鎖蛇の空 作:只のカカシBです
「はい、千波さん。後の手続きはこちらで行います。お疲れ様でした。免許証はお返ししますね。」
事務の女性が提出した書類をデスクに置き、傭兵としての免許証を向こうから差し出した。
「ありがとうございます。」
それを受け取ろうとしたところで、ふと影が差した。
「・・・んん、千波禄哉?あの禄哉くん?」
横から別の事務員らしき初老の男性が書類をのぞき込んで、驚嘆の声を上げた。
「え、ええ、まあ。」
面識のない人物に話しかけられて思わず半歩後ずさるが、相手は気にした様子もなくニコニコと話し始めた。
「いやー、驚いたな。もうこんなに大きくなってたんだ。前にお父さんに連れてこられたときには僕の腰ほども背丈がなかったのに。」
こちらには覚えがないが、あちらは俺を知っているらしい。確かに、たまにレシプロ機の座席に座らされることがあったから、この基地に長くいる人からすれば偶に見る珍しい子供だったのだろうが。
「パイロットになったんだねえ。お父さん元気?」
困惑する俺を他所に男性はにこやかに次々話題を振ってくる。お父さん元気?か・・・。
「どうなんですかね・・・。僕を養成学校に放り込むだけ放り込んで雲隠れしましたし、今頃他のどのパイロットよりも高いところでも飛んでるんじゃないですか?」
すこしぼかした言い方になったが、実際高いところにはいるだろう。あるとき突然ドッグタグが届いたから、無くした体の分軽いはずだ。
「そうかぁ、どこにいるのか分からないんじゃ心配だねぇ。」
「・・・」
比喩は分かってもらえなかったが、まあ、それならそれで構いはしないだろう。俺だって紙封筒に入れられたタグと紙切れでしか死を知らないのだから。
「あ、あんまり引き留めちゃいけないかな。それじゃ、またね。」
「ええ、失礼します。」
相手の方から会話を切り上げたので、会釈を返してその場を立ち去った。
-*-
「ねえ、ロッキーの機体ってどんなの?」
しばらく格納庫で機体について説明されたり相談したりした後、周りの業務終了に合わせて帰宅した居間で、唐突にそんなことを聞かれた。
「どんなのって・・・。」
なんと説明すれば良いのか、F-2をF/A-18に寄せたの?いや、形式は分かってないだろうからもっとかみ砕くべきか?
「基地で飛んでる細長いヤツ?」
F-104のことか。いい加減F-4に統一するかそれ以降の機体に交換すれば良いものを。
「いや、あれじゃなくてもっと新しいヤツ。写真見せた方が早いか。」
元からこっちの世界に関心のある方ではない(持ってほしくもない)し、言ったところで伝わらないだろう。
「はい、これ。」
愛用しているデジタルカメラに写真を表示させて手渡す。
「へー、見たことない機体だね。国防軍のにちょっと似てる?」
似てるというか、それを原型機としているが・・・まあ、それと見る人間はほぼいないだろう。詳しければ詳しいほど尚更だ。
「で、何で?」
こんなことを聞きたがるのは珍しい。同級生に戦闘機マニアでもいるのだろうか。
「いやー、ロッキーのことだし、ちょっと知っときたいなーみたいな?」
つまりどういうことなんだ。
「ん、これ何?」
カチカチと写真をめくる操作をしていた手が止まったのは、数少ない機体に寄って撮った写真。
「んー?垂直尾翼。」
「じゃなくて、このマーク。」
はぐらかす作戦だったが、相手に気づいてもらうこともなく破られてしまった。その写真に収められたのは、やや趣味の悪いものだから突っ込まれたくなかったのだが。
「パーソナルマークってヤツだよ。機体のあだ名がヴァイパーゼロだから、蛇と零の漢字を合わせたマークになってんだけど。」
「へー、ちょっと趣味悪いね。」
素っ気ない風だったが、かなりバッサリいかれた。かと言ってダメージがあるかと言われれば、自分の知らないうちに出来上がっていたマークだからそうでもないが。
「まーね、多少威圧感あるから良いけど。」
デザインしてくれた人には申し訳ないと思いつつ、ここはやんわり賛同しておくことにした。
「凄いねー、こんなのが空飛ぶんだ。車よりずっと大きいのに。」
そんなことを言うと、旅客機なんかは修飾語にバカとつけて良いほどデカいが、それを言うのも野暮というものか。
「ほら飛鳥、もうご飯にするから着替えて来なさいよ。」
「はーい、これ返すねありがとう。」
言うなり、ポンとカメラを放って寄越した。投げるなよ。
「珍しいわね、飛鳥が戦闘機の話に興味持つなんて。」
「何かあったのかな?」
尋ねては見たが、さぁ?というように首を傾げられただけだった。
-*-
翌朝、向かったのは前日と同じくほぼF-2専用となっている格納庫。本来ここは滑走路に隣接した整備工場なので、整備の完了した機体は基地所定の格納庫へ移さなくてはならない。朝一でここに来たのはその作業のためだ。
「随分前に運び込まれたきり見なかったが、ようやく動かすときが来たってことか。」
感嘆の声を上げたのは牽引車を持ってきた基地の作業員で、口ぶりからしてここでの勤務は長いのだろう。
「やっとこさだよ。長いこと整備場一つ塞がれてたんだから邪魔で仕方なかったぜ。」
「好き好んで入れたのはあんたと千波じゃねえか。」
勤務が長い分顔も広いらしく、おやっさんと軽口を交わしては楽しげに笑い声を上げている。
「父とも面識が?」
少し気になって尋ねてみると、怪訝な顔で見返された。
「おお?・・・あ、お前千波ん所の倅か!すっかりデカくなっちまったな!」
倅、とはなかなか古い言い回しを・・・。しかもバシバシ背中を叩いてくるからかなり痛い。
「そうか、パイロットになっちまったか・・・。まあいい、しっかり頑張れよ!」
どこか含みのある言い方が気にかかったが、当人はさっさと牽引車に乗り込んでしまった。
「おい、おっさん、ついでに禄哉も乗せてってくれよ。機体無くてコイツだけいたって仕方ねえんだから。」
「あ、そうか。ほら坊主乗れよ。」
酷え言われようだ。といって、しょげていれば構ってくれるような連中ではないし、構われたところで面倒くさいだけなので言われたとおり助手席に乗り込む。
「ほんじゃ、引っ張るぞ。」
牽引車に引かれて、じわじわと機体が前進し始める。
「もうちょい・・・もうちょい。よーし出たぞ。」
「禄哉、俺らここ片付けてからそっち入るから、格納庫で待っててくれ。ついでにこれ持ってっといて。」
鷹田が駆け寄ってきて頑丈そうな布袋を渡してきた。中身は簡易的な車輪止め一式。結構大事なもんを随分ギリギリに渡してきたな。
「うい、了解です。」
「おーい、離れてくれんと機体が動かせん。」
運転席から注意する声が飛んで、鷹田が慌てて離れた。
「よーし、行くかぁ。」
気のない声を出して、牽引車が進み始める。ここから格納庫まで百mちょっとだから、格納庫まで一分ほどだろう。
「・・・お前の親父さん、出てくとき何か言ってたか?」
不意に神妙な口調でそんなことを尋ねられた。
「・・・いえ、特に何も。」
養成学校の前で“じゃ、頑張れよ”と言って、それきりだった。これと言った言葉を交わした覚えはない。
「だろうな。・・・アイツは馬鹿だ。嫁さんが死んで、子供のために頑張ると言いながら、目ではいつも死に場所を求めてた。七年前にこの機体を置きにここへ来たときも、戦場のことばかり・・・そこを生きる場所にしていたと言えば聞こえは良い。でも、アイツは降りても良かったはずだ。」
長く秘めていた感情を吐露するような、あるいは悔いるような口調で続けた。
「・・・空を飛ぶってのはアイツの理想だ。お前さんがその影響を受けてるのは重々承知してる。けどな、お前は取り返しが付かなくなる前に降りろ。親の後を追うことはない。」
言い終えると、機を後退させ始めた。そのまま、格納庫へ機体を押し込むと、一息ついて牽引車のエンジンを停止した。
「・・・おっさんの戯れ言だ。忘れてくれて良い。」
そう言って帽子を深く被り直した。聞きに徹しようと思ったが、こう言われると青二才らしく一つぐらい言い返して置きたくなる。
「一つだけ。」
呟くと、相手の顔がこちらを向いた。
「俺は、父親を追うつもりはありません。俺は父親より優れたパイロットになる。父より長く飛ぶし、父より凄いと言わせて見せる。それが俺の夢ですから、それまで、降りるつもりはないです。」
子供の頃から持ってきた夢だ。高い理想があるのでも、背負うものがあるのでもないから伏せてきたが、父親を知る相手なら多少子供っぽくても良いだろう。
「・・・そうか。」
彼は少し笑ったようだった。身内のことを他人に背負わせるのが嫌で言い返したが、正解だっただろうか。
「よし、牽引車外そう。手伝ってくれ。」
しばらく黙っていたが、意を決したように膝を叩くと、立ち上がって運転席を降りた。
「俺、牽引車外すの初めてですよ。やり方教えてください。」
「何ぃ?親父さんならこんなのちゃちゃっと出来たぞ?仕方ねえなぁ・・・」
そう言いながらも声には明るさが戻った。一つ自分の意思を通したことは功を奏したようだ。
ちょっと早いかなーと思いつつ主人公の親父さんの話をちょくちょく出してみました(想定外でしたが)。つまりキャラクターを制御出来てないんですよね・・・。
あ、そうそう。デザイン的に優れているとは言いがたいですが自分なりのパーソナルマークのイメージです。本当は鎖蛇っぽくしたかったんですが、ヘッタクソなので大目に見てください。
【挿絵表示】
次回は、なんとか他の傭兵達登場させます・・・!