虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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憧れた学園生活

 

 少しだけ保健室で休むというアクシデントが起きたものの、数十分ほどベッドでごろごろしてから、すぐに教室へと復帰した。

 病弱という最強の盾こそあるが、私は好き好んで薄幸の美女になろうとは思わないのだ。

 目指すのであれば、至って普通の才色兼備の文武両道女子であろう。

 

 私のそんな心意気を察したのか、午前中の授業では、各科目の教師達がこぞって私の学力を試しにきた。

 やれこの公式を解け。この年号を答えよ。この訳は何か。

 

 私は出題される度に不安を感じたのだが、幸いにして、どの問題にも即座に対応できた。

 さすがは眼鏡である。暁美ほむらは長い入院生活をしてもなお、頭の方は優秀だったらしい。

 あと、意外だったのが……。

 

「……それなりに達筆だな」

「うん? どうした暁美」

「いえ」

 

 字も上手いということだ。まぁ、そんなのはどうでもよろしいことかもしれないが。

 綺麗で格好良く文字を書けるに越したことはないだろう。

 

 ……ふーむ……優秀すぎて少々不安になるくらいだが……。

 さすがに魔法少女の願いを学力に使った、なんてことはないだろう。だとすればこれは、暁美ほむらの独力ということか。

 ……私は大した努力家だったらしい。あるいは、いいところ出のお嬢様だったのか。

 

 当然のことだったが、私の実力は体育でも発揮される。

 今日は走り高跳びの計測だ。

 

 背中すれすれに飛んでやる義理など、魔法少女にはない。やろうと思えばいくらでも飛べるだろう。

 だが、中学生としてのなけなしの日常を崩すのは、暁美ほむらに申し訳ないとも思ってしまう。

 

 なので私は体育においてはそこそこ、いっぱいいっぱいな感じで飛ぶことにしたのだ。

 

「ふっ」

 

 華麗な弧を描き、バーを越える。そしてぼすっとクッションに着地。

 

「……県内記録じゃない? これ……」

「えっ」

 

 しまった、前提からやりすぎだったか。

 いや、これは私のせいじゃないぞ。最初からハードルを高く設定していた先生が悪いのだ。私のせいではない。

 

「暁美さんって、入院してたんじゃ……」

「すごいね……」

 

 視線は心地良い。

 ……まぁ、これはこれで構わないか。

 

 

 

 クラスメイトと肩を並べての授業。

 他愛もないことを話して笑う休み時間。

 

 今日は、記憶を失うまでの暁美ほむらの力に身を委ね、この一日を過ごしたつもりだ。

 体が覚えている全てを出し尽くしたつもりだった。

 それでも、私は何も思い出せない。

 

 必ず行ったことがあるであろう学校に通えば、何かしら掴めると思ったのだが……。

 

「ねえ、暁美さん、このあと……」

「悪いね、先約がいるんだ」

「先約……」

「あの子に用があってさ」

 

 私は鹿目まどかの方に目を向け、指輪を撫でた。

 彼女の隣には友達だろうか。確か自己紹介で美樹さやかと名乗った少女が一緒にいる。もう一人は……仁美、だったかな。

 

「……? 私指差してる……」

「え? なんでまどかを?」

 

 鹿目まどか。私は、彼女との会話で記憶を取り戻しかけた気がする。

 ひょっとしたら過去の私には、彼女のような友人がいたのかもしれない。

 そんな可能性に賭けてみるのも、悪くはないだろう。

 

 私はなるべく自然な風を装って、三人の集まる席に近づいた。

 

「やあ、まどか……でよかったね」

「うん……」

「そちらは? 確か、さやかだったかな」

「おっ、一度の自己紹介で覚えてもらえるなんて嬉しいね! そうだよ、私は美樹さやか。よろしく!」

「ああ、よろしく、さやか」

 

 内向的に見えるまどかとは違って、さやかはとても溌剌としているというか、活発そうな印象のある子だった。

 背も高いし、スタイルも良い。なかなか格好いい女子生徒である。

 

「そちらは仁美かな? うろ覚えでごめん」

「はい、その通りです! 志筑(しづき) 仁美(ひとみ)と申します。覚えていただけて、嬉しいですわ」

「良かった、合っていたか。よろしく、仁美」

 

 仁美。緩やかにカールした長い髪。上品な喋り方も相まって、まるでどこかのお嬢様のようである。

 いや、あるいは実際にそうなのかもしれない。この学校は、育ちの良い生徒が多そうだ。

 

 ……ふむ、三人か。三人までなら、まぁ。

 

「私、見滝原にあまり馴染みがなくてね。できたらでいいんだけど、良ければ放課後に、まどか。私と一緒に遊んでくれないかな、って思ってさ」

「私と?」

「駄目かな」

「おおっ、丁度いいねぇ。ならほむらも交えて、四人で出かけようか!」

「うふふ、転入祝いですわね」

 

 遊ぶ約束を取り付けたし、クラスにも溶け込めた。よしよし。

 

 幸い彼女たちは良い子みたいだし、これからも上手く付き合っていけるだろう。

 暁美ほむらよ。君の学校生活のスタートは、なかなか幸先良いものだと思うぞ。

 

 

 

 ショッピングモールをぶらつきながら、他愛もない会話を交わす。

 私は適当に相槌を打ち、奥ゆかしく笑う。

 

 同い年の子と話すのは楽しいものだ。

 これから彼女達と日々を過ごしてゆけるのであれば、それはとても平穏で、素晴らしい日常なのだろう。

 

 だが私は魔法少女であり、それは叶わない。私の人生には、常に魔女との闘いが付き纏うからだ。

 しかし、尊い彼女らの暮らしや、友達を守る。それは、他ならぬ魔法少女にしかできないことでもある。

 であれば悲しくはないし、寂しくもない。

 むしろ私の魔法少女としての責務にも、より一層の熱が入るというものだ。

 

「悪いね、付き合わせちゃって」

「ううん」

 

 仁美は稽古事があるらしく(やっぱり本物のお嬢様だった)、彼女は途中で帰るようだが……二人はまだ、何かやりたいことがあるらしい。

 やってきたのは楽曲関係のコーナーだった。

 

「CD?」

「うん、さやかちゃんの幼馴染みが入院しててね、その人がクラシックが好きで……」

「あははは……」

「そうか、音楽か……」

 

 私の好きな音楽は何だったのだろう。

 ……ふむ。興味がある。

 もしかしたら、芸術面で私の記憶を揺さぶることができるかもしれない。

 

「さやか、私もついていっても良いかな」

「いやいやそんな、私に付き合わせるみたいになっちゃうけど」

「お供するよ」

「ほんと? ありがとう、ほむら」

 

 半分以上は自分のためだから、気にしなくて大丈夫だよ。

 

 

 

 私は今、さやか達とCDショップにいる。

 

 しかし、思いの外退屈な場所で、愕然としている私がいた。

 しばらくはさやかの隣でクラシックを堪能していたのだが、落ち着くばかりでどうにも記憶がざわめかない。

 私は堅苦しい音楽に飽きて、まどかの居る棚へ移動しようと考えたのだ。

 だが彼女は演歌のコーナーで、体をゆらりゆらりと、荒波に揉まれる小舟のように揺らしていたのである。

 

 何故に演歌。どうしてその歳で。祖父や祖母の影響なのだろうか……。

 ……あれに近づいて、まどかにオススメの曲でも差し出されてみた暁には、居眠りでもしてしまいそうだ。

 遠巻きに見守って、私は私で、適当な曲を聞きかじっていることにしよう。

 

「まどかの趣味がわからん……」

 

 さやかもあの性格でクラシックとは。かなり意外ではあるけども。

 

 テクノを聞きながら、そんな事を考えている時のことだった。

 

 

 

 ──助けて

 

 

 

「……」

 

 無言でヘッドセットを外し、首を傾げる。

 なるほど、独特なノイズだ。

 

 

 ──助けて、まどか

 

 

 なるほど、ノイズではなかったらしい。

 素早くヘッドホンを台に掛け直し、まどかの居たコーナーに目をやる。

 

 

「…? ……?」

 

 

 まどかは辺りを見回している。どうやらまどかも、少年のような不可思議な声を聞き取ったらしい。

 そしてすぐに、ふらふらと、声がしたであろう方向に導かれていた。

 

 彼女は探るような足取りのまま、CDショップを抜け出し、階段の方へ歩いてゆく。

 

「……ん?」

 

 その姿はさやかも認めていたようだ。

 別のフロアへと立ち去るまどかを、どこか怪訝そうな目で見送っている。

 

「ふむ」

 

 追うか追うまいか、そう考えているのかもしれない。私はそんなさやかの後ろから、声をかけた。

 

「まどか、行ってしまったね」

「うん、トイレとは逆方向なんだけど」

「……さやかは声を聞いていないのか」

「えっ?」

「心配だ、ついていこう」

 

 まどかと私の耳に入って、さやかには入っていない。

 幾つかの程度の差はある。だがこの奇妙な現象には、どうしても一つの現象が付き纏う。

 

 すなわち、魔法少女関連だ。

 


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