虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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絶対に許さない

 

(結局あの後、ずっとはぐらかされっぱなしだったな……)

 

 歯痒い思いを抱えながら、杏子は夕暮れの中を歩いていた。

 マミやさやかを交えた話し合いは平行線で、数時間経った後も一向に纏まらなかったのである。

 まどか自身も魔法少女になることについてはほとんど乗り気ではないようで、俯いたままほとんど話そうとはしなかった。

 

 

 ――とにかく、鹿目さんとの契約はダメ。

 

 ――絶対にダメだから。無理やりさせようったって、そうはさせない。

 

 

 あの頑なな沈黙は、マミとさやか両名の固い意志と無関係ではないのだろう。

 かといって、まどか本人に自分の意志が無いようにも、杏子には思えなかった。

 

(……何なんだよ、あいつら。そりゃあ、無理強いはできないかもしれねーけど)

 

 魔法少女への勧誘は失敗に終わった。

 別れ際も慌ただしく、どこか気まずい雰囲気も漂っていたせいか、次に会う約束を取り付けることを忘れてしまった。

 

 かといって、このまま放置していても未来は変わらない。

 ワルプルギスの夜は近いうちにやってくるだろう。

 

「……帰るか、はあ」

 

 しかし杏子の精神力も無尽蔵ではない。

 人並みに消耗するし、多少図太くはあっても、追い詰められもするのだ。

 特に他者を説得することの労力といったら、特別甚大なものである。

 

(……けど、これで諦めたわけじゃない。説得すりゃ、まどかって奴も気が変わるだろう)

 

 それでも杏子は諦めない。

 

(ただの人間の人生に未練があっても、いつかやってくる絶望を前にしては、そうも言っていられないはずさ)

 

 まどかを契約させれば、ワルプルギスの夜に打ち勝てる。

 見滝原ばかりか、近隣の街さえも救うことにも繋がる。

 

 それはきっと、間違いなく善良なる魔法少女にとっては尊い選択に違いないのだ。

 

 

 

「あっ……」

 

 考え事に没頭しながら大きな橋を渡っていると、杏子は向こう側からやってくる見慣れた顔に気がついた。

 見滝原中学指定の制服。長い黒髪。暁美ほむらである。

 

「! アンタ……」

 

 夕日を半身に受けながら歩いてくるほむら。

 だが彼女にしては、杏子を目にしても全く表情を変えることはせず、おどけたような口をきくこともなかった。

 とはいえ今の杏子は、その程度の違いに思い当たることもなかったのだが。

 

「ほむらじゃん。……なあ、ここは風見野に続く橋だけど? 自分の持ち場ってのはこの前――」

「二回」

「……はあ?」

 

 二人の距離が声を交わせる程度の距離にまで至り、ようやくほむらは言葉を発した。

 

「流れとしては、以前と同じパターンよ。レアケースかもしれないわ。けれど、私はあの出来事を忘れはしない」

 

 ほむらの声は底冷えするように無感動で、無機質。

 

「貴女はまた、鹿目まどかに魔法少女になることを強要するのだから」

 

 そしてその目は、確固たる何かが宿っているようだった。

 

「お、おい……なんでまどかの事知って……あ、テレパシーで聞いたのか?」

「最初はソフトに、けど次第にあなたの“お願い”は“命令”、“脅迫”に変わってゆき……いずれ、まどかを殺す」

 

 ほむらの姿が紫色の輝きに包まれ、魔法少女の姿へと変身した。

 

「……私はいつか、そんな貴女を殺したいと思っていたのよ」

「!!」

 

 そこでようやく杏子も、ほむらの異変に気がついた。

 いや、異変と呼べば良いものかもわからない。だが目の前に存在するほむららしき何者かが、自身に明確な敵意を抱いていることだけは確かだった。

 

「お前ッ……!」

 

 本能的な危機感に、杏子もすぐさま魔法少女に変身した。

 何が起こっているのかはわからない。それでも臨戦態勢でなければやられる気がしたのだ。

 

 彼女の直感は正しかった。

 

「うっ……!?」

 

 変身とほぼ同時に出現させた槍は、反射的に正面へ構えたつもりだった。

 だが、ほむらはその素早い動きに追いつくほどの速度で、ロングソードを振り下ろしていた。

 

 槍と剣が打ち合わさり、火花が弾けて拮抗する。

 

(おい、おいおい、なんだってんだよいきなり!?)

 

 容赦ない力に寒気を感じ、咄嗟に距離を取る。

 だが、ほむらは無表情のまま再び素早く距離を詰め、斬りかかってくる。

 それは目で追えないものでもなかったが、動きは近接戦闘に慣れた魔法少女の動きであるかのようである。

 杏子にほむらへの害意がないため手を出すつもりはなかったが、その甘えが命取りと成りうる程度には練度の高い、厄介な動きであった。

 

 何よりも、剣を振るう一撃一撃が――重い。

 

 まるで、全ての攻撃に真の殺意が秘められているかのように。

 

「くっ……そ! やめろってんだよ、ほむら!」

 

 杏子は一瞬の隙を突き、襲い来るロングソードを真上に弾き飛ばした。

 唯一の武器が宙を舞い、くるくると回転しながら高く飛んでゆく。

 

 これで鎮圧は完了。杏子はそう早とちりして、僅かながらに力を抜いてしまった。

 

「――」

 

 ほんの少しだけ。真上に弾いた剣を一瞥しただけだった。

 だというのに、視線をほむらの方に戻してやれば、彼女は既に新たなロングソードを右手に持ち、目の前で高く掲げていた。

 

 無表情のまま。目だけにドス黒い害意を滲ませて。

 

「やめ――ぐ、ぁあっ!」

 

 制止は無意味だった。

 凶刃は何ら躊躇うことなく杏子へと振り下ろされ、咄嗟の防御もほとんど実を結ぶことなく、肩に深い傷を負わせた。

 

「は、はっ……!? なんで!? おい、ほむら……!」

 

 あと少し、柄での防御が間に合っていなければ、そのまま腕が落とされていたかもしれない。

 それほど容赦のない、寸止めも手加減も考えていない一撃だった。

 

「どうしてこんな事を……!」

 

 血の溢れる肩を抑えつつ、片手でもう一度槍を構えるも、杏子は先程の一撃ですっかり怯えきってしまった。

 傷そのものはこの際痛手ではない。

 今までそれなりに仲が良いと思っていた相手からの冷徹な攻撃こそが、杏子の槍を握る手を震わせていたのだ。

 

「どうして……?」

 

 そんな杏子の姿を無感動に眺めながら、ほむらが宙に弾かれていたロングソードを難なくキャッチする。

 二本のロングソードを手にした彼女は首を傾げて、酷薄な笑みを浮かべる。

 

 

 *tick*

 

 

「どうしてですって……?」

 

 

 *tack*

 

 

「――これから死ぬ人が、一体何を気にする必要があるというの?」

「え……」

 

 背筋の凍るような宣告とほとんど同時に、杏子の足元から激しい水音が聞こえた。

 それとともに、鼻を突くような刺激臭も。

 

「貴女は最期の瞬間まで、あの子に詫び続ければいいのよ」

 

 ほむらが両手の剣を素早く交差させ、打ち鳴らす。

 

「あ……」

 

 鉄剣と鉄剣が火花を散らす。

 

 弾け散った小さな火種は、揮発した燃料に容易く引火する。

 

 杏子の身体は、赤い爆風に包まれ吹き飛んだ。

 

 

 


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