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『ついに、明日ね』
『ああ、明日だ』
夢の中で、いつものようにソファーに座っている。
今日は隣ではなく、対面だ。それだけ、暁美ほむらも真剣なのだろう。
無感情を装う彼女の表情も、今この時ばかりは強張っているように見えた。
まぁ、無理もない。
ワルプルギスの夜。それは彼女にとって、最後の最後まで倒すことのできなかった魔女だから。
『怖いかい? 暁美ほむら』
『……それは、私が訊くべきことよ』
『はは、それもそうだね』
私は味の無いコーヒーを一口啜り、うっとりしたかのような仕草でおどけてみせた。
『実を言うとすごく怖い』
『……』
『腹痛の最中にやったマジックショーと同じくらい緊張するよ』
『馬鹿にしているの?』
『まさか、馬鹿になんてしていないさ』
確かに、恐ろしい。ワルプルギスの夜。史上最悪の魔女。どうすればあんな魔女を倒せるというのだろうか。
それこそ、因果を束ねたまどかのような……次元を超越した力でしか、倒せないように思えてしまう。
しかし、そんなのは最初からわかりきっていることだ。
腹は括っているし、対策も講じてある。
『私のやるべきことは随分と楽ではあるからね。気持ちに多少の余裕はあるのさ』
『……本当に?』
『本当だとも』
嘘だった。
本心では失敗するんじゃなかろうかと、非常に波立った思いでいる。
それでも暁美ほむらに心配はかけさせたくない。
弱い私の前では、絶対に私は、強い私でなくてはならないから。
格好つけ。そう言われたって構わない。
それが私の存在意義だ。
『……さて、せっかくのパレードだ。お客様とゲストを待たせるわけにもいくまい。早起きすることにしよう……じゃあね』
様々な準備や、最終確認も反復しておきたい。
私は襟を直して席を立とうとしたが、
『……待って!』
感情を表に出した暁美ほむらが、それを止めた。
『……勝手だとわかってる、けど……!』
『……』
『まどかを、お願い……!』
……ああ、わかってるさ。
暁美ほむら。君はそうだ。そうでなければ、そう願わなければ、君は君ではいられないからな。
願いは聞き届けたよ。何度だって叶えるさ。君の奇跡を一度や二度きりで終わらせるつもりはない。
それに。
『まどかは大切な友達なんだ、当然だろ』
私は親指を立て、最高の笑顔で部屋から出た。
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「くるっぽー」
「……」
レストレイドの鳴き声で、短い仮眠から目が醒める。
風の吹く、どこか高い塔の上に私はいた。
カーキのブランケット一枚を羽織ったままで、眠りに落ちていたようである。
朝と呼ぶには暗すぎる空模様に、これから起こされる大災害の予兆を見てとれなくもない。
事実、これからどんどん空は荒れるだろう。私は経験からそれを知っていた。
「……ワルプルギスの夜が来る」
別に言わなくてもやって来る。
恐怖のパレードが来る。
公演の時間は確認してないが、あと数時間後には始まるだろう。
遅れてしまってはいけない。早めに準備と確認作業を終わらせよう。
「……いただきます」
「ぽー」
いつの日か食べそびれたカロリーメイトを朝食に、最終準備が始まる。
もぐりもぐりと、口の中の水分を奪う朝食だ。
ただでさえ渇いた口内には、あまりよくないチョイスだったのかもしれない。
それでも空いた片手でタブレットを操作できるのは、他にはない強みだった。
「くるっぽー」
「……さて、レストレイド。しばらくの間……君の場合は、もしかしたらずっとかもしれないけど、」
「くるっぽー」
全部を言い切る前に、白い鳩はどこかへ飛び去ってしまった。
……ワトソンといい、君たち最後だけ随分と薄情じゃないか? いいけどさあ……。
時折空を見上げて、タブレットをいじる。
画面では見滝原の地図に、各地に点在する卵のアイコンが揺れ動いている。
「おいらはほ~むら~、やんちゃなほ~むら~、おいら~が生きてりゃ嵐を呼ぶぜ~……」
もう一度、曇天を見上げる。
まだまだワルプルギスの夜が来るほどのものではない。
スーパーセルの兆候と断定するにも難しい空模様だ。
だがこのままいけば、必ず嵐はやってくる。
「喧嘩混じりにボタンを叩きゃ~……」
タブレットに映し出される複数のストリーム映像を見る。人影は無い。人払いは済ませてある。
何もかも万全だ。
「日頃の憂さも~……――吹っ飛ぶぜ」
歌の終わりに、タブレット上の赤いボタンを押した。
―――ドドン
―――ズドン
―――ドゴン
すると塔から見下ろされる見滝原の景色に、無数の爆炎が上がるのが見える。
その全てが見滝原市により指定されている緊急避難場所であることは、現時点では私しか知らないことだろう。