紅茶をもう一杯ほど満喫した後、マミの家を出た。
記憶を失っていた間に色々とあったので、その処理をしなければ。
……というなんとも悠長な体で、私の公開魔女退治はお流れとなったのである。
が、いっぺんに色々な情報を詰め込まれていっぱいいっぱいな彼女が考えをまとめるには、丁度いいクールタイムとなるだろう。
とはいえ、魔女退治だって忘れてはならない。
今日はさやかと杏子がペアを組み、さやかに魔女と戦う術を学ばせるそうである。さやかはまだ魔法少女になりたてなので、覚えることは沢山だ。
それに当然、これはグリーフシードの収集も兼ねている。先立つものはいつだって枯渇気味なのだった。
そして肝心の私は、さて。
記憶喪失の後片付け、と皆の前では言ったのだが、そんなものは当然、嘘だった。
整理はとっくに、というよりも一瞬の内に済ませてしまえたので、あの言い訳はただの時間稼ぎにしか過ぎない。
私はこれからおそらく、魔女退治に勤しむであろうさやか達以上にせわしく、目的のために動くことになる。
無茶が多いとはわかっている。
だが、やらなくては。
まずは手始めに。
「はっ……はっはっ……!」
ダッシュでサイクリングショップにやってきた。
これからは忙しくなるので、グリーフシードを使わない足は重要になってくる。
それ故、燃料なしに行動範囲を広げるためにも、自転車は欠かせなかったのだ。
魔法少女の力なら、原付きやバイク以上の速度は出るだろうしね。
「はいなんでしょ、パンク修理ですかね」
「いえ、とびっきり速い自転車を一台」
「え? とびっきりはやい……」
スポークを直していたらしい男性は怪訝そうに首を傾げている。
「私も詳しくないけど、とりあえず速度が出るやつが欲しくて。金に糸目はつけないから……」
「……うーん、速いものだと本当に速いけど、安くても十万はするよ」
「おお、その程度であれば問題ない」
私は指を鳴らした後、その手を開き、三十万ほどの紙幣を開いてみせた。
「おぉお」
「とりあえずこれで買えるもので、一番速いものを」
「高い買い物だねえ……親御さんは大丈夫って?」
「心配無用だ」
「……よし、じゃあこれかな? 軽いし、君向けのカスタマイズをすれば良いものになるはずだ」
どうやら、これといった苦は無く自転車を手に入れられそうである。
金は偉大だ。面倒な事を全て向こう持ちでやってくれる。セルフのガソリンとは大違いだ。
「うむ、どうかな?」
「うんうん、似合ってるよ! カッコイイねえ」
完成した、細くコンパクトなデザインのバイク。
私の生まれて初めての愛車に跨り、それっぽいポーズを取ってみる。
店員はお世辞だろうが、惜しみない拍手を送ってくれた。
「しかし、随分と華奢そうなボディだけど、これは簡単には壊れたりはしないだろうね」
「強く衝突とかしない限りは大丈夫。見かけよりはずっと丈夫さ。それに、保証期間もあるしね。思いっきりサイクリングを楽しむと良いよ」
「ありがとう、感謝するよ」
どうやら問題はないらしい。
よし。ひとまず、これで当面の足を手に入れた。
これで隣町との往復は、今までよりも容易くできるようになるはずだ。かゆいところにも手が届くというやつである。
まぁ町中を速く移動する分、魔女の反応を察知できなくなるという可能性はあるにはあるが……。
記憶にある魔女の推定位置を頼りにしていれば、そう見落とすことはないだろう。
そこらへんは、今までの暁美ほむらの記憶を、最大限活用するしかない。
「じゃ、また用があったら来ますから」
「はい、ありがとうございまーす!」
私は勢いよくペダルをこぎ、発進した。
「おおお……!」
風を切り、まるで魔法少女に変身した時のような速度で駆けてゆく。
思っていたよりもずっと速い。けど、あれ、そうだ、これ……。
「えええっとこれどうやってカーブすればい」
言葉を言い切る前に、私は街路樹に正面衝突した。
見滝原を走る。もちろん徒歩だ。
健全な中学生は足腰をよく使うべきなのだ。
走り高跳びで県内記録を叩き出そうとも、全国大会へ向けて精進する気持ちを忘れてはいけない。
自転車は、まあ、なんだ。
要練習ということである。
記憶にも乗ったことのあるエピソードはなかったけど、まぁそれも納得というものだ。アウトドアの遊びの経験が皆無であれば、それもやむなしであろう。
「はぁ、はぁっ……」
「わっ、びっくりした」
そしてダッシュするうちに、目的地に到着。
アクリル窓の向こうの受付のおばちゃんを驚かせたようだが、気にしてはいられない。
「ふう……さて、と……」
受付に置いてあった用紙を躊躇なく五、六枚ほど取りあげ、鉛筆でマーキングしてゆく。
「あなた、学生さん? こういうのやるんだねえ」
「はぁ、はぁ、いや、普通はこういうことは、ほとんどやらないかなっ」
そう。実際、私がこんな真似をする経験も、数の上ではそう多くなかったりするのだ。
マークした用紙を手渡し、おばちゃんはそれを機械に読み込ませた。
「はい、これ代金」
「一万円。ほー随分お金持ちね」
仁美ならもうちょっと持っている額だ。見滝原では驚くことでもないだろうと思うのだが。
……ちょっと金銭感覚が狂っているかな。
「はい、じゃあ、頑張ってね」
「うむ、ありがとう」
ドキドキワクワクな宝くじ数枚を握りしめ、私はその場を徒歩にて去った。
当たるかどうかは運否天賦。
ただし、私にはあまり関係ないのだが。
次に来たのは寂れたネットカフェだ。
時間も時間で、中学生はそろそろ締め出される頃合いだが、構わない。
もともと、すぐに終わらせるつもりだったから。
「買い、買い、買い、買い……っと」
古臭い色合いのタッチキーボードを弾き、取引を繰り返す。
ひとまずはこのくらいで良いか、と息をついた所で、店員が私を注意しにやってきた。
念入りにページ履歴を消去して、私はそのままネットカフェを出る。
「……こんなものかな」
西の空には、すでに茜色の雲が“燃え上がれ~”という感じに輝いていた。
その景色を細目でそれっぽくしばらく眺めた後、すぐに歩き始める。
「時間がない……金もない」
元手は少ないが、とにかく少しずつでもやっていくしかないだろう。
ワルプルギスの夜まで時間がないのだ。もっと準備期間が長ければまだしも……私は、最善を尽くすしかない。
「あ、ガソリンも補給して、グリーフシードも集めておかないと……ああ、もう、こんがらがる」
頭も掻きたくなるというものだ。
ああ、自転車もどうにかしないと。
不眠不休か。
学校で寝る生活が、しばらくの間は続きそうだな。