「真田…信幸…。」
信幸、という名前には覚えがないが歴史に疎い俺でも『真田』という苗字には聞き覚えがある。
確か一時期から爆発的に流行った敵をなぎ倒す爽快感がウリの歴史ゲームで主人公的立場になっていたのが、確か「真田幸村」という戦国武将だったという覚えがあった。
イマイチ自体が飲み込めず言葉が出ない俺に対して目の前の男、『信幸』が語る。
「今は信濃の有力な豪族である村上との戦の最中で最初は優勢だったのだが、味方の中に内通者がいたようでな。本陣を強襲されみな散り散りになった。」
「本陣を…。」
「ああ。自分は前線で戦っていて本陣危機の報告を聞きすぐに駆けつけたんだが…。ごらんの有様だ。」
改めて回りを見渡すとあたりは文字通り死屍累々、体の一部が欠損しているもの、苦悶の表情を浮かべ息絶えている者、生きているものも決して浅くはない傷を負っているものが多い。
…写真で見たことしかない戦いを敗れた者の姿がここにあった。
「とりあえず右京殿、これから自分たちは当初の予定で打ち合わせで決めてあった合流地点へ向かう、付いてまいれ。」
そういって信幸は手近な者に「馬引け!」と声をかけてつれられてきた馬に颯爽と飛び乗る。
---ここまでの話で頭の中でずっと横切っていた考えが核心に変わる。
本当は目が覚めてこの光景を見た瞬間、『そうなんじゃないか』とは思っていた。
だがあまりに突拍子過ぎて、荒唐無稽な考えで受け入れるとか受け入れないとかそんなレベルではなく、『受け入れられなかった』
(そうか…、俺は戦国時代へタイムスリップしてきたのか。)
雨粒が激しく俺の顔を打つ。
馬の無い俺が呆然としていると信幸が一頭、先ほどまでの戦いで主を失った元気な馬を譲ってくれた。
当然だが現代社会で生きたきた自分にとって乗馬の経験などあるはずもなく、どうしたもんかと困ったが一か八か馬に跨ってみると、自分でも驚くくらいアッサリと馬を乗りこなせた。
人間とは脳の記憶と体の記憶、二つの記憶を持っているらしい。
もしかするとこの乗馬の技術も『こちらの時代』の自分の体に染み付いたものなのかもしれない。
相変わらず雨は降り続けており、雨の強さこそ先ほどよりはマシなものの馬に跨って駆けていれば当然、それだけ強く雨は当たる。
「貴様ら、止まれ!」
馴れない馬を必死に操っているとやがて一つの寺についた。
そこにはすでに他の真田の兵が到着していたらしく、寺のところどころには信幸の旗印と同じ六つの小銭の旗印---『六文銭』の旗が立てられている。
どうやらここがあらかじめ話し合って決められていた合流地点のようだ。
「どこの者か!」
「自分は真田一門の長男、真田信幸である!」
「!?信幸様であられましたか、失礼仕りました!」
「ご苦労!」
そのまま寺の境内へと進んでいくとそこには信幸隊の倍ほどの兵士があわただしく動き回っており、各々装備を整えたりけが人の手当てをしたりしている。
信幸が自分に目配せをしてきて馬を下りたので、自分もそれに従い馬を下りて信幸へと続く。
寺の本堂の前まで進んでいくと一人の女性が立っていた。
どことなく雰囲気が信幸に似ている気がするが、彼女と信幸には決定的な違いがある。
信幸はどことなく柔和な雰囲気を醸し出している、少し維持の悪い言い方をすれば優男なところがあるが、目の前の女性は肩より少し長いぐらいのセミロングの髪を無造作に伸ばし、何よりまるで目に入るものすべてを切り裂くような鋭い空気を纏っていた。
「姉上、信幸が帰還いたしました。」
「無事だったか、信幸。まぁ、お前なら当然だろうな。」
彼女がすっと信幸と自分に目をやる。
思わず呼吸が止まるほど、美人であった。
現代なら女優、どころかハリウッドスターと言っても差し支えないほど美しい顔立ちをしており、尋常ではないほど鋭い雰囲気もミステリアスの雰囲気もいいスパイスとなってしまっている。
「ん?右京も…、無事であったか。まぁ、武芸でなら信幸と互角、『アレ』とまともに戦えるならば相手が村上義清いえど遅れはとらんか。」
「は…。」
「姉上…。実は右京殿は…」
信幸が掻い摘んで事情を話す。
目の前の彼女は話を聞いても眉一つ動かず『そうか…』とだけ呟いた。
「右京、改めて話しをしたいところではあるが今は少々忙しくてな。先に信幸と共に本堂へ行っててくれ。アタシもあとから行く。」
「はい、失礼いたします。」
信幸と共に礼をするとその場を離れる。
離れざまにチラリと振り返り彼女のほうを伺うと整った顎に手を当てて何か考えているようだったが、それがまたとても絵になっているのがとても印象的だ。
本堂の中へと進むと外との戦支度の喧騒とは違い、シン…と静寂に包まれており冷え切った床板の冷たさもあり思わず背筋がピンと伸びる。
仏像の前ではそんな冷たい床板にペタリと女性らしく座りこみ、ドラマや映画で見たような長い長い手紙を読んでいる女性の姿があった。
「姉上、信幸ただいま帰陣いたしました。」
「…あら?ごめんなさい信幸ちゃん。お帰りなさい。」
優雅な所作で顔を上げるとこの女性もまた信幸や先ほどの女性とどことなく似ており、『姉上』と呼ばれ彼女が2人よりもやや年上に見えることから彼女がきっと長女なのだろう。
そして彼女も例に漏れず目を見張る美人だ。
信幸が柔和な雰囲気で先ほどの女性がミステリアスの美人だとしたら、彼女は長い髪をスラリと流しこれぞ大和撫子と言った風情の美人である。
「右京殿もご無事で何よりです。本陣を急襲されて撤退したときにお姿が無かったときは心配いたしましたわ。」
「あ、ああ…。」
「それで、あの後右京殿は一体…。」
「姉者、残念ながらそれ以上の問答は無駄ですぞ。なんと右京殿、先の戦の傷がもとで記憶を無くしてしまったようで。」
彼女の後ろから鋭い矢の風切り音のような声が話を遮る。
振り返ると先ほど本堂の外で会った女性が手ぬぐいで雨に濡れた髪を拭いながらズカズカとあがり込んできていた。
それほど大きくはない本堂に今までの人生でみたことも無いような美男美女がそろい、まるでドラマか何かの中へ紛れ込んでしまったかのような気分だ。
「記憶を…?」
「は、どうやら戦の最中に受けた衝撃が元で…。」
「残念です…、ですが傷はやがて癒えます。いつかふとした拍子に記憶が戻るやもしれません、お気を落とさず。」
…その言葉に対して俺は言葉を返すことができなかった。
自分はこの時代の人間ではない、無くしてしまったのではないそんなものは元々『ありはしない』のだ。
自分は帰れるのだろうか、元の世界に、元の時代に。
「さて、アタシは何で今更、といった気持ちが一杯なのだがな。」
そういうと頭に手ぬぐいを被せたまま思いのほか豪快な所作でドカッと座り込む。
「改めて自己紹介させてもらおう。信濃真田三姉妹の次女真田昌幸。よろしく頼むぞ。」
「では、私も改めて。私の名前は真田幸隆。信濃真田三姉妹の長女にして真田家現当主。どうぞよしなに。」
自分で読み返していてつくづく思うのですが、拙い文章で申し訳御座いません。
誤字脱字等ございましたらご一報をお願いいたします。