落ち続ける時の砂
瓦礫の山が聳え立っていた。
夢で見慣れた廃墟の街である。
しかし、全身に感覚はある。
これはひょっとすると、またこの前のような、私の深層心理が見せたのかもしれない、あのリアルな夢の中であろうか。
灰色の空模様は、かつて夢で見てきた時よりもどこか鮮明で、そのせいでむしろ現実味がないように思える。
やはりここは、私の頭にある記憶が複雑に組み合わさって出来た、素っ頓狂な空間なのかもしれない。
『ん』
ふと辺りを見回してみると、廃材の小山の頂にある鉄骨のベンチで、誰かが腰かけているのが見えた。
遠くの景色がイマイチぼやけているのはいつものことであるが、しかしあの人物には見覚えがある。
下ろした黒髪。他の何よりも見覚えのある魔法少女姿。
瓦礫の山に座って俯いている彼女は、間違いなく“私”そのものであった。
何十歩かの軽い登山を敢行した。
どうせ夢の中である。何をしたって私の自由であるし、どうせ消え去ってしまう瓦礫を掃除に精を出すくらいなら、私自身とお喋りした方がまだまだ建設的であろう。
『ふう』
瓦礫の山を登りきった。
別段息切れもしてはいないが、疲れた風に座る彼女の横に、私も大儀そうな感じで腰かけた。
隣に座る彼女は、私と全く同じナリをしている。
髪も三つ編みにしていないし、眼鏡だってかけていない……と思う。俯いているからわからないが。
違うといえばテンションくらいだろうか。
『やれやれ』
『……』
自分の服をまさぐってみたが、食料らしきものは出てこなかった。
まったく、お茶菓子も無しに自分自身に話かけなければならないとは。
口寂しいものだね。夢の中でくらい、美味しそうなものが用意されていても良いだろうに。
『鉄骨の上は、冷たいな』
語りかけてみても、隣の私は返事を返してくれなかった。
『なんというか、子宮が冷えるな』
ちょっと下品な言い方をしても、耳は赤くならなかった。
『座布団でもクッションでも、敷いてみたらどうだ』
親身そうに適当なアドバイスをくれてやっても、耳を貸そうともしない。
『楽になるぞ』
彼女は何も答えないまま、そして私の意識は瓦礫の世界から離れてゆく。
どうやらこんな不毛なやり取りというか、一方通行な独り言だけで、この世界は無意味に消滅してゆくらしかった。
『――楽になんて、なれるわけがないのよ』
『え――』
最後に、何か言葉を交わしたような、気が――。
「……ん」
「にゃぁ」
目が覚めた。
夢の終わりがちょっとあやふやであったが、結局、夢は夢であった。
簡単に言えば、不毛な大地で過ごすだけの、不毛なひとときだった。
「っ……つつ」
どうやら私はまた、座ったままで寝ていたらしい。
鉄骨の上で長時間座っていたかのように尻が痺れている。首ほどではないが、これはこれで非常に辛かった。
「にゃあー」
「……ちょっと待ってて、ワトソン、すぐ用意するから……」
はいずるように机から離れ、キッチンへ向かう。
早く朝食を用意しなくては。今日は学校なのだ。
山積みになったカップから適当に一つを選び取って、包装を剥がす。
かやくも入れて、粉末スープも最後まで入れたら指で弾いて……あとはついでに、缶詰でも開けるとしよう。この前マミが副菜があると良いって言ってたからね。
「ふぁああ……あと十三日かぁ……」
あくびが出た。が、急いで朝食を食べなくてはならない。
とにかく胃に掻き込もう。エネルギーを補充しなくては人も車も動かないわけだし……。
「ん?十三日?」
ふと、私の動きが止まる。
自分で言っておいてなんだけれども、私自身の言葉に違和感を覚えたのだ。
「……十三日って何だ」
「にゃ?」
自問自答。ついでにワトソンにも顔を向けてみたが、この子は“知らないよ”とばかりに首を傾げるだけだった。
「……違う違う、八時半だ。今意識すべきは学校の時間だけだろう。急いで食事の用意をしないと」
「にゃー」
変な事を気にしたって仕方がない。
急いで調理を済ませ……。
「いそい……で……? ……!!」
その瞬間、私の背筋が凍りついた。
なんということだ。ああ。
これは、まずい。
「……ポットに……お湯がない」
どうしよう。
「さーて……まぁとりあえず朝はコーヒーよね……それからHR、一時間目は1組ねー、あのクラスは真面目なんだけど静かすぎるというか……」
廊下からそのような独り言が聞こえた時には、既に遅かった。
「あ」
「え?」
無情にも、給湯室の扉は開け放たれてしまったのである。
電気ポットでカップ麺にお湯を注ぐ私。
それを呆気に取られた目で見つめる、我らが担任早乙女先生。
「……奇遇ですね」
「職員用の給湯室で何をやっているのかしらー? 暁美さーん?」
「いや、これには並々ならぬ事情が……」
「聞いてあげてもいいけど、そのカップラーメンはどう弁解するつもりかしらねー」
「いや、弁解というより……その、このポットがボタン式じゃなくてちょっと面倒臭いというか」
「ふふふ、暁美さあん、そういえば日頃の授業態度の件についてもお話があるから、もうしばらくここにいましょうねえー」
「……厄日だ」
私はアルデンテ風の麺を一口啜り、溜息をつく他なかった。
「食べないの」
「うへ」
出席簿で頭をコツンと叩かれた。
早く登校したというのにこのありさまである。
私はただ、この職員室にちょうどよくお湯のポットがあるのを覚えていたから、ちょっとだけ拝借しただけだというのに。
やわらかなパイプ椅子の上で食事を摂れるのはありがたいことだが、向かいの担任はなんとも口うるさくて、参ってしまう。
静かに麺を啜らせてほしいものだね。
「暁美さんが一人暮らしで大変なのもわかっていますけど、そういう時は先生達も頼って欲しいですねっ」
「ふぁい」
ずるずる。
「クラスのみんなと馴染めているのはとても良い傾向なんですけど、逆に先生達に対する日頃の授業態度の悪化が見られてますから……」
「ふぁ」
ちゅるん。
「ちょっと! 真面目に話している時に汁を飛ばさない!」
「あ、すいません」
ラーメンを食べてて向かい側に人がいるというのも珍しいので、ついやってしまった。
これはしたり。