虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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唐変木の倒し方

 

『ん、ん……』

 

 殺風景な部屋で目が覚めた。

 眠りに落ち、そのまま朝を迎えるはずだったのだが。……どうやらまた、深い夢の世界へと潜り込んでしまったようである。

 

 あの空間はすでに焼け落ち、無くなってしまったかと思っていたけども。

 魂の状態が曖昧な眠りに落ちてしまえば、話は別ということなのだろう。

 

『私が言えたことではないけれど、無茶をするのね』

 

 顔を上げると、そこには私を見下ろす暁美ほむらがいた。

 というより、私が膝枕されていたらしかった。

 

『おっと、すごい体勢で寝ていたね。すまない』

『構わないわ』

 

 身を起こし、髪を整える。

 ……うん。やっぱり彼女は、暁美ほむらだ。

 

『君とは、夢の中では会えるのか』

『ええ。無いとは思うけれど、もし表の世界が嫌になって交代したいと思ったなら……私に言って。耐えるだけなら、私にはできるから』

 

 耐える。そうは言うが、その耐えるというのはほむら。辛うじて生きていける、という意味だろう?

 それは私の中ではね、耐えるとは言わないんだ。そんなに前向きな状態ではない。

 

 ……だが。

 

『君が交代したいというのであれば、私に拒否権は無いよ?』

 

 代われというのであれば、いつでも代わるつもりではある。

 私は彼女の過去を知り、理解したのだ。その上で、彼女にも今の時間を過ごしてもらいたいと考えている。

 

『ふ』

 

 しかし、暁美ほむらは私が冗談でも言ったかのように、一笑に伏す。

 

『今の暁美ほむらは、貴女が築いた賜物よ。私が表に出たら、きっとたまらなく嫉妬してしまうわ』

 

 薄く微笑みながら暁美ほむらは言うが、いまいち冗談として笑えない。

 嫉妬して……変なことされたら、困るなぁ。うーむ。

 

『それよりも気になるのは……貴女の行動よ。貴女の見聞きした出来事は私も共有できるけど、貴女の考えまではわからない。一体、これから何をするつもりなのかしら』

『んー?』

 

 ふむ、やはり考えまでは読めないか。私も記憶を分けてもらったときは、彼女の思考まではトレースできなかったものな。エピソード記憶のエピソードだけをそのまま視聴したような気分だった。

 

 ……つまり、僥倖だ。

 

 私はなんとなく彼女の隣に腰を下ろして、ハットを被る。

 

『んー……そうだね。うん。やはり君にもヒミツにしようかな?』

『私自身にも? まどか達に隠し事をするのも随分と意味ありげだけど、どういう事なの。私はもう、貴女を邪魔するつもりは……』

『よし、やっぱりこれは君にもヒミツだ!』

『ちょっと、ふざけないでよ』

『ふふ、まさか? ふざけてなんかないさ、至って真面目だよ』

『……』

 

 彼女は眉だけ吊り上げ、不機嫌そうな顔になってしまった。

 けれどこういった表情を見せた方が、活き活きとしていて、良いものだと思う。

 

『その時になれば十分にわかるはずさ。それまでは君も楽しみにしていると良いよ』

『……もういいわ。あなたに託した人生よ、好きに生きて』

 

 暁美ほむらは、尖った言葉を投げ放ったまま霞んで消えてしまった。

 それと共に、私の意識も混濁し、覚醒してゆく。

 

 

 

「……おはよう、ワトソン」

「にゃぁー」

「くるっぽー」

「レストレイドもおはよう。二人とも早起きだな」

 

 朝が来た。

 起き上がって、伸びをする。

 

 睡眠時間は長いとは言えないが、健康に気を使う暇はない。

 これからも、かなりの時間の節約を強いられるだろう。

 なに、魔法使いの体は頑丈だ。精神に影響しなければ、多少の不眠など問題ではない。

 

「……暁美ほむらのために、ワルプルギスの夜をなんとかしなければね」

 

 まどかを契約させず、魔法少女達を守る。

 それを達成するには、今までの暁美ほむらのやり方では不可能だ。

 

 暁美ほむらは実体験を通じて、それを私に教えてくれた。

 ……私に休む暇はない。がんばろう。

 

「まぁ、腹が減っては戦争もできない。……食べようか、ふたりとも」

「にゃ」

「くるっぽ」

 

 普通のヌードルのキングサイズの前で、私は合掌した。

 いただきます。

 

 

 

 さて。

 ある意味でこれからのある程度の未来を見通す事ができるようになった私には、それに伴っていくつかの心配事が生まれていた。

 

「やあ、おはよう」

「お、ほむらおはよーう!」

 

 さやかである。

 

「おはよー、ほむらちゃん」

「やあまどかおはよう、今日も背が低いね」

「えー……」

「おはようございます、ほむらさん」

「うん、おはよう仁美」

 

 そして仁美である。

 この時期に二人の間で発生する問題こそが、とりあえず真っ先に目につく懸念と言えるだろう。

 

『あー、えっとそうだ、ほむら』

『うん?』

 

 そんなことを考えている間に、さやかからのテレパシーだ。

 このタイミングということは、もしや……。

 

『ちょっと私、用事があるからさ……』

「……」

 

 仁美は不自然に沈黙した私たちを見て、小首をかしげている。

 

『だから、魔女退治には少し遅れるかも』

『ふむ、そうか、わかったよ』

 

 ……さて。この二人、どうしたものだろうか。

 

 

 

 何度目かの挑戦の中で、暁美ほむらは放課後に待ち合わせたさやかと仁美について知った。

 彼女ら二人は、ハンバーガー店で待ち合わせ、話をする。

 なんともタイミングの悪いことに、上条恭介への告白についてである。

 

 幸い、さやかには魔法少女になっても後悔しないよう、念押ししてはいたが……。

 それでもやはり、不安だな。

 

「で、公式をここに当てはめて~……」

 

 先生の話を聞き流し、ペンを親指の上で回しながら考える。

 

 さやか。美樹さやか。

 ……暁美ほむらとしてではなく、私自身として。先入観なく、彼女はとてもいい子だと思っている。

 けれど彼女の恋路の先に道が続いているかどうかは、また別の問題だ。

 

 実際のところ、仁美に「時間をあげます」と言われたさやかは、一人で悩んで……挙句に魔女となってしまう。ただその場合、仁美と恭介が付き合う事はなかったのだが……。

 恋が実らないことを再確認した時、仁美と恭介がどうこうにあまり関わらず、彼女は深く落ち込んでしまうのだ。

 乙女心は複雑である。

 

「で、この証明は~……上条君、わかるかな?」

 

 で、その乙女心以上によくわからん心をもっているのが、彼だ。

 

「あー……すみません、わからないです」

 

 さすがに入院期間が長すぎたせいだろう。

 彼はそこそこ地頭が良かったはずだが、授業にすぐついていけるわけではなかったようである。

 

 ……しかし、わからない……か。

 

「ああ、うん、仕方ないね、じゃあ暁美さん、これを」

「わからないのはこっちだっての……」

「え?」

「2番の証明方法を使います」

「うむ、正解……しかし暁美さん、さっき何か……?」

「2番の証明方法を使います」

 

 上条恭介。

 この男の恋愛観というのが、なんともふわふわしすぎている事こそ、全ての元凶のような気もしている……。

 

 

 

「でも良かったよなぁ」

「うん、本当にね、それにさ、……」

 

 今、上条恭介は教室の隅で楽しそうに話している。

 彼も悠長なものだ。そして鈍感である。

 

 奴がさやかの気持ち……いや、さやかだとは言わない。仁美でもいいのだ。どっちでもいい。

 どちらの気持ちでもいいから感じ取ってやらないから、こうして私がそのツケを払わされるのだ。

 

 気づくだろうに。入院する前から仁美は気になっていたみたいだし、さやかなんてお前、何度見舞いに足を運んでいると……。

 

 ……まぁ、仁美の気持ちに気付かないのは経緯も知らない私からはあまり言えないから、良しとしてもだ。

 

「んでそれがまたセンスなくってさあー!」

「あはは、ひどいねぇさやかちゃん」

 

 少なくとも、かなりの頻度でお見舞いに来ていたさやかの気持ちくらい、気付いてやってもいいんじゃないのか。

 

 これは私がおかしいのか? いや、そうは思わん。

 もはや鈍感を通り越して無だ。無の境地に立っていると言っていい。本当に男子中学生なのか? 他の男子なんてもっとキーキー言ったりウホウホ言ってるぞ。

 ただの幼馴染がそう何度も甲斐甲斐しくCDを持ってきてやるはずがないだろう。新品だぞ。気づけ。本当に。

 

 ……ああダメだ、なんかイライラしてきた。

 

「ほ、ほむらさん? 何か手元のトランプが、ものすごく荒ぶっているのですが……」

「え? ああ、いいんだ、どうにもこうしてないと落ちつかなくてね」

 

 トランプを二つの束に分け、それぞれを一枚ずつ噛みあわせてゆくショットガンシャッフル。

 それをほぼ連続的にやることで、私は上条恭介への苛立ちを抑えていた。

 

「ほ、ほむらちゃん……ショットガンシャッフルはカードを傷つけるよ? あんまりよくないと思うな……」

「鹿目! お前やっぱり知ってるな!?」

「ええ!? な、何が?」

 

 うーむ。どうしよう、本当にどうしよう。

 

「よし、そうと決まれば決闘(デュエル)だ!」

「わ、わけがわからないよ!?」

 

 私のシャッフル瞑想は、クラブのキングが二つ折れになって弾き飛ばされるまで続くのだった。

 

 


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