虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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私の、最高の、

 

 ―――

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 

「ほむらちゃん、ごめんね。私、魔法少女になる」

 

 瓦礫が吹き荒ぶ空を背にして、最愛の彼女はそう告げた。

 

「まどか……そんな……」

 

 鹿目まどか。私の、たった一人だけの、大切な友達。

 

「私、やっとわかったの……叶えたい願いごと見つけたの。だからそのために、この命を使うね」

「やめて!」

 

 私は叫ぶ。

 確かに、絶望的な状況だ。どうしようもない。そんなのわかりきっている。

 

 ワルプルギスの夜は見滝原を壊し尽くしてしまったし、他の魔法少女だってみんな死んでしまった。

 私自身も、今や時間停止も使えず、装備の殆どを失い、コンクリートの塊に足を囚われている。

 

 詰みだ。何もかも。

 けど、それでも、いけないのよ。

 まどか、貴女が契約したのでは、何もかも……。

 

「それじゃあ……それじゃあ私は、何のために……」

 

 何のために、今までやってきたというの。

 私はただ、貴女だけを救いたかったのに。

 

「ごめん。ホントにごめん」

 

 謝らないで。

 どうして貴女は、私の差し伸べる手を弾いてしまうの。

 

「……これまでずっと、ずっとずっと、ほむらちゃんに守られて、望まれてきたから、今の私があるんだと思う」

 

 お願いよ、まどか。

 

「ホントにごめん」

 

 謝らないで。私に守らせて。

 

「そんな私が、やっと見つけ出した答えなの。信じて」

 

 契約しては駄目。

 貴女が……貴女がそう、私に懇願したの。

 あの時のまどかだって、本物の貴女だったのよ?

 

「絶対に、今日までのほむらちゃんを無駄にしたりしないから」

「まどか……」

 

 いけない。

 

 無駄になる。

 

 まどかはまた、魔女になる。

 

 私はまた、まどかを守れずに終わってしまう。

 

「数多の世界の運命を束ね、因果の特異点となった君なら、どんな途方もない望みだろうと、叶えられるだろう」

 

 嫌だ。

 

「本当だね?」

 

 そんなの嫌だ。

 

「さあ、鹿目まどか――その魂を代価にして、君は何を願う?」

 

 そんな未来、絶対に許さない。

 

「私……」

 

 そんなの私の望む未来じゃない。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 まどかの望んだ結末じゃない。

 

「全ての――」

 

 それは、まどかの望んだ未来じゃない!

 

「うあああああああッ!」

 

 左手のすぐそばに転がっていた石片を、思い切り投げる。

 一番近くにあった、一番殺傷力のありそうな石。鈍器。ただそれだけのもの。

 

「きゅブっ」

「きゃっ!?」

 

 でも、魔法少女の力ならそれだけでも十分。

 まどかに契約を持ちかけようと目論むインキュベーターの顔面は、風船のように弾け散った。

 

「あ……ほ、ほむらちゃん?」

「はーっ……はーっ……!」

 

 ……させない。

 

 この腕が一本だけしか動かなくなったとしても。

 絶対に、まどかに契約はさせない。

 

「今は大事な時なんだ、邪魔しないでほしいな」

 

 それでも、インキュベーターはしつこく現れる。

 殺しても意味はない。連中は無限だ。

 

 わかっている。

 それでも私は、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

「さあ、まど――」

「ぁああぁああっ!」

 

 再びの投擲。

 石はインキュベーターに命中し、胴体を喰い破った。

 

「ほむらちゃん……」

「駄目よ……絶対に駄目……! まどか! どうしてわかってくれないの!?」

「わからないのはこっちの方だよ、暁美ほむら。契約するかしないかを決めるのは、当人次第だというのに」

「うるさい! 絶対にさせない! 絶対に!」

 

 まどかに契約させてしまったら、終わるのだ。

 それだけは阻止しなければならない。

 

 どんな手段を用いてでも……!

 

「……ごめんね」

「!」

「ごめんね、ほむらちゃん……それでも私は……」

「やめて…!」

「さあ鹿目まどか、君の願いを……」

「やめて!」

 

 盾を開き、ショットガンを取り出す。

 先台を片手で、勢いだけでスライドさせて、白い悪魔へ合わせ、放つ。

 

「ひっ!」

 

 大きな音と大きな反動と共に、インキュベーターは跡形もない肉片となって飛び散った。

 

「はぁ……!」

 

 深い息と共に銃を降ろす。

 

 ……諦めない。絶対に。

 私は何度だって、この銃であいつを撃ち抜いて見せる。

 

 銃がなければ石で。石がなければ、地面を砕いて礫を作ってでも。

 

「まどか……お願い」

 

 まどかを守れればいいの。

 たったそれだけ。

 

 私は、それだけが……まどかさえ無事であれば、良いのに。

 優しすぎる彼女は、いつだってそれを受け入れてくれないのだ。

 

「……ほむらちゃん」

 

 まどかは悲壮な顔をしている。

 

 ……いいえ、それよりかは、困ったような表情だった。

 駄々をこねる私という子供を相手にして、困っているような、そんな。

 

「お願いよ、まどか……私に、守らせてよ……」

 

 でも、子供でも……聞き分けがなくても……貴女の目にわがままに映っても、それでも良いの。

 

「……ほむらちゃん、」

 

 

 貴女が生きてくれるなら――

 

 

「私の叶えたい願いはね、」

 

 

 そこまで言って。

 まどかは、私の視界から消えた。

 

「―――え」

 

 そのかわりに視界に飛びこんできたのは、巨大な鉄骨をむき出しにした、鉄筋ビルの破片。

 少し遅れてやってきた喧しい音は、がりがりと壁面を削りながら私の後方へと流れ去ってゆく。

 

「あ、あ……」

 

 先程まで、まどかの立っていた場所には、大きな破壊の爪跡と。

 

 ――血だまり。

 

「ぁあぁああああぁああぁッ!」

 

 まどかがいない。

 まどかはどこにいった。

 

 なんで? どうして、だってさっきまで、そこに。

 

 私は手榴弾で脚を破砕し、彼女を探した。

 

「まどか……まどかぁっ……」

 

 脚から血が流れ出る。そんなことはどうだっていい。脚なんてなくても生きていける。

 

 まどか。まどかはどこ?

 

 さっきまであっちに立っていたはずなのに。

 

「まどか! 急いで願い事を! まどか!」

「!」

 

 性懲りもないインキュベーターの声が近くで響く。

 感情が無いはずの奴の声は、ひどく切迫しているように聞こえた。

 

 あっちにまどかがいるんだ。まどか。

 

「まどか! 何でも良い、願い事を! 自分の命でも、君ならなんだって叶えられるんだ!」

「……!」

 

 いた。

 奴に言い寄られる、血まみれの彼女が。

 

 凄惨な姿だった。

 

 灰色の破片はまどかの下半身をすり潰しており、腕は削がれ……。

 さっきまで活き活きとしていたはずのまどかの顔には、半分皮膚が無かった。

 

「まどか……!」

 

 酷い状態。それでも尚、自分たちのために勧誘を続けるインキュベーターの姿は、まさに悪魔と言う他ない。

 

「あ、ぁああ、まどか! まどかぁ! 起きて、起きてよ……!」

 

 助けなければ。

 まどかのもとに擦り寄って、彼女の肩を掴み、声をかける。治癒魔法もかける。

 でも、彼女は反応を示さない。

 

 口元がわずかに、開いたり、閉じたりするだけ。

 けど。

 

「……、……」

「……っ!」

 

 涙を湛える彼女の虚ろな目は、私には“無念”を示していているように見えた。

 

「……やれやれ、なんてことだ」

 

 それが、最後だった。

 まどかは、それきり動かなくなった。

 

「まど、か……」

 

 強い意志をもっていた先程までの彼女の双眸が、光を宿していない。

 汚らしい色をした血で汚れ、煤け、まどかは一瞬のうちに、死んでしまった。

 

「君の時間稼ぎも無駄ではなかったみたいだね、暁美ほむら……完敗だよ」

「っ!?」

 

 思いもよらぬ言葉と、赤い目が私を刺す。

 

「まさか、あんな時間稼ぎで僕の契約を阻止するなんてね。……まさか、これも計画のうちだったというのかい?」

「ち、ちが、私は……」

「契約する前の鹿目まどかはただの少女……その時点で殺してしまえば、彼女は契約なんてできなくなる……さすがの僕も、魂を持たない死者とは契約はできないからね」

「私は殺してない、違う……! 違うの……そんなつもりじゃなかったの!」

 

 嘘だ。私じゃない。ワルプルギスの流れ弾が。

 

「結果として鹿目まどかは死んだ。時間稼ぎをした君に殺されたようなものじゃないか」

「ぐぁ……あ……あぁ……」

 

 違う。嘘よ。そんなの。

 

「やれやれ、せっかくワルプルギスの力を利用できると思ったのにな。まどかのような素質の魔法少女はもう居ないし」

「まどかぁあああぁああっ!」

 

 もう。私は、もう立ち止まれない。

 

 このまま死ぬことなんてできない。

 

 魔女になんかなれない。

 

 因果がなんだというの。関係ない。

 

 もう止まれない。

 

 まどかを。まどかを助けないと。

 

 早くまどかを助けないと……!

 

 

 

 砂時計が、反転する。

 

 


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