手早く着替え(というより変身を解いて)、時間停止で女の子たちの砦を抜けだし、マミたちと合流する。
突然消えて近くに現れた私に二人は大層驚いていたが、まぁいつものことである。
別段変わらない、さわやかな昼間の見滝原。
街ゆく大人たちは自殺しそうな、そうでもないような無表情で、どこかを目指して歩いている。
人々の顔というのはまったく心象に関わらず無表情なので、何を考えているのかわからない。
結局、魔女を探すにはソウルジェムの反応を見るのが一番ということか。
別に今、魔女を探しているわけではないけれど。
「暁美さん、聞いてる?」
「ん、ん? 何かな」
「もう」
「真面目に聞いてよー」
さやかにまで怒られた。申し訳ない。
「モールをめぐるのも楽しい日和だけどね、今日はちょっと、大事な話につきあって欲しいのよ」
「あれ? まどかを抜きに遊ぶんじゃないのか」
「本当に大事な話だからね」
彼女の表情は真摯なそのものだった。
ふむ、冗談めかす空気ではない。それだけの重要な案件というわけか。
「……急ぎじゃなければ、ほむらに聞いてほしいんだ」
「ふむ」
「言ってくれたよね、その時は相談に乗るって」
……まさか。
『………魔法少女が、魔女になる……?』
『それがソウルジェムに隠された最後の真実……いえ、罠というべきなのかしら』
『……魔女を倒す魔法少女が、魔女に……』
『必要な覚悟っていうのは、つまりはそういう事なの。美樹さん』
『……』
『わかるかしら。ソウルジェムが魔女を産むなら、私達、魔法少女は……』
『魔女……じゃあ、私たちは、ソウルジェムが濁る前に……』
『どうかしら。ショックだった?』
『……はい、かなり』
『ふふ、正直ね……私も聞いた時は取り乱したわ』
『マミさんが?』
『魔法少女になってから知るのでは、遅すぎたから……』
『……マミさん……』
『……繰り返しだけど、決めるのはあくまでも美樹さん自身』
『は、はい』
『早死にするかしないかの決断よ……怯えて良い、恐れていいから……正直に、答えを出してね』
私はさやかとマミに連れられ、いつぞやのハンバーガーショップに来た。
客の入りは悪くないものの、店内が広すぎるため、がらんと空いているように見える。
ここで掃除などはしたくないなと無関心に思う部分もあるが、座る側からしてみれば常に他人との距離を置けるので、込み入った話をする分には素晴らしい店だと思う。
ひねた言い方でもってまわったが、つまり私はこの店がお気に入りだった。
「……ごぼぼぼ」
頬杖をつき、コーラに息を吹き込む。
「暁美さん、行儀悪いわよ」
マミに怒られた。私のコーラの海底噴火が収まった。
「……マミさんから、話は聞いたんだ。ソウルジェムが濁りきった時に、どうなるかも」
なるほど。さやかは既にマミに相談し、マミから魔法少女の奥まった話も聞けた、と。
「さやかは、それを聞いてどう思った?」
「……ひっどい話だなーって」
「うん、正直だ」
酷い話。その通りである。
残酷で、陰険な話だ。
魔女になるのを怖くないと言い出したら、この場でさやかの顔にコーラを噴霧してやっていたところである。
「希望を振りまく魔法少女が魔女に……うん、本当にショックだった」
「だろう」
「でもね、それを聞いてより一層……覚悟は固まってきたんだよ」
「ふん?」
さやかはプラスチックの安っぽいマドラーを手でいじりながら、しかしその目はマドラーの向こう側に何か燃えるものを見つめているかのように、煌めいていた。
「魔女がどういうものか、わかったからね……むしろ、私はそれを聞いて、願い事に真っ直ぐ向かい合えたような気がしたよ」
穏やかなさやかの表情。それは見慣れないけど、どこか彼女に似合っていた。
「ならば……確認しよう。これだけは、確認しなければいけないことだ」
「うん」
目に魔力を込めて、さやかを睨む。
仄かに光っているはずの私の目をまっすぐに見据え、さやかは唾を飲んだ。
「いざという時に。自分のソウルジェムを砕く覚悟は、あるかい」
「ある」
怖いくらいまっすぐな目をする子だ。
「最後に魔女を一体始末できるのなら、そんなの構わない。自分が魔女になるなんて……それは、絶対に許さない」
「……わかった」
目の魔力を抑え、私はお行儀悪くも、机に肘をつく。
……彼女は。
自己犠牲を厭わない。他人を放っておけない。
そんな、正義の味方としてはぴったりな人間なのだろう。
「魔法少女。なりたければ、なるといい……さやかの気持ちはわかったよ」
こうなった人は、だいたい他人の意見なんて聞かないタイプだ。
そもそも契約は本人の意思によるものだし、私がどうこう言う問題でもない。
それに……何故だろうね。さやかは魔法少女が似合っていると、私は思うのだ。
「ありがとう、ほむら……!」
「ふふ。これから頑張ろうね、美樹さん」
彼女は真面目に悩むタイプだ。
全ての真実を知って、なお悩んだ末に出した答えならば、もはや私から言うことはない。
彼女の人生は、彼女のものだ。
「……でも、教えてほしいな。さやかはどんな願い事を叶えるつもりなんだい?」
「えっ」
「それが本当に奇跡無しには遂げられないのなら、願いにしても良いけど……私達で可能であるならば、いくらでも手伝うよ?」
「……ほんとに?」
さやかはキョトンとした顔で、私とマミを見比べた。
「そうね、私達の魔法の力で可能な事なら、それは力になってあげたいわね」
「……う、うーん……」
しかし、さやかはどうしても物凄く、気の進まない顔をしている。
「どうしたさやか。不都合でもあるのかい」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ……」
彼女は赤くなった頬を掻きながら、苦笑した。
「なんていうか……二人にこういうこと言うの、なんだか恥ずかしくて」
「……ああ、男か」
「だっ! だからそういう言い方はなんかちょっと汚い!」
「ふふふ」