ー皐月雨ー   作:土斑猫

16 / 27
※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・⑯

 

【挿絵表示】

 

 

                 ―歪願―

 

 

 「……なぁ……」

 大の字に倒れたまま、僕は”そいつ”に声がけた。

 「……何?」

 僕を見下ろしながら、死神(そいつ)――モモはそう訊いてきた。

 「お前、死神なんだろ……?」

 黙って頷く、モモ。

 「じゃあさ、魂とか好きに出来る訳?」

 澄んだ瞳が、スゥと細まる。まるで、僕の心を見透かす様に。

 「……”うん”と言ったら?」

 曖昧だけど、概ね期待通りの答えが返ってきた。いけるかもしれない。

 「それなら……」

 雨が降っている。雨音に紛れない様にしないといけない。大きく口を開けて。出来るだけ、ハッキリと言葉にしよう。

 

 「――オレの事、半分だけ殺してくれないか?」

 

 「………」

 少しの沈黙の後、モモが口を開いた。

 「それって、”脳死”にしてくれって事?」

 「分かんのか?話早いな」

 ニッと笑ってそう言うと、モモは少し悲しそうな顔をした。何だろな。こいつ。しょっちゅう泣きそうな顔をする。死神のくせに。

 「お前も、知ってんだろ?里香がさ、オレの大事な娘が、死にそうなんだ」

 「……今死ぬ訳じゃないって、言ったよね」

 「でも、いつか死ぬんだろ?」

 僕の言葉に、口を噤むモモ。泣きそうな顔が、ますます泣きそうなるけど、構わず続ける。

 「駄目なんだよな。それじゃ、駄目なんだよ。里香はさ、もっと生きなきゃ駄目なんだ。5年とか10年とか、そんな短い時間で終わっちゃ駄目なんだよ。あいつさ、小さい頃から心臓の病気で、ろくな思いしてないんだよ。色んなもの、なくしてるんだ。だからさ、見せてやりたいんだ。凄いものとか、綺麗なものとか、もっと、もっと」

 僕の脳裏に浮かぶ、ある日の光景。僕と一緒に自転車に乗りながら、里香は空を見ていた。青い空のずっと遠くを見て言っていた。「綺麗」だと。「世界って、綺麗」だと。その時の里香の瞳を僕は忘れない。

 「駄目だよな。生きなきゃ、駄目なんだよ。里香は」

 何度も噛み締める様にそう言って、僕はモモを見る。モモは、いつしか泣いていた。黒真珠の様な瞳が潤んで、ポロポロと涙が溢れていた。あはは。何だ、こいつ。本当に、変な奴だな。

 「心臓なんだよ」

 自分の左胸を掴んで、言う。

 「心臓さえ……まともな心臓さえあれば、里香は生きれるんだ。」

 それは、僕の中で動いている。力強く、鼓動を打っている。

 「だからさ、やりたいんだよ。オレの心臓、里香にやりたいんだ」

 「………」

 モモは、何も言わない。黙ったまま、僕を見つめている。

 「オレの心臓を里香にやるにはさ、オレが死ななきゃいけないんだよ。それも、完全に死んじゃ、駄目なんだ。頭だけ、頭の中だけ、死ななきゃならないんだ」

 ……雨が、強くなってきた。強くなる雨音に負けない様に、声に力を入れる。

 「だからさ、殺してくれよ。半分だけ、頭の中だけ、オレを殺してくれ。全部済んだら、魂はお前にやるからさ」

 シトシト

 シトシト

 雨が降る。雨幕と夜闇で霞む視界。ずっと黙っていたモモが、ゆっくりと口を開く。

 「言ったでしょ。そんな魂なんて、いらない」

 涙に潤んだ、だけど強い、そんな声だった。

 「……足りないのかよ?」

 僕は訊く。

 「人間(ひと)の命の重さは皆同じって、聞いたんだけどなぁ……」

 「君は、何も分かってない」

 モモが、言った。強く、冷ややかに。

 「人間(ひと)の命の重さが同じなら、あの娘と君の命も同じ重さ。そんな事も、分からない?」

 「そんなお決まりの言葉、聞きたくねぇよ」

 僕はそう言って、目を逸らす。何だか、僕を見下ろすモモの瞳を、凄く怖く感じたから。でも、構う事なく彼女は続ける。

 「続く事が叶わなくなった自分の命を、他人のために使う人は確かにいる。そして、それはとても気高くて尊い事。でも……」

 見下ろすモモの眼差しが、強くなる。それは、とても綺麗で、僕は思わず息を呑んだ。

 「自分の命が絶える事を、その人達が望んでいたと思う!?」

 「!!」

 「生きたかったに決まってるじゃない!!生きていたかったに、決まっているじゃない!!君は言ったよね!?あの娘に、もっと綺麗なものを見せたいって!!でもね、そんなのは皆同じ!!命を渡した人!!その家族!!友達!!想う人達、皆、皆そう思ってる!!思って、願って、それでも叶わなくて、だから、せめてもの願いを込めて命の欠片を託すの!!生かすために死ぬんじゃない!!生きるために、生き続けるために、生かすの!!」

 強い言葉だった。頭が、ガンガンと殴られる様だった。だけど、僕も引く事は出来なかった。倒れていた身を起こし、しぼみかけていた肺に力を込める。

 「何が、悪いんだよ!!」

 喉が裂けんばかりに、喚く。

 「オレは里香を助けたいんだ!!生きていて欲しいんだ!!だから、オレの命をやるんだ!!オレは死ぬ訳じゃないぞ!!生きるんだ!!里香の中で、ずっと一緒に生きるんだ!!里香を守って、ずっと守って生きるんだ!!それの、何が悪いってんだよ!?」

 全てを吐き出した。胸に溜まっていた思いの全部を吐き出した。ぶつけて、なぎ倒すつもりだった。だけど、

 「そんなのは、ただの自己満足!!」

 全ては、その一言で粉砕された。

 「君がそんな事になって、誰が喜ぶの!?誰が褒めてくれると思うの!?君の母親!?友達!?学校の先生達!?違うね!!皆、皆泣くだけ!!そう!!君の言った通りだよ!!命の重さは、同じなんだから!!」

 「……っ!!」

 「そして、誰よりも――」

 言葉に詰まる僕の耳で、モモの声が彼女の声と重なった。

 「――君の勝手な思いで、たった一人生かされる、あの娘はどうなるの?」

 「う……」

 返す言葉は、ない。術なく、黙りこくる。そんな僕に、モモは最後の言葉を投げかけた。

 「……君の考えは、望んだ命が叶わなかった人達と、それを譲り受けた人達に対する冒涜。そんな軽い魂なんて、あたしはいらない。天上になんか、導かない。勝手に、彷徨えばいい」

 そして、モモは濡れていた眼差しをグイッと拭う。散った涙が、雨に混じって僕に降った。

 「あたしの言いたかった事は、それだけ。後は、勝手にして」

 クルリと踵を返すモモ。その背中を呆然と見つめる僕に、近寄ってきた黒猫が言う。

 「……お前、モモはな、殺し屋じゃないんだ!!勝手に人を殺したりしないし、魂を奪ったりもしない。いつも、泣きながら魂を送ってる。優しいからな。そこんとこ、よく覚えとけ!!」

 そう言い捨てて、去っていくモモの後ろを追っていく。やがて、彼女達の姿は雨幕の向こうに消えていった。

 「……私達も、行きましょうか」

 『そうだね。文伽』

 聞こえた声に視線を向けると、杖を持った郵便配達が去ろうとしている所だった。去り際に、彼女がチラリとこっちを見て言った。

 「……やっぱり、あなたにはまだ渡せないわね」

 意味の分からない言葉に混じって、杖が『やれやれ』とぼやくのが聞こえた。

 そして、彼女の姿も夜闇の中に消えていった。後に残されたのは、僕一人だけ。

 降りしきる雨。

 その中で、昏い宙を見上げる。月は見えないけれど、今は火照った身体に満ちる冷気が心地いい。

 身を雨に晒しながら、する事は一つ。

 考える事。

 今、起こった事を反芻する。

 何度も。

 何度も何度も何度も。

 そして、行き着いたのは一つの結論。

 ……ああ、そういう事か……。

 「ククッ……ハハハ……」

 笑いがこみ上げてきた。虚空に漏らす声。こんな喜びを感じたのは、いつぶりだろう。声を上げて笑おうとしたら、開けた大口に雨水が入った。

 「ゲホッゴホッゴホッ!!」

 思いっ切りむせて、地面を転がる。笑いながら、転げ回った。濁った雨水が、怯える様に宙に散った。

 

 

 その晩、遅くに泥まみれになって帰った僕は、母親にこっぴどく叱られた。

 雨は結局、その日も止む事はなかった。

 

 

                                     続く

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。