クレマンティーヌ:ズーラーノーン十二高弟のひとり。服装は紫のセクシー水着。
カイ:助平おやぢ。服装は紺のジャージに薄汚れた黄色いタオル。
デーンファレ・ノプシス・リイル・ブルムラシュー:帝国出身でブルムラシュー侯爵の娘。服装は帝国風夏用ドレス。
◇◆◇
クレマンティーヌとカイはブルーシートに座って
「海の家はないし、脱衣場もシャワー室もないし、そもそも海がしょっぱくねえ。まったく……ここいらの海はどうなってんだ」
クレマンティーヌはぺっぺと
「しょっぱい海なんて聞いたことないけどねー。それって、どこの海?」
クレマンティーヌの問いには答えず、カイはまた
「だいたいクレマン。スイカ割りってのはスイカを割るからスイカ割りって言うんだよ。お前ぇのはスイカ砕きじゃねえか」
「えー。砕いて弾けた方がスカッとするじゃん。赤いのがばぁーって飛び散って」
ヒトの頭は砕いてもあんなに赤くはないけどねと付け加える。
「食いモンを粗末にするんじゃねえ。粉々じゃあ“後でスタッフが美味しく頂きました”って言い訳ができねえだろうが」
「……なにそれ?」
またもクレマンティーヌの問いにカイは答えない。
「念のために2玉買って正解だったぜ」
「わざっわざ王都で
「本物の鬼畜モンってのは準備万端用意周到なんだぜ、分かったか」
「別に褒めてない」
自慢げな口振りのカイにクレマンティーヌが軽く突っ込みを入れる。
それからはお互いに言葉も無く、二人は黙々と
ほど良い甘さとたっぷりの水気で、夏の日差しで上がったクレマンティーヌの体温が適度に落ち着く。
カイが縄張りを確保した後、クレマンティーヌは浜辺のばかんすとかいうお遊びに付き合った。
びーちぼーるやびーちふらっぐという遊びは、どこか訓練じみていて面白くない。
最後にカイが砂で何かを作っていたが、さすがに砂遊びをする気にはならなかった。
カイが作った物を蹴り壊したときだけは少し面白かったが。
カイのいう“かいすいよく”というものは子供の遊びであり自分を楽しませるものではない。
クレマンティーヌはそう結論付けた。
ふとカイを見ると
「それにしても――」
カイもまたクレマンティーヌを見た。
「ここいらの雌共はまともなエロ水着を着てねえな。アマゾンで売ってねえのか?」
「こーゆー服を売ってるとこは見たことないねー。てゆーかあまぞんって何?」
やはり問いにカイは答えず、
改めてクレマンティーヌが辺りを見回すと、たしかに視界に入るのは空と海と左右に広がる白い砂浜ばかりだ。
観光客と思しき集団が物珍しそうにこちらを見ている。
海岸でこんな過ごし方をしている人間など見たことないだろうとクレマンティーヌは思う。
二人を遠巻きに見ていた女達がおずおずと近づいてきた。
人数は4人。
近づいてくる女達をカイが舐め回すように眺め、クレマンティーヌは素知らぬ振りをしながらその目の端で女達を観察する。
いずれも薄手の夏用ドレス姿だが、王国風とは少し違う垢抜けた雰囲気がある。
皆、髪を切り揃えていたり結い上げていたりと実務的な髪型だ。
貴族のお嬢様というよりは、その下働きといったところだろうとクレマンティーヌは推察する。
「あの、すみません」
リーダー格らしい女が声をかけてきた。
「先ほどなさっていたことについて、よろしければ、あちらでお話をお聞かせ願えませんか?」
◇◆◇
「お嬢さん、退屈なら、俺と遊ばないか?」
酷い声のかけ方だとクレマンティーヌは思った。
生まれたての赤ん坊だって、もう少し気の利いた誘い方をする。
椅子に横になったままクレマンティーヌは男の顔を見る。
カイとは比べ物にならないほど端正な顔立ち。
歳はクレマンティーヌよりも少し若いくらいだろうか。
薄手のシャツから覗く腕は太く、それなりに鍛錬を積んでいることを窺わせる。
ただし挙動は落ち着きがなく、声をかけたのも本人の意思ではないだろう。
さしずめ主人か上司筋あたりから、クレマンティーヌを誘い出すよう命令されたのだろう。
さっきの女4人組がカイを連れ出したように。
「んーそだねー。相方が他の女の尻を追っかけて行ったんで暇だったんだよね」
男のたどたどしい誘い文句にクレマンティーヌは笑顔で乗った。
サンダルを履いて椅子からおもむろに立ち上がる。
クレマンティーヌがこうも簡単に誘いに乗るとは思っていなかったのか男は戸惑い、それでもなんとか作り笑顔を浮かべた。
「あ、ああ。それは、可哀想だ……な」
「私は田舎者だからさ。ここいらの見どころとか、よく知らないんだよねー」
「そ、それだったら、あの岩場向こうにもっと綺麗な砂浜があるぞ」
男が指差したのは、カイが女達とはしゃいでいる場所とは反対の海岸だ。
隣接した別荘の私有地のようで、大きな柵で仕切られていた。
「えー。でもあっちって貴族の別荘でしょ。怒られるんじゃない?」
クレマンティーヌの問いかけに男は少し狼狽する。
「あ、ああ。……そ、そう、なんだが、その……俺は、貴族に顔が利くから」
「へー、すっごいんだー」
顔を近づけ男の顔を覗き込むと紅潮していくのが分かった。
「そんじゃあ安心だねー。連れてってよ」
「……あ、ああ」
生返事をする男の視線がクレマンティーヌの顔から胸へと下がり、やがて腰に下がっていた
「……そ、それは?」
「あーこれ? お守りみたいなもんかなー」
そう話しながらクレマンティーヌは男に見えないようにニヤリと笑う。
カイの言う“かいすいよく”よりも刺激的な遊びを思いついたからだ。
「相方にねー、危ないから持ってるように言われたんだけどさ。こんなの重いしぶっちゃけメンド臭いよねー」
心底うんざりしたような口調で愚痴ってみせた。
「あー。そ、そうか? だったら、その……俺が持っていてやるよ」
「んー」
クレマンティーヌは少し悩んだ振りをして焦れる男の表情を楽しんだ。
「うん。そうしてくれると助かるなー」
軽い調子で腰から外した
「はー。楽になったー。んん? どったのー?」
小国くらいなら国宝になってもおかしくないマジックアイテムを手にしたのだ。
自分の身に流れ込む魔力に男が戸惑うのは当然だろう。
「あ、この剣……。い、いや。なんでもない」
「そんじゃさー。早くその綺麗な砂浜に行こーよ」
ちらりとカイと女達を視界の端で捉える。
女達に混じってはしゃいでいたカイが、視線に気づいたのかこちらを見た。
そんなカイの視線にクレマンティーヌは背を向ける。
「私はクレマン。あんたの名前は?」
「ど、ドルネイだ」
童女のような笑みを見せ、男の腕に自分の腕を絡める。
「んじゃ行こうか、ドルちゃん」
「ど、ドルちゃん?」
男の腕を引きクレマンティーヌは歩き出した。
◇◆◇
御用商人から届いたドレスはどれもデーンファレの気に入るものではなかった。
最もマシだと思える水色のドレスを着てブルムラシューの別荘を出る。
デーンファレの護衛であるドルネイ達がピアトリンゲンの女、そろそろクレマンを捕らえている頃だ。
ドルネイ達5人には殺さなければ何をしても良いと命じている。
そして
クレマンが着ている服の情報を得て、その後の対応によっては屈辱を与えた上で放逐してもいい。
後々問題になりそうならドルネイ達に始末させるだけだ。
連れの男に関しては興味がない。
誘い出すよう命じたカミエ達には武器を持たせている。
所詮は
これまで自分の命令をこなしてきたカミエであれば上手くやるだろうとデーンファレは確信している。
クレマンを誘い出すよう命じた場所は別荘から出て右手、浜辺に近い柵沿いの休息所だ。
その休息所は夏の強い日差しを遮るよう、岩と木で囲まれている。
そして外部の人間は勿論、その視線が届くことはまずない。
デーンファレが休息所に近付くと、岩の向こうからかすかにドルネイと部下たちの声が聞こえてきた。
何を話しているのかは聞き取れなかったが、言い争っている風ではない。
おそらくドルネイたちの脅しが効いているのだろうとデーンファレはほくそえんだ。
ピアトリンゲンのクレマンとやらが、いくら
宿屋で見かけたあの顔は、はぐれ者の
しかし、どれだけ気が強い女であろうと、武装した男五人に囲まれて何ができるだろう。
遅かれ早かれ惨めに命乞いをする羽目になるのは明白だ。
ドルネイ達によって尊厳――平民にそんなものがあればだが――を砕かれ哀れな姿を見せるに違いない。
そして最後に指示を下すのはデーンファレだ。
冷徹に始末を命じるか、あるいは興味もないと突き放すか。
場合によっては優しさを見せてもいい。
貴族の情にすがり媚びへつらう平民の姿は、失われていたデーンファレの自尊心を少しは取り戻してくれるだろう。
やがて岩の向こうから声が聞こえなくなったことにデーンファレは気づいた。
あの生意気そうな顔が、輝くような金髪が、どんな惨めな姿になっているのか覗き込もうとして――
「よっ」
「!?」
デーンファレの眼前に金髪の女、クレマンの笑顔があった。
「……あ、あなた……は?」
「私? ただの観光客だよー」
クレマンは無遠慮にデーンファレを眺める。
デーンファレは奥に居るであろうドルネイ達を確認したいが女が邪魔で見ることが出来ない。
「あんたさー。もしかしてここの別荘の人?」
どう返事をしたものかデーンファレが迷うが、クレマンは彼女の返事を待たなかった。
「だったらちょーど良かったー。
有無を言わせずクレマンがデーンファレの手首を掴む。
思わず手を引こうとしたが、クレマンの手は力強くびくともしない。
クレマンに引き連れられ少し開けた砂浜の中央、別荘の休息所に出た。
「ひっ!」
デーンファレは息を呑む。
薄手のシャツを着た男が1人と武装した男4人が倒れて呻いていた。
もちろん全てがデーンファレの護衛人だ。
「私に変なことしようとするからねー。ちょーっと痛めつけてやったんだ。しょーがないよねー。悪いことしたんだから、けけっ」
クレマンの声にただ一人シャツを着た男が顔を上げる。
青痣だらけの顔はドルネイだった。
腫れ上がった目が立ち尽くしているデーンファレに気づいたようだ。
「……お、お嬢……さ、ま……」
ドルネイは血塗れの口を開く。
「あんれー? もしかしてお友達だったー?」
横目で見るクレマンの笑顔は獲物を捕らえた肉食獣のそれだ。
耳と尻尾の装飾品が、その印象をさらに強くしている。
「……に、逃げて、くだ……」
「へー。まだ喋る元気があったんだねー。感心かんしん」
クレマンはデーンファレの耳元に顔を近づけた。
「お嬢ちゃんさ。逃げてもいいよー。そんときは順番が変わっちゃうけどねー」
恐怖に震えるデーンファレの手首を女が離す。
「殺す順番がさ」
恐怖に立ち尽くすデーンファレの視線の先で、全身痣だらけのドルネイが這うよう立ち上がった。
足元をふらつかせながら落ちていた、朱の輝きを放つ
宿屋でクレマンが身に付けていた武器だ。
あの武器でクレマンはドルネイ達5人を倒したのだろうか。
それにしてはドルネイにも、残りの4人にも
「……うーん。さっきも言ったけどさ」
「もしかして武器を持ってない私にだったら勝てるとか思ってるー?」
クレマンの顔が大きく歪んだ。
「てめー。むかつくにも――」
そこまで口にしてクレマンは言葉を飲み込む。
歪んだ顔が呆れ顔に戻った。
「……まあいーけど。世の中には知らないこともあるよねー」
ドルネイは
その歩みは絶望的なほど遅い。
風が吹いただけでも倒れそうなほど儚げな歩みがクレマンの前で止まり、ドルネイは力を使い果たしたように大きく息を吐く。
ゆっくりと
ドルネイは賭けていたのだ。
相手を油断させるために、必殺の距離に近付くために、残った力を悟らせないために、攻撃を受けるリスクを負ってまでのろのろと歩いて見せたのだ。
ただ一撃、クレマンの喉に
それはドルネイが護衛人のリーダーを務めるだけの力量を持つ証だ。
しかし――
ぽんと軽い音と共にドルネイがのけぞり、その顎が大きく歪む。
クレマンがドルネイの顎を叩いた。
顎の骨が砕けるほどの力で。
そして
「んー。そーゆーコトするってことは、どっちが強いかくらいは分かってたみたいだねー」
仰向けに倒れ、呻き声を上げているドルネイに声をかけた。
「でも、どのくらい強いかまでは分からなかったかー。まーしょーがないよね。鳥と雲、どっちが高いかなんて下から見ても分かんないしー」
クレマンは無邪気な笑顔をデーンファレに向けると、
「もうちょっと遊びたいんだよねー。しばらく付き合ってくんない?」
◇◆◇
岩にもたれて座り込むデーンファレの眼前で、クレマンが護衛人のひとりに馬乗りになっていた。
露出した肌と装飾品の耳と尻尾が相まって、まるで
違うのは
すでに顎を砕かれたドルネイや手足を折られた他の男達は、命こそ奪われていないものの呻き声さえ上げられない。
「……や、やめ……ぶっ……も、もう……」
「私ねえ――」
クレマンは自分の拳についた血を見た。
「素手って苦手だったんだよー。だってそーでしょ?
クレマンはピンクの舌を出し自分の拳についた血をぺろりと舐め取った。
デーンファレは巨大な蛇を連想する。
「いやー。
クレマンが求める暴力への渇望は狂気だ。
貴族の娘として生きてきたデーンファレには理解できる感情ではない。
「ほんっと……マジックアイテムってのは便利だね」
殴り飽きたのかクレマンはゆっくりと立ち上がるとデーンファレの前に立った。
背後に倒れている5人の男達には、もはや護衛の役目を果たす力もない。
「よしよーし。ちゃーんと逃げずに待っててくれましたねー。ま、私としては逃げてくれても良かったんだけど。順番が変わるだけだしー」
クレマンはしゃがみ込んでデーンファレの顔を覗き込む。
恐怖に震えるデーンファレの顔を見て満足そうに微笑んだ。
「どこの餓鬼だか知らねえが、このクレマンティーヌ様を
挑発的な服と同じ色の瞳が狂気に揺らいでいた。
死への予感が確信となり、デーンファレの股間がじわりと生温くなる。
デーンファレは自分を
「――間に合ったようだなぁ」
クレマンの背後から下品な声が聞こえた。
クレマンは一瞬だけ顔を顰め、すぐに笑顔に戻って振り返る。
「あんれー? 早かったねー? ってゆーか。その格好……なに?」
そこに居たのは宿屋の受付で見た薄汚い
クレマンから引き離し、場合によっては始末するようカミエに指示をしていたが、どういうわけかここにいる。
その下半身には何も纏っていない。
不健康そうな肌と毛脛、そしてサンダルを履いているだけだ。
「さっきまで生娘相手にハッスルしてたからなぁ。ズボンを穿く暇がなかったぜ、くっくっく……痛えっ! 何しやがるっ!」
ニヤニヤ笑っていた男をクレマンが
「……んー。やっぱり刺さんないねー」
「刺さんなくても痛えんだよ。止めろ、馬鹿野郎」
「ほんっと……デリカシーってもんがないよねー。このおっさん」
呆れ顔のクレマンに同意を求められても、デーンファレはただ戸惑うだけだ。
それにしてもカミエ達はどうしたのだろう。
武器を持った彼女達が、こんな薄汚い中年男に遅れを取るとは思えない。
「あいつら
デーンファレの疑問に答えるように男が呟いた。
「さすがの俺も女を4人も相手にすると骨が折れるぜ。中折れはしなかったがなぁ、くっくっく」
嘘だ。
カミエ達は命令を放棄して逃げたのだとデーンファレは思った。
後で厳しく叱責しておかなければならない。
“後”があればの話だが。
ニヤニヤ笑いの男はデーンファレとドルネイ達を見比べる。
「で? そこのお嬢ちゃんは誰だぁ? この男共は?」
「この……
先ほどまでの殺気が消えたクレマンが気だるげに言う。
「ほう。裏の別荘っていうと――」
「わ、
助かる機会はここしかないと、デーンファレは最大にして最高の切り札を切った。
「いかに貴方達が世間知らずと言っても、この名前に聞き覚えはあるはずです。ブルムラシューの長女であるこの
ブルムラシューの名が持つ権威の強大さは、王国に生きる人間ならば誰しも知っているはずだ。
いくらこの狂気の女があろうとも国を相手に戦うことなどできる訳がない。
平民が貴族に歯向かうと、どういうことになるのか教えてやるのだ。
デーンファレの切り札に男は感心するような表情を見せ、クレマンは邪悪な笑顔を浮かべた。
そこに驚きや恐れの感情はない。
不安がデーンファレの心にじわりと広がった。
「……そんじゃさ」
もう一度、クレマンがデーンファレの顔を覗き込む。
「誰が誰に殺されたのか分かんないようにしなくちゃねー」
クレマンが
赤みがかった刀身に肉食獣の笑顔が映る。
自分の切り札が最悪の結果を招いたことをデーンファレは理解した。
「顔はグチャグチャにして。んー? 心配しなくていーよ。それは生きてるうちにやったげるからー」
クレマンは心の底から嬉しそうだ。
「わ、わ、わ、
「そだよー。ここでぶっ倒れてるお供も一緒にねー」
にっこりと微笑む女の顔はまるで童女に見える。
戯れに虫を踏み潰し、蛇や蜥蜴を切り殺す子供。
倫理も善悪もなく、ただ残酷に自分の好きなことだけを求めるクレマンの姿にデーンファレは絶望した。
ぱしっと軽い音がクレマンの後頭部から聞こえた。
「痛ーっ。カイちゃん、なにすんのさ?」
クレマンは頭を押さえて振り返ると、中年男――カイのニヤニヤ笑いがあった。
「とまあ、怖い姉ちゃんの話はここまでだぁ」
薄汚い中年男の顔がデーンファレに近付いてきた。
「ブルセラといやあ、この裏のクソでっかい別荘の持ち主だよなぁ。そこんとこのお嬢さんなのか、あんた?」
「ぶ、ぶ、ブルムラシューです。こ、こ、侯爵家の名前くらい正しく覚えてください」
「そいつはすまねえなぁ。下々の人間の耳には、そうそう入らねえお偉いさんの名前だからよ。で、そんなお偉い侯爵家のお嬢サマが、なんで俺達にちょっかいをかけてきた? まずはその辺の事情とやらが聞きてえなぁ」
デーンファレは自分が使用人に指示したことを出来るだけ詳しく話す。
帝国の生まれであることや、養父と肉体関係があることさえも語った。
自分が話をしているうちは殺されることはないと思ったからだ。
デーンファレの話をあらかた聞き終えたカイはニヤニヤ笑いをクレマンに向ける。
「貴族のお嬢サマから嫉妬されるたぁ、なかなかのもんじゃねえか。なぁクレマン」
「……まーね」
クレマンは胸の前で腕組しながら岩にもたれていた。
どんな仕組みなのか
遊び道具を取り上げられ不貞腐れている顔だ。
「クレマンが着てんのは俺が用意したとっておきのエロ水着だぜ。どうやらこのあたりじゃあ手に入らないようだなぁ」
そう言いながらカイは舐めるようにデーンファレの全身を眺める。
「よぉし。そんじゃまず、その小便臭え、おべべを脱ぎな」
「!? ……ど、どうして
「それが嫌なら俺の出番はここまでだぁ。受付担当者がこちらの怖い怖い姉ちゃんに代わりますです、はぁい」
クレマンの口元が僅かに緩む。
デーンファレは恐怖し諦め、それから唇を噛み締めてドレスを脱ぎ始めた。
頬が朱に染まっているのは肌を晒す羞恥のためではない。
ただの平民に指図されている怒りのためだ。
震える手でドレスを全て脱ぎ捨て、中年男の前に裸身を晒した。
「お嬢サマの生脱衣に俺様の海綿体が反応しちまったみてぇだ。血が溜まりすぎて、頭がぼ~っとしてきたぜ……くっくっく」
何も覆われていないカイの股間が屹立している。
それは養父の物より醜悪で巨大だ。
「さあ脱ぎました。次は何がお望みですか?」
「せっかく脱いだんだ。次はお嬢サマに似合うエロ水着を着てもらおうじゃねえか」
そう言うカイからデーンファレが渡されたのはツルツルとした手触りの赤い紐だ。
この紐をどう着れば良いのか、デーンファレには分からなかった。
「どうやらお嬢サマはひとりじゃお着替えできねえようだなぁ。おいクレマン。お嬢サマのお着替えを手伝ってやんな」
「なんで私が? めんどくさーい。カイちゃん、自分でやんなよ」
「それじゃ俺がお嬢サマのお着替えを堪能できないだろうが」
クレマンは不機嫌そうにため息をつき、大股で近づくとデーンファレから赤い紐を奪い取った。
「あんまり面倒かけないでよねー」
その言葉の調子は最初にデーンファレを脅した時と同じだ。
クレマンの乱暴な指示に従って、その赤い紐を身に付けた。
細い身体に赤い紐をまとったデーンファレの姿に、カイの顔がより醜くだらしなく緩む。
「なんとか着れたじゃねえか。着心地はどうだぁ」
「こ、こんな恥知らずな服……着心地なぞ良い訳がありません」
「そーかいそーかい。こっちの見心地はさいこーだぜぇ。父親とねんごろになるような淫らな女の浅ましさがはっきり分かるってモンだぁ」
カイは立ったりしゃがんだりを繰り返しながら、デーンファレの肢体を舐めるように観察した。
下品な中年男の無遠慮な視線にさすがのデーンファレも羞恥を感じ始めたところで、不貞腐れているクレマンにカイが声をかける。
「おいクレマン」
「んー?」
「こいつと絡め」
カイが顎で指示をした。
「はぁ?」
「このお嬢サマをグチャグチャのどろどろにアヘらせろって言ってんだよ。そんくらいできるだろ」
その言葉にはデーンファレは勿論、クレマンも驚いたようだ。
「……私、そーゆー趣味はないんですけどー」
「見合いの席じゃねぇんだ。お前ぇの趣味なんか聞いてねえ」
クレマンが二言三言と反抗するが、カイは取り付く島もない。
それからカイはデーンファレに緩んだ顔を向ける。
「そんでもって、お嬢サマはこのクレマンをアヘらせてみろ。父親の下の世話している変態女の
「な、何故
「俺が面白ぇからに決まってるだろ。やらねえのは勝手だが負けたほうにはきついお仕置きだぜぇ」
「お、お仕置きって……」
デーンファレの問いにカイが答える前にクレマンが目の前に立つ。
すでに頭を切り替えているのかクレマンの紫の瞳は淫らな光を放っていた。
「腹括ったほうがいいよー。カイちゃんの頭ん中はこっち方面ばっかりでね。やる気がないならそれでもいいよ。こっちは勝手にやらせてもらうだけだしー」
戸惑い怯えるデーンファレの髪にクレマンの指が触れる。
それは今まで味わったことがないほど優しい感触だった。
◇◆◇
夜になり外はすっかり暗くなった。
窓から見えるのは星と灯台の灯りだけだ。
クレマンは耳と尻尾はつけているが昼間とは違う地味な服装に着替え、カイはきちんとズボンを穿いている。
そして部屋の主であるデーンファレは紺の夜用ドレスに着替えて、二人の向かいのソファーに座っていた。
ブルムラシュー侯爵の別荘、デーンファレの部屋に三人の他に人の姿はない。
テーブルの上には二つのグラスとボトルが数本置いてあり、カイは手酌で何度もグラスを空けていた。
クレマンはグラスに口をつけてない。
クレマンとデーンファレの嬲り合いはカイの乱入もあって有耶無耶になった。
その後、二人が暴行を加えた者達はカイの魔法によって治療され、デーンファレは別荘に戻って二人を交えて夕食を摂り、今は食後のひとときを過ごしている。
「――膜も再生されるってか。凄えもんだな、魔法って奴はよぉ」
「自分の魔法も把握してないの? どこまでいっても雑なおっさんだねー」
「魔法の後でいちいち女の
カイの信仰系魔法はカミエやドルネイ達が受けた身体の傷を完璧に治癒したらしい。
魔法について詳しくないデーンファレは、ただただその効果に驚くだけだ。
「カイちゃんが信仰系魔法使えるんなら、もーちょっと痛めつけても良かったかなー」
「お前ぇが無駄にやり過ぎるから、俺が余計な魔力を使う羽目になるんだよ」
それでも、こうしてソファーに座っていると昼間の出来事が夢のように思えてくる。
しかし、デーンファレの肉体と精神に打ち込まれた楔は現実のもので、それを払拭する手段は今の彼女にはない。
クレマンとカイと同じ部屋に居ながら護衛とメイドを遠ざけたのは、陵辱の様子を見られたからであり、同情や蔑みの視線を見たくなかったからだ。
「――おい」
カイの呼びかけにデーンファレの肩がびくりと震えた。
恐る恐るカイの顔を見る。
醜い顔だがその表情は昼間に見たような猥雑さはない。
「……なんでしょう?」
「お前ぇは帝国出身なんだよな」
「ええ……」
「帝国には名所とか有名な見世物とか、そういうのはあんのか、んん?」
「ば、バハルス帝国は服も食事も、それに騎士団だって王国よりも優れています」
デーンファレは帝国出身の誇りを口にするがカイは呆れ顔を浮かべただけだ。
「優れてるとか劣ってるとかそういうのはどうだっていいんだよぉ。見て面白い物や場所があるかって聞いてんだ」
帝国の誇りを軽くあしらわれて鼻白んだデーンファレだが、
仕方なしに無学な平民にも分かりやすい帝都の名所を思い出す。
生まれて十年以上暮らしていた帝都である。
全てを把握しているとは言わないまでも、代表的な名所なら貴族の嗜みとして把握している。
歴代の皇帝によって安全かつ美しく整備された中央道路。
連日、屈強な戦士や魔獣が激闘を繰り広げる大闘技場。
大陸のありとあらゆる商品が並び多くの買い物客でごった返す中央市場。
珍しいマジックアイテムを探すなら北市場の露天だ。
デーンファレは誇らしげにそれら帝都の名所を紹介する。
だがカイの言葉は残酷だ。
「そんな素晴らしい帝国に、お前ぇは見捨てられたってわけだぁ。可哀想なこった」
皮肉な笑みを浮かべるカイの言葉にデーンファレは俯き、唇を噛み締める。
「ま、お前ぇのことなんかどうだっていいや。見るところがあるってんなら遊びに行くだけだぁ」
「……帝都に行くつもりですか?」
「ああ。お前ぇのお勧めスポットを回ってきてやるぜ」
「目的は……観光だけですか?」
「それはお嬢サマのご想像にお任せします、はぁい」
クレマンとカイが帝都へ行く段取りを話し始めるが、デーンファレの耳に二人の会話は入ってこない。
ただ帝都で過ごしていた日々の記憶が日記をめくるように思い起こされる。
屋敷で両親に可愛がられ、学校で級友達との会話に明け暮れ、舞踏会で多くの貴族達から誉めそやされた、そんな美しくも楽しかった日々。
それから数年を経て、貴族という地位にしがみつくために養父と関係し、養母に疎まれ、更には
もはや王国はおろかブルムラシュー家の中にも自分の居場所はなくなったとデーンファレは感じていた。
デーンファレは顔を上げ、自分を辱めた
クレマンとカイがその視線に気づく。
「――連れて行って」
「はぁ?」
カイが気の抜けた声を上げた。
「帝都に行くなら
クレマンとカイが顔を見合わせ、クレマンは呆れ顔で両手を広げる。
デーンファレにはもはや別の道は考えられなかった。
「あんな……あんな辱めを受けて、今さら貴族の娘なんてできません。貴方と……クレマンさんだったら
「へー。私達の仲間になりたいっていうんだ?」
ソファーから立ち上がったクレマンが、からかうような口調で言う。
「あんたさー、自分の手で人を殺したことある?」
「……ありません」
「なんか使える武器は?」
「ありません」
「魔法はー?」
「……使えません」
「なんにもできないじゃん。それでよく連れて行けなんて言えたもんだねー」
目を伏せるデーンファレにクレマンはおもむろに近付くとその顔を覗き込んだ。
「舐めてんじゃねえぞ、餓鬼ぃ」
クレマンの殺意に満ちた瞳をデーンファレは正面から受け止める。
ここで引く訳には行かないと感じたからだ。
「わ、
「はぁん? そのくらい――」
「いいぜ」
言葉をカイが遮る。
クレマンが驚きに顔を歪めてカイを見た。
「はぁ?」
「ほ、本当ですか?」
涙目だったデーンファレの表情が初めて明るいものになる。
「せっかくお偉い貴族のお嬢サマが、やる気を出したんだ。底辺の俺達がその意気に応えてやろうじゃねえか」
「……
クレマンの疑いの視線を受けるカイはニヤニヤ笑いだ。
「荒事は俺達が引き受けようじゃねえか。クレマンだって用心棒くらいやれるだろぉ?」
「やだよ。メンドくさーい」
クレマンの返事は素っ気ない。
だがカイの決定に逆らう意思はないようで、デーンファレの顔を見て諦め顔を浮かべる。
「その代わり道中でのお嬢サマのお役目は俺様の肉壺係だ。そこんとこ分かってんのか?」
「はい。構いません」
「昼間の
「……だ、大丈夫です」
昼間の出来事を思い出しデーンファレは身を震わせた。
そんな彼女をクレマンが呆れ顔で見ている。
「私は知らないよー」
グラスに残った酒をカイが飲み干した。
「そうと決まれば鋭気を養わなくちゃな。今夜はさっさと休もうじゃねえか」
「……帝都にはいつ向かうのですか?」
「夜明け頃には出るぜ。素晴らしい帝国とやらを早くこの目でしっかりと見てえからなぁ」
皮肉めいたカイの言葉にデーンファレは顔を顰める。
しかし、それと同時に今の立場から抜け出せることに安堵もしていた。
「それじゃ俺達はどこで寝ればいい? なんだったらこのお嬢サマの部屋で寝てもいいけどなぁ、くっくっく」
「……すぐに部屋を用意させます」
デーンファレは使用人を呼ぶためにベルを鳴らす。
呆れ顔のクレマンとニヤニヤ笑いのカイ。
デーンファレは
◇◆◇
闇に包まれ人通りのないリ・ロベルの街に二つの影が動いていた。
まだ夜明けには程遠い深夜だ。
「連れてくんじゃなかったのー?」
「手前ぇのケツも拭く気がねえ雌餓鬼なんか連れて行けるかよ。メンドくせえ」
「……そりゃそうだ」
カイの言葉にクレマンティーヌは納得し、それから歪んだ笑顔を浮かべた。
「あの別荘の奴らさー。皆殺しにした方がいいんじゃなーい?」
カイがため息をつく。
「お前ぇは口を開けば死ぬだの殺すだの言ってんなぁ」
クレマンティーヌは不満げに頬を膨らませた。
「あの雌餓鬼にゃ帝国とやらの息がかかってるんだぜぇ」
「カイちゃん、帝国が怖いのー? それともお嬢様に同情した?」
挑発するクレマンティーヌにカイは呆れ顔を浮かべる。
「俺は筋金入りの鬼畜モンだぜぇ。雌餓鬼の1匹や2匹に同情なんかするかよ」
「筋金入りねぇ……」
「……ふん。だいたい王国で元帝国貴族の娘が殺されたとあっちゃメンドくせえ事になるだろうが」
自分はそっちの方がいいけど、という言葉をクレマンティーヌは飲み込んだ。
あの鮮血帝なら間違いなく王国に圧力をかける外交カードとして使うだろう。
そうなれば王国は犯人を捜すためにリ・ロベルは勿論のこと、全ての都市で人の出入りを念入りに洗い出す。
二人の
「あの雌餓鬼だって
カイに説明されたがクレマンティーヌの頭の中に、あの貴族の娘のことはない。
命令で身体を重ねたがそれだけのことだ。
「おい、クレマン――」
声をかけられクレマンティーヌはカイを見た。
「夏のバカンスは堪能したか?」
「もーさいこー。人間を素手でぶん殴るのがあんなに楽しいとは思わなかった」
カイが心の底から嫌そうな顔をする。
「……けっ。そっちかよ。どこまでいっても物騒な女だぜ」
「カイちゃんは信仰系魔法が使えるからー、誰かを連れていけば私はずーっと拷問できるんじゃね?」
「メンドくせえ」
「やっぱり、あのお嬢様を連れて行こーよ。あれを痛めつけられなかったのが心残りなんだよねー」
「だから、メンドくせえって言ってるだろ。さっさと
「はいはーい」
がに股で歩きながらカイが闇に紛れる。
クレマンティーヌもまた、その後を追ってリ・ロベルの夜の闇に姿を消した。
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