虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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私達はどこへ行くのか

 

「え~ですので、この文章にはMrsとありますが、既婚者かどうかを区別するためだけにこういった言葉回しを変えることは非常に失礼です、なのでどのような相手であってもMs……」

 

 教師の私情が入り混じる授業は適当に聞き流し、テレパシーの会話は粛々と進んだ。

 

『暁美ほむらとは私の方で和解してね、時間の大半を譲ってくれることになったんだ』

『それ、本当に……?』

『じゃあ、暁美さんはこれからも今まで通りに過ごせるっていうこと……?』

『そうだね、特に不便はないと思う』

『……良かったぁ……』

 

 もう一つの人格との和解。この釈明については皆があまり納得してくれないのではないかと危惧していたのだが、案外簡単に受け入れてもらえた。

 心配症だったまどかが安堵している辺り、ほとんど信頼されている気がする。

 

 しかし、私自身が言うのもなんだけど、そうやって安心するにはまだ早いんだな、これが。

 特にまどか。君が安心するのは、きっとまだまだ先の事だよ。

 

 ……言わないけどね。

 

『ほむらちゃん。昨日、杏子ちゃん、すっごく心配してたんだよ……?』

『杏子が……そうか』

 

 暁美ほむらは出てこない。出てきたとしても、もはや誰かに危害を加えることはないだろう。

 だからこれからは、杏子の身を心配する必要もない。

 

『……杏子に、会いたいな』

『すぐに会ってあげなさい。普段は絶対にそんなことしないのに、私たちに頭を下げてまで、彼女は暁美さんのことを探していたんだから』

『ひょっとしたら今でも探してるかもねー……』

 

 ……佐倉杏子。

 これほどあの子と……親密になれたことなんて、一度もなかった。

 

 ……不思議で、そして皮肉なものだね。暁美ほむら。

 その最初の一歩を踏み出したのは、長きに渡って試行錯誤を重ねてきた君なのではなく、この私だったのだから。

 

 けど、遠慮はしないよ。

 杏子は私の友達だ。それは紛れもない真実なのだからね。

 

『杏子ちゃん、携帯持ってないんだよね』

『ん~、参ったなあ。次は杏子探しってこと? テレパシーも使いながら探せば、大丈夫だとは思うけど……』

『……そうだな、放課後になったら杏子を探そうかな』

 

 やりたいことは、色々ある。

 そのためにはとにかく、ひとまず全員を集めなくてはならない。

 

 今までの事に決着をつけるために。これからのことを決めるために。

 始動のためには、一度状況を整理しておく必要がある。

 

 

 

 放課後と同時に、私は学校を飛び出した。

 

 最近めっきりできなくなったマジックショーに勤しんでから、とも思ったが、そんなところを杏子に見られたら二、三発ほどは殴られそうだったので、真面目に彼女を探す。

 

 杏子なら、きっとゲームセンターにいるんじゃないか。

 そう考えた私の足は、いつものゲームセンターに向いて急いでいる。

 

 よくある話だ。誰かを探す時、その人との思い出の場所に行けば見つかるという、お決まりのパターンである。

 その線でいけば、きっと杏子は隣町のゲームセンターにいるはずに違いない。

 噴水ある公園を横切って、橋を渡って。そうすればすぐだ。

 

「……あ」

 

 なんてことを考えていたのだが、横切ろうとした公園のベンチに杏子が座っていた。

 ゲームセンターじゃなかったらしい。思い出の場所とはなんだったのか。

 そうか、公園か。そうくるか。少し予想外だったな。

 

「……よし」

 

 思い通りに事が進まなかった腹いせとは言わないが、なんとなく遠目に窺える杏子に悪戯をしでかしたくなった。

 こっそりと、ベンチの裏側から忍び寄ってやろう。

 

 

 

 

(……ほむら、どこに行ったんだろ。もう、見滝原には居ないのかな……)

 

 杏子は座ったまま、俯いている。お疲れの様子だ。

 

(会えないなんて、そんなのウソだろ……? みんな、待ってるんだよ? お前の帰りをさ……)

 

 抜き足差し足。魔力を極力もらさず、背後にぴったりと張り付く。

 それでも気付かない。どうやら彼女は随分とリラックスしているか、それに近い放心状態にあるようだ。

 

(ほむら……)

 

 というわけで、こちら。クラッカーになります。

 

 

 

 ――すぱぱーん。

 

 

「うっわぁああ!?」

 

 紐を引くと共に、高い炸裂音が閑静な公園に響き渡った。

 カラーのペーパーリボンを髪にひっかけた杏子は、素っ頓狂な声をあげて、前のめりに倒れている。

 クラッカーでここまでびっくりするとは、さすがの私も予想外である。

 

「ななな、なん……な?」

「やあ」

 

 空になったクラッカーを持つ私は、軽く手をあげて挨拶をしてみせる。

 

 ……涙を浮かべながら飛びつき、抱き合う再会というのも悪くないのだが……どうしても私は、そういう真面目くさったものは苦手のようだ。

 柄ではないというのか。

 

 

「……やあ、じゃねえよ!」

「すまない」

 

 怒られた。ごもっともである。

 

「すごく、すごく心配してたんだからなあっ!」

「!」

 

 そして、抱きつかれた。

 

「……うん、心配かけたね。ごめんよ」

「うう……馬鹿野郎、あほぉ……」

 

 柄ではない。柄ではないのだけど、私もその背に手をまわしてやる。

 

 杏子は、泣き続けた。子供のようにおいおいと。

 私だってこうして会えたことは、涙を流すほどに嬉しい。

 けれどこうも泣かれてしまっては、私はそれを受け止める立場にいなくてはならないだろう。

 そんなことを気にする私は、やっぱりまだまだ格好つけということだ。

 

 

 

「ぐすっ……もう、大丈夫なのか? また、ほむらじゃなくなるのか?」

 

 杏子は赤い目を拭い、ようやく冷静な言葉をかけてくれた。

 

「もう大丈夫。もうひとりの私とは、和解したからね」

「自分と和解? どういうことだよ?」

「私の時間が、十分にもらえることになったんだ。色々と、一対一で話してね……」

「……そうか、良かった」

 

 柔和な表情。

 らしくもないと口に出せば、一発分は殴られるかもしれない。

 けど彼女の顔は確かに、私にとって初めて見るような、そんな穏やかな笑みを浮かべていたのである。

 

「さて。マミやさやかも杏子の事を探しているんだ、見つけたことを報告しなくちゃね」

「そうか……私の方が、みんなに迷惑かけちゃったな」

「いや、元々私のせいさ、手間をかけてすまなかったよ……む?」

 

 異変を感じ、魔法少女の姿に変身する。

 

「どうした? まさか、魔女か? 反応はないけど」

「……いや、君と会いたがってる子が、もう一人いてね」

「にゃぁあ!」

 

 盾を開くと、中から勢いよくワトソンが飛び出した。

 

「うわっ!? 猫!?」

「あはは、食事をくれたことを覚えていたらしい」

 

 ワトソンは杏子にしがみついて、甘い声でにゃあにゃあ鳴いていた。

 杏子も無邪気な子猫がじゃれついてくるのは、まんざらでもなさそうだった。

 

 戯れる二人をよそに、私はさっさと見滝原方面へ歩きだす。

 

「ふふ……さ、行こうか。みんなに話さなきゃいけない事もあるからね」

「やめ、やめろって……え? 話?」

 

 顔を舐めていたワトソンが杏子から離れ、私の左足下の傍へすり寄る。

 

「私のことが解決したからといっても、ワルプルギスの夜は変わらずやってくるだろう? その事について話さなくてはならないだろうと思ってね」

「ああ……それもそうだ。……一難去って、また一難だな……」

「そうでもないかもしれないけどね」

「え?」

 

 不思議そうな顔の杏子と向き合う。

 

「ワルプルギスの夜をなんとかしなければならない。難しいことだが……その手段、実はなくもないんだ」

「え……それって、本当か? ワルプルギスをどうにかするには、まどかが……」

「まどかが契約する必要はないさ。手段はどうとでもなる」

「そんな、どうやってそんなことを……」

「大丈夫」

 

 私は微笑む。

 私の、最大限の自信と虚栄心を振り絞って、最高のアルカイックスマイルを作る。

 

 そして、そんなシーンを狙っていたかのように、空から一羽の鳩が舞い降りてきた。

 

「!」

「くるっぽー」

「ふふ」

 

 白い鳩、レストレイドは、私の右足下にやってきた。

 

「とにかく、話は皆と集まってからにしようか。……作戦会議とまでは言わないけど、楽屋での打ち合わせは必要だからさ」

「あ、ああ」

 

 私の語らぬ説得力に圧され、杏子は安心する根拠もなく、ひとまずは頷いた。

 そして、彼女は思い出したようにベンチの上の紙袋をまさぐる。

 

 取りだしたのは、一本の缶コーヒーだった。

 

「……変な意味は無いけどさ。これ、あげるよ。それで、今までのは全部清算ってことにしよう」

「ふふ……いやぁ、うん、いいだろう」

 

 コーヒーを飲む前からつい苦い顔をしてしまう。

 

「食べ物を無駄にはできいし、なっ」

「ほっ」

 

 投げ渡された缶コーヒーを受け取る。

 

「……あとこれも、食うかい?」

 

 紙袋をまさぐり、更に何かが投げられる。

 大きな弧を描いて飛んでくるそれを、私は両手を伸ばしてキャッチした。

 

「……おお、りんごか。美味しそうだ」

 

 それはりんごだった。

 思えば、果物なんてしばらく口にしていなかった気がする。

 

「ちゃんとお金で買ったもんだから、安心してよ」

「ふ、何も疑っちゃいないさ」

 

 私の記憶には万引き強盗なんでもござれの不良少女としてあるが、私はそれを含め、特に気にもしない。

 

「……ゴーギャン」

「ん?」

「……いーや、なんでもない」

 

 しゃり、と林檎を齧る。

 

 うんまい。


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