「ポイントは全て爆破完了、不発は無し。……ん? 設置が少しズレているものもあったか。……ま、建造物中央の屋根さえ壊れてしまえば、避難所としてはどう足掻いたって機能不全だ。多少雑でも問題ないだろう」
無理に多く破壊する必要はない。最低限の破壊で効果を発揮できれば十分だ。
あとは大げさに立ち上る黒煙が避難所の崩壊を解りやすく教えてくれる。
さてさて。ライブカメラを見てみよう。オーディエンスの反応はどんな感じかな。
現場の2カメさーん?
『キャァアアア!』
『うわすっげ……』
『逃げろ! 逃げろっ!』
うむうむ。パニックに陥る人々の姿がよく見える。
中にはテロかなにかと勘違いしている者も少なくない。逃げ方はガチなやつだ。
いや、実際爆発物を使った以上、これはテロとしか思えないだろう。
ネットでの情報も大体そんな感じ。しかし悪天候の情報も入り混じっているおかげで、かなり錯綜している模様。
まぁ、現場を見てしまった少数の人々については怖かっただろうが仕方ない。
避難所は多少の荒っぽいやり方をしてでも壊す必要があったのだ。
頭の堅い馬鹿な役所の連中はハリケーンなどへの対処法を熟知していないし、経験もない。ただ避難すれば良いと思っている。
避難先はどこか? 公民館や小学校だ。確かに耐震性はあるだろうが、それがハリケーンから身を守ってくれるというのだろうね。
一か所に住民を避難させてしまえばそれで終わり。お役目終了。簡単な仕事で良いものだ。だが実態はそうはいかない。ただの避難では駄目なのだ。
実際にハリケーンなどが来た時、正しい対応は家屋に入る事ではない。
地下へ潜る事こそが最善の手だ。暴風災害が頻出する地域では家に地下シェルターを有していることも珍しくない。
もちろん、この日本で地下室なんて、そう簡単に作れるものではないだろうが……。
「人は多く雇った。準備も進めた。誘導は彼らがやってくれるだろう」
私の準備は万全だ。
なにせマジシャンなのだ。タネと仕掛けを整える事に関しては他より少しうるさいぞ。
観客の視線誘導くらい、基礎の基礎さ。
「さて……しかし丸投げというのも不安だしな……」
任せてはいるが、タブレットを通じて配置したカメラを確認しておこう。
爆発を察知した人々は困惑している様子だ。
もちろん大きすぎる爆発ではなかったので、けが人は無い。破片が飛び散ることもないし、火事にもなっていない。
基本的に人は、血を見なければそこまで恐慌することはない。音も静かだったし、目立っているのは立ち上る煙ばかりだ。
まぁ、テロだとわかったならば大騒ぎになるだろうが……情報が確定するまでは重度のパニックにもならないだろう。
むしろ眠っている住民には良い目ざましのニュースとなってくれるはず。
色々と心配しているが、現場に調べが入り、何者かによる爆破と判明するまでの時間は無いだろう。
その前に避難指示命令が入るはずだ。
そして人々は、避難できる場所が無いと知る。
「順調だ」
騒がしくなった眼下の街を見下ろし、エナジーバーを一口齧る。
急速に暗雲を湛えはじめた空模様。
明らかに異常事態だとわかるこの天候に、さすがの市民たちも不安が隠せない様子だ。
ほどなくして、街中のスピーカーから悠長な女性の声が響き渡る。
『竜巻警報……ただいま、見滝原市全域に、緊急避難指示が出されました……』
「だな」
時間は予定通り。
爆発、そして警報。さて、人々はどこへ避難するのだろうね。
役所もそこまで馬鹿ではない。そろそろ避難所が使えないことは把握しているはずだ。
大多数は街の外へと出るように指示が出されるだろう。既にマイカー持ちはぞろぞろと高速道に乗って帰り始めている。
では街の中心部などの人々はどうするか。
子供、老人。なかなか外に出れない人々も多いだろう。病人だっている。
何も問題は無い。
私の方で全ての準備が整っているのだからね。
『地下貯水トンネル、避難場所として解放しておりまーす!』
『地下用水路建設跡地です! 一時避難される方は、どうぞこちらに!』
見滝原に一定間隔で配置されたスピーカーが、地域の人々に最寄りの避難場所を伝えている。
無論、これは違法行為だ。工事と称した違法改造に過ぎない。
中には乗用車を改造した選挙カー紛いのものまで定間隔で駐車してある。
あらゆる掲示板にもベタベタと宣伝ポスターを拡散済みだ。町中の看板にだって案内は張り出されている。チラシもあらゆるポストに突っ込んでおいた。
行きつく先は、地下貯水トンネル。
公営の未完成地下放水路を改造した、超大規模避難施設だ。
「よしよし、みんな真面目に働いてくれるじゃないか」
どこぞの汚職議員が進めた見滝原の急開発。見滝原バブルの負の遺産だ。
議員の汚職が発覚してからはピタリと動きも止まってしまったが、私が裏から働きかけてやれば開発計画は一気に推進した。
私には何のことかさっぱりわからないが、謎の献金やら知られてはならないお偉いさんの弱みだとか、そういったものが関わっているのかもしれないね。私はわからないけど。
見滝原の真下には、貯水トンネルとして使われるはずだった頑丈な空洞がいくつもある。
これは水資源や都市型洪水に対処するため、都会ではよく進められるプロジェクトだった。
しかし現在は開発途中なので地上と繋げられることもなく、浸水することのない地下空間としてずっと残り続けていたのだ。
「避難の方は大丈夫そうかな」
案内は十全だ。
出入り口は急ピッチの開発によって様々な場所に設けてある。
地下はバイパスで合流できるので、誰かと逸れることはないから安心だぞ。
「ふむ」
懸念は消えた。
問題が無ければ、後はワルプルギスの到来を待つばかりである。
それまではもう少し、この美しき見滝原を眺めていよう。
「……ごめんね」
私は美しい街に謝った。
巨大ホールのように天を隠し尽くす雲の天蓋。
星一つ瞬かない白昼の夜がここにはじまる。
向かい側から吹き抜ける風。
ドライアイスのいらない白い靄。
こちらへ近づく低気圧のブラックボックスは、百年に一度の奇跡となって、見滝原に顕現するだろう。
⑤
「……さあ! 見滝原市民の皆さま!」
鉄塔の先で、分厚い雲に大声を張り上げる。
④
「今世紀において最も輝ける! 時を駆けるマジシャン Dr.ホームズ!」
天を仰ぎ、腕を広げる。
「生憎のお天気! しかし全ての装置が整ったこの場所は、もはや誰にとってもホールと同じでありましょう!」
聞く者は誰もいない。
それでも私は、朗々と歌い上げるのだ。
「史上最も努力し、苦悩し、辛酸をなめ尽くし! それでも輝かしい未来の為に、時を越え戦い続ける時空の戦士、この私、暁美ほむら!」
キザったらしく。
大げさに。
格好良く。
「挫折を味わい、それでも前に進み! 夢をあきらめなかった一人の少女! わずか十四年の人生に下積み五年以上を詰め込んだ苦しい修行の成果は、果たして今回の公演で大輪を咲かせるのでしょうか!?」
②
「スペシャルゲストはそう! 皆さまご存じ! ワルプルギスの夜!」
①
「Dr.ホームズのマジックショー! これより開演!」
巨大な積乱雲から、素敵な笑みを浮かべた来賓が登場する。
今日の為に着飾った紫の衣装は、きっとこの私に合わせてくれているのだろう。
巨大な歯車の本体と、ドレスを着飾ったような人型の身体を備える超巨大魔女。
ワルプルギスの夜。
私が越えられなかったもの。
上等だ。
「さあ、始めよう」
私はタラップを使ってゆっくり鉄塔から下りた。
飛び降りないよ。怖いからね。