朝の学校。
さやかとまどかの両名は、マミと昨日の出来事について話し合っていた。
とはいえ、確認することはそう多くはない。
昨日の不可解なトラブルについては、暁美ほむらが去っていった直後に話し合ったのだから。
「杏子やマミは、大変な目にあったんだね」
『私の部屋もね……』
さやかの部屋は荒れに荒れていた。
部屋を見る前にマミと杏子が居たからまだ良かったものの、もしも前もって聞かされずにあの自室を見ていたらと思うと、恐ろしいものである。きっとさやかは悲鳴をあげていただろう。
『ほむらちゃん……なんで、そんなことを……』
だが、それ以上に驚いたのは、やはりほむらの蛮行だ。
にわかには信じがたい言動や暴力の連続であるが、状況証拠がああも沢山揃っていては、まどかやさやかも、否定したくともできるものではなかった。
動機も経緯も不明瞭。ただ、杏子への明らかな殺意だけがある。
『上の階から失礼するわね』
『マミさん』
『そう、昨日の話を……まとめると、つまりは、暁美さんが豹変して』
「ふむ。よくわからないけど杏子の命を狙ったんだね?」
『ええ。……佐倉さんを探すのを諦めてどこかへ行ってしまったけれど、また同じようなことをしそうな……彼女からは、そんな強い執着を感じたわ』
その後、杏子はまどかとさやかを交えての話し合いや情報交換には参加したが、すぐに行方を眩ませてしまった。
“またいつやってくるかわからないから”ということである。
マミはそれを否定できなかったし、悲しそうな顔を見せる彼女の去りゆく姿を止めることもできなかった。
『君たちはどうするんだい? マミ、さやか。ほむらはとても危険な魔法少女のように思えるけど』
『……』
マミは沈黙。
『……私は、ほむらを止める』
さやかは確かな意志でもって答えた。
『大丈夫なの? さやかちゃん……』
『ちっとも大丈夫じゃないよ……ほむらの戦いは何度か見たけどさ。何をしてくるのかよくわからないし……正直、いざ勝負って感じになったら、勝てる気がしないわ』
『……』
ほむらの魔法。それはさやかだけでなく、まどかやマミにとっても未だ謎の多いものである。
扱う武器も、力も、どのようなものかも不明。
気がつけばまるでマジックでも見ていたかのように状況はガラリと変化し、彼女の手のひらの上で遊ばれているかのような。そんな理不尽で不可解な、それでも確かな強さを持つのが、ほむらである。そんな共通認識だった。
『けど、ほむらを倒すことが私の目的じゃない』
「そうなのかい?」
『うん。ほむらと話さないと駄目なんだ。ほむらとちゃんと話して、しっかり事情を聞く……でないと』
『ええ、そうね……それからでないと、全くわからないものね』
状況は混迷を極めている。
杏子の身の安全を考えれば、対策は可能な限り早いほうが良い。
ほむらとの対話は必要だろう。
『……けど、ほむらちゃんは……危ないよ』
『まどか……』
とはいえ、その対話が通用するかどうか。
『マミさんも私と一緒に見ましたよね……? 仁美ちゃんとさやかちゃんを操ろうとした魔女の時の事……』
『……ええ、あの、魔女が映しだした映像ね』
『……』
暁美ほむらが銃を握り、他の魔法少女のソウルジェムを砕く……そんな映像である。
それはまどかが間近で見ていたし、飛び入りでやってきたマミも確認している。
『ほむらちゃんは魔法少女を……もし、さやかちゃんやマミさんが、同じことになったら……』
『……確かに見たわ。あの時のことははっきりと覚えているし……今まで、大きな疑問として残るものでもあったしね。そういう意味では、今回のことは得心のいくものだったけれど』
ソウルジェムを撃ち抜こうとするほむら。
杏子を殺そうとするほむら。符号は一致する。しかし。
『けど、暁美さんにそのような過去があったとしても、絶対に何らかの事情があったように思うのよ』
『……杏子ちゃんに酷い事をしたのも、ですか……?』
『……理由があるのよ、きっと』
さすがのマミも、自信はない。はっきりと擁護はできない。至近距離でそれを見ていただけに。
『私、怖い……ほむらちゃんのこと、信じたいのに。怖いよ……』
『……』
さやかの家に向かう最中の二人が見た、屋根を飛び移りながら走るほむら。
一瞬、すれ違う際に見たあの冷徹な表情が、昨日からまどかを混乱させている。
三人がテレパシーで重苦しい会話を途切れ途切れ続けていた、その時。
「はぁ……はぁ……」
「!」
「あ……」
息を切らせた暁美ほむらが、教室へと入ってきた。
ガラス戸を開けた向こうには、驚く顔で止まったさやかと、私を恐れるような顔で小さく震えるまどかの姿があった。
……間違いなく、何かがあった。二人の様子からそれを察するのは容易だ。
しかし、だとしても。
今までの人間関係が崩れていたとしても。
私は口を閉じて、息を整え、早足で二人の傍へ近づいた。
「……」
そこに、さやかを庇うようにして、すかさずまどかが立ちふさがった。
涙ぐみそうな決意ある目が、私の昨日の空白に、より確かな彩りを与えてくれる。
見たくもない絵が完成してゆく。
……なんと健気な子だろうか。魔法少女のさやかを、一般人の君が身を挺して守るだなんて。
そんなに、私は危険なのかな。
……ああ。まどかの後ろのさやかの複雑な顔も、無慈悲で明瞭な答えを持っているね。
そうか。
私はやはり、昨日、何かをしたのだ。
ああ、そうだろう。そうに決まっている。覚悟はしていた。だとしても。
『……話がしたい。長い話なのだが』
『……ほむらちゃん……先に、言うことはないの?』
わからない。そう言いたい。
けれど、それは今の二人に告げる言葉としては、あまりに配慮にかけるものだと思った。
『それは……屋上で話す。マミも、聞こえていたなら来てほしい』
『暁美さん……ええ、わかったわ』
テレパシーでは、誰もが重々しい声を発していた。
身構え、決意し、慎重に選ぶ言葉のなんと重いことだろう。
私は黙って教室を出た。さやかと、まどかも後から距離を置いてついてくる。
まるで他人のように。
重い足取りで、屋上へと向かう。
果てしなく長いように思える階段を登り、屋上へと出ると、場違いに爽やかな風が吹いていた。
「……」
到着するや、私はベンチの近くの地べたに腰を降ろし、俯く。
向かい側には、まどかとさやか、そして少し遅れてやってきたマミが集まり、ベンチに腰を下ろす。
マミとさやかは緊張した凛々とした面持ちで私を見て、まどかは悲しそうな伏し目で私の脚辺りを見ているようだった。
「僕も同席してもいいよね」
白い毛並みの未確認生物も、まどかの隣に着席する。
これで観客は揃ったわけだ。
あとは、ピエロが自分がどれほど滑稽だったかを口で説明するばかり。
「……ほむら、話って何」
「まずは……」
「まどか、全部ほむらに任せよう」
「……うん」
もう後に引き返すことはできない。
……いいや、逃げ道なんてもう存在しない。
私はもう、消えるしかない存在なのだ。
ならばせめて消える前に……言わなくてはならないのだろう。
去りゆく間際に種明かしをしてゆくマジシャン、か。
なんとも不愉快で、滑稽な存在だね。
「……なあ、みんな。私の話を聞いてほしいんだ」
私は、半分濁ったソウルジェムを地べたに差し出し、静かに口を開いた。