夜も更けて良い時間ということで、私達は解散することになった。
魔法少女とはいえ、あまり遅くまで活動していると補導されることもあるので、怖いのだ。特にまどかは魔法少女ではない。魔法少女のように逃げ切ることはできないだろう。なのでまどかだけはマミに送ってもらう事になったのだ。
「いやぁー……それにしても、あれは凄いなぁ……」
先頭はさやか。後ろには私と杏子が並び、夜の街を歩いている。
グリーフシード集めを一つで終わりにするのもどうなのかということで、もう一戦という流れになったのである。
マミも途中から合流すると言っていたが、その頃には私はいないだろう。個人的な用事もあるしね。
みんなには内緒だが、魔女狩りはワルプルギスの夜との戦いにおいてはそこまで重視されるものではない。
グリーフシードをまったく使わないわけではないだろうが、それ以上に力を入れるべき場所というものもあるのだ。
「アタシもあの盾から炎を出す魔法、あれでやられたよ」
「うげっ……良く生きてたね杏子」
「ああ。今日のを見ると、もしかしたらアタシ……あの時加減されてたんじゃないかって」
「なんかごめん」
「いや、悪ィ、ほむらは悪くないよ」
本当は暁美ほむらも悪くは無いのだ……と、擁護してやりたい。
けれど、今ここで暁美ほむらの過去を語るわけにはいかない。
彼女の正体を深く語れば必ずボロが出る。……もどかしいものだ。
「……魔女、どうやらなかなか見つからないようだね。すまないが、私はそろそろ用事があるから、ここでおいとまさせてもらうよ」
「あ、うんわかった。今日はありがとね! ほむら!」
「おつかれー」
本当は魔女が見つからないとわかっていて一緒にいたんだけどね。
さすがに今日みたいな闘いを連戦すると、グリーフシードの手持ちが厳しいから。
「私の魔法、参考になったかな?」
「あはは……参考になったかはわかんないけど。心強いなって思ったよ。またね!」
手を振り、二人と別れた。
さやかと杏子は、もう少しだけ魔女探しをするらしい。
……今日の私の闘いぶりが、二人の意欲を掻き立てたのかもしれなかった。
見滝原のスーツ達の中に交じり、肩で冷たい風を切る。
決戦の日は近い。
ワルプルギスの夜が現れた時、この街は無事では済まないだろう。それは魔法少女の力でどうにかなるものではない。
均整の取れたタイルも、等間隔の街灯も、デザインの凝らされた陸橋も、経済を動かし続ける数多の自動車も、人の全てがあろう家たちも、その大多数が破壊されるに違いない。
仕方がない。それを受け入れなくては、先へは進めないのだ。
「……武器を使いすぎたな。集めるか」
今日は無駄遣いをしすぎた。
また暴力事務所にでも立ち寄って、少しばかりの装備品を調達するとしよう。
ここから武器を調達することによって内輪で何らかの事件が発生していようとも、私は一切関知しない。そもそも暴力事務所という存在が悪いのだ。
「そうだ、ついでに正義の味方らしいことでもしておこうか」
少しばかり面白いことを思いついた。
うむ、勧善懲悪。いけないことではない。
気晴らしにもなるし、やってしまおう。
*tick*
悪戯が始まる。
「ふんふんふーん」
『……』
『……』
とりあえず、ロッカーの中に入っている武器、刀剣類、弾薬は全ていただいておこう。
どうせ使うのは魔女の結界の中だけだが、消耗品なので困ることは無い。
なあに、どうせ放っておけば壊れてしまう物たちなのだ。消えたところで何も変わりはしない。
「お、いい日本刀じゃないか。ラッキー」
『……』
高そうなソファーの脇に立て掛けてあったものすらかっぱらう。持ち主はこの身なりの良い男であろうか。思い入れがあったら申し訳ないけど、まぁそれはそれだ。
彼らとしてはたまったものではないだろうな。
暴力団がいきなり武装解除されるのだから。
「14.正義の裏拳」
左腕の盾によって、思い切り金庫の扉を吹き飛ばす。二発で扉は拉げてくれた。
金庫の中には、大量の現金や通帳、そして権利書などが入っている。
「おお、さすがだ……儲かる職業だなぁ」
わしづかみにしたまま、それら全てを盾に収納する。権利書も使い道はあるだろう。
はてさて。この事務所の人々は果たして、上司になんと釈明するのだろうか。
小指で済めば楽だろうが……私だったら高跳びを選択するね。
「おお、このカーペットも良さそうだな。いただこう」
ペルシャ絨毯かな。詳しいことはわからないが押収。
「……ん? おー、虎の毛皮か、カッコ良いな……これも貰っておこう」
本物のベンガルトラの敷物。あるところにはあるんだな。押収。
「掛け軸……まぁカーテン代わりにはなりそうだし、これも」
年代を感じる掛け軸。煙草のヤニさえなければ……と思うが、一応押収。
「というよりこの人たちの装身具も高そうなものばかりだな。全部取っていくか」
腕時計。ブランド物。見れば見るほど金目のものばかり。
ふむふむ、よくよく見れ見れば宝の山だ。暁美ほむらはガンロッカーから銃や刀剣類だけを選んで取っていたが、もうちょっとはっちゃけても良かったんじゃないかなと思う。
うむ、実に楽しい時間だ。
*tack*
「ふぅー、良い仕事をした」
事務所の外。
窓からは死角となる路地で、缶コーヒーを啜る。
「でぃあぁあああ!?」
「なんじゃこらぁあああああ!!」
ほどなくして、すごい叫び声が聞こえてきた。
あれだけ煙草を吸っておきながら、なんという声量だろうか。
やはり男性の体は女性とは違うのだろう。
私はどれだけ張り切ってもあれほどの声を出せる気はしない。
「てめえがやったかテツぅう!?」
「ち、ちがいまアガァッ!」
物騒な音も聞こえて耳障りになってきたので、私は場所を変えることにした。
「次は……ああ、工場街に行かなくては」
そろそろ立ち寄らなければまずい場所というものもある。
予定は常に押せ押せだ。準備は周到にしておかなくてはならない。
夜も短い。昼は動けないのだから、今しかない。
私は駆け出した。
こんこん、と扉をノックする。
スモークのかかった薄っぺらな窓には明りが灯っているので、中には人がいるのだろう。
開いた扉からは、一人の冴えない男性が出てきた。
中年辺りの、くたびれた表情の男である。
「……おや、君はあの時の」
「お久しぶりです」
彼はいつぞやの集団自殺未遂の現場に居合わせていた、陰鬱な工場長だ。
酒気を帯びた匂い、こけた頬。報われない苦労に自棄になっている男の典型的な表情である。実際、彼の経歴というか最近までの不幸な経緯は私の知識の中にあって、それはもう……同情に値するものであった。
「猫は知らないよ」
「いえ、今日は猫のことではなくてね」
私は苦笑し、背後に隠していたトランクケースを開いてみせた。
「なっ」
「前金で一千万。完成すれば三千万。貴方の工場で秘密厳守で作って欲しいものがある」
その中の札束を放り投げ、男に渡してやった。
「うげぇっ!? なな、なに……!?」
「あるものがあれば、それを譲ってくれても構わない。とにかく、私は絶対に失敗しないものが欲しい」
「な、何の話だ!? 君は一体……!?」
「暁美ホームズ、マジシャンさ」
鞄から数枚の設計図を取り出して、男に渡す。
疑問には一切答えてやらなかったし、その必要もないだろう。
彼は必ず飛びついてくる。いや、そうせざるをえないのだから。
「作ったものを指定した場所に施設するまでやってもらう。期限は厳守してもらわなければ私も困るし、あなたもきっと、かなり困る事になる。わかるかな」
「……」
「このまま大手に買い叩かれるのは癪だろう。せっかく高級な機材を揃えたというのに、まとめて抱え込まれるなど」
「……!」
工場長が唾を飲み込む音が聞こえた。
やる気は……あるのだろうね。
「その紙に全て書いてある……場所も、時間も指定してある。その手筈通りに」
「……君は……いや、なぜここまで私を知って……」
「良いお返事を」
ミステリアスな女、という感じの冷笑を浮かべ、私は男のもとを立ち去った。
「……ふう」
大きな買い物と取引をいくつか終えた後、私は見滝原一高い塔の頂上に腰掛けていた。
風に靡く黒髪。夜の豪華に煌めく夜景。
「……ふむ」
思っていたよりも強い風のせいで、髪を掻きあげられない。
それにすごい高さだ。両手を離すのがすごく怖い。
「やあ、暁美ほむら」
「キュゥべえ、こんなところにまで現れるのか」
白い来客がやってきた。
私の隣の鉄骨に座り、一緒に見滝原を見下ろしている。
「僕は見ることはできなかったが、今日はまどか達に君の魔法を見せていたんだってね」
「おや? 君は見ていなかったのかな」
「探していたんだけど、誰も呼んでくれなくてね」
そこまで不自由な生き物だとは思わなかった。
呼ばなくても必ず来るものだと思っていたのだが。まぁ、直接精密に“観察”されるよりは、まどからの伝聞で見聞きして貰ったほうが都合はいいけどね。
「君にも私の魔法を見てほしかったんだけどね? インキュベーター、ふふ」
「僕にかい?」
「君の考えも、私の勝利に傾倒してくれるんじゃないかと思って、真面目にやったんだけどな」
キュゥべえの首の後ろを摘み、膝の上に乗せてやる。
せっかくだ。一緒に街を見下ろそう。
「数多の魔法少女を見てきた僕だけど。僕の正体から目的まで全てを知っていてもなお、君のように友好的に振る舞う魔法少女は珍しいね。この情報化社会が始まってからはとても稀少だよ」
「君に対して?」
「大抵はコミュニケーションを取ってくれなくなるんだけどね」
「それは仕方がないだろう、君は私達を騙そうとしているのだから」
「僕自身は騙そうなんて考えているわけではないのだが……」
「屁理屈ばかりだな、君は」
ほっぺをむにむに。キュゥべえはされるがままに、私のいたずらを受け入れていた。
しかしこいつの喉はごろごろとも鳴らない。可愛げのないやつである。
「……なあ、キュゥべえ」
高速道路のビームを眺めながら、口を開く。
「君は魔法少女を“奇跡を起こす者”と謳って契約を持ちかけているけど……その奇跡に見合う生き方をした、という魔法少女は、一体どのくらい存在していたのかな」
「僕が見てきた今までで、かい?」
「割合で教えてくれると嬉しいな」
キュゥべえは少し考え込むように頭を傾けた。
「彼女達は例外なく奇跡を起こすが、その結果に満足する者は少ないね。……僕が見てきた中では、契約内容に満足している者は一割もいないだろう」
「不思議だね」
「僕も不思議に思うよ。僕達の計算では、絶望して魔女になる少女は、もっと少ないはずなんだけど」
「君達の試算での話だろう?」
「そうだよ」
「まったく、感情もないくせにどんな計算式を立てたんだかね」
「ないくせに、とは心外だな。感情なんてものは精神疾患でしかないのに」
「ふふ、馬鹿を言うなよ。インキュベーター」
「?」
白猫の頭を撫でる。
「君達のような感情の無い生き物には、奇跡は起こせないのだろう」
「まあね。感情によるエントロピーの凌駕は発生しない」
「なら、感情を持つ私達がその力を扱えるようになった時、……それは果てしない先の未来かもしれないが……我々人類は君達インキュベーターからの支配を脱し、莫大なエネルギーを内包する知類として、この宇宙の頂点に君臨するんじゃないかな」
「その時に君達が生きていればの話だけどね」
「ほう?」
挑発的な言い方をしてくれるじゃないか。
それとも、冷静な分析をした上での客観的な発言なのか
「まあ、でも興味深い話ではあるよ。君達人類が、その性質を保ったまま地球を脱し、銀河群を越えるその日がやってくる。……支離滅裂な空想が好きな君たちならではの、奇抜な発想だ」
「……ふふ。感情がない君たちに言うのもなんだけど……楽しみにしているといいよ、キュゥべえ」
「そうなれば、気長に付き合うことになるかもね。楽しみにしているよ」
こうして、地球上でひとつの夜は更けていった。