虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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それぞれのお見舞い

『……そうか、杏子と、そんなことが』

 

 一連の話を聞き終わった私は、ホワイトボードの焼けた文字を見て思索に耽った。

 

 もうすぐ見滝原に“ワルプルギスの夜”が来る。

 まどかならば容易くそれを倒すことができる。

 杏子はまどかを魔法少女にしたい。

 

 そして、杏子は昨日の夜、瀕死の状態で川に浮いていた……。

 

『……杏子の話だけにとどまらず、私が居ない間に大変な事が起きていたんだな』

『大変だったよー、昨日は』

 

 一気に色々聞いたせいで、さすがの私もくらくらしてしまった。

 それに、どこか聞き覚えがあるような、無いような単語にも、モヤモヤする。

 

『うーん……ワルプルギス……頭に引っかからないでもないのだが』

『?』

『まあそれは後ででもいいよ、気になるのは杏子の方だ』

『ああ、そう、杏子の様子がおかしいんだ』

 

 さやかは一度だけ手の上でペンを回し、少し重くなった口調で語る。

 

『私の魔法は癒しの力があってね。怪我を治す魔法なら他の人よりも遥かに強いんだ。……けど昨日の杏子は、私じゃなかったら治らないような……そんなひどい怪我を負っていた』

 

 怪我。杏子が?

 ……まともに戦ったわけではないが、あの子は弱くはなかったはずだが。

 

『全身火傷だらけで、血みどろで……傷は治っても、あんなふうにされたら心だって傷付くだろうなって……そのくらい深い傷だったんだよ』

 

 彼女の声のトーンが一気に落ちる。

 

『朝になったら、杏子は目を覚ましてたみたいでさ。その時はまだ状況が掴めてなくて、平気な風だったんだけどね。昨日の事を聞いた途端、震えが止まらなくなっちゃったみたいで……言葉も、満足にきけないっていうか、錯乱しててさ。ずっと、うわごとのように繰り返してるんだ……“なんで”、“どうして”、“ごめん”……』

 

 それは……。

 

『……“ほむら”……って』

『……私?』

 

 心当たりがないわけではない。

 けど、彼女にそこまで深い心の傷を与えていたなんて思いもしなかった。

 いや、事実与えていないはずだ。はず……でも、いや、しかし……。

 

『震えて、泣いて……昼間の勝ち気っぽいっていうのかなぁ、そんなの一切無くて。……ちょっと、こっちまで辛かったよ』

『そうか……杏子が』

『見てらんなかったよ。許せない魔法少女だけどさ』

 

 彼女の声にも悲哀がこもる。

 そして話を全て聞いた私は、昼間に聞けばよかったと後悔した。

 この話は、さやかと向かい合って話すべきだったと。

 

 

 

 雲ひとつない快晴の空を見上げて思う事はひとつ。

 常識的に考えて、嵐などは来ないだろうということだ。

 端末を起動し確認してみても、きっとそれは明らかだ。少なくとも、これから二週間後に来るなど、気象庁でさえ想像もできないはずである。

 

 しかし私たちの生きる世界は、少しばかり常識からかけ離れた場所にある。

 ただの人が四方を壁に囲まれた迷路の中でしか可能性を見定められないのに対して、我々は迷路の壁の上から、常人よりも離れた場所を俯瞰して見ることができる生き物なのだ。

 

 たとえこの空が一般常識的に何日後かも快晴であるとしても、我々の業界の非日常が“嵐だ”と告げれば、嵐はやってくるのだろう。

 そしてその嵐を消し去ることのできる者が居るのだとすれば、それは間違いなく魔法少女だけなのだ。

 

「テレパシーを聞いていたわ」

 

 マミがタコさんウインナーを摘み上げながら、それをゆらゆらと揺らした。

 

「佐倉さんとは……知り合いなのだけど、彼女がそんな風になってしまったなんて、信じられないわ」

「私もだよ」

 

 マヨネーズのついたブロッコリーを口の中に放り込む。

 

「……けど、杏子が私の名前を呼んでいたというのが気になるな」

「ねえほむら、心当たりはあるの?」

 

 さやかの言葉に、咀嚼回数少なめのブロッコリーを飲み込んでしまったが、どうにか喉元を過ぎていった。

 

「……あるといえば、ある」

 

 キャベツ巻きを半分噛み切る。

 しかしキャベツの繊維がしぶとかったので全て頬張る。

 

「けど、それも私と彼女との考え方が合わないから、ちょっと突き放しただけさ。暴力だって、振るったつもりはないよ。少なくとも、火傷なんて心当たりもない」

「……なるほどね。それは確かに……魔女の仕業なのかも。だとしても、佐倉さんが魔女との闘いで遅れを取るなんていうのも、信じられないけれど」

 

 私だってそうだ。

 

「……でも、もしかしたら。私は杏子のことを、傷つけていたのかも。そのせいで、調子を崩して……」

「……」

「……」

 

 まどかもさやかも、否定はしない。

 二人の表情は、どこか重かった。

 

 気持ちを入れ替えるように、アスパラを頭から齧る。

 

「……私、杏子の様子を見に行くべきかな」

「えっと、今はさやかちゃんの家にいるんでしょ?」

「うん。落ちつかせて、寝たんだけど……今もいるかな」

「佐倉さんが心配だわ……」

 

 怪我をした。不安定。

 ……縄張りや理念は尊重すべきものだ。しかし、目の前で困っている魔法少女を見捨てられるほど、私たちは薄情でもない。

 

「さやかの家に行っても良いかな」

「あーいやっ、それはー、なんていうかな……今日は……」

「今日は?」

 

 今日はさやかが何か……あ、そうか。

 

「上条の完治を祝わなければならないね」

「……なんか、ごめん。こういう時に」

「気にする事は何もない。一生に一度の願いを叶えた大事なお祝いだ、譲っちゃいけないよ」

「……えへへ」

 

 うん。やっぱり彼女は、恥ずかしがった可愛い笑顔もよく似合う。

 

「じゃあ、家の前についたらテレパシーで佐倉さんを呼びだしてみても良いかしら? 話は外でも聞けるし……」

「ああ、お願いします」

「私は……」

「鹿目さんも美樹さんと一緒に、上条君をお祝いしてあげたらどうかしら」

「おお! まどかも一緒に居てくれる?」

「私が行っても良いの?」

「もちろん! ……ていうか、なんか一人だけで行くの恥ずかしいし……」

 

 そうだ。そういえば根本的に、これを確認しておかなければならないだろう。

 

「さやか。杏子の様子だけど……私、彼女と会っても大丈夫かな。あまり不安定そうだったら、ちょっと」

「あー」

 

 さやかが駄目っぽい顔をしている。

 

「……暁美さんに対しての反応があまりに過敏なようだったら、良くないかもしれないわね」

「私もそう……思っちゃうかな、今のあいつ、どこか不安定っていうか……繊細だし」

「もちろん暁美さんが悪いってわけではないわよ?」

 

 杏子に会えないのか、それは残念だ。

 彼女と私の生き方は違うにせよ、杏子の身を案じていないわけではない。

 いつか解りあえる日がくれば。そう願っているのだから。

 

「うむ……わかった。それじゃあ今日の私はグリーフシードを集めているよ。昨日もグリーフシードが一つ減っていたし……このままだと、皆の使うグリーフシードが見滝原だけでは供給できなくなるかもしれないからね」

「……ほむらちゃん、見滝原から魔女がいなくなるの?」

「居なくなることはないだろうけど、数が減れば探しにくくなる……つまり収集率は下がるということだね」

 

 そしてそれは魔法少女の命に直結する問題だ。

 

「……そうだな。せっかくだし私は、杏子の縄張りだった隣町に赴くことにするよ。杏子の分も含めて、何個か取ってこようと思う」

「ええ、ありがとう……でも暁美さん、大丈夫?」

「皆は杏子を見てやってくれ、私は問題ないさ」

 

 本気を出せば、グリーフシードを得ることなど造作もないのだからね。

 

 さてさて。

 これから忙しくなりそうだが、果たしてマジックをやっていく時間は取れるだろうか。

 本業とはいえ、魔女退治にてんてこ舞い、なんて生活にはなりたくないものだが。

 

 


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