鎖蛇の空   作:只のカカシBです

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第十一話:飛行制限

 休み明けの空は少しぐずついていて、どんよりと薄暗い。一雨来そうで来ない、そんな空だなと思いながら格納庫へ歩いて行くと、稲佐も既に到着していた。

 

「おう、おはようさん。有名人」

 

 稲佐は少し意地の悪い笑みを浮かべて手に持った雑誌を差し出した。

 

 言葉の様子から気付いてはいたが、その雑誌はやはり昨日見つけた航空機のファン向けの雑誌だった。

 

「ああ、これですか。俺も昨日、本屋で見たんですけど記事になるの早くないですか?」

 

「そうだな。まあ、出版社がここからそこそこ近いし、偶に記者が出入りすることもあるから、新しい機体が出てくるって事自体は掴んでいたんだろう。俺がこの機体で乗り入れたときもそうだった。」

 

 そう言いながら、稲佐はF-15を指した。実を言うと、F-15Mの実働機の数はかなり少ない。F-15Mは生産された全てが実戦に投入され、戦争の最中に失われるか、あるいは戦後に翼を捨てたライセンス持ち等の手で組合に返還され、解体された。

 

 そういう意味で、F-15Mも既に珍しい機体となっているのだ。

 

「確かに、もう希少種ですからね。今ある機体も専用部品は共食い状態でしょう?」

 

「そうだな・・・正直、限界は見えてる。俺だってそろそろ引き際だしな。旋回率の低い飛竜相手ならやってやれるが、戦闘機同士の現代戦になるとお前さんが言ったとおり、コクピットでぽっくり逝きかねん。」

 

 あれはそういう意図ではないとあのときも言ったのだが、まあ、良いか。

 

「そもそも、あの時代から飛び続けている人の方が少数派なのでは?」

 

 当時、新米であったであろう稲佐ですらこの状態だ。まして、戦争慣れしていない傭兵達が戦争を終えてなお飛び続けることなどほぼあり得ない。

 

「そりゃ、あんなものを経験すれば誰でも翼を捨てることは考えるさ。だけど、あの戦争を乗り切って飛んでる無印の傭兵達もいる。あの連中みたいにな。」

 

 あの連中、が誰を指すのかは言われずとも分かる。例のF-104に乗ったパイロット達だ。

 

「じゃ、戦争を起こした側の俺たちが怖じ気づいたんで降りますって訳にはいかんだろ。何より、ああいう連中からの風よけのためにも俺たちが注目を引かないとな。」

 

 そう言うと稲佐は一つ伸びをした。軍より世論に近く、無印の傭兵より民衆から遠い、その不安定な場所で戦ってきた男の責任感が滲み出ていた。

 

「と、そうだRocker、あの話聞いてるか?」

 

 不意に稲佐が話題を切り替えた。その調子について行けずしばし困惑する。

 

「何ですか?」

 

「ここからずっと東に一つ大陸があるのは知ってるよな?」

 

 ここから東、そこにあるのは衛星が飛ぶようになってからその存在を確認された未だ未知の大陸。航空機の発達期においては存在が目視できないことに加え、距離や気流、その他道中の危険から接触が敬遠され、航空機が発達した現在では、未開の民族に不用意に触れるべきではないという国際的な取り決めにより、接触がなされていない土地だ。

 

「ええ、ブリトリア大陸でしたよね。それが何か?」

 

「実はな、あの大陸に掛かっていた雲が晴れ始めているらしい。それでいて、以前思われていたより、大陸の端がこちらに近いことも分かってる。つまりな、こっちが向こうを見なくても、向こうはこっちを見てしまうかも知れない。」

 

 少し話の先が読めてきた。

 

「それで、飛行区域を制限しろと?」

 

「よく分かってるじゃないか。とは言え、正式な指示じゃなくてな、ここの司令の方から自粛しろと言ってきたよ。今頃、国連と傭兵組合の方はてんてこ舞いだろうよ。いつかはこうなるだろうと予測はしてただろうに。」

 

 とは言え、対応が後手に回ることは無理からぬことだ。アラフティアでの戦争の経験から、この大陸の国々は他の大陸への対応に対して神経質になっていて、議題とすることもタブーとする空気すら漂わせていた。

 

「まあ、エスマリもアラフティアの一件を突かれて痛がっているようですし、及び腰になるのも分かりますけどね。」

 

 稲佐はため息とともに、まあそうなんだがな・・・と呟き、手持ち無沙汰を嫌ってかそばにあったボールペンを弄び始めた。

 

「・・・アラフティアの戦争が起きたとき、エスマリの上層部でアラフティアの地理や風土や、言語について知っている者は皆無と言って良い状態だったらしい。全く知らない相手に対して、現地と現場を知らない人間達が作った交戦規定と通信帯を持って戦争をしにいったんだ。その結果はアラフティアの混乱、戦局の泥沼化、エスマリの国際地位の低下・・・。結局は前もって相手について知ろうとしなかったから、こんなことになった。で、今は?」

 

 隣の大陸・・・ブリトリアと名付けられたその大陸とは、未だ一切の交流もないまま。だが対応を誤ればアラフティアの二の舞になりかねない。それに、

 

「国連からしてみれば、目の上のこぶは我々でしょう。傭兵が他の大陸との接触に対して目を光らせている・・・という印象を世界に与えているから、国連も迂闊に動けない。」

 

「まあ、もっともだな。組合の方も、国連に連絡して何かしらの対応を取るだろうが、さて、どうなるかな。」

 

 国連側はあくまで協議に参加させるという方針はとりたがらないだろう。傭兵はあくまで傭兵であって、外交や政治に関わる者ではない。組合にしても政治家との密接な関わりは世論の反発を招きかねないという理由から、組合発足時以降の接触は避けている。

 

「すると、我々は指示待ちですか。」

 

 単純な政治問題ならこちらに出る幕はない。我々がするべきなのはいつも通り、政治屋が利益目的のために紛争を起こさないか観察することだけだ。

 

「まあ、政治問題でカタがつくなら指示待ちだし、開戦の意図ありならライセンス持ちで集まって対応協議だな。とは言え、今のところそれより厄介なのは、飛行空域の設定を誤って俺たちが相手とこっちのラインを踏み越えちまうことだ。空域制限は俺たちだけじゃなくて、無印の傭兵にも適用されるからな。」

 

「まさか監督責任がこっちに飛んでくるなんてことはないですよね?」

 

 通常、札付きは札付き、無印は無印で、負うべき責任は全く異なる。大抵の場合、札付きの方がより多くの責任を負うが、そこに無印の傭兵の監督は含まれていない。

 

 こちらは国際機関に承認を得た戦闘機パイロットであるのに対して、あちらは特定の基地に所属することを条件に、民間の事業用操縦士資格を有する者に兵器の運用許可を特例として出しているだけに過ぎない。

 

 つまりは、本来彼らの責任は彼ら本人に問うか、基地の管理者に問われなければならない。

 

「まあ、流石にそれはないが、気をつけなければいけないのは確かだな。何せ、無印の連中は計器類をよく見ないことが多いから。」

 

 それは、稀ではあるが聞く話だ。兵装をつけた状態で訓練を行っていた無印の傭兵が空と相手だけを見て空戦機動を続けた結果、住宅地の近辺まで接近し、法的な処分を下されることがある。

 

 そのために、札付きはライセンスを得るための訓練を行う際に地面、ないしは海面を見て飛ぶことを教えられる。戦闘時に回避機動に応用できるだけでなく、周囲に目を配る癖をつけることで、事故率を減らすのだ。

 

「たとえ事故にならなくてもおまわりさんに怒られますから、彼らも気をつけるとは思いますけど。」

 

「怒られる、ですむ話じゃないがな。」

 

 あまり物騒な言い回しをするものでもないと思って敢えて軽く言ったことに気付いて、稲佐も苦笑交じりにそう言った。

 

「ま、ともかく飛行禁止区域には気をつけろってことだから、そこの書類確認しといてくれ。その間飛行計画ちょっと練り直す。」

 

 どうやら、飛行禁止区域の設定に伴って元々立てていた飛行計画があおりを食ったらしい。稲佐は頭を少し乱雑に掻きながら併設された事務室に引っ込んでいった。それを見送って、おいて行かれた資料を手に取る。

 

「あらら、高度制限までつくのかよ・・・。」

 

 そこに記されていたのは飛行禁止区域の設定と、相手の飛竜が到達可能と考えられる高度での活動を禁止する旨。

 

 それを見る限り、雲の上まで上がっていくか、雲のスレスレまで降りていくか、というところのようだ。と、なると、おそらくは高高度での訓練がメインになるだろう。

 

「やれやれだな・・・」

 

 休み明けの空は、幾ばくかの波乱の色をにじませていた。




あけましておめでとうございます。そしてごめんなさい。年末年始、完全にすっぽかしました・・・。
相変わらずの詰め込み具合ですが、大分書きやすい領域には入りつつある・・・と思います。
次回は、案の定ブリトリアの騎士に無印の傭兵さんが捕捉されるという展開を書きたいな、と思っています。

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