鎖蛇の空   作:只のカカシBです

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第七話:Emergency

『懐かしいか?』

 

 しばらく雲と陸地の世界を見回していると、そんなことを聞かれた。それから考えてみたが、懐かしいという感覚ではない気がした。

 

「懐かしい・・・というより、感動が強いです。自分の手でこの空を飛べるのは感慨深いですから。」

 

 フライトスクールの訓練は全て内陸、ないしは内海でのことだったし、アラフティアとの往来は旅客機だったしで、今まで一度も自力でこの空を飛んだことはなかった。そういう意味で、この感動はひとしおだった。

 

『そうか。だが、いつまでも眺めている余裕はないぞ。間もなく旋回ポイントだ。』

 

 その言葉で頭をコクピット内に引き戻す。この先で北へ転進していよいよ訓練空域へ到達する。訓練中に射出(ベイルアウト)することになっても帰れるように陸地がそれなりの数存在する場所か、大陸の近くが選ばれているという。

 

「現段階で飛行系統に異常なし。問題なく試験に移れます。」

 

『了解。』

 

 返答の後、F-15が旋回を始める。見失わない角度を維持しつつこちらも旋回に入る。横を向いたコクピットから真っ白な雲の海が見えた。

 

 

 

-*-

 

 

 

『――左へ。』

 

 数度目の号令に合わせて操縦桿を傾ける。ここまでに旋回飛行、エルロンロール、ループと複数の機動を行い、今はバレルロールを試しているところだ。機動を終えると、計器類に目を走らせ、異常を知らせるようなものがないか調べる。

 

「異常なし。」

 

『外部からも確認できない。次は・・・クライムロールで行こう。』

 

「了解。」

 

 クライムロールは上昇しながらバレルロールの様なロール機動を実施する課目だ。整備が正しく実施されているかを見る試験飛行では、出来る限り負荷の高い上昇や大きく機体を揺さぶるような機動を繰り返し行う。

 

「異常なし。スプリットSでの降下を試みる。」

 

『了解。』

 

 ペダルを操作し、180度ロール。続けて操縦桿を引き、降下に入る。ここである程度ピッチ角をちゃんと取っておかないと、雲の海に突っ込んだり、地面に突き刺さったりする羽目になる。

 

「異常なし。」

 

 無事にスプリットSを終え、定型の報告をする。ここまでの機動では異常が見られない。

 

『外部も異常なしだ。大抵の機動はこなせるようだな。フルアフターバーナーも試しとくか?スピードブレーキの効きも知っておいた方が良いだろう。』

 

 フルアフターバーナーと言うことは音速を超えてみろということだ。音速を超えると減速するのが面倒になるのだ。とはいえ、これは試験飛行でかつ編隊長の指示とあらば嫌と言うわけにはいかない。

 

「了解。」

 

『何だ、音速飛行は慣れてないか。』

 

 稲佐が珍しいものを見るように笑った。

 

「去年一年戦場にいましたが、対地任務が殆どで音速飛行する機会がなかったので。」

 

 一応、それより後に国防軍での訓練で音速突破をさせてもらう機会はあったが、音速飛行中は機体がまともに動かなくなるため正直超えたくない。

 

『じゃ、なおさらだな。どのみち耐久試験もかねてやっとかなきゃいけないんだからやってみろ。』

 

「了解。」

 

 とはいえ、音速を超える瞬間は楽しいものだ。自分が作り出した衝撃波に機体が乗り上げた時の不思議な振動を感じたり、音速の壁がゆっくりと後ろへ動いたりするのを見ると、普通では見ることが出来ない景色を見ていると実感する。

 

「行きます。」

 

 音速を超えるには周囲になるべく影響を出さないように、高い高度を飛ぶ必要がある。それだけの高度を稼ぎ、推力を上げていく。目指すのは大体M1.2~1.4くらいになる。

 

『良いぞ。そのまま加速しろ。』

 

 仮にこちらでトラブルが発生しても回避が出来るだけの間隔を空けて、F-15が斜め後方を追従してくる。通信の間にも速度計はM0.9を示し、更に数字を大きくしていく。

 

 その瞬間が来たとき、機体がボワッと何かに乗り上げたように揺れた。

 

「音速を超えた。」

 

 速度計がM1を超えた値を示し、超音速飛行に入ったことを知らせた。

 

 

 

『よし、良いだろう。減速しよう。』

 

 少しの間音速で飛び、稲佐の言葉で推力を下げる。とはいえ、それだけでは速度が落ちないため、スピードブレーキを開き、僅かに上昇角を取る。

 

『Rocker、上がりすぎるなよ。俺に付いてバンクしろ。』

 

 音速飛行は雲海や地面に影響を与えないように高高度で行われる。今回もそうだ。つまり、下手に上昇角を取り過ぎると、通常のパイロットスーツでは耐えられないような高度まで一気に上がってしまう。そこで使うのが、バンク角を取りながら降下するという手段だ。

 

「了解。」

 

 降下すれば運動エネルギーが増加するように思うが、ここまでの高速になるとむしろ減速する。それに加えて、バンク角を取ることで揚力を下げ、速度を落とすのだ。

 

『リカバリ。』

 

 しばらく降下し、テストを始めたときの高度、飛行速度まで戻ってきた。

 

「いずれも異常なし。」

 

 コクピットの計器はいずれも正常な値を示している。整備にも機体そのものにも問題はなさそうだ。

 

『HMDはどうだ?』

 

 質問にしばらく沈黙した。好奇心故に勢い余って装着して出てきたが、正直使いづらい。理由は明白なのだが。

 

「・・・ヘルメットバイザーを数値が行き来するのは楽しいんですが、俺にとっては結構邪魔ですね。なにより、俺の頭に合わせて作られた訳じゃないのでぐらつきますし、AAM-5とかAIM-9Xとかの使用が前提になってるらしくて、AAM-3とかだと照準が上手く行かない感じがします。正直、宝の持ち腐れなので外した方が楽な気がします。」

 

『ああ・・・そうか。』

 

 稲佐も稲佐で残念そうだ。とはいえ、俺では使いこなせないし、サイズがあってないからそのうち支障が出るだろうし、外すほかないだろう。

 

『まあ、機体もパイロットの腕も心配はなさそうだな。一戦交えてみるか?』

 

 言葉の端に隠しきれない闘志が滲み出た。これは受けない手はない。

 

「是非とも。空戦には不慣れな部分もありますから経験は積んでおきたいです。」

 

『よーし、良い返事だ。じゃあ―――』

 

 条件を伝えようとした稲佐の無線に他の無線が割り込んだ。

 

 

 

『緊急、訓練中の部隊が飛竜に襲われている。コールサインBackpack(バックパック)。支援可能な部隊は即刻向かえ。繰り返す―――』

 

 飛竜・・・傭兵の存在が許されるもう一つの理由。本来の生息地を離れて人間の生活圏に迷い込む彼らに対処すること。それが傭兵に与えられた役割。内紛にも関与するライセンス持ちに対して基本大陸の外側でのみ戦うためドラゴンキラーと呼ばれる一般傭兵達。

 

『はぐれか・・・。巣を作ってると厄介だな。後から別の飛竜が居着きやすい。』

 

 稲佐が独りごちるように無線を飛ばした。機体は既に彼らの訓練空域の方へ向けられている。

 

「巣があるならそこを飛び回ればヤツの気を引けませんか?」

 

『良く分かってるじゃないか。今日は俺たちもまともな兵装なんか積んでないからな。いきなり空戦に突っ込むよりそっちの方向で行かせて貰おう。』

 

 昔、父親が話していたことが役に立った。飛竜は縄張り意識が強く、群れ同士の戦いで共食いをして命を繋いでいると言われるほど、周辺の生物との衝突が絶えない。それを利用する。我々がはぐれ飛竜の巣を突けば飛竜は血相を変えて飛んでくるだろう。後はいかに俺が引きつけて稲佐が撃ち落とすか、だ。

 

「俺は丸腰ですから、引きつける方は俺が。出来るだけ早く撃ち落としてください。」

 

 F-2は増槽(ドロップタンク)を外したきり装備はなくなり、F-15は翼の下に二本ばかりぶら下げたAIM-9のみ。あるだけマシという状態だ。

 

『ああ、分かった。ところでRocker、お前、所属は飛鳥技研だよな?』

 

「え?ええ、そうですが。」

 

 いきなり何を聞き出すのだろうか。

 

『よし・・・。』

 

 そう言ったきり、稲佐は管制と通信を始めた。

 

『Rocker、現時刻を以てコールサインを使用する。コールサインはASROCK(アスロック)1及び2だ。確認して復唱しろ。』

 

 趣味の悪い!と叫びかけたがそれは飲み込み、通信を繋ぐ。

 

「ASROCK2、了解。」

 

 傭兵でも本来はコールサインを使う。しかし、飛行隊に所属する機の数があまりに少なかったり、臨時編成でかつ知り合い同士ならTACネームのみで呼び合うこともある。今日はそのパターンだったが、戦闘に参加する上で不都合だと判断したのだろう。だからといって所属組織の名前とTACネームを組み合わせてコールサインにする、しかも読みはどこぞの対潜ミサイルと同じと来た。

 

『もうすぐ連中の交戦区域だ。』

 

 その言葉に続いて、通信を繋ぐ音。

 

『ASROCK1、HopperよりBackpack1へ。支援に来た。アイツはどこから来た?』

 

 問い合わせに、数度ノイズが返った後、ようやくパイロットが声を聞かせた。

 

『あっはは、こりゃあ・・・ライセンス持ちさんが助けに来てくれるとは心強いな。』

 

 声は少し若い。食堂で笑っていたパイロットの内の誰かだろうか。

 

『ヤツの反応を最初に探知したのはブルズアイの十五で八十。巣があるのかはるばるどこかから飛んできたのか・・・うおっと!』

 

 ブルズアイは作戦空域等において目印となる地点で、その後の十五はブルズアイから真っ直ぐ北を向いたときに十五度角の方向にあるという意味。八十は距離で、基本単位はkm。

 

「ここからならそいつが飛んできた方が近い。」

 

 だが、本当に巣があるかは分からない。

 

『Rocker、そこらの島を回り込んでアイツにレーダーが当たりそうな角度から進入しろ。』

 

 稲佐もやはり飛んでいったのでは間に合わないと判断したようだ。つり出せるかどうかに掛けるしかない。

 

「了解。」

 

 飛竜が住処とするのは入り組んだ岩場だったり、風の通り抜ける谷だったりする。そういう形状の島を探して飛び回れば良いわけだ。

 

『良いぞ、そのまま真っ直ぐ。』

 

 それらしい島に目星をつけて旋回。機首を戦闘空域に向ける。

 

「掛かってくれよ・・・。」

 

 祈るように呟いた瞬間、通信機がノイズ混じりの音を吐いた。

 

『ASROCK、ASROCK!そっちに敵が向かった!』

 

 獲物が掛かった。




積みたくて積んだAAM-5ランチャー!HMD!
いや、新鋭機に対抗できる力を、って思ったんです。でも、今更思うんです。積み過ぎたなって・・・。推力偏向ノズルについては高高度でも舵の効きを保障するっていうのと、短距離離着陸性能を上げるって意図があるんですが、HMDとかは完全に“ぼくがかんがえたさいきようのせんとうき”状態になっちゃったので面白くないなっ、て・・・。
そんなわけで次回は、飛竜と決着をつけます!

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