ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・⑳

 

【挿絵表示】

 

 

                  ―優闇―

 

 

 気が付けば、床に倒れたあたしを一人の少女が見下ろしていた。

 古風な郵便配達夫の格好。手に持った、長い杖。その姿に、あたしは見覚えがあった。

 「文伽……さん……?」

 『ああ、良かった。間に合ったよ。越権した甲斐があったね』

 あたしの呼びかけに答える様に、文伽さんの手の中の杖――マヤマ君が声を上げる。その横で、澄ました顔の文伽さんが言った。

 「緊急事態だったから、相応の手段を取らせてもらったわ。まだ予定でもないのに、勝手に死なないでくれる?あなたの父親に合わせる顔がなくなるでしょう?」

 相変わらずの、そっけない態度。でも、その言葉は何処か温かい。

 「ありがとう……。助けてくれたんだね」

 お礼を言うと、文伽さんはキュッと帽子を目深に被る。

 「お礼ならいいわ。必要な時に必要な事をしたまでよ。それよりも……」

 文伽さんが、病室の扉に目を向ける。

 「動けるかしら?急がないと、あの子が一線を超えてしまうわ」

 「!!、裕一!!」

 反射的に飛び起きようとしたあたしを、マヤマ君が慌てて制止する。

 『ああ、そんな急に動かないで!!また発作を起こしたらどうするのさ!?そう何度も越権行為は繰り返せないんだよ!!』

 「でも、裕一が……」

 「大丈夫よ。まだ、そんなに時間は経っていないわ」

 そう言いながら、あたしに向かって身を屈める文伽さん。

 「掴まりなさい。肩を貸すわ」

 「ありがとう……」

 あたしが細い肩に捕まると、文伽さんは少し力みながら立ち上がる。

 「あなたが気を失っていたのは、ほんの一瞬よ。まだ、大丈夫。それに、”あの娘”も向かってるわ」

 「あの娘……?」

 「モモよ」

 文伽さんの言葉に、ドキリと胸が鳴る。

 「モモが……?」

 「話は行きながらよ。時間がない事に、変わりはないのだから」

 言いながら扉を開けると、文伽さんはあたしを支えたままスルスルと走り始める。人一人支えているのに、その足取りには乱れがない。見かけによらず、結構力持ちなのかもしれない。そんな事を考えていると、文伽さんがギロリとこっちを見た。

 「言っておくけど、マヤマに手伝ってもらってるだけだから」

 ……読心術でも使えるのだろうか。無表情で言うから、結構怖い。

 「くだらない事考えていないで、戎崎裕一を思い止まらせる言葉でも考えていなさい」

 足音もなく走りながら、文伽さんは言う。

 確かに。あたしの不安は別にある。

 「あの……モモは、どうして……?」

 「……心配なのね。あの娘が、戎崎裕一を連れて行ってしまわないか」

 「………」

 黙って、頷く。そう。あたしは、それを恐れていた。モモは死神だ。死した魂を送るのが役目。その予定に、裕一は入っているのだろうか。

 「……大丈夫よ。戎崎裕一の死は、もっと先の話」

 「!!」

 その言葉に広がる、安堵の気持ち。でも、それを文伽さんの言葉が遮った。

 「……予定ではね」

 「……え……?」

 言葉の意が掴めない。何の事だろう。怪訝な顔をするあたしの顔をチラリと見て、文伽さんは続ける。

 「モモは先日、戎崎裕一に接触を図っているわ」

 「モモが、裕一に!?」

 この上なく真剣な顔で、文伽さんが頷く。

 「当然、彼の計画を思い止まらせるためだったけど、それが裏目に出た」

 「……どういう、事?」

 「戎崎裕一が、あの娘の優しさに気づいてしまったわ」

 「―――っ!!」

 一瞬、呼吸が止まった。

 「分かるでしょう?この意味が」

 「………」

 前を向いたまま、問う文伽さん。あたしは、無言で頷く。

 そう。モモは、優しい。この上なく。そして、裕一の想いを知っている。もし、止める事が叶わずに、裕一が”それ”を成してしまったら?引き返す事が出来ない所まで、行ってしまったら?その時、彼女はどんな選択をするのか。

 答えは、簡単だった。

 「……随分と、狡猾なのね。あなたの想い人は」

 文伽さんの言葉も、もう頭に入らない。

 これだ。これだったのだ。あたしの心に、引っかかっていたもの。そして、見落としていたもの。それは、

 

 ――死神(モモ)の、優しさ――

 

 音もなく、疾走する文伽さん。

 薄暗い、病院の廊下。そこに、彼の姿はもう見えない。

 お願い。モモ。どうか、どうか……。

 祈りの言葉は、強まる雨音に削られ消える。

 雨の降りしきる、暗い夜空。

 月は、見えない。

 まだ、見えない……。

 

 

                                     続く

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