ふと気が付くと、火のない灰は見覚えのない場所にいた。
ゾンビが迫り来る世界で、祭祀場に戻るための冒険が始まる。

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火のない灰の、とある一日

 キミが目覚めると、そこはいつもの火継ぎの祭祀場ではなく、見覚えのない草原だった。

 格好は肌着と下着のみ。袋を背負い、僅かな水と固形食料、見慣れない物が少し入っている。

 不審に思い周りを見渡すと、同じようにうめきながら起き上がる人影がいた。

 

「おや、キミも飛ばされてきたのかい」

 

 混乱しているキミをよそに、平静な声で話しかけてくる黒髪の女性。異常事態であるのに、なんてことないさ、とでも言いそうな自然体。ますます募る不信感をもてあましながら、キミは女性が言うとおり飛ばされてきたのだろうと思い、ためらいがちに頷いた。

 

「ん、やっぱりね。見慣れない顔だけど、一緒に七日間を生き残ろうじゃないか」

 

 七日間。どういう意味だろう。キミが質問すると女性は軽く口笛を吹き、笑顔で両手を広げ、歓迎してくれた。

 

「なるほど、知識がないんだね。キミ、初心者だね。じゃあ、私が少しだけ教えてあげるよ」

 

 どうやら自然体な女性は、親切でもあるようだ。キミが過去に出会ったことのある青白い顔をしたやる気の無い男とは大違いだ。

 女性の話を要約すると、ゾンビなる人の形をした化け物が襲いかかってくるから、撃退しつつ生活拠点を確保、生き延びなければならないらしい。

 夜になるとゾンビは活性化して、昼間の愚鈍さが嘘のように無尽蔵な体力をもって走り回り、生ある者を殺しに来るそうだ。

 戦闘なら自信がある、そう言い放つと、女性は軽く口笛を吹いた。

 

「頼もしいねぇ。でも、普段の夜は生き延びれても、それじゃ七日目の夜は越せないよ。ゾンビが大量に襲ってきたら、いくら体力があってもさばききれないし、不意に噛まれるかもしれないからね。ついでに言うと、戦えても拠点がなければ、安心して料理も出来なければ水も煮沸出来やしない」

 

 なんということだ。キミは不死人になってついぞ感じたことのなかった、飢えや渇きを感じるというのだ!

 ある種の感動に浸っていると、女性は急ぎ足での説明を続けた。

 

「そんなわけで、寝床、石斧、体に着ける防具、弓矢、あとは簡単な家くらいは作ってみたらどうだい。寝床と言っても、寝袋がせいぜいかな。家は無理でも、視界をふさぐ壁や穴くらいは必要だと思うよ。他は動物を狩って肉を得て、川か井戸で水を汲んで湧かして飲む。湧かすためにも肉を焼くためにも、火が大事よ。小さくてもいいから、たき火でも用意したらどうかな。あとは、金属製の武器やら道具を作るための炉だね」

 

 色々とやることは満載だ。女性は言いたいことだけ言って、手を振る。

 

「体力や喉の渇きは、生きていく上で天敵ね、気をつけたまえよ。では、幸運を祈る!」

 

 そしてローリングしながら去っていく女性。一緒に頑張ろうとは何だったのか。そしてローリングなんかして、無駄に体力を使っても良いのか。

 キミは首をかしげつつも、引き留める間もなく去っていく女性を無言で見送った。

 さて、ここからは一人だ。キミは周りを見渡し、手頃な石を拾い、木の破片を拾い、固定するための紐代わりに草をちぎって繋げた。石斧の完成だ。これでいいのだろうか。あまりに不格好で、留め具にしている草も弱々しい。ゾンビを数匹も倒せば壊れるだろう。折れた直剣より酷い。

 若干首をかしげながら、それでも素手よりは良いだろうと思い直す。

 あとは、寝床や、水と食料。

 周りを見ると、適したものは落ちていない。仕方が無く、少し歩くうちに、遠くに鹿の姿が見えた。

 

 肉。食い物。

 

 不思議とキミは今まで感じていなかった空腹というものを、強く意識した。あれは狩らねばならない。そう決意して、キミはそろそろと鹿に近づく。

 そしてまさにあと一歩! という時、不意に横から不穏な気配が感じられた。

 

「ぁあー」

 

 驚き、ローリングしつつ距離を取る。直前までキミがいた場所に、汚らしい手が振り下ろされた。これがゾンビだろう。確かに人型をしているが、片方の腕は肘の先から存在しておらず、そもそも人間とは思えない青い顔色をしている。いや、青い顔の知り合いがいた気はするが。いや、彼は青くない。

 そんな益体もないことを考えつつ、逃げていく肉を横目に、キミはゾンビと対峙する。

 緩慢な動きで、ゆっくりと腕を振るうゾンビ。弱い。

 そんな感想を抱きつつ、あっさりと石斧で撲殺する。

 殺した後、周りにさらなるゾンビがいないのを確認して、懐を漁る。得体の知れない液体が入った瓶が一本。中身を捨て、瓶だけ確保する。立ち去ろうとして、キミはふと思い立ち、大腿部の骨を一本、手に取った。

 降ってみると、軽くて悪くない感じがする。

 木の代わりに骨を幹として、新たに石斧を作ってみる。良い案だと思ったものの、問題は草を使ったつなぎ目なので、強度はさほど変わらないだろう。

 

 

 しばらく歩き、鹿を一匹仕留め、肉を確保した。先ほど川も見つけたが、ゾンビが何十匹とうろついていたので、水を汲むのは諦めた。

 背負い袋に入っていた水で、喉を潤したのは、もう数時間も前だ。そろそろ、新しい水が飲みたい頃合いだ。

 ゾンビの血は飲めるだろうか。キミはそんな愚考を振り払い、さらに歩く。

 

 見つけた。

 

 井戸がある。そして、なかなかに立派な家。活動拠点にちょうど良さそうに見える。

 キミは喜び、しかし警戒は怠らずに近づく。玄関の扉を開けたと同時に襲い来る敵。だがそういうものには慣れているのだ。数匹隠れていたものの、さほど苦労もなく殺す。

 井戸の滑車を回すと、桶には水が溜まっている。キミはホッと一息ついて、水を飲む。美味い。そういえば、薪の王を探して旅をしている途中、井戸の中からたまねぎが声をかけてきていたが放置していたな、とキミは思い出した。もし無事に帰られたなら、たまねぎを井戸から出してあげてもいいかもしれない。

 さて、拠点が出来た以上は、次に欲しいのは女性が言っていた、たき火や炉だ。たき火とは、つまり篝火なのだろう、とキミは見当をつける。

 自作の篝火で果たして祭祀場に帰れるようになるかどうか、これは分からない。だが、作る価値があるのもまた間違いないだろう。

 記憶にある篝火のうち、作りがしっかりしたものを意識して、火が飛び散らないように周りを石で囲んで、真ん中付近に木を重ね合わせる。簡単だ。

 問題は、どうやって火をつけるのか。キミはどこかで見たような記憶を頼りに、石をカチカチとたたき合わせる。すると、思ったよりも簡単に火花が散る。どうやら行けそうだ。

 枯れ草や枝を置いて火をつけて、木をくべる。上手い具合に燃え上がったところで、肉を投入。待つことしばし、香ばしい香りが漂い、食べ頃な気配がする。

 キミはよだれがたれるままに、肉にかぶりつく。何ヶ月、何年ぶりだろうか、キミは美味い肉を心ゆくまで味わい、満足して立ち上がった。

 さて、そろそろ夕暮れ時だ。残念ながら手製の篝火では祭祀場というか元の世界に戻れないようだが、死んだ時はここに戻れるかもしれない。死ぬ気は無いが、用心に越したことはない。

 

 次は炉だ。どうやって作るのか。アンドレイにはお世話になっていたが、溶鉱炉など、目も向けていなかった。石が丸く周りを囲んでいて、中で火が燃えていた気がする。金属の加工が出来るのだから、それに耐えうる建材が必要だろう。

 しばらく何か無いかと探したが、丸い輪がついた馬車のような乗り物が、一番鉄の塊としては有用そうだ。

 扉に手をかけて、力任せに引っ張る。扉が開き、てこの原理で破壊して、必要そうな棒を手に取る。

 これは、炉を作るよりも棒で殴れば十分に強そうな気がする。作れなそうな炉を作ろうとして棒を失うより、このまま棒を使う方が良さそうだ。女性の助言には逆らうが、すべてを出来るわけがないのだ。キミは自己弁護を完了して、満足げに拠点へと戻っていった。

 

 

「げぎぁー」

 

 夜はゾンビが活性化する。なるほど、確かに足が速く厄介な状態だ。せっかく見つけた家にも、隙間から入ってくる。キミは焦ることなく、押し寄せるゾンビを撃退していく。たまに犬もいれば、這いずってくるような奴もいたが、キミの手にかかればさほどの難敵でもない。

 これくらいの変化なら、灰の審判者より、よほどかわいいものだ。

 何匹目か数えるのも面倒な数を退治したキミは、ふと腹部に違和感を覚える。首をかしげつつ、迫ってくるゾンビを殺す。これは、痛みだ。攻撃された覚えがないにも関わらず、急激に痛みが増してくる。

 そういえば。

 

「拠点がなければ、安心して料理も出来なければ水も煮沸出来やしない」

 

 女性は、水は沸かしてから飲めと言っていなかったか。

 井戸を見つけたキミは、煮沸しただろうか。

 痛い。腹部の痛みで、思考が散らばる。迫り来るゾンビ。なんとか撃退し続けるも、腹痛が無視できない。気付くと周りを囲まれており、キミは仕方なくローリングで囲いを突破する。

 痛い。背中を、ゾンビに引っ掻かれた。ローリングで避けたつもりが、ゾンビの速度に負けたのだ。何故、とキミが疑問に思うと同時に、ローリングした時の身体の重さに気がついた。軽々とローリングしていたつもりが、腹痛のせいだろう、鈍重なローリングになってしまっていた。

 一度食らうと止まらない。何度も殴られ……るまでもなく、キミは動く力を失った。

 

 

 

 はっ、とキミが目が覚めると、そこはよく見慣れた、いつもの祭祀場だった。

 狼狽えて周りを見ていると、火防女が声をかけてきた。

 

「どうされましたか?」

 

 首を振り、何でもないと返す。どうやら戻ってきたようだ。死んで戻るというのは、そして行き方も分からず二度と行けないかもしれないのは、結構心残りになる、とキミは考える。

 決して鹿の肉がまた食べたいというだけの話ではないのだ。

 道具を融通してくれる侍女に、武器を鍛えてくれるアンドレイ。グレイラットや目の見えない女も、この世界で役に立っている。

 普段あまり感じない感謝の念を持って、キミが挨拶に回ると、全員一致で不審な顔になった。慣れないことはするものではない。

 だが、特にアンドレイには、重ねて礼を言う。エスト瓶も、武器の修復や属性付与も、彼の技術力には世話になりっぱなしだ。

 

「はっはっは、変な夢を見て、武具の入手や作成に苦労した? なんでもいいさ、武具を大事に扱ってくれるならな」

 

 アンドレイは笑い、キミは軽く肩を叩かれる。もちろん、アンドレイにとって軽いだけで、例えば叩かれたのが侍女だったら、それだけで死にかねない。

 あとは、たまねぎに会いに行く必要がある。それを終わらせたら、再びあの不思議な世界に行く方法を模索してもいいかもしれない。

 

 

 あの助言をくれた女性はどうなったのだろうか。

 今度はアンドレイから炉の作り方や武器の作り方も聞いたので、もっと上手くやれるはずだ。水もちゃんと沸かす。弓矢を作るのも大事だ。

 キミはロスリックの高台で、何百本もの矢を用意して、数時間かけて竜を殺したことを思い出した。ちりも積もれば山となるのだ。

 よし、とキミは気合いを入れる。

 

 再び、ゾンビのあふれるあの世界に飛ばされることを夢見て、今日もキミはロスリックを歩く。

 


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