ぐだ子が魔術王に最終決戦を挑む前に処女ぐらい捨てておこうかな、と考えるお話です。
メイヴちゃん様とかに相談します。

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『死ぬ前に処女ぐらいは捨てておこう、とぐだ子は考えた』

 

 

 

 

 

『ねぇ聞いてよぐだ子。昨日の夜、私、ついにロストヴァージンしちゃってさぁ』『痛いって聞いてたけど、本当に痛かった』『気持ちは…良くなかった』『まぁ、でも、高校を卒業しても処女ってのはちょっと、ねぇ』

 そんな夢を見て藤丸立香は目を覚ました。

 まだ世界が明日も続いていくと思われていた頃、通っていた学校での同級生との他愛のないワンシーン。そのプレイバック。今は見ることの出来ない日常。喪われ、取り戻すべき光景。

 

 

 それはそれとて藤丸立香=ぐだ子の中に人理修復とは別の決意が一つ生まれた。

 

 

『……死ぬ前に処女ぐらいは捨てておこう』

 

 

 

 

 それである。

 

 

 断っておくが藤丸立香は人理修復を諦めた訳ではない。無理だと悟った訳ではない。彼女は諦めを知らない。可能性のあるなしに関係なく彼女は、自分が存在している以上、かの魔術王を打ち倒し、未来を取り戻すために戦い続け、前進する。そう常々思っている。

 ただ、それとは別に藤丸立香は自分がいつ死んでもおかしくない事を間違いなく理解している。敵はあまりにも強大で、おおよそこの戦いに勝ち目はなく、次のレイシフトで、いや、あるいは今まさにこの瞬間にも自分は死んでしまう可能性が非常に高いことを藤丸立香は過不足なく理解している。

 それ故、彼女はレイシフト先の行動の全ては熟考と直感を信じ、悔いのないように行おうと決めていた。それは負けないため勝つために行っているというよりは、『ああ、あの時ああしておけば良かった』なんて思いながら死にたくないと考えているからだ。

 その考えは待機中、レイシフト先に比べれば安全度と自由度は概ね高いカルデア内においても、どうやら彼女の言動に及び始めたようだ。

 部屋の隅にある壁に備え付けの机の上には書きかけだが『死ぬまでにやりたい10の事リスト』があった。昨日、カルデアの職員がそういう映画があるという話をしていたのを盗み聞いて、それならばと自分も書いてみたものだった。

 もっともいざ書き始めたところですぐに筆は止まってしまった。

 大層な望みを書こうとした訳ではなかった。思いついたのは『ディズニーランドに行きたい』だとか『ゴディバのチョコを鼻血が出るまで食べたい』とかその程度の事ばかりだった。

 だが、それらは今では逆に叶えられないものばかりだった。この閉鎖空間のカルデア内、そして、戦場であるレイシフト先は非日常の異界、ありえない世界なのだから。

 こりゃダメだ、と筆をほっぽり出しベッドに入ったのが昨晩遅く。そうして、見た夢がアレであった。

 別段、ロストヴァージンに特別な夢を抱いているわけではなかったが、成る程、確かに学生でいた時は卒業までに処女も卒業しておいた方が良さそうだ、とは思ったことがあった。

 そうなると善は急げだ。いや、これが善かどうかは判らないが、兎に角、悔いが残らないように行動はするべきだった。寝間着からマスターの服装に着替える。

 と、服のボタンを止めようとしたところでふと手の動きも止まった。

 よもや自分は誰か男性に『処女を捨てさせてください』と相談するつもりだったのだろうか、と。

 痴女か、痴女なのか。

 うわぁぁぁ、と赤くなった顔を押さえながらベッドの上をゴロゴロと転がり身もだえする。それが十往復、それぐらいしたところでやっと落ち着き、藤丸立香は、取り敢えず誰か女性に相談しよう、と結論づけたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁ? 処女を捨てたい?」

 最初に相談を持ちかけた相手はそんな素っ頓狂な声を上げた。リラクゼーションルームの一角に陣取り、美味しそうなクリームパフェを食べていた女性サーヴァント。処女を捨てる。つまり、男性経験がある。それが最も豊富そうだ、という連想ゲームで最初に出てきた顔。コノートの女王、メイヴだ。

「あの、いや、そのね、マスター。私は確かに恋多き女で、そりゃ経験は豊富だけれどもさぁ。いや、その、べ、別にアナタのことがキライって訳じゃないのよ。むしろ、好きな方。でもね。女の子相手はちょっと…」

 僅かに頬を紅潮させながら、何を思ってか無意味にパフェの中身をかき混ぜ続ける女王メイヴ。クリームが溶けてイチゴのジャムが完全に混ざりきり、カップの中身はメイヴの髪色と同じピンク一色になっていた。

「お相手なら、ほら、あのヘビ女とか暗殺者の娘とか…ううん、ダメ。他ならないマスターの頼みだものね。いいわ。アナタも『メイヴちゃんさまサイコー』って思ったってことでしょ。だったら女王として応えないと…って、何? 違う? そうじゃない?」

 かくかくしかじか、とどういう決意なのか藤丸立香はメイヴに一から説明する。

「なんだ、そういうこと。あー、そういうことね」

 何か熱さにやられたように脱力するメイヴ。だが、藤丸立香の言わんとすることは理解したようだ。

「つまり、お相手を紹介してくれ、ってことね。そういう話ね。まぁ、いいわ。それなら何人か紹介できるわ。このメイヴが太鼓判を押せるようなテクニックとスタミナをもったお相手をね。こっちに現界してから他のサーヴァントと一夜を共にしたこともあるし、カルデアの職員とも…あっ、これって言っちゃダメだったヤツだ。まぁ、黙っておいて。百人切りのメイヴちゃんさまに任せなさい」

 ふふ、と笑いながら顔を寄せてくるメイヴ。

「そうね。英雄色を好むもの。古今東西の英霊が集うカルデアにおいちゃ本当にもう極上の男たちがよりどりみどりだけれど、やっぱり私はケルトの男たちを推すわ。一夜で七人の女を抱かなければ満足しなかったフェルグス。その美貌と魔性の黒子で何人もの乙女を泣かせてきたディルムッド。同じくその美貌故に魔女の呪いをかったこともあるフィン。……他の女だったらお断りだけれど、なんだったらクーちゃんを貸してあげてもいいわよ」

 英霊の名前をつらつらと読み上げるメイヴ。藤丸立香は、なんというか如何にも高級そうなフランス料理の店に連れられていって、好きなものを食べるといいと言われた気分に陥っていた。

「さ、誰にする? えっ、決められない? んー、なんだったら四人まとめてでもクーちゃんたちなら了承してくれると思うわ。あっ、そうだ。私も交えて六人ですればいいじゃない。穴と槍の数なら…えっ、違う。そうじゃない。よりどりみどり過ぎて選べないし、選ばなかった人に悪い。それならまたの機会に…って訳でもないのね」

 肩を竦めてみせるメイヴ。

「前々から思っていたけど、マスター。アナタって真面目すぎだと思うのよねぇ。あのブリテンの王さまみたい」

「呼びましたか、女王メイヴ?」

 ひゃっ、と可愛らしい悲鳴を上げるメイヴ。振り返ると、なんというタイミングか。件の真面目すぎる王様、アルトリアがそこにいた。

「いいえ、呼んでないわよ。アルトリア・ペンドラゴン。マスターがアナタに似てる、って話をしてたの」

「私が? マスターと?」

 そうでしょうか、と小首を傾げるアルトリア。

「そう。真面目すぎるところがね」

「私は王である以前に騎士であることを重んじています。それはつまり清廉潔白であることをよしとしているということです。しかし、それを真面目すぎると評されるのは…」

「ああっ、もう。そういうところが真面目すぎるって言ってるの!」

 アルトリアの言葉を遮るメイヴ。まぁまぁ、と藤丸立香はメイヴを宥めなければいけなかった。

「あっ、そうだ騎士王。ためしに聞きたいことがあるんだけれど…」

「なんでしょうか、メイヴ女王」

 そうアルトリアに耳打ちするメイヴ。藤丸立香が赤面し、慌てて止めようとするがもう遅い。メイヴはアルトリアに藤丸立香に何を相談されていたのか、すべて説明してしまっていた。

「成る程」

 うわぁ、と首を引っ込める藤丸立香。アルトリアの鋭い視線に射すくめられる。

「マスター、いえ、リッカ。いいですか…」

 アルトリアが名前で呼ぶときは決まってお説教をするときだ。これは逆鱗に触れてしまったなぁ、と藤丸立香は狼狽える。

「いいですか。そもそも、性行為というのは確かに魔術的には意味のある儀式です。ですが、マスター。貴女は魔術師ではない。つまり、処女であるかどうかは貴女を主題におけば全く意味のない事なのです。ええ、確かにサーヴァントの中にはマスターの処女性によって効果が左右されるスキル、ないし宝具を有するものも存在しますが、今の処、貴女の従士にそのようなサーヴァントはいません。ですから、貴女が処女を捨てたいと言っているのは思春期の子女そのものの考えの延長に過ぎないと…」

「ちょっと、セイバー」

 アルトリアのお説教に割って入るメイヴ。その言は鞭のように鋭く疾い。

「なにかライダー」

 さしもの騎士王も言を止める。僅かに場の空気に緊張が満ちる。

「さっきから聞いていれば…ブリテンの王。アナタ、人の心が判らぬと配下の騎士に評されたらしいけれど、本当ね。おおよそ、最大に、戦いに挑む者の心情をまるで理解していないわ」

「聞き捨てなりませんねコノートの女王。他の分野ならいざ知らず、こと戦いに挑む者の心構えについて私に異を唱えるとは。その理由を述べねばこの場は収まらないと、理解しての言動ですか」

「当然。この私を誰だと思っているの。偉大なる男、勇猛なる戦士、気高き勇者を何人も抱いてきた女王だからこそ語れる言葉が…いいえ、そうじゃないわ。ただの乙女にしても語れる理屈だわ」

「それは――?」

アルトリアが問いかける。藤丸立香も聞き耳を立てる。けっして、セイバーのお説教が中断してくれて、安堵しているからではない。

「至極真っ当な理由よ。戦いに挑む者は、その前に女を抱きたい。それはまごう事なき真理よ。そうして、それは性別の如何(いかん)とはまるで関係がないわ。挑む者は見送る者の肌と体温、口づけを憶えていたい。そういうものでしょう」

 顔を紅潮させ、熱い吐息を吐きながらメイヴは述べる。その語り口にただの人間藤丸立香はおろかトップサーヴァントであるアルトリアでさえ聞き入っていた。みれば談話室に何とはなしにやって来ていたカルデア職員や他のサーヴァントでさえ聞き耳を立てていた。

「アナタの国でも語られた物語じゃなくって。初陣を前に童貞の新兵が街一番の娼婦の肌を知る。誉れ高き勇士が人生最大の激戦を前に愛した女を抱く。必ず戻ってくるよと青年は愛する恋人と交わり戦士になり、そうして伐ち果てる。古今東西あらゆる戦場で語られた戦士と恋人たちの物語。戦士たちは戦いの最中にその肌を温もりを艶めかしさを思い出し奮い立ち、生きて帰ってもう一度それを味わおうと、あるいは死の間際にそれを思い出し、まるで母の胎に帰るような心地よさを感じる。戦場を前に異性を知るのは、まるで意味がないばかりじゃないわ。ねぇ、アナタにも覚えがあるんじゃないのアルトリア」

 頬杖を付いて、ニマリと微笑むメイヴ。その蠱惑的な表情に並の男ならばコロリと恋に墜ちてしまうだろう。生前は男性として振る舞っていたアルトリアにもその効果は僅かに、ほんの僅かに及んでいたのか、彼女は目蓋をしばたかせた。

「アナタもサーヴァントなら、勝てぬと判っている死戦の前に信頼するマスターに操を捧げたんじゃ…」

「ぶぇっくしゅ!!!」

 と、魔女の搦め手のようなコノートの女王の言葉を遮るような不格好な音――クシャミが談話室に鳴り響いた。音の発信源に目を向ければ家庭科系サーヴァントの中の一騎、赤い外套の弓兵が――お、オレのハンカチは何処へやったかな、と珍しく狼狽える様子が見えた。

「……そうですね」

 暫く、何故か静まりかえってしまったリラクゼーションルームの空気を元に戻すよう、アルトリアが頷いて見せた。

「ええ、確かに。それは私の国でもあった話です、メイヴ。こればかりは――確かに私が間違っていたようだ」

 謝罪します、と頭を下げるアルトリア。いや、こればっかりじゃないと思うけど、と突っ込みを入れるメイヴ。

「まぁ、そういう訳で、マスターに誰かいい男を紹介してあげてよ。アーサー王なんでしょう。私のケルトの男たちに引けを取らないイケメンが揃っているじゃない」

「円卓の騎士たちを、ですか…」

 その美貌を崩し眉を顰めるアルトリア。彼女にしては珍しく何か言い澱みをみせている。

「いえ、我が円卓の騎士たちは何処に出しても恥ずかしくないような立派な騎士ばかり…約一名を除きますが。彼らなら確かに乙女がその純血を捧げるに相応しいナイトです…約一名を除いて。ですが、そのなんと言いますか、彼らは確かに誇るべき私の自慢の勇士なのですが、いえ、別段、一対一ならば後の世で舞台の演目に選ばれるロマンスには十二分な男たちなのですが…一名を除きますが。現カルデアのような大所帯、惚れた腫れたがいくらでもありえるような場ではそのちょっと…、一名を除きますが、ううん、そのような状況があまり得手ではないのです。一名を除いて」

 ああ、と納得した顔で肯くメイヴ。円卓の終焉を知る藤丸立香もそれに倣う。

「まぁ、そうよね。こんな状況でねぇ。私は不倫はするのもされるのも面白いってクチだけれど…前者は純粋に面白いし、後者はした相手とそのお相手を殺すのが面白いんだけど、そんな冗談を言っている場合じゃないし、初めてを捧げる乙女にすべき話題でもないわ」

「申し訳ありませんマスター。我が円卓の騎士たちが不甲斐ないばかりに…いえ、スケベなばかりに。ですが、マスターが誰某を是非に、と言うのであれば、このアルトリア・ペンドラゴン。父ウーサー・ペンドラゴンの名とこの聖剣の輝きに掛けて必ずや貴女と我が騎士の縁を結ばせていただきます」

「せっかくだから誰かリクエストしてみれば? ほら、あの名前なんて言ったかしら。義手の銀騎士、あの優しそうなナイトならベッドの上でも優しくリードしてくれるんじゃない?」

 あわわ、と慌てる藤丸立香。クー・フーリンたちを紹介された時と同じだが流石に歴史に名を残すような大英霊の名前を挙げられても、果たして自分がその相手になるイメージがまるで付かないのだ。

「なによマスター、優柔不断ねぇ。女ならガツンと行きなさいよ」

「同感です。熟慮に熟慮を重ねるのもいいですが、時には閃光のような決断がものをいう時もあります」

 宝具が相手に突撃するタイプのライダーと直感と魔力放出持ちのセイバーに言われても、と藤丸立香は困り果ててしまう。

「ああ、もう。じゃあ、次にこの部屋に入ってきた男に相手をして貰いなさい。それでいいでしょ。サーヴァントなら十二分、カルデアの男性職員でも共に戦ってきた仲間でしょ。間違いないわ」

 ついにそんな事を言い出すメイヴ。あわあわと藤丸立香は慌てるが、メイヴはおろか

アルトリアでさえリラクゼーションルームの入口を凝視し始める。そうして…

「何かな? ブリテンの王、コノートの女王、それにマスター」

 ガションガションプシュープシュー、と駆動音を身に纏いながら現われたのは言わずもがなバベッジ卿であった。一瞬動作を停止させ、その後、顔を見合わせる女性サーヴァント二騎。

「あー、メイヴちゃん半分ケモノみたいなヤツとか触手系もイケる口だけどロボはないわロボは」

「そう…ですね。バベッジ卿は技術者系サーヴァントの中でもトップクラスの常識人ですが、ロボは流石に、少々」

「貴公らが何を言っているのか理解出来ぬが、我が身はロボットではない。蒸気機関である」

 ブシューと余剰圧力を解放するバベッジ。それで話は終わったと理解してくれたのか、蒸気王は白くたゆたうもやを纏いながら部屋の奥の方へと足を運んでいった。

「ああっ、もう次よ次。次のイケメンを持ってきて頂戴!」

 バンバンとテーブルを叩くメイヴ。料理を催促しているみたいだと藤丸立香は思った。

「これはその、もし次に来られたのが女性だった場合はやはりやり直し、ということですか?」

「黙ってて。その時はマスターがそういう運命だったっていうことよ。その女と相手して貰うわ」

 同性相手はちょっとイヤだなぁ、と藤丸立香は顔を曇らせた。

「そ、その、どうしても次に来たヤツが女性で、その相手をするのがイヤだって言うんなら、このメイヴちゃんさまが代わりに貴女のお相手をしてあげても、いいんだからね」

「待ってください。お相手というならこの私が適任かと。ええ、サーヴァント・セイバー、男として振る舞っていただけでなく、男の役目を果たしたこともありますから。あの時は魔女の秘薬が私に役目を果たさせてくれました。あの奸計の魔女はカルデアにはいませんが、代わりに我がキャメロットの宮廷魔術師が…」

「呼んだかいアルトリア」

「呼んでいない。失せろメイガス!」

 聖剣が疾風の速さと迅雷の勢いでもって繰り出される。藤丸立香の目にはもう剣が振り下ろされていた結果しか見えていなかったが、はたして。唐突に現われた花の魔術師は何とか自慢の杖でアルトリアの一撃を防いでいるではないか。

「いやぁ、危ない危ない。酷いじゃないかアルトリア。人を呼びつけておいてこの仕打ちは」

「黙れ。貴公の出番はまだまだ先だ」

 振り下ろした剣を引くことなくむしろアルトリアは更に力を込める。剣の刃が自分の顔に近付いてくるのを見て流石のマーリンも少し顔を引きつらせた。

「王として命じます。いいからとっとと帰れ。さもなくばここで我が聖剣の錆となれ」

「もう人を呼びつけておいて。といってもエクスカリバーで斬られるのは流石に勘弁願いたい」

 退散退散、と捨て台詞を残してマーリンの身体がふっ、と霞のようにかき消えた。花弁と健やかな香りが残っていなければ、魔術師がつい今の今までここにいたなんてとても思えない状況だった。

「危ないところでした」

 マーリンが唐突に消えてもそれで押しつけていた剣の勢いで前のめりに倒れるような事はなく、さっと姿勢を正すアルトリア。

「我がキャメロットに連なる者たちは皆、騎士としての矜恃を持ち合わせていますが、こと女性相手だけは誉められたものではありません。そして、その中でもあの魔術師だけは唾棄すべき存在です。何度、私やアグラヴェインが娼館に何度謝りに行った事か…ええ、ええ。思い出すだけでも腹がたってきます」

「うーん、確かに顔はイケメンだったけれど、女に甘い言葉をささやいて、夜の相手どころか金銭をせびって、『キミだけを愛してるよ』なんて言いながら他の女にも同じ言葉を吐く、バンドマン、しかもヴォーカルとかベースとか担当している輩と同類だってメイヴちゃんセンサー、具体的に言うと子宮にビンビン反応してるわ」

 酷い言われようだ、あのサーヴァント強いのに、と引きつった笑いを浮べる藤丸立香。

「兎に角、マーリンはノーカウントです。奴は空間転移して現われました。神代でも大規模魔術として扱われる方法で。しかし、逆説、奴はこの部屋に入ってきた訳ではありません。ええ、ええ。王の決裁です」

「そうねぇ。アイツ、“世界の果て”からバビロニアくんだりまで歩いてやって来たらしいけど、ワープしてきたんじゃノーカウントね、ノーカン。さぁ、次よ次」

 と、アルトリアが険しい顔をした。

「いえ、女王メイヴ。ここいらでお開きにしましょう」

「? どうして? せっかく盛り上がってきたところなのに…」

「いえ、私の直感が告げるのです。次に来る男性サーヴァントはよしておいた方がいい、と」

「ええっと、どういうこと?」

「私は千里眼なるスキルを持ち合わせていないので、断定は出来ませんが…なにかこう海賊系で、ヒゲが長く、その上、現代日本のサブカルチャーに異様に詳しい生理的に無理な男が来るような気がしてならないのです」

「海賊系で、ヒゲが長く、その上、現代日本のサブカルチャーに異様に詳しい生理的に無理な男…しかも、イケメンじゃない…」

 むむむ、とメイヴがその可愛らしい顔の眉間にしわ寄せる。と、やおら立ち上がるとメイヴは愛用している馬上鞭を掲げた。そして、

「『愛しき人の未来視(コンホヴォル・マイ・ラブ)』!!」

 キラリ☆とメイヴの瞳が輝きを放つ。三流マスターの藤丸立香にもそうと分かる魔力の奔流。彼女は宝具を発動させたのだ。メイヴ曰く『元カレの千里眼スキルを借りて使うの』

 輝いているせいでまぶしさに目を細めながらも、メイヴは未来を垣間見る。

「このタイミングね―――! 『愛しき人の虹霓剣(フェルグス・マイ・ラブ)』!!」

 そうして、続けざまに再三の宝具を発動させる。ドリルっぽい何処かで見たことあるような、それでいてハートの飾りやジュエルシールを貼られて可愛らしくアレンジメントされた元カレの大剣を召喚し、何もない壁に向かってメイヴは繰り出した。

「GYAAAAA!? だ、だからドリルは取れと言ったのだーっ!?」

 なにか一騎、サーヴァントが壁の向こうで消滅した。拙者、勇者シリーズならゴルドランが好きですぞー、との言葉が断末魔であった。

「ふぅ、危ないところだったわ。いくら古今東西森羅万象、すべてのいい男は私のものって考えてるメイヴちゃんでもアレだけはダメ」

 一仕事を終えた様に額を拭うメイヴ。ご苦労さまです、とアルトリアもメイヴの仕事を誉めていた。なんだったのだろう、と直感や未来予知スキルを持たない藤丸立香は唖然とするばかりであった。

「それでどうするの? 別の方法で決めちゃう?」

「決めるも何も、やはり、ここは本人の意志を尊重すべきでしょう。さぁ、マスター。選んでください。ええ、大抵のサーヴァントでしたら、貴女の意見には従います。よしんばそうでないとしても、我が聖剣をもって不遜な輩は正してやりましょう。なんでしたら最終手段として令呪もあります」

 なんだか無茶苦茶なことを言い出すアルトリア。そんなことしなくても、と藤丸立香は気弱に抗議するが騎士王は話を聞いていない。やはり王は人の心が分からぬ…

「んっ、でも、ちょっと待って…」

 どうかしたのだろうか。メイヴがそう話を制止する。目頭を摘まむように押さえ、何か考え事でもするように眉を八の字に曲げる。その瞳には僅かに燐光めいたものが残っていた。

「何か、視える…この子って…」

 顔をあげてつい今し方、自分が空けた壁の大穴に目を向けるメイヴ。

 つられてアルトリアも、そして藤丸立香も顔を上げる。はたして、その大穴からやって来たのは…

「無事ですか先輩っ!!」

 マシュだった。カルデア内の普段着…与えられた制服ではなく、デミ・サーヴァントとしての力を存分に振える魔力で編んだ騎士甲冑を纏っている。宝具である愛盾も確かに携えている。

「空間転移級の魔力と宝具の発動が検出されました! また何者かの手による外部からの攻撃でしょうか!」

 緊張の度合いを最大限に鋭い視線で周囲を目視しつつ、素早く藤丸立香の元へ駆け寄るマシュ。マスターを背にし、見える範囲に敵性存在はいないと判断しながらも警戒を怠らないその姿は一端の騎士の様だ。

 その様子を見てメイヴはぽかーんと口を開け、アルトリアは満足げに頷いてみせた。

「取り敢えず、周囲を警戒しながらブリーフィングルームへ移動しましょう。先程、ここに来るときに黒髭さんの死体を踏んづけてしまいました。こと生き延びることにかけてはランサークラス級にしぶといあの方が一撃で倒されてしまうような相手です。クラス相性を鑑みるに、敵性存在は恐らくアサシンのサーヴァントかと思われます」

「ううん、ライダーよ。ライダー。私のクラスはライダー」

 戦車駆る女王だから、とピンクの髪をなびかせてみせるメイヴ。その様子を見てマシュは小首を傾げるしかなかった。

「スイマセンメイヴちゃんさん、仰っていることがよく分かりません。それに今は緊急時です。その、先輩の護衛を手伝ってはいただけないでしょうか。アルトリアさんもお願いいたします」

 律儀に頭を下げるマシュ。

 アルトリアは無論、と騎士道精神に則り、半ば条件反射的に応えようとして、思いとどまった。そもそも…

「マシュ、ちょっと。そこに座って」

「ええっと、ま、マスター?」

 メイヴの女王としてのカリスマに気圧されたのか、一瞬たじろぐマシュ。意見を求めるように藤丸立香に視線を向ける。信頼すべきマスターは『従って』という代わりにマシュに視線を返した。

「あーん」

「あ、あーん」

 口を開けて、それを指さしてみせるメイヴ。真似をしろということ。もうこうなっては逆らえない。言われるがままマシュは同じように口を開け、何をされるのか恐ろしくなったのか、ついつい目を瞑ってしまった。そこに…なにか甘酸っぱくて美味しいものが突っ込まれる。

「美味しい?」

「おいしい、です」

 メイヴはマシュにパフェの残りのイチゴを食べさせたのだった。甘い物を食べて、少し冷静さを取り戻すマシュ。

「ええっとね、マシュ。つまりこれは女子会、女子トークなの?」

「はぁ、女子会ですか…?」

 また小首、いや、今度は斜め四十五度近くまで首を傾げるマシュ。

「ええっと、しかし、宝具による攻撃の跡が…」

「女子サーヴァントが集まれば宝具を使っちゃうこともありえるでしょ」

「そうですマシュ。私も以前、名だたる王達の酒盛りに参加したことがありましたが、あの時などあのイスカンダル大王が…いえ、スイマセン。話が逸れてしまう。それに、あの夜のことはあまり…語りたくありません」

「はぁ…」

 急に口をつぐんでしまうアルトリア。マシュは曖昧な言葉を漏らすことしか出来なかった。

「ええっと…女子会でついつい宝具を発動させてしまったのは分かりましたが…ええっと、お二方はいったい何のお話しをされていたのでしょうか」

「私たち二人じゃなくってマスターを入れて三人よ。ちょっとした相談を持ちかけられていたの。処女を捨てるにはどうすればいいか、って」

「そうですか。先輩の処女を…って」

 えぇぇぇ、と鮮血魔嬢もかくやの音量で叫ぶマシュ。直感と借り受けた未来視の効力がまだ残っていたのか、アルトリアとメイヴは直前に耳を塞いでいた。藤丸立香だけが被害を被った。

「せ、先輩の、しょ、処女を…?」

「そうそう、捨てる。そういうぶっちゃけトークをしてたの」

 んふふ、とからかうような視線をマシュに送るメイヴ。蠱惑的且つ捕食者的な目だ。

「マシュ、貴女、カルデアの職員と仲がいいじゃない。この子に誰か紹介してあげて…」

「いえ、それには及びませんよ女王メイヴ」

 と、アルトリアが横から口を挟んでくる。

「私としたことがうっかりしていました。マシュ・キリエライト、貴女がマスター・藤丸立香の初めてのお相手となるのです」

 えぇぇぇぇ、と本日二度目の驚愕の叫びをあげるマシュ。今度はマスターも一緒だ。

「思えばマシュほど適任者はいません。彼女はリッカと初めて契約したサーヴァント。ある意味で私たちの誰よりもその絆は深く長く繋がっている。加えてマシュの霊基となっているのは我が円卓の一騎。先程も申し上げたように何処に出しても恥ずかしくない一流の騎士です。まぁ、彼の父はちょっとアレですが…兎に角、マシュほどリッカの初めての相手に相応しいサーヴァントはいません」

 うんうん、と何故か妙に誇らしげに頷いて見せるアルトリア。マシュも藤丸立香も慌てふためき赤面し、もはや彼女を止められない。

「ちょ、ちょっと待ってよアルトリア」

 と、メイヴが勢いよく立ち上がった。バン、とテーブルに手を叩き付ける。反動で空っぽになったパフェグラスが倒れそうになったが、それはマシュがすんでの所で支えた。赤面し驚き慌てふためいていてもそこは流石にサポートに長けたサーヴァントであった。

「何でしょうメイヴ」

「いやいや、マシュ。女の子じゃない。その憑依している英霊はたぶん男なんでしょうけれど、マシュ自身は女の子じゃない。どうするのよ! 具体的に言うとちん…」

 わぁ、と三度目の悲鳴じみた叫び声。今度のそれは藤丸立香であった。

「何よもうマスター。ボカせなんて令呪使われるのも溜まったものじゃないから、言い換えてあげるけれど、男と女がアレするにはディックが必要じゃない! んで、マシュはディックが付いてない!」

 わざわざディックにアクセントを置いて発音し、効果音が出るほどの勢いでマシュに指さし示すメイヴ。

「それなら心配には及びませんよメイヴ。先程も申し上げたように一時的に性転換させる方法はあります」

 メイガス、メイガス、と声を上げるアルトリア。だが…

「おかしいですね。先程などは呼ばなくとも現われたのに。魔術師、宮廷魔術師、マーリン、マーリン!」

 それは現われた瞬間、叩き斬ろうとしたセイバーに恐れをなしているからでは、と藤丸立香は思った。思ったが口にはしなかった。

「なによそれ。こ、こっちにだってちょっと調べれば生やせるルーンぐらいきっとあるはずよ!」

「ふむ。両性具有になるルーンなら確かにあるぞ」

 またも不意に投げかけられた声に、けれど、誰も驚く事はなかった。第三者の出現、アルトリアから数えれば五、六人目ともなれば流石にサーヴァントではない藤丸立香の心臓にも毛が生えてくるというものだ。

「げっ、スカサハ…っ」

 苦手意識丸出しで影の国の女王に目を向けるメイヴ。対するスカサハはメイヴの事など特に眼中にないのか、あくまで自然体のままだ。

「断片的ではあるが話は聞かせて貰っていたぞ。マスターの操を誰が破るかで揉めていると。ふむ。面白い。その話、私も参加させていただこう」

 ふふふ、とまるで戦いに挑む前のように餓狼の笑みをみせるスカサハ。ブルリ、と藤丸立香は悪寒を覚えて震えた。

「我が槍が貫くのは何も敵ばかりではない。処女も花と貫く。影の国の絶技は褥でも存分に発揮されるものと…」

「そんなのダメっ!!」

 己の凄さを語っていたスカサハにこともあろうか入れられる横やり。うん、とスカサハが視線を向けた相手は何とメイヴであった。

「なんだコノートの女王よ。お主も参加するつもりか?」

「とうぜっ…!」

 当然、その言葉を吐こうとして、メイヴは飲み込んだ。理性と羞恥によって。言うはずがなかった。そんな世迷い言、そして恥ずかしいこと。だが…

 メイヴはテーブルに手を付いて何かブツブツと言い始めた。

「しっかりしなさいメイヴ。貴女はコノートの女王。恋多き永久の貴婦人。数多の男たちの婚約者にして支配者。それがなによこんな乙女な反応しちゃって…違うでしょメイヴちゃんはいつだってサイコーなんだから…っ!」

 そして、メイヴは再び顔を上げた。その顔にはまさに魔王を伐たんとする勇者が如き決意が漲っていた。

「当然、乗るわ。マスターのは、初めては、わ、私が貰うんだから…!」

 すこしだけ恥ずかしさも残っていたが。

「マシュ、貴女も参加しなさい。こんな槍おばさんよりも実際のところ…貴女が最大のライバルなんだから!」

 槍おばさん。その言葉に場の空気が凍り付いた。スカサハの放った規格外の殺気によってだ。ただ、それを行動にまで昇華させなかったのは、一重に勝負の方法が命のやり取りではなくマスターの処女を誰が先に奪うのか、という内容だったからだ。

 そうして、スカサハもまたメイヴよりもマシュの方が強敵であることを理解しており、その参戦の有無を気にしていた。もっともその判断は女心や男女…この場合は女女の関係の機微というよりは戦士としての直感であったが。

「それでどうするのマシュ」「答えは如何に?」

 二人の女王に視線を向けられマシュは黙り込んでしまった。自己主張しない彼女は、強烈なキャラクター性を持つ二人に射すくめられてしまったのだろうか。そんな彼女を気遣い藤丸立香は気にしなくていいから、と声を掛けようとする。

 が、

「参加、します。マシュ・キリエライト。先輩の処女争奪戦に参加させて戴きます」

 奮い立つ決意は戦車の強烈な突進も魔槍の刺穿も十二分に防ぎきるものであった。

「なんだか面白いことになってきましたねマスター」

 そうのほほんと言ってのけたのはアルトリアであった。

「私は参加しませんが、折角なので審判役を務めさせて戴こうかと思います。何でしたら初夜の場所も提供いたしましょう。こう言っては何ですが、マスターのお部屋はそういった意味では不十分かと。雅さというのでしょうか、秘め事を行うにはあまりに殺風景すぎます。ええ、こういう時こそ我が魔術師が…」

「呼んだかいアルトリア。というか、その勝負、僕も参加して…」

「エクス――カリバー!」

 またもいきなり何もない空間から現われたマーリンを聖剣でなぎ払う。というか宝具解放だ。その威力は本来の持ち主ではないメイヴの虹霓剣などとは比べものにならない。

 

 

 この混乱は広がりに広がり、カルデア三大マイルームの寝床に勝手に入り込んでくるトリオの参戦に『べ、別に参戦した訳じゃないんだからね』とのたまう反転聖女や『べ、別に参戦した訳じゃないんだからね』と本当に参戦しない第六天魔王、はたまたまさかのダ・ヴィンチちゃん女史のエントリーに終局の気配はまったく見えず……

 

 結局、藤丸立香は処女のまま人理修復を終えることとなったのだった。

 

 

END

 




初投稿です。
ハーメルンの使い方がまだよく分かっていないです。

pixivにも投稿しています。


17/10/17 誤字修正。
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