虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

9 / 91
いつでも華麗な演目を

「魔女!?どうしてこんな所に……!」

「まさか、学校の屋上に現れるとは……厄介なことになったな」

 

 魔女の結界は急速に構築されてゆく。

 辺りの景色を巻き込みながら生成されてゆくそれは、緩やかにではあるが、確実に学校の一部を飲み込んでしまうだろう。

 そうなれば、被害に遭うのはこの中学校の生徒と教師達だ。

 

「わっ……足元が!?」

「ふむ」

 

 ヘドロ色の地面から無数の電柱がせり上り、私達を世界の上へと押し上げる。

 それは抵抗する間も無く、一瞬にして百メートル近い高さにまで成長した。

 

 電信柱のみの限られた足場。

 遠すぎる地面。

 

 ……それは奇妙ながらも、私にとって見覚えのある景色だった。

 

「くっ……とにかく、学校の人に被害が及ぶ前に片付けないと……!」

「賛成だな」

 

 ようやく見え始めたばかりの私の日常を壊させてなるものか。

 

 マミが変身すると同時に、私も変身する。

 けれど、ハットとステッキも忘れない。

 

 闘う時なのだ。オシャレだってビシッと決めなくてはね。

 

「魔女反応は……下からだわ!」

 

 聳え立つ電柱から下界を見下ろす。

 高さはちょっとした高層ビルほどはあろうか。

 ここから落下すれば、常人であれば無事では済まされないだろう。

 

 真下には、確かに魔女であろうトイプードルのような怪物が見える。

 もちろんただの可愛らしいトイプードルなどではなく、バルーンを捻って作ったような、不気味な姿なのであるが。

 

 魔女は遥か下。奴の下にたどり着くには、この高さを落下死しないように降りる必要がある。

 しかし、様々な技と強化された身体能力をもつ魔法少女にとってはさほど難しい技術でもない。

 素早く魔女のもとに辿り着くならば、単純に自由落下するのが吉だろう。

 

 うむ。しかしこの景色といい、魔女といい、やはりどこかで……。

 まぁ、それは後でも良いか。今は何よりも、魔女を倒すことこそが先決だ。

 

「マミ、私と君は相容れないのかもしれない」

「!」

「しかし今は目の前の敵を倒すために、協力してくれないか」

「……ええ、分かっているわ!」

 

 良かった。

 ちょっと冷たい態度だったから心配していたけれど、共闘はしてくれるようだ。

 

 ならば、憂いはない。

 

「格好良いところを見せなくてはね」

 

 ステッキに魔力を込め、強度と威力を底上げする。

 主に見た目を重視した小物ではあるが、こうすることでいざという時のためのちょっとした武器にもなってくれるだろう。

 

「よし、一気に降りるぞ!」

 

 最下を目指し、私は電柱上から大きくジャンプした。

 

「おっと……!」

 

 すると程なくして、下から大量の何かが近付いてくる。

 色は様々。数は膨大。それはまるで、鰯の群れのようである。

 

「お出ましかしら……!」

「待つんだマミ、あれに害はない。攻撃しすぎるのは魔力の無駄だぞ」

「え?」

 

 下からせりあがる大量の影。

 その輪郭がはっきりと見えてきた。

 あれは……。

 

「……風船!」

「そう。人ならば簡単に浮かす事のできる風船だ。乗れるよ」

「乗れるって……」

 

 私とマミは、それぞれの風船に着地した。

 直径二メートル近くあろう巨大な風船は着地の瞬間だけボヨンと震えたが、すぐに浮力が勝ち、上昇を再開した。

 

 風船を上手く避けなければ、常に空に浮かされ続けてしまうだろう。

 

「これは普通の風船と同じで、刺激すれば割れる。結構頑丈ではあるけどね」

「じゃあ、これを割れば下に……」

「だが、下にいる魔女はこれでもかというほど風船を吐き続ける。いちいち一つずつ割る暇はないよ」

「なるほど、避けて下に降りていくわけね!」

「そういう事だ」

 

 群鳥のような風船を避ける。

 電柱を蹴って地面を目指す。

 

 風船の真上にある目玉模様は使い魔の目であり、それは浮かび上がる途中でこちらをギョロリと睨み、落下位置を修正して私達を捕捉する。

 早く下へ降りたい私達にとって、非常に厄介な機能だと言えるだろう。

 

 

 *tick*

 

 

 しかし、問題はない。

 私だけは時を止めることで、すぐ降りられるのだから。

 

 巴マミはまごつくだろうが、それはそれで仕方がないことだ。

 私には経験があり、一日の長がある。攻略法も実践済みなのだから。

 

 ……この魔女、ちょっと前にも戦った事があるしね。

 

 つまるところ。

 

 

 *tack*

 

 

「自分で蒔いたシード、ってわけだ」

『PuUUUuuUU!』

 

 時を止めて、地面に着地した。

 技というほどの技でもない。芸と呼べるほどの芸でもない。

 

 風船の打ち上げ攻撃など、私相手には一切の意味を成さないのである。

 

「申し訳ないね、そっちのタネは割れているんだ」

 

 同じ目線で魔女と対峙する。

 

 巨大なトイプードルのバルーンアート。

 名付けるならば、風船の魔女だろうか。

 

 刺せば割れる。割れると空気を放出してしぼむ。完全にしぼむと消滅する。そこは風船と全く同じ。

 

 しかしそう簡単に魔女がやられるわけもなく、こいつはしぼむ前に傷穴を塞ぎ、傷を塞いだあとは再び膨張して元に戻ってしまう。

 なので連続して奴にダメージを与え、一気に倒さなくてはならない。

 それが攻略法だ。

 

 風船の魔女は直接ダメージを与える攻撃をしてこないが、風船を吹きだして押し退けたり、浮かばせたり、強烈な風を吹いて飛ばそうとしてくる。

 吹き飛ばされて電柱に激突すれば、それは軽微ながらも痛手となるだろう。

 

 もし体力が消耗して動けなくなってしまったならば、魔女の生み出す風船の使い魔の上に乗せられて、どこへたどり着くかもわからない遥か上へと飛ばされ、おそらく死ぬだろう。

 

 総評するならば、持久戦向きの魔女だ。

 修復能力もあるので耐久力があると言える魔女だが、相手が悪かったな。

 

 私にとってお前はカモだ。

 

「さあ、二度目のショータイムと参りましょうか?」

 

 ハットを取り、深くお辞儀をする。

 最初の挨拶は重要だ。

 

 しかし深く頭を下げるため、魔女の姿は視界から外れてしまう。

 

 そんな馬鹿馬鹿しいほどの隙を、破壊本能剥き出しの魔女が見逃してくれるはずもない。

 

『PuuuUUUuuUuUUUU!』

 

 

 *tick*

 

 

 そして、そこで私が何もしないはずもない。

 

 

 *tack*

 

 

「まず始めに―― 1.三列縦隊カットラス」

「!?」

 

 私の目の前に、一瞬にして大量の曲剣が出現する。

 見滝原アーミーズショップの倉庫から拝借した曲刀(カットラス)(税抜き8980円)を贅沢にも十二本使用した小手調べだ。

 

 三列に並んだカットラスは、大きな刃を回転させながら襲いかかる。

 もちろん、相手から見れば突然にだ。

 

『Pu……uUUUUUuuUUUUUU!』

「おっと?」

 

 

 *tick*

 

 

 攻めのアクションを起こそうとしていた魔女は、突如現れたナイフに驚いた様子である。

 後退し、距離を取るつもりだったのだろう。空気を吐き出して離脱する様はイカやタコのような合理的な動きをみせた。

 だが、そんな甘っちょろい真似は、私が許さない。

 

 

 *tack*

 

 

「袖に逃げるのは早いんじゃないかな? ―― 2.空襲中世騎士」

『Pu……!?』

 

 勢い良く後退する魔女の進行方向よりやや上方に、中世の鎧騎士が出現した。

 重厚なフルプレートアーマー。その手に握るのはトゥーハンドソード。鎧の中身は鉛とコンクリだ。

 騎士は逃げる魔女に刃を突き立てんと、力強く剣を握りしめている。

 ちなみにこの躍動感あるポーズを調整するために、停止時間にして五十秒を要した。

 

『PuUU uuUUUu uUUU!?』

「悪いね。彼は私のお手伝いさんなんだ」

 

 魔女は背後からの奇襲に対応しきれなかったようだ。

 長剣はトイプードルの背中に深々と突き刺さり、大きな傷からは凄まじい勢いで空気が漏れ出している。

 

「……ああ、やっぱり一度戦った後だと、興も乗らないね」

 

 

 *tick*

 

 

 空気が漏れた風船の魔女は、しばらく身動きが取れなくなる。

 なので、もごもごと修復し、もがいている間に仕留めるのが最善手だ。

 

 学校が巻き込まれかけていることだし、さっさと決めるとしよう。

 さあ、最後の演目だ。

 

 

 *tack*

 

 

「3.ハズレだけ危機一髪」

 

 怯んだ風船の魔女の周囲を、無数のナイフが取り囲む。

 当然、それら既に魔女に向けて勢いが付けられている。

 

 これだけを見てみると格好良い技なのだが、この状況を作り出すためには想像を絶するほどの労力と地味な作業が必要であることは、私だけが忘れなければいいし、他の人は知らなくても良い。

 魔女が相手ならば、ただ食らってもらえばそれで良い。

 

「さて、避けられるかな?」

『PuU――』

 

 魔力で強化された何十本ものナイフが、全て魔女へと飛来する。

 

『U U U u u u ……!』

BULLSEYE(残念、大外れ)

 

 ナイフの群れは連続的な音と共に、全てが余すことなく命中した。

 

 

 

「おっと、まだ息があったか。ちょっと格好悪かったな」

『Fush…… sh…… ho…… sh……』

 

 風船の魔女には無数の穴が空いている。それでもまだ、消滅していなかったのだから驚きだ。

 しかし、これでは反撃はおろか修復すらままならないだろう。

 あともう一発でもくれてやれば、この闘いは幕を閉じるはずだ。

 

 そもそも、この魔女は魔法少女が落下中の状況にのみ強いのだ。

 私のように時間を停止させて一気に降下する魔法少女とは相性が最悪だと言える。

 こちらとしては、サンドバックを相手にしているような闘いでしかない。

 

 前回同様、遊びながらでも余裕を持って倒せる魔女であった。

 投げナイフなんてする必要はないし、手持ち一本だけでも倒す自信はある。

 たまにこういった相性があるのだから、魔女との闘いは結構面白くもあるのだが。

 

「ま。けれどマミが苦戦しているようだから、悪いがすぐにトドメを刺させてもらうよ」

 

 私は魔力を込めた一本のステッキを構え、瀕死の魔女に近づいてゆく。

 

「あら、誰が苦戦しているって?」

「ん……?」

 

 

 ――パン、パン、パン

 

 ――パンパンパンパン

 

 

 微かに聞こえてきた声。

 そして、ほぼ連続で風船が破裂し続ける音が、こちらへ近づいてくる。

 

 ――上からだ。

 

 見上げると、そこには物騒なものを抱え込んだマミがいた。

 

「ティロ――」

「うわっ――」

 

 先端を砕いて尖らせた、まるでコンクリ製の破城槌のような電柱。

 鋭利な先端と質量、そして勢いは、遮る風船の使い魔の妨害など歯牙にもかけない。

 

「――メテオリーテ!」

 

 そのおっかない危険物を黄色いリボンで固定したマミが、魔女へ急降下爆撃を敢行した。

 

 コンクリの柱が地面に激突する。

 その衝撃と轟音は、喩えようもなく凄まじい。

 

「いたた……!」

 

 飛び散る破片は近くにいた私にまで飛来し、打ち付けてくる。地味に痛い。

 

『Puu……』

「勝負あったわね」

 

 巴マミのダイナミックな一撃によって、魔女は瞬時に消滅した。

 

 それまでの私のマジックショーは何だったのだろうかという程の、綺麗なフィニッシュである。

 最後のマミの一撃で全て終わっていたじゃないか……。

 

 というよりも、なるほど。電柱を折ってそれを利用して落下攻撃を仕掛けるとは。

 その手があったか……参考になるな。

 

 次にこの魔女と戦うことがあれば、是非とも試してみたいものだ。

 

 

 

 結界が解ける。風景が元に戻ってゆく。

 

「……ふう」

「お疲れ、マミ。いい所は取られてしまったね」

「そんなことないわ。暁美さんがダメージを与えていなかったら、外れていたかもしれないもの」

 

 グリーフシードがこつん、と地面に落ちる。

 運が良かった。孵化したグリーフシードを再びグリーフシードに戻せるとは幸運である。

 魔女は、倒してもたまにグリーフシードを落とさないことがあるのだ。

 今回は消費したカロリーを除けばプラスマイナスゼロ、いや、ちょっとプラスといったところだろう。

 

 面倒事に巻き込まれた気分だったが、こうして収支に色を付けて返ってくるならトラブルも悪くはないかもしれない。

 景色は、元通りの蒼天。そして綺麗な屋上だ。

 終わりよければ全て良しである。

 

「……それにしても、どうして屋上に魔女が出たのかしら……今まで、こんなことは起こらなかったのに……」

「ああ、そのことか」

 

 私はふと思いつき、屋上入り口の傍に立てかけた私の学生鞄を探る。

 

「何をしているの?」

「いやね、マミに聞いておきたいことがあるんだ、これ以上手間をかけさせられないっていうのもあるし、また同じことがあると困るからね」

「なにそれ……って、きゃあ!?」

 

 私が鞄の中から両手いっぱいのグリーフシードを見せてやると、マミは悲鳴をあげた。

 

「ほらこれ。今のやつみたいに孵化すると大変だからさ、使い終わったグリーフシードを普段どう廃棄しているのか教えてほし……」

「ばかー!」

 

 盛大に頭をはたかれた。

 

 痛い。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。