「見つけた、結界だ」
魔女の結界の前に立つ。
オフィス街の路地裏、無数に上書きを繰り返されたスプレー塗料の
「……私も、行って良いんだよね?」
「もちろんだとも、まどか。マミや杏子がいれば安全だろう、守ってもらうといい」
「私だって守れるぞー」
「ふふ、そうだね。じゃあさやかには練習がてら、使い魔だけ手伝ってもらおうかな?」
「よしきた!頑張るぞー!」
「死ぬなよー。一応あたしも戦える準備はしておくからな」
魔女の結界を目の前にして随分と呑気な雰囲気である。
呑気。まあ、それも当然だ。
どんな手ごわい魔女が相手だろうと、魔法少女が四人もいればさすがに瞬殺も良い所だ。
緊張感が多少薄れていようとも、誰一人として傷付かずに終えることも不可能ではない。
「さあ、行こうか」
変身。
ハットとステッキと一緒に、結界へ飛び込んだ。
結界の中は夜で、どちらかといえば和風だった。
どこまでも不格好に連結し続いている、紺色の瓦屋根の道。そこだけが、私達の足場のようである。
瓦屋根の脇には大きな雪洞が街灯のような高さで林立し、暗い夜の中で瓦の道を照らしている。
「わ、江戸っぽい」
「江戸なのかしら? コレ」
「……この景色を作り出した魔女って、どんな人だったんだろう」
「さあてね、歴史が好きだったのかね」
杏子は特に気にした様子もない。結界の由来を推測するよりは、使い魔を警戒しているようだ。
「魔法少女が魔女に、って知っていると……そういうことも、考えてしまうわよね」
マミの方はというと、覚悟を決めてはいても魔法少女の運命についてナイーブな面があるらしい。反応は個人によって様々だ。
「さあ、景色に見とれている暇はないよ。刺客のお出ましだ」
「!」
瓦屋根の通路の向こうから、八等身の細身な五人囃子達が歩いてくる。
日本刀を携えて、ゆっくりと。モデル歩きで。
「よーし、同じ剣なら負けないぞ!」
「さやかは右の二体を頼む。私は三体を片づけるからね」
「おっけーまかせて!」
相性は悪くないはず。多分さやかでも戦える相手だ。
「今日はさやかのお手並み拝見でもあるな」
「さやかちゃん、がんばって!」
「危なくなったらいつでも呼んでね!」
私とさやかは、多少過保護な声援を受けて正面へ飛び出していった。
対する五人囃子は、身の丈三メートルはあろう巨人だ。
威圧感はある。しかし、魔法少女にとってみればまだまだ小型の雑魚敵だ。
「ショータイムの前座だ、久々に楽しませてもらうか!」
左腕の盾から湾曲する広い刃が顔を出す。
「1.非合法切断マジック!」
久々に使う、ギロチンナイフだ。
「KIeEEEeEeeeEEEE!」
五人囃子の一体が、日本刀を真上に掲げた。
気合いの入った示現流の上段。
使い魔の攻撃といえど、力任せなその攻撃を私の柔な防御で受け切ることは難しい。
*tick*
なので私はいつも通りの手法でやらせてもらう。
*tack*
「eEE……!?」
「まずは一体」
私は瞬時に使い魔の背後に回った。
そして、使い魔の全身がパズルのように斬り崩されて、地面に落ちる。
五右衛門のような一瞬の切り刻みっぷりに、マミたちギャラリーの息を飲む音も聞こえてきた。
「KIEEEEE!」
「EEEE!」
「うるさい使い魔だ」
高音で喚く二体の狭間に滑り込んで、盾のギロチンを振るい舞う。
このギロチンをメインに据えて戦ったことはあまりないが、思いの外使い勝手は良い。
暁美ほむらの経験のせいもあるのだろうか? とにかく、負ける気はしない。
なんだ、時を止めずとも楽勝じゃないか。
「Ki……!」
二体の使い魔を通り抜ける間に、私のギロチンはそれらを三パーツ以上に分けて切り刻んだ。
決着である。
「すごい……!」
「あらやだ、格好良いわね」
使い魔の残骸は瓦に落ち、煙に巻かれて消滅した。
「え!? もうかよっ!」
「KIEEEEE!」
「頑張れさやか!」
さやかはまだ最後の一体と戦っていた。
……うむ。やっぱりさやかは、そこまで強くないみたいだ。
それでもわたしは、彼女をとことん応援したい。
どんどん結界を進んでゆく。
奥へゆくにつれ、瓦屋根の通路も勾配が強くなってきた。
まどかには少し厳しい足場だったかもしれない。
「KIEEEEEEEEE!」
「おっと」
遠方の小天守閣から、薙刀を担いだ三人官女が降ってきた。
薙刀の鋭い刃が私の歩いていた場所を貫き、瓦が砕け散る。
先程倒した五人囃子よりも背が高く、得物も大きい。
ちょっとした巨人三体が相手だ。
「数は少ないけど、キツいね……!」
「少数精鋭だね。使い魔の傾向としては少なければ戦闘力が高いという法則も、あるかもしれない」
「……あれは、使い魔だけど美樹さんや佐倉さんとは相性が悪いかしら武器も長いし……。」
「アタシを馬鹿にすんなって、あんなの楽勝だよ」
「さやかにはまだ早い相手だな」
私ならばそのままでも戦えないことはないが、近接武器ではあまりにもリーチに難有りなため、ギロチンナイフを収納する。
*tick*
「……え? これって」
「私がお相手しよう」
時間停止を解くと、私の周囲には輪を描くようにして漆黒の猟銃が瓦屋根に突き刺さっていた。
その数は二十を越える。
「……その技って」
「私の……」
「KIEEEEEEEE!」
ゆったりと裾を揺らしながら近づいては来るが、彼女らの緩慢とした雅な動きは、瞬時にこちらに接敵してくるものではないだろう。
遠くから撃ち抜くには十分すぎる距離だ。
「2.シャフトスティール」
「!」
「マミ、杏子、真後ろは危ないから気をつけてくれよ」
右手で一番近い猟銃を、力任せに引っこ抜く。
瓦の破片とぱらりと落とす猟銃。ストックと銃身の黒塗りは自分でやった。
片手で正面に構え、ドン、と放つ。
高威力のスラッグ弾は使い魔の腹に命中したようだ。
「ふ」
かかって来る反動は一切殺さなかったために、猟銃は回転しながら後方へと吹き飛んでいった。
続けて左手で猟銃を掴み取り、撃ち、反動のまま後ろへ棄てる。
ドン、ドン、ドン、ドン。
マミのように優雅な舞踏はできないが、同じようなことは可能だ。
武器さえあれば良い。その扱いさえ熟練していれば、私にも魅せることはできる。
「……すご」
「ワイルドね……」
問題は、火薬銃なので魔法少女っぽさが微塵もないことくらいだろう。
「GIeEEeeeEEeEEE……!」
二体の官女が消滅した頃には、既に並べ立てた猟銃が一挺だけになっていた。
使い魔とはいえ、相手はそれなりに硬い。これで仕留められるかも疑問だ。
「ラスト!」
ドン、撃つ。
頭部らしき箇所には命中したが、致命傷には至らなかったようだ。
全身に風穴を作ってはいるが、使い魔は平然とこちらに歩いてくる。
「仕方ない」
*tick*
猟銃での乱射は数の多い使い魔相手に披露するべきだったかな。まあ、別に良いか。
*tack*
「こっちもこっちで、見てほしいしな」
「うげ」
「あ」
肩に掲げる黒い砲身。
対魔女武器として暁美ほむらが愛用していたRPG。ロケットランチャーだ。
後ろに人はいないね? ならばよし。
「3.プレリュード」
何の工夫もいるまい。そのまま白煙と共に、砲を放つ。
弾頭が使い魔に着弾すると同時に轟音が空を貫き、当然ながら、相手は跡形もなく消え去った。
「ふん」
空になったRPGを瓦屋根の外へ放り捨てる。
やはり、マミのティロ・フィナーレと比べるとちょっと地味だな。威力はあるんだけど……。
「……マミさんとは、また別の感じのかっこよさがあるよね」
「マミさんは優雅、ほむらは……そうだなあ、言い表しにくいけど、スタイリッシュっていうの? そっち系だよねえ」
ちやほやされる話を聞きながら先を歩くのはとても気持ちが良い。
でも、ニヤリと微笑んではいけない。
あくまで真顔で、真面目にやっているんだという体でいかなくては。