虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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山吹色の魔法少女

 何故ヘッドホンをつけていたのに声が聞こえたのか。

 あの声は一体誰なのか。

 

 わからない。だが、まどかが一人で歩いているのは放っておけない。

 彼女はきっと、ドジだから。

 

「この階は無人か」

 

 改装中なのだろう。長期間、店が入っていないのかもしれない。そのフロアの一角は無人で、解体後ろくな後処理もされないまま放置されているかのように散らかっていた。

 当然、明かりはない。

 

「……暗いし、ちょっと気味悪いね」

 

 さやかは不安そうだ。

 

「私はもうちょっと気味の悪い所になら良く入るんだけどな」

「なにそれ? これ以上って、どんな所よ」

「知らない方がいいよ、目が回るから」

 

 あの不気味な景色(魔女結界)は、知らないならそのままの方がいい。

 

「ほむらってさ」

「ん?」

 

 歩いていると、後ろのさやかが声を掛けてきた。

 

「なんてゆーか、不思議だよね、良い意味で」

「私もそう思う」

「……うん、自分で言っちゃうところとかも、ミステリアスっていうか」

「ふ」

 

 本当に自分の事がわからないのだから、仕方ないことだ。

 逆に、過去を思い出せれば、普通のつまらない人間になってしまうのかもしれないが。

 

 ……私の武器は、時を止めること。

 そして左手の盾。盾は決して能動的な装備ではない。

 

 私の願いはおそらく、自己の保身。自己防衛かそこらだったのかもしれない。近頃の私はそんな推測を弾き出していた。

 最初に鏡を見た時の、あの卑屈そうな顔が……どうしてかそう、語っているような気がして。

 

 ただ魔女を狩り、己のソウルジェムを満たすことしか考えていない、根暗な女。

 そんな姿に戻っては、さやかは幻滅してしまうだろう。

 

 ……まぁ、それが本来の私なのだろうから、仕方がないんだけど。

 

 

 

 

「……え?」

「まどか! 来てくれたんだね!」

「えっ、ええ……? あなた、誰……? なに……?」

「僕の名前はキュゥべぇ!」

「猫……? じゃ、ないよね……あなたが私を呼ん……! あなた、足挫いてるの!?」

「魔女から逃げている最中に、怪我をしてしまったんだ」

「逃げるって……」

「まどか! 僕を持って早くここから連れ出して!」

「えっ、ええっ?」

「早くしないと、魔女が……」

 

 

 

 

「おっと……?」

 

 薄暗いフロアを歩いていると、突如として辺りの世界が明滅を始めた。

 黒い室内に舞う蝶の翅。地面から生えてくる、読めない立て看板。

 日常は侵食され、異様な光景が広がる。

 相変わらずの毒々しい原色のコントラストだ。今回は暗めの分、ややマシってところではあるが。

 

「な、なにここ!? えっ!?」

 

 だが、さやかが狼狽えるのも無理はない。

 予備知識も何もない人間が踏み入れればパニックすることは必至だろう。

 

 ……なるほど、魔女か使い魔かはわからないが、彼女を巻き込んでしまったか。

 参ったな。転入初日だというのに……。

 

「目を回して尻もちをつかないように。変な色がつくかもしれないからね」

「う、うん」

 

 私はついた記憶もないから、色云々はわからないが。

 

 

『Das sind mir unbekannte Blumen!』

 

『Ja, sie sind mir auch unbekannt!』

 

『Schneiden wir sie ab!』

 

 

 狂った景色の中で、幼げな輪唱がどこからか響いてくる。

 

 

『Ja schneiden doch sie ab!』

 

『Die Rosen schenken wir unserer Königin!』

 

 

 多分、まどかが危ない。

 

 ふむ。

 クラスのみんなには内緒にしておこうと思ったのだが、そのクラスメイトに危機が迫っているのであれば、やむを得ないだろう。

 

 暁美ほむらは平穏な日常を望んでいたのかもしれないが、このくらいは不可抗力として、許してくれるはずだ。

 

「どうせなら、もっと良いタイミングで見せたかったな」

 

 私のソウルジェムが輝き、紫の閃光が制服を覆う。

 

 瞬時に私は変身し、全能感が脳をクリアにする。

 

 

*tick*

 

 

 そして、世界は停止する。

 

「……よし、さやかはまだこっちに気づいてないな」

『……』

 

 ただ変身するだけ、というのも芸のない話だ。

 彼女の固まった顔を多少なり和らげてやらなくては、パニックに陥ることも有り得る。

 状況についていけなくなっては、いくら趣向を凝らしても無意味なのだ。

 

「せっかく他人に晴れ姿を見せるんだ。ちょっとは演出も考えなくてはね」

 

 私は魔法少女だが、奇術師と同じくらい人を驚かせたり、楽しませたりすることはできる。

 心を和ませることだって出来るだろう。

 

 私、暁美ほむらがさやかにしてやれるケアはせいぜいその程度。

 私の友達の為にベストは尽くすが、きっとそれが限界だ。

 

 

*tack*

 

 

 本音を言えば、私が驚かせたいだけなんだけどね。

 

「わっ……!?」

 

 奇怪に変わり続ける遠景とは違った、別の意味で変わった光景が現れた。

 それは、足元から伸びる造花の花道。

 そして空を舞い降りる、毒々しい景色とはまた一風違った、造花のフラワーシャワー。

 

 さやかは一瞬目を点にしていたけれど、幻想的な光景に、ちょっとだけ見とれていた。……かも、しれない。

 

「さて、さやか。私事に付き合わせてしまったのは、どうやら私の方らしい」

「えっ……ほむら? なにそれ……」

「私の真の姿とでも言えばいいのかな?」

 

 紫のハット。紫のステッキ。

 そして燕尾服のような、魔法少女の意匠。

 

 立派な奇術師。私は、魔法少女の暁美ほむらだ。

 

「事情通ですと誇らしげに語り通したいところだけど……景色は見ての通り、異常事態だ。立ち止まっている暇はない。このままだと、まどかが危ないからね。ついてきてくれ」

「そうだ、まどか……!」

「まぁ、そこまで遠くには行ってないと思……」

「まどかっ!」

 

 さやかは魔女の結界という未知の危険を恐れることなく、私の横を素通りし花道を走り抜けて行った。

 

「……少しは感想なり欲しかったんだけどな」

 

 完全に私の格好はスルーだった。

 少しショックである。せっかく自然な感じのポーズも決めていたのに……。

 

 ……だが、それもさやかとまどかの仲の良さ故か。

 彼女ら二人は親友同士であるとは聞いていたし……。

 

 だがそれにしても無謀な走りだな。あのままでは結界内にいる使い魔と出会った時が危険すぎる。

 けれど、直情的で友達想いな性格を、私は馬鹿だとは思わない。

 

 むしろ私も、そんなアツい性格になれたら良いなと思ってしまう。

 

「さて。さやかよりも、早めに到着しておかなくては意味がないな」

 

 

*tick*

 

 

 さやかよりも一足早く、まどかを助けるとしよう。

 

 

 

「……ふむ?」

『……』

『……』

 

 停止時間の中を悠々と歩き、さやかを追い越してからほんのしばらくすると、目的のまどかを発見できた。

 それは良い。怯えたような顔つきだったけれど、彼女は無事だった。

 

 しかし妙なことに、この異空間に一人、知らない人が増えていた。

 まどかが抱いている白猫? らしいぬいぐるみも気になるが……何より、巻き毛の彼女だ。

 

「……ソウルジェムがある」

 

 この子は魔法少女だ。私と同じ、指輪状態のソウルジェムをつけている。

 魔女反応を辿った末に、ここへと辿り着いたのだろうか。

 

「同じ見滝原の制服……今まで遭遇しなかったけれど、まさか身近にいるとは思わなかったな」

 

 誰だかわからないが、助けてくれたのだろう。

 ともあれ、まどかが無事で良かった。

 

 さっさと時間を動かそう。

 

 

*tack*

 

 

「っ!」

 

 時間停止解除とほとんど同時。

 動揺は最小限で、非常に素早い反応だった。

 瞬時に生み出されたマスケットの銃口は――まどかへ向けられている。

 

「ひっ……!?」

「あっ!ちっ、違うの!」

 

 おっと、解除した時の位置が悪かったか。

 丁度まどかを挟むような位置に立っていたせいで、彼女を怯えさせてしまった。

 とはいえ、銃は私のせいじゃないけどね。

 

「乱暴は良くないな」

「えっ?ほむらちゃ──」

 

 私は怯えるまどかの手を取り、そっと抱き寄せる。

 その際、相手にさりげなく、手の甲に付いたソウルジェムを見せるのも忘れない。

 

「突然の登場で驚いてしまったかな」

「……! あなた……魔法少女ね?」

「そういう君もな」

「あ……あの……その……」

「ん、ごめん、窮屈だったか」

 

 そっとまどかを解放してやる。

 ……とまぁ、これで自己紹介は十分だろう。私は目の前の魔法少女にとって、無害なのだ。

 

「私は暁美ほむら。君は?」

「……(ともえ)マミよ」

「マミか、よろしく」

 

 ステッキを左手に持ち変え、右手を差し出した。

 さて、相手は握手に応じてくれるかな。

 

「見滝原に私以外の魔法少女がいるなんてね」

 

 握手は断られた。印象は悪かったらしい。

 さやかの反応も薄かったし、キザな演出は受けないのか。

 いや、最初だから警戒しているのだと考えることにしよう。

 演出は悪くなかったはずなんだ。

 

「あ、あのっ、この状況って一体……」

「まどか! やっと見つけ……ってうわ、なんだこの状況……」

 

 招かれざる客(まどかとさやか)の二人が揃った。

 早く二人に現状を説明して落ち着かせたいが……。

 

 ……既に私達の周囲を、無数の使い魔が取り囲んでいる。

 

「ごめんなさいね、二人とも。混乱を解いてあげたいんだけど……その前に――」

 

 マミのソウルジェムが光る。

 どこかほの暗い私の魂とは違い、それは崇高で、綺麗な輝きだった。

 

「――先に一仕事、片付けちゃっていいかしら!」

 

 記憶を失ってからはおそらく初めて見る、他の魔法少女の変身。

 豊かな体型を強調するような衣装、煌めくような明るい色彩。

 そしてベレー帽の飾りにソウルジェムが移れば、そこには堂々とした、気高い魔法少女の姿があった。

 

「……綺麗だ」

「──……ふふっ」

 

 マミは高く飛び上がり、空間に魔力を展開する。……パンツが見えた。

 次の瞬間、空中に何挺ものマスケット銃が生成され――エネルギー弾の流星群が、地面を一掃する。

 

 ヒゲ面の綿のような使い魔を、一体につき一発で確実に撃ち抜いている。

 あのマスケット銃の火力は、私のナイフよりずっと強力なのだろう。

 

 何よりマスケット銃の発砲はダイナミックで、スタイリッシュだ。マズルフラッシュまで美しい。

 

 ……そうだ、銃。

 良いな、銃。

 銃を使ってみても良いかもしれない。ちょっと探してみるか……。

 

「わぁ……」

「おお……」

 

 二人も感嘆の声をあげている。

 だが私はそれ以上に、拍手も贈りたい気分だった。

 

「良い、すごく良い……惚れ惚れする」

 

 その姿に見惚れていれば、闘いと呼べるものは終わっていた。

 魔女の結界は薄れて消え、薄暗いフロアに戻っている。

 

 マミはどこか満足そうに変身を解くと、私に向かって薄く微笑んだ。

 

「ふふ……でも、魔女は逃がしちゃったみたい」

「ああ、そのようだけど……さっきまで追っていたんだろう? 追うなら、君に任せるよ」

 

 魔法少女にとって、縄張りの取り決めは大切だ。

 なにせソウルジェムの浄化に必要なグリーフシードは、魔女からしか産出しないのだから。

 ずっと警戒されているのもなんだし、マミとはさっさと打ち解けておきたい。

 

 これから先、彼女の闘い方を参考にしたくもあるからね。

 

「ええ、まぁその辺りの話も重要だけど……一般人……この子達が優先ね」

「……」

 

 まどかとさやかはどこか興奮した様子ではあるけれど、何を喋っていいのかわからない様子。

 そして、まどかの腕に抱かれた謎の白い猫も……無感情な瞳で、こちらを見つめている。

 

「話が複雑になりそうだから、場所を移しましょうか」

 


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