ー皐月雨ー   作:土斑猫

13 / 27
※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。



ー皐月雨ー・⑬

 

 

【挿絵表示】

 

                ―暗い雨―

 

 

 

 「じゃあね。何かあったら、すぐに誰か呼ぶんだよ」

 そう言って病室を出ていく谷崎さん。あたしは頷いてその背を見送った。小さく手を降る亜希子さん。そして、病室の扉が閉まる。と、

 「……!……!?」

 「………?」

 「……!!……!!」

 「…!!」

 扉の向こうから、何やら言い合う声が聞こえてきた。合間には、何か固いものを叩く様な音も。そして、しばらくすると……。

 カララ……

 もう一度病室の扉が開いて、裕一が頭をさすりながら入ってきた。思わず、身構える。

 「イテテ……。あ、里香。ゴメンな。ちょっと、空け過ぎた」

 そんな事を言いながら、ニヘラと笑う裕一。その様子は、いつもと変わらない。でも……。

 「……遅かったね。裕一。何してたの……?」

 「いや、ちょっとディルームで漫画を読んでたら居眠りしちゃってさ。でも、亜希子さんがついていてくれたんだな。お前放っといて何やってんだって、ゲンコくらっちまったけどな」

 そう言う裕一の頭には、確かに大きなタンコブがあった。だけど、あたしの関心はそんな事には向かない。

 「……ディルームで、漫画読んでたの……?」

 「おう」

 「じゃあ、何で服、濡れてるの……?」

 「あ……」

 裕一が、しまったと言った顔で言葉に詰まった。

 そう。彼の身体は、しっとりと濡れていた。まるで、今まで雨の中にでもいた様に。ザワリ。心が疼く。嫌だった。とても嫌だった。ずっと隣りにいた裕一が、突然知らない所に行ってしまった様な、そんな気持ちがした。

 「裕一、来て」

 ベッド脇にかけてあったタオルを手に取りながら、彼を呼ぶ。

 「な、何だよ?」

 「いいから、来い」

 ちょっと語気を強めて言うと、怒らせちゃ不味いと思ったのか、ヘコヘコと近寄ってきた。パサ。間近まできた彼の頭に、タオルを被せる。そして――

 ワシャワシャワシャッ

 裕一の頭を思いっ切り拭きまくった。

 「うわ、ちょ、何すんだよ!?」

 「うるさい。黙って拭かれなさい!!」

 ワシャワシャッ ワシャワシャッ

 拭きまくる。これでもかというくらい、拭きまくる。

 「痛い!!痛いって里香!!タンコブ出来てんだぞ!?」

 「黙れ!!こんなに濡れて!!風邪ひいたらどうするの!?」

 「いや、それより問題はお前だろ!!そんな力むなって!!また、何かなったらどうするんだよ!!落ち着け!!ってか痛いって!!痛い痛い!!」

 「落ち着くのは裕一でしょ!!」

 「!!」

 あたしの声を聞いた裕一の動きが、ピタリと止まった。

 パフッ

 そのまま、彼の頭を胸に抱き抱える。彼の顔が、一気に熱くなるのがパジャマ越しに分かった。

 「り、里香?」

 「……亜希子さんから聞いた」

 ピクリ

 腕の中で、裕一の身体が震える。構わずに続ける。

 「……移植の話、本当……?」

 「………」

 答えがない。その沈黙が、殊更あたしの不安を煽る。

 「……本気じゃ、ないよね……?」

 沈黙。

 「……馬鹿な事、考えてないよね……?」

 やっぱり、沈黙。

 「ねえ……裕一……」

 すがる様に、問う。

 「答えてよ……」

 その不安を紛らわす様に、裕一を抱き締める。湿った服から、微かに雨の匂いがした。

 相変わらず、裕一は何も言わない。普通なら、亜希子さんの様に馬鹿げた話と笑い飛ばすべきなんだろう。けれど、今のあたしにはそうは出来ない理由がある。

 ――モモ――

 ――文伽さん――

 夢と、現の狭間で出会った少女達。彼女達の言葉が、止む事なく頭の中で反響する。証が欲しかった。彼女達の言葉を否定する証が。裕一の。彼の口から、あれは一時の気の迷いだと否定する言葉が。だけど、彼は何も言わない。言ってくれない。続く沈黙。不安が、確信に変わろうとしたその時、

 グイッ

 急に、身体が引かれた。

 「あ……」

 思わず、声が漏れた。裕一が逆にあたしを抱きしめ返していた。温かい胸板。湿ったジャケット。それに、顔がギュッと押し付けられる。強く香る、雨の匂い。その奥に感じる、彼の鼓動。それが、酷く静かに聞こえたのは、気のせいだろうか。

 「……大丈夫だ」

 彼が言う。

 「大丈夫だから、心配すんな」

 それは、確かにあたしが求めていた言葉。けど。だけど。

 「オレは、ずっとお前の傍にいるから」

 だけど、違う。

 「約束したろ。ずっと、一緒だって」

 違う。これは、あたしの求めている言葉じゃない。

 「守ってやるから。ずっと、ずっと、守ってやるから」

 形は同じ。だけど、そうじゃない。これは、この言葉は――

 「裕一……!!」

 あたしが、たまらず声を上げたその時、

 ガチャッ

 唐突に、病室の戸が開いた。裕一の身体が、パッと離れる。

 「ごめんなさい。随分、待たせちゃったわね」

 そんな言葉と一緒に入ってきたのは、ママだった。手にはスーパーの袋を持っている。何処かで、買い物をしてきたらしい。

 「いえ。大丈夫です。里香も、どうって事なかったですし」

 作った様な笑いを顔に張り付けながら、言葉を返す裕一。そんな彼に向かって、ママが言う。

 「裕一君、そろそろ帰りなさい。雨が降ってるし、日も暮れたわ」

 「でも……」

 躊躇する様子を見せる裕一。正直、あたしも帰って欲しくなかった。ママも、そんなあたし達の気持ちを察してはいるのだと思う。一瞬困った様な顔をする。それでも、次に放つのは大人としての言葉。

 「駄目よ、裕一君。明日も学校でしょう?何かあったら連絡するから、今日は帰りなさい」

 少しの間。そして、頷く裕一。

 「分かりました。お願いします」

 「あ……」

 思わず身を乗り出すあたしから、裕一の身体がス…と離れる。

 「里香、じゃあな。具合悪くなったら、すぐにおばさんか看護師さんに言うんだぞ」

 そう言って、裕一は出口に向かう。

 「待って……!!」

 「こら、里香」

 追いすがろうとしたあたしを、ママが押し止める。

 「我侭言っちゃ駄目よ。裕一君には、裕一君の生活があるんだから」

 「でも……」

 「どうしたの?いつもはこんな事ないのに……」

 不審がるママの向こうで、裕一が微笑む。

 「心配するなって。明日、学校が終わったらすぐに来るから」

 「ごめんなさいね。ちょっと、気が弱くなっちゃったのかしら?すっかり甘えちゃって……」

 「いいえ。それじゃ……」

 裕一が扉を閉じようとした時、ふと彼の視線が虚空を見上げた。

 「どうしたの?」

 ママが訊く。

 「いえ……。何か、鈴の音が……」

 「!!」

 一瞬、心臓が跳ねた。

 「鈴の音?何も聞こえなかったけど……」

 小首を傾げるママに、裕一が笑いかける。

 「そうですね。空耳みたいです」

 そして、締まり始める扉。

 「裕一……!!」

 呼びかけるあたしの視線の向こう。閉まりかけの扉の向こうで、裕一が笑いかけるのが見えた。

 リン……

 閉まる扉。軋む音に混じって、微かに鈴の音が聞こえた様な気がする。

 閉まる瞬間、扉越しに見えた夜空は雨。

 月は、見えなかった。

 

 

                                    続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。