突入の合図が響くと共に、草木に隠し伏せられていた真田の六文銭の旗印が三方向に翻り、弓隊が矢を文字通り雨あられのように今だ混乱の収まらぬ敵陣内に射掛ける。
しばしの斉射の後、無言のまま信幸が軍配を振り下ろすと三部隊の弓矢がピタリと止まり一瞬の静止の後、三方向からまるで示し合わせたかのように声を上げて騎馬武者に続いて足軽が敵陣に襲い掛かった。
騎馬武者が防柵などの防御設備を踏み砕き、進みやすくならされた進路を突き進む。
俺は騎乗せずに徒歩で後続の足軽部隊に混じっており、戦が始まるまではまるで体がおかしくなって
しまったかのように、手が震え、無性に喉が渇き、何度も何度も落ち着き無く装備の点検をしてしまっていた
だがいざ合戦が始まり、気合の声が上がるとまるで今まで溜めていた『不安』や『緊張』を一気に吐き出すかのように、文字通り腹の底から声を上げて無我夢中で駆けだしてしまっていた。
「敵襲、敵襲じゃあ!!」
「真田の夜襲じゃあぁぁ!」
「------はぁぁぁぁぁああ!!」
騎馬によって踏み倒された柵を飛び越えて、敵の陣内に侵入するとそこは既に真田の兵と敵兵が入り乱れる大乱戦となっており、パッと目に映るだけでは真田兵よりも敵兵のほうが多く見受けられたが、地面に横たわる死体は敵兵のほうが多く、また鎧すら着れていない者がいるほど混乱していた。
目前に2人、敵の足軽の姿が見える。
まるで命のやり取りの恐怖を薙ぎ払うかのように2人の足軽を、1人は槍で首を打ちすえ、もう1人は心の臓を貫く。
前者は槍の柄を伝わって骨を粉砕する感触がし、後者は肉を貫く抵抗を感じた後一気に抵抗がなくなり槍が軽くなったのだが、力任せに突いたせいで体を貫通してしまったのだと気づくのにしばらく時間がかかった。
「こいつ甲冑を着てるぞ!手柄首か!?」
「死なばもろともぉぉぉぉ!!」
普通の足軽とは違う、そこそこ立派な甲冑を着た自分をある者はやけくそ気味に、ある者は手柄首かと見初めて敵の雑兵が襲いかかってきて、槍を突き出し刀を叩きつけてくる。
乱取り、といった形でこういった乱戦での経験ががなかったわけじゃない、だがその今回の『敵』が持つ槍は刀は、木刀や根とは違い直撃させれば命を奪える真剣なのだ。
彼らの突き出す槍は、振るう刀はどれも道場に入りたての門下生と変わらぬ稚拙なものだったが、その攻撃は本物の『殺意』が篭められており、その事実は自分の動きを硬いものにした。
普段なら相手の攻撃を受け流して反撃をできるはずが、気後れしているせいか受け流すだけに留まり反撃できず、よしんば反撃ができたとしても最初の二人の命を奪った感覚が忘れず、手加減をしてしまい致命傷になりえない。
だがそうやって中途半端に攻撃を与えたものは、即死でなくとも手傷を負って真田家の兵に確実に討ち取られていき、そんな光景を見ながら槍を振るう内に少しづつ少しづつ敵を倒すことに抵抗がなくなり、1人2人と敵兵を討ち取っていった。
「はぁ…はぁ…。」
どれぐらい戦っていただろうか?少しづつ膠着しつつある戦場でふと立ち止まり辺りを見渡してみると、随分と陣の奥深くに潜り込んでいたようだ、最初に兵を伏せていた場所が遠くに見える。
額を伝う汗の感触をうっとおしく思い、額を手で拭って見るとヌメリとした感触がし驚いて自分の手を見てみると、汗と混じって幾分か色の強みが薄まった血がベットリと付いていた。
槍も何度も敵を打ち据えたり突いたりしたせいか刃はすっかり刃こぼれし、槍の柄は折れかかっている。
もう使い物にならないな、と思い槍をその場に投げ捨て、腰に差した太刀を抜き放つ。
目の前には恐らく群議を行う場所であろう陣幕が張られているのだが、そこだけは他の戦場の風景とは異なり、敵兵の死体もたくさんあるのだがそれと同じぐらい真田家の兵の死体も転がっているのだ。
しかもその痛いのほぼすべてが鮮やかさこそないものの、バッサリと一太刀の元に斬り捨てられており、その切り口からそれほどの刀の腕前ではないものの、最低限の力で人間の命を奪う術を熟知した、かなり『人を斬る』という経験が豊富なことが想像できた。
(別に剣の達人…ってわけじゃない。斬り慣れているんだ、…人間を。)
陣幕内に入るとそこは陣幕の外よりずっと異様な様子となっていた。
血を垂れ流して地に伏している人間はすべて真田家の兵士であり、その中には隊を纏め上げる指揮官レベルの人間の姿もあり、陣幕の中心には1人の男が血にまみれ、ボロボロになった太刀を握り締めて立つ男の姿がある。
その男は年はそれほど若くなく、また着ている甲冑が中々な立派なものであることからそれなりの立場の人間であるということが分かった。
「…ふん、所詮雑兵の太刀なぞどこの程度か…。」
そういって男は手に持った太刀を投げ捨てて、自分の腰に差してある太刀を抜き放つ。
その男の姿は先ほどまで戦ってきた男たちとは比べ物にならないほどの威圧感を放っており、まず間違いなくこの男がこの辺りで死んでいる真田の兵士を討ち取った男だろうというのを直感で理解した。
手に持った太刀をグッ…と握りなおして刀を構える。
「…ふっ……、その気負い方。小僧、貴様初陣か?」
「…名のある大将とお見受けした。真田家家臣稲葉右京、その首…貰い受けるっ!」
一息で矢のように間合いを詰めて、この初太刀で一撃で仕留め様と渾身の力で切りつけるが、男は難なくそれを受け止めてみせる。
動き出したら流れを止めない…、相手に反撃をさせないよう時々フェイントで攻撃を誘ったりしながらも連続攻撃をしていく。
だが男はその太刀をまるでそよ風を受けるかのように受け止め、尚且つまるで俺を品定めするかのように反撃をしてこない。
「中々悪くはない太刀筋だ…、一見若武者にありがちな血気盛んな攻撃と思いきや、なかなか巧妙な陽動も仕掛けてきおる…。」
「…っつつ!?はぁぁぁ!」
「------ここで摘まねば後々やっかいになりえる才ぞ。」
怒涛の攻撃の末、ようやく見えた僅かなスキをついたと思い斬りかかった瞬間、男から出ていた殺気が一気に膨張し、爆発した。
その瞬間文字通り背筋が凍り、直感的に自分は迂闊で致命的な選択肢を選んでしまったと思い、振り下ろしかけた腕を無理矢理引き戻して思いっきり後ろに飛んだ。
「---ぐっ…!?」
「よう気づいた。だが…。」
無理のある動きをしたため当然その後には致命的なスキが生じる、男は当然そのスキを見逃すような甘い男ではなかった。
体制が崩れた俺に更に上段から二の太刀見舞いしようとしてくる、俺がそれを貰ってしまえば俺はその辺に転がっている兵士と同じ末路を辿るだろう。
自分も太刀で受けるとその一撃の重さと鋭さに圧倒される、まだ体勢が完全に整っていない上に上段からの痛烈な一撃を受け、完全に胴ががら空きになる。
更に男は太刀を引き戻すことに拘らず、そのままがら空きになった胴体に強烈な蹴りを見舞ってきた。
「グッ…!?」
「-----死ね。」
体勢が崩れているところに更に追い討ちの蹴りを食らってしまったせいで、姿勢が完全に崩れた地面に倒れこんでしまう。
------この僅か三回の攻撃で圧倒的な実力差をみせつけられた。
決して剣術に秀でているわけではない、剣術『だけ』を見れば互角
、いやそれどころか俺のほうが上なのかもしれない。
だが俺と男には致命的な差があった、『場数』という名の実戦経験の差。
男は幾つもの修羅場を潜ってきたのだろう、相手を確実に仕留める術と剣術という枠に縛られない方法など、剣術以外すべにおいて自分を勝っている。
無様に地面へ倒れこんだ俺の右腕を男は情け容赦を一切せず左足で踏みつけ、俺の首を刈り取らんと刀を振り下ろす。
(刀で受けようにも腕踏まれているせいで動かせない!万事休す…!)
そこで咄嗟に反応できたのはほぼ無意識だといっていい、咄嗟に自由の利く左腕で脇差を抜き地面に突き立てて相手の刀を受ける。
耳元で金属と金属がぶつかり合う甲高い音がして、相手の刀は自分の皮一枚といったところで止まるが、男はそのまま押し切らんと刀に力を篭めてきた。
「これで終わり、だ…。」
「…くっ…!?」
あちらは力を入れやすい体勢でいるのに対して、こちらは刀に力を入れにくい体勢でいるせいでジリジリと押されていき、やがて首の皮に刃が当りプツリという感触がしで皮が切れる。
(死ぬのか…俺?意味の分からない時代に飛ばされて、ワケのわからないまま戦に巻き込まれて…。『何もできずに』死んで行くのか…!?)
「------ねるか…!」
「……!?」
「死、ね、る、かぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
そう考えたらまるで心の底でモクモクと燻ぶっていた爆弾が爆発したように、諦めかけていた体に力が漲る。
本物の火事場のバカ力、というやつなのかもしれない。
突きたてた脇差をギュッっと握りなおし、全身全霊をかけて脇差を起こして首元に押し付けられかけていた刀を押し返す。
勝利を確信して尚、敵に油断はなく刀に篭められている力は全力だったが、その全力を俺の火事場の馬鹿力が上回ったのだ、刀を僅かに押し返し力点がずれたことによってバランスが崩れて右腕を踏みつける力が弱まる。
チャンス------即座にそう判断し踏みつける足から右腕を引き抜く。
その勢いのまま右腕を相手の胴の具足へと伸ばし手をかけ、自分の体を引き起こすようにしながら相手を全力で自分のほうへ引き寄せる。
「うぉ…!?」
「---食らえ…!」
自分の体はまるで丈夫な綱で一気に引っ張り上げられたように体は跳ね上がり、逆に相手の体は強力な磁石に引かれるように吸い寄せられてくる。
その勢いをころさないように頭を後ろにしならせて、腹筋と背筋を使ってまるで投石器のように自分の頭を引き寄せられている相手に叩き込んだ。
慣性の乗った強烈な頭突きは俺の狙い通り相手の顔面へと直撃し、メキリと鼻骨をへし折る感触が伝わってくる。
今まで攻めの一手で決して引いたり、守ったりすることのなかったあの男が、初めて鼻血が止まらぬ顔面を抑えつつ体勢を崩しながら、二歩、三歩と後ずさりをした。
「…ぐっ…。小僧…貴様ぁ…!」
「痛ってぇ…。」
当然、強烈な頭突きは諸刃の剣であり、自分へのダメージがないわけではない。
だが自分以上に奴はダメージを受けているし、何よりあのままの状態だったなら俺は首を刎ねられていただろう。
そう考えればこの程度の痛みとめまいは安いものだ。
幸いにも奴が後退したおかげで間合いからは大きく離れている、大きく深呼吸をして心身ともに落ち着かせる。
「小僧、ようやりおったな…!撫で斬りにしてくれる----!」
「------そうはさせねーよ。」
その瞬間、陣幕を切り裂いて赤い何かが大きく開いた自分と男の間に躍り出た。
それが騎馬武者だと気づき、更にその騎馬武者が『女』だということに気づくのに、それ以上の時間がかかったのはきっとその女の姿があまりにも『赤い』ので意識をとられたからだろう。
彼女のことを一言で表すならば、ひたすら『赤い』
兜と鎧は当然のこと、槍も馬鎧もすべての装備品が赤く染め上げられており、胴には『六文銭』が描かれていて、手に持った十文字槍には六つの銭がぶら下げられている。
だがそんな勇ましい赤い姿と良く映える、艶のあるキレイな黒髪とかわいいというよりも凛々しいとか綺麗、という言葉が似合う顔立ちが女性だということを証明していた。
「この女…。」
「右京、大丈夫か!?」
「あ、ああ…。なんとか。」
この彼女はどうやら俺のことを知っているらしく、馬上から俺の様子を確認するが、彼女の立ち振る舞いと槍は目の前にいる『敵』の警戒を怠ってはいなかった。
彼女は安心したように笑い「そうか、間に合ってよかった」というと、再び男のほうに向き合うが、俺から視線が離れた瞬間鋭い顔つきに変わる。
「あの目付きと顔つき、どっかで…」
「また会ったな、村上義清。」
「小娘…、やはり生きていたか!」
「-----手前とゴチャゴチャと話すつもりはねぇよ。真田源次郎幸村------推していくぞ!!」
幸村は騎乗したまま村上義清と呼ばれた相手に目がけて、馬上から赤い十文字槍を突き出す。
その一撃は今まで自分が見てきた使い手の誰よりも、疾く、鋭く、重い一撃だった。
馬上からの一撃は歩兵に対しては高低差を作り出して高地から攻撃できる分、力を乗せやすく、突くにしろ薙ぐにしても一撃一撃の威力を上げることができる。
しかし、仮に自分が右利きの場合、槍ならば自分の右側が、太刀ならば自分の左側が非常に攻撃しにくい『死角』となり、それをカバーしようにも右手から左手に持ち帰れば隙ができてしまい、馬に乗っている以上小回りが利かない。
また『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の故事の通り万が一馬がやられてしまえば落馬、という最悪の事態にもなりかねないため、普通ならば下馬して戦うのが定石だ。
だが彼女は自分の槍の間合いを完全に把握し、自分より間合いにおいて劣る刀を持つ義清を間合いにいれさせない。
また馬上槍の死角である右側に潜りこもうとしても、上半身で槍を駆使し、下半身で馬を巧みに回りこむことができないようだ。
「ぐ…、どうやら潮時のようだな。」
「…!逃がすか!」
形勢不利とみた村上義清はその場から逃走を図ろうとし、幸村がそれを追うが義清は灯りを刀で倒すと中の油がこぼれて、あっという間に火が燃え広がる。
馬は本来臆病な生き物であり轟音や火には滅法弱い、幸村の馬はそれなりにしっかりと調教されていたようではあったが、急な火に驚いて錯乱状態に陥ってしまう。
「くっ…落ち着け!」
「真田の者共!また戦場で見えようぞ!!」
そういって義清は暗い森の中へ消えていった。
幸村が馬を宥めて落ち着かせた頃には、すっかりと村上義清の姿と痕跡は消えうせてしまっていて、兵たちに捜索を命じたが恐らく見つかる可能性は低いだろう。
…こうして俺の初陣と、村上義清と後に『日の本一の兵』と評される真田幸村との邂逅は終わったのである。
またまた更新遅くなってしまって申し訳ありません。
楽しんでいただければ幸いです。