虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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偉大なるパンとサーカス

 

 屋上でマミの弁当の中のレンコンをぱりぱりと噛んでいる最中に、結論は出た。

 

(放っておこう……)

 

 さやか、仁美、恭介。

 私はもう、この三人の恋愛問題について関わらないことに決めた。

 

 確かに、未来を知っている私はこの問題に干渉する事はできるだろう。

 言葉によって三人の未来を動かすことはできるかもしれない。

 

 だが、色恋沙汰に詳しくない私が適当な茶々を入れて何ができるだろうか。

 上手く誘導できれば話は早いが、私にそんな技術は無いのだ。

 

 だから私は今回のさやかを信じ、何もしないことに決めた。

 投げと言ってしまえばそれまでだが、仕方のないことだ。

 これもひとつの青春だと思って、さやかには相応の苦悩なりをしてもらいたい。

 

 

 

「――それでね、佐倉さん、プリペイドの携帯を持つことにしたらしいの」

「はあ……そうか……」

「ねえ暁美さん、聞いてないでしょ」

「ああ……え? いや、何だっけ」

 

 マミはあざとく頬を膨らませ、怒っていた。

 

「もう。あまり上の空でいられると、また前のようになってしまうんじゃないかって、心配になるわよ?」

「すまない、ぼーっとしていたよ」

「いつも変なところで力を抜くんだから、暁美さんって」

 

 厚焼き卵を一口食べながらマミは言った。

 そうだろうか。うーむ、変なところで、か……。

 

「……そうかな?」

 

 私はパセリの茎を噛みながら、首を傾げるのだった。

 

 

 

 頭の中で考えを巡らせているうちに、放課後はやってきた。

 マミやまどかは期待に満ちた目で私を見やるし、さやかはそそくさと先に帰ってしまうし、なんとも私の胃は重い。

 

 分身マジックを身につければ、本当に分身できるのだろうか。可能であるならば今からでも猛特訓するのだが……できるものなら、暁美ほむらがやっているか。

 

「それじゃあ暁美さんの魔法を実際に見学する魔女退治、これから始めましょうか?」

「えへへ、ほむらちゃんの戦い方、私憧れるんだよね」

「まどか、憧れるというのは冗談でも怖いよ」

「あ、ご、ごめんね、そういうつもりはないよ?」

 

 まどまどする彼女の態度は、暁美ほむらが最初に出会った時のまどかからは全く想像もできないものだ。

 ……こうして時間をかけて一緒に過ごすことで、気心が知れて、打ち解ける。

 いつからか、暁美ほむらが忘れてしまった当たり前のことだ。

 この時間では取り戻せて、本当に良かったと思う。

 

「まあまあ、それで、どうかしら? 美樹さんは用事があってすぐに来れないのが残念だけど……佐倉さんを呼んで、早速魔女探し?」

「あー、そうだね。魔女を探さなければならないか」

 

 私の力ならばワルプルギスの夜を簡単に倒すことができるという事を皆に証明しなくてはならない。

 それは、皆が納得する未来を迎えるために必要な、最低限私がやらなくてはならない関門のひとつだ。

 

 ……だからこそ、私は上を目指さなくてはならない。

 

 そのためには、整った観衆が必要だ。

 一人の欠けも許されない。

 ぐるりと観衆に囲まれてこそ、嘘つきのアドリブはより確かになる。

 

「行きたいところだけど……それには、さやかが居なくては困るね」

「さやかちゃんが来るまで待つっていうこと?」

「うん、せっかく私の力を見せるのだから、どうせならみんなで一緒にね?」

 

 疑問を浮かべる二人の表情に、一人明瞭な答えを得ているような、不敵な笑顔で語り聞かせる。

 

「同じステージを皆で見てもらって、その上で納得してもらわないとね」

「……」

「うーん。けど、美樹さんの用事がいつ終わるかはわからないし……魔女を探すだけでも、しておいたほうが……?」

「魔女ならきっとすぐに見つかるさ。なに、さやかが来るまでは私のマジックショーでも見ていてくれよ。せっかくなのだからね」

「え? マジック?」

 

 驚いたような、呆れたような顔。それでいい。

 

「ちょっと余裕が過ぎるんじゃない? 魔力は節約しなきゃいけない時期なのに」

「そうかな? マジックショー“くらい”なら全然わけ無いよ」

 

 本当は結構燃費の悪いエンターテイメントなのだが、それは秘密だ。

 

「ギャラリーもそろそろ待ち遠しくしてる頃合いだろうしね。さやかが来るまで、楽しむと良い」

「うーん……ほむらちゃんが大丈夫っていうなら……」

「……そうね、今日は全部、暁美さんに任せようかな。ふふ、お客さんとして、久しぶりに観させてもらうわね」

「うん、ありがとう二人とも。期待してて」

 

 私は笑顔を向ける。

 まったく、道化だ。内心ハラハラなのだが。

 

 さやかには早く戻ってきてほしいから、出来る限り病院に近い場所の通りでやるとしよう。

 

 

 

「Dr.ホームズのマジックショー、開演!」

 

 空中で癇癪玉が炸裂し、始端の無い紙テープがはらりはらりと広がり落ちる。

 待っていましたとばかりに拍手がなだれ込み、遠くに歩く通行人を振り向かせ、足が止まる。

 

 以前よりも少し高めに調節した台から見下ろすギャラリー達は、以前の倍ほどにまで膨れ上がっていた。

 

『頑張ってね、暁美さん』

『楽しみー!』

『ご高覧あれ、ってね』

 

 人の視線は心地良い。

 既に私の存在を知っている観衆も多いのだろう。期待に満ちたキラキラとした表情は、一度は観ていなければできないものに違いない。

 

 何があったか、段ボールに白い模造紙を張りつけて“ホームズさん素敵”とか掲げてる女の子までいる。

 黄色い声を大声で浴びせているあの子は、私のマジックのおかげで試験に合格したとでもいうのだろうか。苦笑が漏れてしまいそうなのを我慢する。

 

 やっている身としてはいまいち、私のマジックショーが及ぼす影響というものがわからないが。

 楽しめてもらえるのであれば、それ以上の喜びはない。

 

「さて。ではまずはじめに、このハットからマジックの小道具を取り出させていただきましょう。今日はまだ来たばかりで、準備ができていないのでね」

 

 掲げるハットの中から、体積を無視して大量のおもちゃ達が零れ落ちる。

 ちょっと懐かしいマジックショーに、声援は割増して大きく聞こえた。

 

 そして、彼らの声を聞いて私は自覚するのだ。

 これも立派に、間違いなく、暁美ほむらとしての居場所であるのだと。

 

 

 

「すごーい!」

「やっぱりかっこいいなぁホームズちゃん……」

「どうやってんの? 全然見えないー」

 

 大観衆の人混みの中を、背の低い少女がかき分けて進む。

 手には、つい最近買った携帯電話が大事そうに握られていた。

 

「んしょ、悪いね、んしょ……おいマミっ」

「あ、佐倉さん。来てくれたのね、もう始まっちゃってるわよ」

「始まっちゃってるわよ、じゃないっての。なんだこりゃ」

「えへへ、ほむらちゃんのマジックショーだよ」

 

 杏子はまどかとマミの二人の隣に並び、少しだけ背伸びして奥を見やる。

 確かに、そこには魔法少女の姿となったほむらの姿が見える。

 

「慣れない携帯のメールを開いてみて、“とりあえず来て”で足を運んでみりゃ……随分悠長なことやってるじゃん、アイツ」

「えへへ……」

 

 まどかもそう思わないでもないのだろう。

 マミも同じような苦笑いだった。

 

「はい、盾の中から公園の電灯~」

「うわー電灯っぽい! すごい!」

「あれ? あのタイプの電灯どっかで見たよ私」

 

 魔法を使っているのだろう。

 魔法少女である彼女たちにもタネや仕掛けはわからなかったが、それは確かだ。

 

 それでも、小さなステージの上で行われる芸に陳腐さは感じられない。

 帽子を被り、ステッキを手にした彼女は、楽しそうに幻想を繰り広げている。

 

「素敵よね、暁美さん」

「……まあ、なんていうか、うん」

「魔女を倒して平和を守るっていうことも、もちろんだけど……」

「うん……」

 

 いつの間にか、ステージの上の彼女に見惚れている自分がいたことに杏子は気付く。

 恋愛感情ではない。憧れや、なにか言葉で言い表せない胸の高鳴りのようなものを感じるのだ。

 

「こうして奇跡の片鱗を振りまいている彼女を見ているとね。魔法少女として希望を振りまくということに、まだ私たちの知らない色々な可能性があるんじゃないかって、そう思うのよ」

「……戦いばかりじゃなくて?」

 

 杏子の問いに、マミは優しげに頷くだけだった。

 

「さあ、お嬢さん。このトランプの数字は何だったかな?」

「んーっと、ハートのエースだよ!」

「おっと残念! ハートのエースは私が食べてしまったので、これは白紙のトランプだ!」

「えー!」

「かわりにほら、ハットの中に丁度偶然、画用紙に描いたハートのエースがあるから、これで我慢しておくれ」

「わああ! なんで!?」

 

 手書きのトランプを受け取った女の子は、飛び跳ねて大げさなほど喜んだ。

 

「……暁美さんを見ていると、何故かしらね……安心できるのよね」

「……わかるよ、それ」

 

 戦いばかりだった魔法少女としての生活。

 もちろん、戦いはこれからも同じだけ続いてゆくのだろう。

 

 だがマミと杏子は、自分の人生がそれだけではないことに気付きはじめている。

 彼女たちはゆっくりとではあるが、確かに心の希望を育みつつあった。

 

 


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