虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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自分の覚悟と向き合い続けられますか

「ずっと前から……私、上条恭介君の事、お慕いしてましたの」

「……」

 

 さやかは目の前が真っ白になった。

 無理もないことである。仲の良い友人である仁美に誘われて店に来てみれば、極々真面目な顔でそう言われたのだから。

 心の準備などできていなかった。“大事な話がある”とは前もって言われていたが、内容そのものは不意打ちでしかなかったから。

 

「あはは、まさか仁美がねえ……恭介の奴、隅に置けないなあ?」

 

 だからついつい、いつもの態度で応じてしまった。

 仁美は本気だ。そうとわかっていても、心がどうにも切り替えられない。

 

「さやかさんは、上条君とは幼馴染でしたわね」

「……まあ、腐れ縁っていうかね、うん……そう、幼馴染み」

「本当にそれだけ?」

 

 それだけ。

 

 と言ってやれたら、どれだけ気持ちが楽になるだろうか。

 いや、きっと楽にはなれないのだろう。

 

「私、決めたんですの……もう自分に嘘はつかないって」

 

 もう、後戻りなどできない。

 少なくとも仁美はその覚悟で、ここでこうして口火を切ったに違いない。

 

「さやかさんは? さやかさん……あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

「……私自身の、本当の気持ち」

 

 自分の本当の気持ち。

 悩むまでもなく、それはわかりきっている。

 

「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」

「……仁美」

「上条君のことを見つめていた時間は、私よりさやかさんの方が上ですわ」

 

 そう言って目を閉じ、一言分の覚悟を吸い込んだ。

 

「だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」

 

 凛とした、美しい顔だった。

 いつものお嬢様然とした、のほほんとした雰囲気は微塵も感じられない。

 仮に今彼女の姿を一時間近く注意深く観察したとして、そこから欠点らしい欠点を見つける自信がないほどに。

 

「私、明日の放課後に上条君に告白します」

(……私の気持ち)

 

 気持ちなど決まっている。嘘などつく必要もないことも。

 そして目の前に座るこの気高く心の清らかな少女は、誰にだって自慢できるような友達だと、さやかは知っている。

 

「丸一日だけお待ちしますわ……さやかさんは後悔なさらないよう決めてください。上条君に気持ちを伝えるべきか――」

「……ふう。伝えないよ、私は」

 

 仁美の言葉を最後まで聞かず、さやかは手を振った。

 

「……どういうことですか?」

「一日も待つ必要なんてないよ。私は、良いや」

 

 答えはそれだった。

 覚悟は前から出来ていたし、嘘でもなかった。

 

「き……! 気付いていますわ! さやかさん! 貴女は上条君の事を……!」

「あはは、だからこそなんだよ。仁美」

 

 仁美は怒りかけたが、さやかの目を見た瞬間、それ以上の言葉を継げなかった。

 冗談めかすわけでも、強がるわけでもない。それは仁美が今まで見たこともないような、真剣で、落ち着き払ったさやかの目だった。

 

「うん、私は恭介の事、好きだよ……自分の命を賭けてもいいくらい好き」

 

 微笑みながら語るさやかは、携帯のバイブレーションに気づいて鞄を開ける。

 

「……だからこそ、ちょっと嬉しいな。仁美があいつのこと、そんなに好きでいてくれるなんて」

 

 

“いつもの通りで、ほむらちゃんのマジックを見ながら待ってるから! fromまどか”

 

 

「あはは……だから、仁美。お願いするよ、恭介の事」

「さやかさん!」

「んーごめん! 用事が出来ちゃった、行かなくちゃ! ほんとごめんね! それと、ありがとう!」

 

 さやかは手早く荷物をまとめると、そのまま急ぎ足で店を出ていった。

 

「……さやかさん」

 

 

 

 そのまま彼女は走り続ける。

 わずかな向かい風があれば、どうにか目の潤みを抑えられそうだったから。

 

「仁美、そっか、好きだったんだ……」

 

 心の動揺が今もまだ残っている。しかし、迷いはない。

 

(……仕方ない!仁美じゃどうせ敵わないし! 私の魔法少女としての体じゃ、いつか恭介と別れることになるだろうし……!)

 

 全ては決めていた覚悟だ。

 魔法少女になると決めたのも、人間を捨てるという覚悟があったからこそできたもの。

 その上で、人間をやめた上で上条恭介を捨てることこそが、さやかの望みだったのだから。

 

(……うん、これで良いの! 良い区切りと思っちゃえばいいんだ!)

 

 いつかは必ず別れがやってくる。

 それは円満なものではなく、孤独なものだとわかりきっていた。

 

(最近は恭介もそっけないし……うん、良いんだ、これで)

 

 それでも、まさかここまで早く訪れようとは思わなかっただけ。

 

「……ぐすっ、……うう、くそぅ……でも、やっぱ、ちょっぴりだけどっ、堪えるなぁっ!」

 

 覚悟はできていた。しかし悲しいものは悲しいし、悔しいものは悔しい。

 それは嘘ではない。仁美の前では出さない気持ちだったが、やはり自分に嘘はつけない。涙は堪えようもなく溢れてきてしまった。

 

「良いもん。仁美と付き合う恭介も、全部私が守ってやるんだから……!」

 

 だが絶望ではない。最高に悲しいが、それでもどん底に落ちたというほどではない。

 自分にとっての一番の願いは、それではないのだから。

 

(恭介の手を治して、恭介と付き合うのが私の願いじゃない。この世界に少しでも救いの手を差し伸べること! それが私の祈り!)

 

 魔女を倒す。魔女によって理不尽に失われる命を助け出す。

 恭介はあくまでおまけ、その覚悟で魔法少女になった。

 それを心の中で再確認することで、さやかはどうにか自分の気持を立て直すことができた。

 

(ああもう! でもなんか、すんげーモヤモヤする! 後で何かスイーツ食べよっ!)

 

 それでもやはり、心に来るものはある。

 さやかはほとんどやけっぱちな速さで、まどか達が待つ大通りへと駆け出した。

 

 

 

 

 

「御静観、ありがとうございました」

 

 ハットを掲げて、挨拶をひとつ。

 

 ほどなくして、盛大な歓声が響き渡る。

 ソウルジェムに回復効果があるならば、きっと今頃は淀みひとつない綺麗な状態になっていることだろう。

 今日の公演もまた、満足のゆくものだった。

 

「今日こそ、今日こそ握手をー!」

「写真撮らせてくださーい!」

「ていうか撮る!」

 

 やれやれ、終わっても冷めないこの熱気。

 嫌いではないが、私はこれからやることがあるのだ。今日はファンサービスは控えめにしておかないとね。

 

「ほっ」

 

 大きな白い布を取り出して、体全てを包みこむ。

 カーテンサイズの布だ。私の身体は靴から頭まで、綺麗にすっぽりと覆い隠された。

 

「あれ? まだ続きがあるのかな?」

「おっ、またせぇー!」

「さやかちゃん!」

「あら美樹さん、用事は済んだ?」

「はい! かなり!」

「かなり、って何だよ……」

「あ、杏子も来たんだ。……ってあら? ほむらのマジックショーは終わっちゃった感じ……?」

「うん、それなんだけどね……」

 

 

 *tick*

 

 

 台の上で繭となった布が、重力に従ってはらりと下に崩れ落ちる。

 そこにはもう、私の姿は無い。

 

 

 *tack*

 

 

 そして消える。正統派な瞬間移動と言えるだろう。

 

 

「わ、イリュージョンだ!」

「またー!? どうして最後は消えて居なくなっちゃうのー!?」

 

 それはもちろん、ファンの人垣から抜け出すためさ。

 探しているのかな? だとしたら、いつもすまないね。

 

「わっ、ほむらちゃん消えちゃった!」

「本当……いつ見ても不思議だわ、暁美さんの瞬間移動」

「どんな魔法なんだって話だよなぁ、見当もつかないよ」

「でも今日、ほむらの魔法が見れるんだよね?」

「そのはずなんだけど……うーん、どこに行ったのかしら……」

 

 どこに行ったか、ね。

 実は既に、君たちの後ろにいるんだけどな。

 

「あの、みなさん。待たせてごめんなさい」

「ん? 誰?」

 

 さやかが振り向き、首を傾げている。

 ……そんなに気が付かないものだろうか。

 

「私ですよ、私」

 

 皆の後ろから小さく手を上げて、声をかける。

 

 魔法少女ではなく、見滝原の制服姿で。

 そして、かつての暁美ほむらとしての姿だった、三つ編みと眼鏡の姿で。

 

「……」

「……」

 

 まどかとマミは無言で固まっている。

 

「……え?」

「うそっ」

 

 さやかと杏子からようやく出た言葉も、そのくらいでしかなかった。

 一様に並ぶキョトンとした顔は、きっと先程までやっていたマジックショーでも見せていなかったと思う。

 びっくりさせられたのは嬉しいけど、それはそれでちょっと複雑だ。

 

「三つ編みに眼鏡を加えただけですけど、そんなに変ですか? これ」

「……えー!」

 

 以前の暁美ほむらの元々の姿に変装しただけだというのに、彼女らが私だと認識するまでには随分と時間がかかった。

 いやしかし、うん。

 

 そこまで驚くか、普通。

 

 

 

 私のマジックを見に来た人だかりの中を、こんな陳腐な変装だけで悠々と切り抜け、私達五人は歩き始めた。

 

 しばらく歩いてほとぼりも冷めた後には、鬱陶しかったので眼鏡を外し、三つ編みも解いた。

 暁美ほむらの姿といえど、今の私からしてみれば格好良くない姿だからである。

 

「……いやー、びっくりした。別人だったな」

「ええ、なんていうか…本当に」

「これからもあの舞台から抜け出す際は、変装のお世話になりそうだよ」

「あはは」

 

 ソウルジェムを片手に歩く放課後の道。

 もう小一時間もすれば日が暮れ始めるだろうか。

 皆のためにも、手早く魔女を見つける必要があるだろう。

 

(まあ、今日の魔女の位置はわかっているんだけどね……)

 

 過去の暁美ほむらの記憶を辿れば、魔女と出会うのは簡単だ。

 当然、倒す事だって造作もない。

 

「ところで、さやかちゃんの用事って何だったの?」

「!」

 

 私は事情をわかっているだけに、知らぬ存ぜぬ興味示さぬの態度を維持するのは難しかった。

 今日のさやかは……人生において、大きな転換点に触れていたはずだったから。

 

「あー、まぁちょっとヤボ用ってやつ? ははは」

 

 そんな軽いものではないはずだ。

 

「緊張感の無いやつだなぁ。どんな用事があったらこんな集まりに遅れるんだっての」

「まあ、まあ」

「……お、魔女の反応が強くなった。こっちかな」

 

 仁美と会って、さやかはどんな話をしたのだろうか。

 ……くだらない話ではないだろう。少なくとも、過去の例を考えるなら……一日の猶予を与えられたはず。

 

 上条恭介への告白まであと一日。

 ワルプルギスの夜。

 これが被るとなると……。

 

(……とんでもない重圧だろうな)

 

 それでも私、暁美ほむらは、時間遡行者などではない。

 過去と未来を知り尽くしている人間ではない……あくまでもそのつもりでいなくてはならない。

 

 だから今、さやかの相談や話の聞き役になってやれないことが、少しだけもどかしかった。

 

 


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