虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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宙ぶらりんな真実

 

 私たち三人は、巴マミの家に招待された。

 出会ったばかりの相手に住所を教えても大丈夫なのかと心配になったが、マミにはそうするだけの自信と勘があるのだろう。

 実際、私もマミの家をどうこうしようとは考えていないので、ノーガードの信頼の証は素直に受け取っておく。

 

 部屋は整頓され、とても綺麗だった。

 大きな家具から小物に至るまで、とにかく洗練されたデザインが多く、女子中学生というよりは都会の喫茶店といった趣だ。

 

 中央には三角形のおしゃれなガラステーブルがある。

 正三角形でなくてよかった。長い辺には二人がゆったりと座れるだけのスペースがあるだろう。もう一人くらいは席につけそうだ。

 

「はい、どうぞ」

「わぁ、美味しそう!」

「かわいい!」

 

 マミは美味しいケーキや紅茶まで用意してくれた。

 

 聞けば、マミは見滝原中学の三年生だという。私達のひとつ上らしい。

 彼女とはケーキや先輩ひっくるめ、仲良く友好的にやっていきたいところだ。

 

「さて、まずは改めまして。キュゥべぇを助けてくれてありがとう」

「ありがとう、まどか!」

 

 喋った。ぬいぐるみが喋った。

 

「い、いえ……私なにもしてないですし……むしろ私は助けられた、っていうか」

「……あの変な空間は、一体なんだったんですか?」

「あれは魔女の……って暁美さん? どうかした?」

「いや、……それよりもまず……」

「ん?」

 

 白い猫のような生き物を指差す。

 

「この変なのは、何?」

「えっ?」

 

 一見つぶらに見えるが不気味な赤い目。

 耳から伸びる用途不明の手らしきもの。

 

「UMAだ」

「あなた、魔法少女なのにキュゥべぇを知らないの?」

「覚えがないな」

 

 首の後ろの皮をつまんで持ち上げてみる。こうしてみると本当に猫そっくりだ。

 

「ほむらちゃん、可哀想だよ……」

「君は暁美ほむらといったね」

「ああ、燃え上がれ~って感じがするだろう」

「……僕は君と契約をした覚えはないんだが……?」

「契約……」

 

 思考がぼんやり霞む。

 契約。なんだっけそれ。

 

「僕は君達の願いをなんでも一つだけ叶えてあげる。そのかわり、ソウルジェムを手に、世界にはびこる魔女と戦って欲しい。つまり、僕と契約して魔法少女になってよ、ってことなんだ!」

 

 願い。契約。魔法少女……。

 

 ああ、頭に浮かんできたぞ。

 どうして今まで忘れていたのだろう。こんなに大切なこと……。

 

「あ~、そうだ、思い出した……君と契約して魔法少女になるんだったね」

「大事な事なのに普通忘れるかしら……」

「願いを一つだけ叶える……?」

 

 さやかは私の忘れっぽさよりも、そちらの方に興味があるようだった。

 

「そう、キュゥべぇは私達少女の願いを叶えてくれるんだ」

「……本当に?」

「契約が成立すれば叶えてあげられるよ」

「はぁあ~……」

「すごい……」

 

 願い事を一つだけ叶えられる。確かに、それだけ聞くと胡散臭い話である。

 しかしこの部屋にはその前例となる少女が二人もいるし、使い魔との闘いはつい先程体験したばかりだ。さやかもまどかも、訝しんだりはしなかった。

 

「願いを叶えると、そのかわりに生まれるのが、マミやほむらも持っているソウルジェムだ」

「これが魔法少女の証、魔女と戦うために変身したり、魔法を使えるようになるわ」

 

 マミは手元のジェムを見せた。

 リング状態ではない、宝石の形態。構成物質は不明だが、見ているだけで引き込まれそうな魅力がある。

 しかし、そう単純なシロモノではないと私は知っている。

 

「魔法は便利だが、ソウルジェムに入っているのは私達の魂だよ。ソウルジェムが破壊されれば死んでしまうから、これは不用意に扱えない」

「……え」

 

 マミが小さく声を漏らしたような気がした。

 

「ええ、それは…ちょっと…」

「ただ、これは一応宝石だし、よほどの衝撃でなければ壊れはしないから、扱いに気を付けていれば大丈夫。生身がいくら傷付こうが魔法で回復できるから、むしろ私たちには必須のものだよ」

「な、なるほど…」

「魔法少女になるには、戦う覚悟が必要ということだな」

 

 ソウルジェムは魔法少女最大の弱点でもあるけれど、闘いを有利にしてくれる便利なアイテムだ。

 とても手放そうとは思えない。

 

「君たちが迷い込んだ空間は魔女の結界……そこに潜む魔女と戦い、倒すのが魔法少女の役目だ」

 

 キュゥべえの言葉に私は頷く。

 そう、私達の本懐はそこにある。

 

「魔女は世に潜み、静かに人を食らう……野放しにはできない存在だ」

「……ちょっと、紅茶をいれてくるわね」

「ああ、すまない。ありがとう、マミ」

「ありがとうございます、マミさん」

「……あの、ほむら」

「ん?」

 

 マミが席を立ったのも気づかない様子で、さやかは深刻そうな顔を私に向けていた。

 

「……危険なの? その、魔女と戦うのって」

「どんな魔女を相手にしても、途中で靴紐を結び直す暇はないかな」

「わ、わかりにくいなぁ」

「常に本気でかからないと難しい相手だってことだよ。気を抜いたら……酷いことになる」

「うわぁ……」

「怖くはないの……? ほむらちゃんは……」

「んー」

 

 魔女との闘い。それは魔法少女の義務であり、捕食行為だ。

 もちろん、そこに命の危険は付き纏うし、私も人間なのだから死にたくはない。

 けれど、怖いと訊かれたらどうだろうか。

 少しだけ考え込み、答えを出す。

 

「あんまりだね」

 

 私の中の答えは、思いの外淡白であった。

 

「戦い続ければきっと、それは当たり前になってくるよ」

 

 あるいは、その感情さえも忘却したのかもしれない。

 

 

 

 一通り魔法少女の説明をしてから、マミのアパートから出た。

 どうやらマミは体調が優れないらしく、私としてはまだ話さなければならないこともあったのだが、途中で帰されたのである。

 

 今は帰り道で、さやかとまどかの二人を送っている。

 先にまどかの家、次にさやかの家だ。見滝原に慣れない私が送迎するというのも妙な話だけど、魔女騒動があった後なのだから仕方ない。帰り道に食べられては困る。

 

 ……転校初日。

 一般中学生には体験できない様々な事が起こったが、悪くはなかった。

 

 魔法少女にも出会えたし、キュゥべぇを朧げにだが思い出せた。

 これは上々の成果と言える。このペースなら、あと一月もすれば記憶を取り戻せるかもわからんね。

 

「……」

「……」

 

 なんて飄々と頭の中で語っている間も、二人の少女は無言だった。

 女子中学生が一緒になっているのに、これはちょっと奇妙すぎる空気ではないかな。

 

「二人ともずっと考えてばかりだけど、何か話してほしいな」

「……うん」

「はあ、やれやれ」

 

 暗い顔ではない。

 ぼんやりと考えるような、はっきりとしない顔だ。

 

「二人とも、願い事でも考えているのか」

「まあ……」

「うん……でも、なんだかなあ……」

「決まらなくて当然だよ。人の一生がかかっているんだから。今、無理に頭をひねることもないぞ」

 

 願い事が叶えば石になる。

 キュゥべぇとの契約は、人としての生き方を捨てる事だ。

 帰り道の途中でパッと選択するようなものではない。

 

「あ……もう着いちゃった」

「うわ、本当だ」

「ここがまどかの家か? よし、じゃあここでお別れだな」

「二人ともありがとね」

「良いって良いって、たまにはね」

 

 さやかは“転校してきたばかりの私に送らせるのは”と遠慮がちだったが、やはり魔女のこともある。

 まどかの帰宅を見届けた私は、次はさやかを送ることにした。

 

 

 

 さやかはおっとりぼんやりなまどかとは違い、活発で積極的な子だ。

 よく喋るし、よく笑う。

 

「……は~……願い事か……」

 

 今は口数も減っているが、学校ではよく喋っていた。

 調子が戻れば、またいつものさやかに戻るのだろう。

 

「ねえほむら、魔女って……怖い? あ、さっきも訊いたっけ。……闘いとか、そういう意味で」

「よく魔女について訊ねるね」

「まぁね……まだ見たこともないし……全然、想像がつかないっていうか」

「武器がなければ怖いと思うよ」

「武器……マミさんの銃のような?」

「そう、魔法少女になれば、さやかも自分の武器を手にできる」

 

 魔法少女になると、専用のコスチュームと魔法武器が決定する。

 私は魔法少女になった時のことを思い出せないので曖昧だが、ほとんど自動決定のようなものだったと思う。

 人によっては剣になるだろうし、弓や杖にもなるだろう。場合によっては、武器とは呼べないものが選出されるかもしれない。

 私は記憶のこともあって、まだ他の魔法少女については詳しくないが。

 

「私の武器かぁ、なんだろ」

「さやかの性格から察するに、槍かな?」

「……いちおー聞くけど、なんで槍さ」

「向こう見ずな感じがする」

「あ~言うと思った! 失礼しちゃうなぁ」

 

 やっぱりさやかは、思い詰めているようでもよく喋るのだった。

 

 

 

 

 

「……ねえ、キュゥべぇ……?」

「なんだい? マミ」

 

 後輩の三人が帰った後。

 洗い物を終えた私は、ローテーブルの上のキュゥべえを相手に話しかけていた。

 

 いつもの何気ない会話ではない。

 切り出すにもちょっとした勇気を必要とする、そんな会話だ。

 

「その……さっき暁美さんが言っていた事って、本当なの? ……ソウルジェムの中に、魂があるって……」

「そうであるともいえるし、そうでないともいえる……でも大体は合ってるよ」

「ちゃんと答えてよ。これが壊れると、私は死んじゃうの?」

「それは間違いないね」

 

 ……ああ。やっぱり私の聞き間違いでも、暁美さんの勘違いでもなかったのね。

 

「私、そんな話を聞かされていないわ」

「聞かれなかったからね」

「キュゥべぇ……」

「でも彼女も言っていただろう? マミ。ソウルジェムが無事だからこそ、怪我を負っても平気でいられるんだ。どんな重傷でも、魔法なら治すことは可能だからね」

 

 それは……確かに、そうだけど。

 でも……でも。

 

「マミは今まで、少なからずそういった怪我も負わされたことはあっただろう? その時にソウルジェムがなかったら、今まで生きてこれなかったんじゃないかな」

「……違うのよ、キュゥべぇ。それも確かにそうだけど、私が言いたいのは……」

 

 ひとつ呼吸を置いてから、探るようにキュゥべえの目を見る。

 

「……どうしてその話を暁美さんにはして、私にはしてくれなかったの……?」

 

 そう、引っかかっていたのはそれだった。

 私とキュゥべえは、もう何年も一緒に過ごしてきた。間柄は、相棒よりも家族といった方がしっくりくる……と、私は思っていた。

 でも、キュゥべえにこんな隠し事があっただなんて。

 そう思うと、とても悲しくて……。

 

「僕は暁美ほむらにその話をしたことはないよ」

「……どういうこと?」

「そのままの意味さ、というより、僕も彼女とは今日初めて会ったばかりで、何がなんだかわからないんだ」

「彼女、魔法少女でしょ?」

「そのようだね」

「ならあなたが契約したんじゃない……」

「そんな覚えはないんだけどね」

 

 キュゥべえにとぼけている様子はない。

 ……真面目な彼のことだ。きっと、嘘ではないのだと思う。

 

「そうなの?」

「うん、暁美ほむらも僕に対して曖昧な印象しか持っていないしね、理由は定かじゃないが」

 

 キュゥべえも本当に知らない……どういうこと?

 

「……契約した覚えのない魔法少女、これはイレギュラーになりそうだ」

「イレギュラー?」

「何をするか解らない対象ということだよ」

「それはわかるけど……そうね、確かに彼女、何を考えているのかさっぱりわからなかった……」

「暁美ほむらには気を付けた方がいいよ、マミ」

 

 確かに、何を考えているのかさっぱりわからない人よね……。

 

 口調も仕草も、どこか……悪い言い方をするなら、気障な感じがする。

 それに見合うだけの力はあるのだろうけど……。

 

 キュゥべぇの言う通り、警戒するに越したことはないわね。

 

 たとえ今日みたいに、一切の毒気がなくても……。

 

 

 

 

 

 さやかを送り終え、私は一人、夜の町をゆく。

 過ぎ行く人。寒い空気。吹き抜ける風。

 

「……」

 

 ほとんど、知らない町だ。

 私を知る者はなく、私が知る者もいない。

 

 出だしは好調だ。しかし未だ私の世界は狭く、薄い。

 中学校の生徒以外は誰とも面識がないし、彼らとの関係はこれから育んでゆくものでもある。

 まだまだ私は、一員というよりは、お客様でしかないのだ。

 

 見滝原。

 私はこれから、この町で生きていく。

 記憶を失おうが、失うまいが、初めての場所で私は過ごしてゆく。

 これから始まる日常生活は、きっと魔女退治と同じか、それ以上の意味を持つことだろう。

 

 私は暁美ほむらだ。

 ならば私は、暁美ほむらのために生きる。

 

 暁美ほむらが記憶を取り戻したその時に後悔しないように。

 私は最善の暁美ほむらとして、この町の一員として、生きてやろう。

 

「……ああ。造花の花道、回収しとけば良かったな……」

 

 巨大なモールを見上げてふと思い出し、小さく呟いた。

 

 ソウルジェムに魔女の反応は見られない。

 ……そろそろ部屋へ帰るとしよう。

 

 

 


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