

 ……し、しかし、腹痛が……腹痛が容赦ないのは事実……。

 マジシャンの名を一時返上してハンバーガー屋のトイレにでも駆け込むべきだろうか……。

 公衆トイレは嫌なのだ。どこか汚いから……。

 

「あ、見てあの子……」

「おお、マジシャンの子だ」

 

 おっと、背後で声が。

 そして会話の内容が、なんとも雲行き怪しいぞ。

 

「やるの?」

「見よ見よ、ついてこ」

「マジック生で見るの二回目くらいかも」

 

 しまった。これは罠だ。逃げられない。

 ど、どうしよう。彼女らの期待を裏切るわけには……うごごご。

 

 

 


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