虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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第九章 私の心に巣食った死神
息苦しさの中で


 

「ほむらっ……!」

 

 杏子の手は空を切った。

 ほむらの姿は忽然と消え、居なくなってしまったのである。

 

「……消えた」

「瞬間移動が彼女の能力なのかな?」

「今はそんなこと、どうでもいいわ」

 

 さやかの端的なつぶやきにキュゥべえが冷淡な分析をしてみせたが、それはマミの気分を害したようだった。

 

「……杏子ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ……いや、私よりもさやか、ごめん」

「ははは……大丈夫、大丈夫。ちょっと頭打ったけどさ」

 

 咄嗟のこととはいえ、突き飛ばされたさやかは硬い地面に頭を打ち付けていた。

 魔法少女であったからまだ無傷ともいえる状態だが、生身であればそうはいかなかっただろう。

 

「……みんな、ごめん。ほむら、どっか行っちまったよ」

「ううん、謝ることなんてないでしょ」

「そうかな……」

「うん、私はむしろ、杏子が止めてくれて……正直さ、ほっとしちゃった」

 

 さやかはおどけた風に肩を竦ませ、大きく息を吐いた。

 

「……ほむらを手にかけるのが、本当はすっごく怖かったんだ」

「さやかちゃん……無茶しちゃ、駄目だよ……」

「ははは、そうだね……私、やっぱりヒーローぶりすぎなのかもしれないわ」

 

 ソウルジェムを砕く。それは、魂を砕くということだ。

 さやかはあのまま杏子が止めに入らなければ、きっとそのままサーベルを振り下ろしていたに違いない。

 だがあの一閃は覚悟だけでなく、ほとんど焦りや勢いが篭っていたものだった。

 もしも、ソウルジェムを砕いていたら。さやかは、きっと後悔していたことだろう。

 

「……それに、それだけじゃない。まだほむらが、何にでも襲いかかるような狂人じゃないって解って良かったよ」

「そうね……あの暁美さんの様子、ただ事ではないけれど、佐倉さんに敵意を向けることに躊躇しているように見えたわ」

 

 マミの言葉に、まどかやさやかも頷いている。

 その意志も、きっと共有されているはずだ。

 杏子もまた、周りを見回して頷いた。

 

「……みんな、ほむらを探したいんだ」

「うん」

「ええ、もちろんよ」

「……うん」

「私の友達なんだ……お願いだ、手伝ってくれ」

「……私も、あの、何も力になれないかもしれないけど」

「そんなことない。力がないだなんて言うなよ」

 

 おずおずと自信無さそうにしているまどかの頭を優しく撫で、杏子は微笑んだ。

 

「アタシは嬉しいよ、ホントにありがとう、まどか」

「……てぃひひ」

 

 ほむらについて、今日だけでもわかったことは多い。

 問題もある。しかし、それもきっと、どうにもならないことではないはずだ。

 少なくとも、この場に目的を同じくする仲間が集まっている。

 

 不鮮明な状況の中で、まどか達は自分たちが正しい一歩を共に踏み出せたことを実感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本の魔女。

 

 結界に入り、本の階段を駆け上る。

 足下を狙って飛来する栞のナイフたちを盾で強引に弾き退け、なおもハードカバーを上ってゆく。

 

 階段の最上部では、開きっぱなしの巨大な本が、はらりはらりとページをめくっていた。

 そこに挟まれていた二枚の栞が宙に浮いて、燕のように階段のすれすれを飛びながら、こちらに向かってくる。

 

「邪魔しないで」

 

 盾をまさぐり、ロングソードを抜き放つ。

 使い魔が射出した栞のナイフを一凪ぎで消し去り、更に距離を詰める。

 

「はっ!」

 

 横に並び、使い魔を同時に両断する。難しいことはない。

 紙切れのように静かに揺られて落下する使い魔は、階段の脇から結界の下へと落ちていった。

 下にどのような空間が広がっているかなど、私は知らない。知っても意味は無い。

 落ちることなどないのだから。

 

「prrrrrrr……」

 

 魔女。つまり階段の最上部に居座る巨大な本は、再び自身のページをめくる。

 中身から、何かを探し始めたのだろう。

 

 

 *tick*

 

 

 次に何かが来られても面倒なので、先手必勝の一撃を決めることにする。

 

 

 *tack*

 

 

「……!?」

 

ページをめくる動作は、ナイフ五本で容易く縫い付けられた。

 致命的な隙だ。本体が動けないならば、尚更に。

 

「嫌だわ、紙を切ると切れ味が落ちるのに」

 

 ロングソードを無防備な魔女の中心に振り下ろす。

 

 これで。まずはグリーフシードをひとつ。

 

 

 

 

 

ルチャの魔女。

 

「Yeahhhhhhhhhhhhhhh!」

 

 この結界には通路がない。その分、魔女自体が巨大で、強力だ。

 特撮でよく見るような巨人ほどではないが、ちょっとした二階建の民家ほどの人型の魔女が、空から大の字を広げて落ちてくる。

 

 

 *tick*

 

 

 オレンジと水色の毒々しい模様の全身タイツに、同じ色の笑顔を浮かべる巨人。

 この魔女のボディプレスをまともに受ければ、どんな魔法少女でも確実に即死だろう。

 初撃に対応できるかどうかが、この魔女との戦う上でのポイントだ。

 要するに、私にとっての雑魚。

 

 

 *tack*

 

 

「GoaaaaAaaAAaaaa!?」

 

 単純な攻撃しかできない魔女に対して、私が何らかの引けを取るはずもない。

 時間を停止して、盾の中に無駄に入っていた刃物を床に固定するだけで、魔女は容易く手玉に取れた。

 

 身体の全面に無数に刺さる刃。傷口からは、赤と青の体液がとめどなく流れる。

 

「OhhhHhhhh……!」

「まだまだ“あいつ”と比べれば、あなたなんてサンドバッグよ」

 

 勿体ないが、巨体を葬るには大きなエネルギーが必要だったので、ガソリンによる大爆発で、一方的な戦いは終結した。

 

 グリーフシードは落ちなかった。

 武器を使ったから、反則負けなのかしら。ふふ。

 

 くそ。

 

 

 

 

 

 影の魔女。

 

 巨大な石膏像が伸べる手の先に握られた松明。

 その前で跪き、祈る黒い女の姿。

 

 象徴的。ある意味献身的。

 けど祈りなんてものは無意味で、愚かだ。

 

 少なくとも地に膝を付けている時点で、他者に運命を委ねきっている。

 立たない者に良い報いなどくるものか。

 

 私はそれを信じ続けたい。

 だからこの魔女の暗示するものは嫌いだった。

 

 

 *tick*

 

 

「これが私なりの救いよ」

 

 

 *tack*

 

 

 時間停止を解除した時、私の目の前には黒いサボテンが佇んでいた。

 黒い身体に鈍色の刃物が無数に生えた、いびつなサボテン。

 

 結界は間もなくひび割れ、崩壊を始める。サボテンもまた、跡形もなく崩れていった。

 

 グリーフシード、ふたつめ。

 

 

 

 

 

 

 海月の魔女。

 

 能面のような単色の夜空に、等間隔で眩しい星が浮かんでいる。

 

 一面は大海原。

 結界に地面らしい地面はなく、海には正方形の木箱がいくつも浮かんでいるだけだった。

 

「OhhHHhHhh……」

「はあ、面倒くさい」

 

 海面に顔を出した半透明の半球。そして隻眼。

 高さでいえば先程のルチャの魔女と同じだが、足場が悪い分、戦い難い相手になる。

 

 火器類があれば容易いものだけど、今は持ち合わせが少ない。

 どこかの暴力事務所から漁ってきた散弾銃と拳銃程度か。これではどうしようもない。

 

 だから私は、余りに余った刀剣類を投げるという、ひどく原始的な戦い方を選んだ。

 

「っ……!」

 

 カットラスは回転させながらでも効果的に投げることができ、思いの外扱い易かった。

 けれど私は“あのほむら”のように、こんなものを主軸に戦いたくはない。

 こんな大きさだけの弱い魔女など、RPGだけでもあれば事足りるのに。

 

「GuGaaaHhhHhhhh……」

「ふん」

 

 結局、足場を変えて攻撃を避けつつ刀剣を投げるだけで、たった四分で魔女は倒れた。

 大きな一つ目が唯一の弱点であることは知っていたから。

 

 グリーフシード、みっつめ。

 

 これくらいで、急場は凌げるわね。

 

 


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