虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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一人ぼっちはさみしいから

 

見滝原市のエキストラ達が、最初の頃よりも一段ほど高い私のステージを取り囲んでいる。

 マジシャンとしての体裁は持っているべきだということで、一応は壁を背にして設けた私の舞台。

 

 “Dr.ホームズのマジックショー”。

 

 壁に貼り付けたお手製の布看板には、そのように書かれていた。

 

「ホームズちゃん」

「ホームズちゃんっていうんだ」

「押すなよ、見えないだろ」

 

 ホムよりもホームズの方が格好良い。……はずだ。

 ポスカで描く寸前で変更して良かったと、今では思っている。

 どの道、こうして公表してしまえば後には退けないのだ。今から私は、Dr.ホームズとして周知されてゆく。その覚悟を持たねばなるまい。

 

「Dr.ホームズのマジックショー」

 

 シルクハットを掲げる。

 観客が唾を飲む音が小さく聞こえてくるようだ。

 

 

 *tick*

 

 

 視線が心地よい。

 この瞬間こそが、私がここに立っているのだと、強く実感できる。

 

 

 *tack*

 

 

「――始めさせていただきます」

「くるっぽー」

 

 時間停止の解除と共に、ハットの中から飛び立ってゆく白い鳩。

 レストレイドは青空に向かって、綺麗に元気よく羽ばたいていった。

 

 陽を受けてどこか神々しく輝く白い鳩。それを見上げる人々は、口を開けて驚いていた。

 

 少し遅れて、観客からの声援が上がる。

 休日の呑気なマジックショーが始まりを告げたのだ。

 

 しかし始まったはいいのだが、レストレイド、帰ってくるかな。

 どうしたものか……。

 

 

 

「はっ!」

 

 薄手の白いスカーフが一瞬で燃える。

 ただ燃やし尽くすだけでは芸がない。

 

「燃やすと……おっと、ティッシュに早変わり」

 

 布を燃やし、紙へと変える。

 既にマジックも終盤だが、それでもなお冷めることのないどよめきが心地良い。

 

「さらにこのティッシュを燃やしまして……っと」

 

 手の中で薄い紙が自然発火する。かなり熱いが、魔法少女にとっては大したものでもない。

 

「……紙が、花びらに」

 

 手の中から現れるのは、パンジーの花びら達。色とりどりで鮮やかな欠片だ。

 私はそれを、両手でそっと握り込んだ。

 

「皆様、御静観ありがとうございました」

 

 手を開けば、そこには花びらではない、茎付の一輪のパンジーが咲いている。

 

 布からティッシュへ。紙から生花へ。植物を逆回しに戻してゆく、慎ましいマジックだ。

 しかし、いつもよりは大人しい締めでも、会場は大きく沸いてくれた。

 

 

 

 私のマジックショーを見てくれる人は、かなり増えてきたように思う。

 出所不明の口コミも広まったのか、この通りではすっかり有名になっていた。

 

 有名人。良いことだ。素晴らしい。人を楽しませる存在としてその名が広まるのであれば、なお良しだ。

 幾重もの歓声のおかげで、私は生きる充足感を得られるのだから。

 

「ホームズさーん! キャー!」

 

 歓声どころか悲鳴まで聞こえてくるな。

 

「ホームズさん! 次はいつやりますか!?」

「こっち向いてくださーい!」

 

 フラッシュが眩しい。

 無断で撮影までされるとは……やれやれ全くもう……ポーズを決めなくてはいけないじゃあないか。

 

「申し訳ないです、公演は不定期公演なもので……」

「「「え~」」」

 

 えー、じゃない。魔法少女を舐めるな。こっちは副業なのだ。

 

「ホームズさん、ホムさんと呼んで良いですか!?」

「お好きに」

「ホムさん、その衣装とっても素敵です! どこで買ったんですか!?」

「魂のオーダーメードなもので」

 

 ふむ。ファンが付いてくれたのはとても嬉しいな。けど、女の子の比率が高いような気もするね。

 ……というより、いい加減に抜け出したいな。ショーが終わったら颯爽と抜け出したかったのだが、機を逸してしまったか。

 

「あけ……ホムさーん!」

 

 ポロっと外野から洩れた私の本名に、思わず顔を上げる。

 すると女の子の観衆の奥の方に、見知った顔が混じっていた。

 

「……あはは……」

「マミ……」

 

 そこにいたのは、マミだった。

 本名を呼びかけた負い目か、目立たないようにしているのか、遠慮がちに手を振って存在をアピールしていた。

 まさか彼女も私のマジックショーのファンか? とも思ったが、そんなことはあるまい。

 

「……」

 

 彼女の隣には、さやかもいた。

 随分と、真剣そうな……そんな、真面目な表情で。

 

 ……ふむ。どうやら二人は、私に用があるらしい。

 

 ところで何か物足りないと思ったのだが、近くにまどかが居なかった。

 可哀そうに。休日の遊びに誘われなかったのだろうか。

 今度私が一緒に美味しいパンケーキを奢ってあげよう。

 

 

 

 

 

「あらよっとお」

『gggGgGggg……!』

 

 炎を帯びた杏子の槍が、魔女の胴体を真っ二つに切り裂いた。ノイズのような濁った悲鳴が辺りに響き、やがて断末魔は急速に小さくなる。

 

「はい~、一丁上がり、ってな」

 

 直後、結界は消滅し、靄となって消えた魔女からグリーフシードがこぼれ落ちた。

 今回の魔女との戦闘による魔力の収支は、比較的良好といったところだろう。杏子は古いグリーフシードをソウルジェムの浄化に使うと、満足気に頷いた。

 

「……これで奴も来るだろ。おいキュゥべえ!」

「朝から魔女退治とは、珍しいね杏子」

 

 彼女が呼べば、魔法少女の導き手である白猫はすぐに現れた。

 

「使い終わったグリーフシードがないと、アンタ来なさそうじゃん?」

「別にグリーフシードがなくても来るんだけどなぁ。その言い方から察するに、僕に用でもあるのかい?」

「ああ」

 

 報酬とでも言わんばかりに古いグリーフシードを放り投げ、キュゥべえはジャンプしながら、それを背中に格納した。

 

「ほむら、って魔法少女。知ってるよな?」

「暁美ほむらかい? 彼女がどうかしたの? 杏子」

「……あいつは見滝原にいるんだよな。てことはマミと一緒か?」

「だね、最初は悶着もあったけど、今では友好的な関係を築いているよ」

 

 巴マミ。それは杏子にとっても忘れられない魔法少女であった。

 思わず渋くなりかけた表情を堪えつつ、杏子はわざとらしく肩を竦めた。

 

「あんな魔法少女がいるなんて、聞いてないけど」

「僕も知らないよ」

「……はあ?」

「マミにも言ったけど、僕は彼女と契約をした覚えはないんだ」

「なんだそれ、魔法少女じゃないっての? それともアンタがボケたのか?」

「いいや、ほぼ確実に魔法少女だね」

 

 要領を得ない答えに、杏子も首を傾げるしかなかった。

 

「……なにそれ、わけわかんない」

「こちらとしても、本当にそんな気分だよ。杏子も彼女と接触したのかい?」

「……まあね」

「マミにも言ってあるけれど、彼女はイレギュラーだ。警戒しておくべきだよ」

「イレギュラー、ねえ……まー変なところのある奴だけど」

 

 変な所。そう言ってしまえば、いくらでも変な所のある奴だなと、杏子は思い返していた。

 確かにイレギュラー呼ばわりされても仕方ない程度には、奇行も目立っているので。

 

「彼女は怪しいよ。突然現れたけれど、その目的は全くの謎だ。注意して」

「……随分とあいつを目の敵にしてるじゃん?」

 

 変ではある。しかし注意という言葉は、よくわからない。

 が、そういった細々とした部分で、杏子は昔からこのキュゥべえとの話が噛み合わないというか、少々もやもやする会話を交わすことが多いことを知っていたので、深くは気にしなかった。

 

 それよりは、良い口実が出来たことに“しめしめ”とさえ思っていたのだろう。

 

「……そんなに謎だとか変とか言うならさ。私が探りを入れてやろうか? ほむらの」

「見滝原に行くのかい? マミとは距離を置いているんじゃ」

「んーまあ向こうを荒らそうってわけじゃないから」

 

 多少強引だとはわかっている。縄張りに踏み入るだけでも本来は好まれないことも知っていた。

 

「アンタとしても、ほむらの目的とか、そういうのがわかると良いんでしょ?」

「まあね。あの魔法少女が何かよからぬことを考えているのかもしれないし」

 

 それでも、キュゥべえの懸念に“バーカ、あいつはそんなこと考えるタマじゃないよ”と内心で舌を出してはいても、どうしても抑えられなかったのだ。

 

「……じゃ、私が見滝原に行くのはアンタのお願いを聞いてやった、ってことでいいよねえ?」

「僕のお願いを聞く魔法少女というのも珍しいね」

「ふん、新人が気に食わないだけだよ」

 

 久々に出来た友人。

 久々に側にあった、ぬくもり。

 

(……ほむら……)

 

 彼女は思い出したそれを、忘れることも、無かったことにすることも、諦めることもできなかった。

 

 


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