ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・⑮

 

 

【挿絵表示】

 

                 ―凶光―

 

 

 

 ずっと前から、決めていた事があった。

 あんまり馬鹿らしくて、ありえない決め事。だから、いつしか心の奥底にひっそりとしまっていた。でも、忘れた事は片時もない。そんな決め事。

 入院して。里香に出会って。彼女の病気を知った時から。ずっと。ずっと。ずっと、決めていた事。

 出来るなら。

 そんな事があるのなら。

 ”死神”なんてものが、この世にいるのなら。

 ぶん殴ってやる。

 ボコボコになるまで。命乞いをしたくなるまで。二度と里香に手が出せなくなるまで。

 殴りまくってやる。

 そう決めていた。

 そして、今。その”死神”が、僕の手の中にいた。”そいつ”は、思っていたよりもずっと小さくて。思っていたよりも、ずっと華奢で。思っていたよりも、ずっと壊れやすそうだったけど。そんなの、全然関係なかった。

 左手で掴んだそいつの胸倉を、絞り上げる。握った右手を、振りかざす。そいつは、抵抗も何もしなかった。そいつは、とても小さい。立ち上がった僕の、胸くらいまでの背丈しかない。だから、僕と視線を合わせると、自然と見下ろす形になる。そいつの顔に、怯えはなかった。ただ、透明な眼差しで真っ直ぐに僕を見ていた。突然、足に激痛が走った。見ると、そいつが連れていた黒猫が、僕の足に噛み付いていた。足を振ったけど、離れなかった。だから、無視する事にした。握った拳を、振り下ろす。猫が、ギリギリと噛む力を強めた。関係ない。僕の拳が落ちていく。目をつぶる事もなく見上げる、そいつの顔目がけて。そして――

 

 「コードD221084。マヤマ、承認して」

 『了解。コードD221084、承認』

 

 そんな声が、耳の端に聞こえた。

 途端――

 

 

 バウンッ

 

 突然、凄い衝撃が身体を襲った。気が付いた時、そいつはもう僕の手の中にはいなかった。代わりに視界がキリキリと回った。吹っ飛ばされたんだと気づくと同時に、僕の身体は無様に地面に叩きつけられた。

 

 

 「ゲホッ、ゲホッ」

 もんどりうって転がった身体が、水溜りにはまる。

 身体を走る痛みに、肺の空気がしゃくり上がる。喘いだ拍子に、地面に溜まっていた泥水が口に入って、僕はさらに咳き込んだ。

 地べたに這いずりながら目を凝らすと、そいつは変わらずそこに立っていた。仮面みたいに、無表情な顔で。ただ、変わっていた事が一つ。いつの間に来たのだろう。そいつの後ろに、もう一つの人影が立っていた。

 

 

 「……余計な事しないで」

 表情を変えずに、モモが言った。その声音は、少し怒っている様に聞こえた。

 「そういう訳にも、いかないわ。放っておいたら、寝覚めが悪そうだもの」

 モモの後ろの人影が、そう言った。若い、女の声だった。

 「……これは、あたしの管轄だよ。介入するのは、越権行為」

 「”今”のがあなたの仕事だとは、とても思えないけど?」

 そんな言葉と共に雨幕の向こうから進み出てきたのは、僕と同じくらいの年頃の少女だった。昔の郵便配達みたいな格好をして、手には長い杖を持っている。見かけからして、普通じゃない。あいつが、僕を吹っ飛ばしたのか?

 長年の本懐を遂げ損なった僕がえづきながら睨むと、郵便配達は冷ややかな目でこっちを一瞥した。そのまま、モモに話しかける。

 「あのまま、殴られるつもりだったの?そんな事に、何の意味もないわ」

 「………」

 「あなたが殴られた所で、あの娘の運命が変わる訳じゃない。あの子が思い止まる訳でもない。ただ、傷つく者が増えるだけ」

 「………」

 「言ったでしょ?深すぎる情は、辛くなるだけよ」

 「………」

 郵便配達の言葉が正しいと分かっているのか、モモは何も言わない。そして、その代わりの様に別の声が響いた。

 『ほら、お前も。しっかりしろよ。使い魔が主人を守れなくてどうするのさ』

 何だ?今の声。郵便配達が持ってる杖からした様な気がしたけど。頭を打って、いよいよおかしくなったのだろうか。

 「……うぅ……」

 リィン

 傍らに転がっていた黒猫が、鈴の音を鳴らしながら身を起こす。俯いていた顔を上げると、金色の目に涙がいっぱいに溜まっていた。

 「モモォ~~!!」

 潤んだ声で叫ぶと、モモに向かって飛びつく。

 「ごめんよ、モモ……!!ボク、守れなくて……!!怪我はしていない?どこか、痛くしていない?」

 「……大丈夫だよ。あたしは、大丈夫……」

 抱き止めたモモの腕の中で泣きじゃくる黒猫。それをなだめるモモの目にも、光るものが浮かぶ。

 『ほら、そんなに泣くなよ。全く、世話が焼けるなぁ……』

 また聞こえた。間違いない。杖が、喋ってる。何だよ?何なんだよ、これ?

 『……文伽……』

 フラフラと立ち上がる僕を見て、杖が言った。その言葉に、郵便配の顔が再び僕の方を向く。

 「ちくしょう……。ちくしょう……」

綺麗だけど、表情の薄い顔。それに向かって、僕は敵意も隠さずに喚く。

 「何だよ!!何だってんだよ!!お前達も、化け物の仲間なのか!?」

 『……化け物だって』

 「新鮮味のない言い方ね」

 僕の罵声に動揺する事もなく、平然とした態度でこっちに向き直る。

 「まだ害意はある?あるならもう少し、頭を冷やしてもらうけど」

 そう言いながら、カチャリと杖を僕に向ける。

 「うっせぇよ……この……」

 頭は相変わらず、フラフラする。でも、引く気は微塵も浮かばなかった。ふらつきながら、そいつらに向かって進む。郵便配達が、溜息を付いた。向けられた杖が、やれやれと呟くのが聞こえた。そして、杖の先端の宝石が輝き始めて……

 パシッ

 『うわ!?』

 杖が驚く声が聞こえた。

 横から伸びてきた手が、杖を掴んで引き下ろしたのだ。

 「モモ……」

 郵便配達が、杖を掴むモモを見やる。

 「いいよ。文伽さん。後は、あたしがやるから」

 その言葉に、郵便配達が目を細める。

 「さっきと同じ事になるなら、遠慮はしないわよ?」

 「分かってる」

 杖を引く郵便配達。そして、モモは僕に向かって歩み寄ってくる。

 「モモぉ……」

 後ろに控えていた黒猫が、心配そうに声を上げる。それに、大丈夫とでも言う様に片手を上げて答えると、モモは僕の前に立った。

 「お前……」

 「さあ、話をしよう」

 濡れた目をグイと拭うと、凛とした顔でモモはそう言った。その様に、少しだけ怯む。けれど、引く事が出来ないのは僕も同じだった。

 「……うるせぇよ……」

 精一杯、凄みをきかせて睨む。

 「お前……死神なんだろ……?」

 確認する様に問う。

 「そうだよ」

 肯定。ハッキリとした、肯定。

 「里香を、殺すんだろ……?」

 また、問う。

 「そうなるかもね」

 答える。淡々と。

 「……かもって、何だよ?」

 「まだ分からないから。少なくとも、今はその時じゃない」

 「!!」

 思いがけない答えだった。それが、僕の心にあえかな希望を灯す。

 「……里香、死なないのか……?」

 「死ぬよ」

 すがる様に、発した問い。けれどそれは、あっさりと否定された。

 「言ったでしょ。”今”がその時じゃないというだけ。あの娘は、死ぬ。いつか。必ず」

 「………」

 あまりにもハッキリとした宣告。言葉を、失う。そんな僕を、モモは黙って見つめる。

 「……何だよ……それ……」

 ボソリと呟く。

 ギリ……

 知らずの内に、手を握り締めていた。

 それに気づいているのかいないのか。モモは、ただ黙って僕を見つめ続ける。その透明な眼差しが、再び僕に決意させた。

 「……駄目……だろ……」

 「………」

 「それじゃ、駄目なんだよ!!」

 そう。駄目なのだ。このままにしていたら、死神(こいつ)はいつか里香を殺す。連れて行く。そんなのは、駄目だ。今だけじゃない。これからも。これからもずっと、里香は生きていなきゃ駄目なのだ。

 もう一度、拳を振り上げる。遠くで、黒猫が叫ぶのが聞こえた。視界の端で、郵便配達が身構えるのが見えた。でも、関係ない。ここで。ここで死神(こいつ)を何とかしなきゃ。渾身の力を込めて、拳を振り下ろした。だけど――

 ガンッ

 鈍い音が響いて、左肩に重い衝撃が走った。肩の骨が、ミシリと軋む音がする。

 カハッ

 食いしばっていた歯の間から、息が漏れる。そのまま、僕は尻餅を突く様に崩れ落ちた。

 「ホント、少し頭を冷やしてくれないかな?」

 僕の肩を打った大鎌を構え直しながら、モモが言った。

 「ちく……しょう……」

 小さく呻いて、大の字にひっくり返る。背中の下で、泥水がバチャリと耳障りな音を立てて散った。

 情けなかった。本当に、情けなかった。これじゃ、夏目の時と何も変わっちゃいない。守らなきゃいけないのに。里香を、守らなきゃいけないのに。それも、相手は病気なんて手の出しようのない相手じゃない。手を伸ばせば、すぐそこにいる相手なのに。それを、どうする事も出来ない。ただ、いい様に転がされて、打ちのめされて。ああ、情けねぇ。情けねぇよ。戎崎裕一。お前、何で生きてんだよ。一体、何のために生きてんだよ。

 「……忘れたの?」

 静かな声が響いた。

 仰向けに倒れた僕を、モモが見下ろしていた。表情は苦しげで、何だか打った自分が、打たれた僕よりも痛そうな、そんな顔をしていた。

 ……やめろよ。余計に惨めになるだろ。その優しげな視線に耐えられず、僕は顔を逸らした。けれど、そんな僕に構う事なく、モモは続ける。

 「君があの娘を守ると決めたのは、そんなやり方でではないでしょう?」

 ……うるせぇよ。

 「あの娘の心の糧になって、あの娘を支える事。それが、君達の在り方だった筈」

 ……分かったふうな事言うなよ。

 「そんな事も、分からなくなったの?」

 ……ああ、うるせぇ。うるせぇよ。

 そうさ。分かっていたさ。そんな事。分かりきってたよ。だけど、それじゃ駄目だった。駄目だったんだ。そんな綺麗事じゃ、里香は守れない。そんな空話じゃ、里香を生かす事は出来ない。もっと。もっと血肉のある方法じゃないと、里香と一緒にい続ける事は出来ないんだ。だから、僕は決めたんだ。どんな方法をとっても、あの”計画”を……

 そう考えて、ふと思い当たった。

 あの計画の一番の問題。生きながら、死ぬ方法。それが、どうしても分からなかった。糸の解れた生命(いのち)の行方は、人間()じゃどうにもならない。でも、今ここに”そうじゃない存在”がいる。そいつは、人の魂を刈り取る存在。きっと、魂を自由にする術を持っている。そいつなら、僕の望む様な状況を作り出せるんじゃないか?

 ……一筋の光明が、見えた様な気がした。

 

 

                                     続く

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