虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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楽しくも窮屈な日常

 

「ふっ……!」

 

 伸ばしきった脚が、行く手を阻むハードルを飛び越える。

 魔法少女の身体能力は体育の時間で最も花開くのだが、力の込め過ぎは厳禁と言えよう。

 

 ただ、何も考えずに力半分でやっていればいいのだ。

 加減がなければ、また私はやりすぎてしまうからね。

 

「暁美さん……ま、またすごい記録を……」

 

 しかしゴールに到達した私は、それでも先生を驚かせてしまったらしい。

 ふむ、魔法少女を抜きにしても、私の元々の才覚を隠しきれなかったということだろうか。

 

「フリーです」

「いや、それは知ってます……けど、何らかの機会で目に触れれば、スカウト、来るかもしれないわね」

「なに」

 

 それは困る。

 さすがに魔法少女の力で、この国の将来有望なアスリートの卵たちを挫折させたくはない。

 

「はぁ、はぁ……ほむらさん、すごいですわ……全く、追いつける気がしない」

「ふふ、仁美もなかなか速かったじゃないか」

「一緒に走って……ああ、振り返りながら走っていましたものね……それでよく、ハードルに引っかからないものですわ……」

 

 私と共に走ったのは仁美だった。

 彼女も彼女でそこそこ速かったが、まぁこれは相手が悪いの一言に尽きるだろう。

 

「歩数で数えていれば、ハードルなんて目を瞑っていても越えられるさ」

「あーあ……ほむらさんには、何ひとつ敵わないわぁー……」

 

 委員長にちょっとした挫折を味わわせてしまったのかもしれない。

 でも、これも魔法少女の宿命なのだ。この程度のことは、どうか勘弁していただきたい。

 

 

 

「……よし、昼休みか」

 しかし、学校生活というものは面白くも、疲れるものだ。

 

 よくある人間関係や勉強面での問題がなくとも、魔法少女というだけで大きな気を遣ってしまう。

 力を出し過ぎればすぐに教師一同の期待がかかるし、事によっては神童呼ばわりされてしまいそうにもなる。

 

 仁美のような天然物の秀才に配慮するわけではないが、次からはもっと脱力して物事に臨む必要があるのかもしれない。

 

『暁美さん、いる?』

『ああ、いるよ』

 

 マミからのテレパシーが入った。きっと昼食のお誘いだろう。

 

『今日もどうかしら、昨日頑張って作ったのよ』

『おお、嬉しいな。けど、毎日悪いね』

『ううん、いいのよ……あ、そうだ暁美さん』

『ん?』

『美樹さんや鹿目さんも屋上に呼ばない?』

 

 さやかとまどかも一緒に、か。

 そういえば、どうして今の今まで彼女たちを交えていなかったのだろう。

 

『ああ、そうだね。それがいい』

 

 皆で食べる昼食は楽しそうだ。

 是非ともそうしよう。

 

 

 

 さやかもまどかも、誘ってみればすぐにオーケーしてくれた。

 

「おー、やっぱ屋上はいいねえ」

「風が気持ちいいねー」

 

 月並みなコメントをどうもありがとう。

 

「うふふ、暁美さんとはよくここで食べてるのよ」

「あ、それで昼休みいつもいないの?」

「言ってなかったっけ」

「てぃひひ、私、ほむらちゃんはいつもどこで食べてるんだろうって、ずっと不思議に思ってたよ」

 

 今さらだけど変な笑い方だなこの子。

 ……ふむ、そうか。昼食はいつもさっさと屋上に消えていたから、二人には知る由もなかったわけか。それはちょっと、もったいないことをしていたのかもしれない。

 

 

 *tick*

 

 

 まぁ、とりあえずせまいベンチの上で食べるのもなんだ。

 どうせなら皆で、楽しく囲んでやろうじゃないか。

 

 

 *tack*

 

 

「! シートが、突然……」

「さあ、敷物を用意したよ。厚みはあるから、そんなに悪くはないはずだ」

「うお!? また魔法か!」

「今のってマジック? 魔法……?」

「さあ、どっちだろうね」

 

 少なくとも今の技をマジックで再現するのは、今の私には難しいかな。

 

 

 

 シートの上に並ぶ四つの弁当。

 マミによって丁寧に作られたものが二つ。一つは私のものだ。

 

 まどかの弁当は、どこか可愛いらしい盛りつけ。

 さやかの弁当は……なんというか、米の量が結構多い。良く食べる子なのだろう。活発そうだし、これくらいの量が丁度いいのかもしれない。

 

「あれ? ほむらちゃんはマミさんと同じお弁当なんだね」

「ああ……これね、前までは暁美さん、自分でご飯を持ってきてたんだけど……」

「マミが作ってくれると言ってね、それじゃあ厚意に甘えようかなと」

「んー、ちょっと違うわよ。暁美さんのお昼ごはんを見てると心配になってくるから……」

「心配?」

「何がさ」

「だって、暁美さんたらいつも……スニッカーズ? とか、ゼリーのほら、アレ……とかね、そういうのばっかりで」

「え、ええ!? お昼、それだけ……?」

「うわー、ひどいですね」

「でしょ?私もう見てられなくて……」

 

 な、なんだこの言われようは。

 私がいつ、誰に何をしたっていうんだ。

 

 

 

「……ふう。ごちそうさま」

「ごちそうさまー」

「んー、美味しかった!」

「お粗末さまでした」

 

 完食。

 四人揃っての昼食は、賑やかに終わった。

 特にレンコンの肉詰めは美味しかった。いつも弁当を作ってもらっておいて図々しいだろうが、また食べたいと思ってしまうような味だった。

 

 

 まだ昼休みの時間はあるが、屋外にいつまでも居続けると変な汗をかいてしまうので、私達は退散することにした。

 

「……あ、さやかちゃん」

「ん?なーに、まどか」

「昨日の……」

「あー、うーん」

 

 さやかが何か言いたげな目でこちらを見た。マミも見た。

 なるほど。どうやらさやかは、まだまどかに伝えていないのだろう。

 

 魔法少女になる決心を固めた、という告白を。

 

「んーやっぱ、放課後で!」

「えー、気になるよう」

「いいからいいから!」

 

 二人は親友だ。二人の間での事は、下手に口出しせず任せたほうが良いだろう。

 私もマミも二人には触れず、静かに良い雰囲気のまま、屋上を後にした。

 

 

 

 さやかは、まどかに告げるだろう。魔法少女になる旨を。

 そして私とマミ、そこに魔法少女となったさやかが加わる。

 見滝原市を守る魔法少女が三人になるというわけだ。

 

「……」

 

 国語教科書の右上に載せられた、拳を握りしめる少年の白黒写真を眺め、その向こうに杏子の姿を思い浮かべる。

 杏子の縄張りは隣町だ。見滝原ではないようだが……距離は、さほど遠くはない。

 

 魔法少女三人のグリーフシードを安定供給するためには、時として魔女を求めに遠征する必要性も出てくるだろう。

 その時、もしかしたら、隣町にも……私達の手は及ぶのかもしれない。

 杏子と出会った時に起こる摩擦。それは、あまり考えたくはない事だった。

 

 マミもさやかも、きっと彼女とは、考え方が大きく違っている。

 私はそれを受け入れるくらいの度量を持ち合わせているつもりではあるが、マミやさやかが杏子のやり方を受け入れるとは思えない。軽い乱闘騒ぎくらいは起こるだろう。いや、それで済めばまだ良い方だろう。

 しかし私が一時的にそれをおさめたとしても、長い目で見た場合はどうなるか……。

 

 ……あ、そういえば杏子はソウルジェムの真実を全て知っているのだろうか。

 そういった知識も自分の信念には大きく関わって来るから……ああもう、面倒くさいなあ。

 

 何もかも放り捨てて、マジックだけをやっていたい。

 

「ではここを暁美――」

「道化」

「うむ、正解」

 

 子供の写真に落書きするの楽しい。

 

 

 

 考え事に耽っていれば、退屈な授業はすぐに終わる。

 グッバイ、ミスグリーン。

 

 大人しくしていればホームルームは早めに締まるので、普段は賑やかなクラスメイト達も、その時だけは皆口数が少なかった。

 そして一連の流れが終わると、小グループを作り始めたクラスメイト達をよそに、私は鞄を取って、素早く教室から出ようとした。

 

「暁美さん、帰り一緒に……」

 

 が、呼び止められてしまった。なるべくさっさと、目立たない内に立ち去りたかったのだが。

 

「うーん、どうしようかなあ」

 

 一応、悩むような仕草をしてみせる。

 

「今日は忙しいから、また今度ね。じゃあね、ばいばい」

「むう、残念。じゃあねー」

 

 女子たちを尻目に教室を出た。

 さやかが何かアイコンタクトを送っていたようにも見えなくもないが、それは適当に無視することにした。

 

 今日は本当に、少々、やるべきことがあったから。

 

『マミ、今日は魔女狩りの予定はあるかい?』

『あら、……うーん、そうね、私は少しだけパトロールしようかと思っているけど』

『じゃあ私はちょっと、今日は別行動させてもらうよ』

『そう? わかったわ』

『じゃあね、マミ』

『うん。じゃあね、暁美さん』

 

 さて。町へ繰り出そう。

 

 魔法少女の先輩として、さやか絡みで色々と確認したい事ができたのだ。

 

 


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