ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・㉖

 

【挿絵表示】

 

 

                  ―白と朱暮れ―

 

 

 「それじゃ先輩、お大事に」

 「また、来ますね」

 「うん。ありがとう」

 病室のドアを開けながら、そう言って手を振る吉崎さんと綾子ちゃん。彼女達に向かって、あたしもそう言って手を振る。

 パタン

 軽い音を立てて、ドアが閉まる。

 シン……

 病室に戻ってくる静寂。さっきまで皆がいた分、尚更静けさが際立つ。裕一は、まだ戻ってこない。話し込むあたし達に気を使って、出て行ったままだ。もう、いいのに。全く、気が効く様で効かないんだから。まあ、待つしかないか。ホッと息をついて、ベッドに身を委ねる。窓から差し込む夕日が、部屋の中を(あけ)色に染める。ああ、綺麗だな。普通に、そう思う。あたしが倒れた日からずっと、シトシトと雨が降っていた。だから、こんなに綺麗な夕日は本当に久しぶりだ。綺麗だな。世界って、本当に綺麗だ。何故か、ジワリと視界が潤む。おかしいな。光が眩しくて、目にしみたのかな。ゴシゴシと、目を擦る。と、

 ――リン――

 響く鈴の音。

 「ホントに。綺麗だね」

 幼いけれど大人びた、そんな声が聞こえた。

 目を擦っていた腕を離す。涙と朱色に滲んだ視界の中で、真っ白い髪が舞った。

 「ああ、来たんだね」

 「うん。最後に、もう一度お話しようかなって思って」

 あたしの言葉に、窓の縁に腰掛けた少女。純白の死神――モモは優しく微笑んでそう言った。

 

 

 「最後?」

 「そう。最後」

 あたしの疑問形に、モモが頷く。

 「ここでやる事は、全部終わったから。今度は、本職に戻らなくちゃ」

 ――本職――

 その言葉を口にした時の、少し悲しそうな響きが気になった。モモ(彼女)は死神だ。その本職と言ったら……。容易に想像がついた。

 「相変わらず、優しいんだね」

 あたしがそう言うと、モモは小さく(かぶり)を振る。

 「優しくなんかないよ。幾度もこの手で命を刈ってきた」

 「でも、それは可哀想な魂達を、次に送ってあげるためだよね」

 「!」

 そんなあたしの言葉に、モモは少しはにかんで俯く。

 「そうだよ、モモ。モモは何も、傷つく必要なんてないんだよ」

 そんな言葉といっしょに、モモの足元にチョコンと座っていたダニエル君が、ピョンと彼女の膝に飛び乗った。

 「お前、いい事言うな。少し、見直してやる」

 モモの顔を尻尾で優しく撫でながら、ダニエル君があたしに向かって言い放つ。何だか、偉そうだ。ちょっと癪に障ったので、ちょっと刺を刺しておく事にする。

 「いえいえ。どういたしまして。()()()()()

 ズコッ

 あ、ズッコケた。そのまま、コロコロとモモの膝の上から落っこちる。

 「だからぁあああ!!ダンちゃんって呼ぶなぁあああああ!!」

 嘆きながら、床の上をネズミ花火みたいにコロコロコロコロ転げ回る。そんな彼を見て、あたしとモモは一緒に笑った。

 「辛くない?」

 あたしは問う。

 「いいんだ。これが、あたしだから」

 一拍の躊躇もなく、答えるモモ。その目は、憂えている様で、とても強い。そう。彼女はずっとこうしてきた。幾つも悲しい命を見守って。幾度も可哀想な魂を天に送って。それでも、その優しさを失くさずに。生命(いのち)の守護者であり続けた。今までも。そして、これからも。

 「そうだね。それがモモ(あなた)だもんね」

 「そう。それがあたし」

 交わす言葉が、優しく絡む。

 まるで旧知の友と話す様な、心穏やかな会話。いや。実際、そうなのかもしれない。この身体に生まれて。短い時を限られて。その時から、彼女はあたしを見ていたのかもしれない。時には泣いて。時には笑って。一緒に。共に。寄り添っていてくれたのかもしれない。少し、その事を訊いてみようかとも思った。けど、少し迷ってやっぱりやめた。その行為は、きっと禁忌。モモ(彼女)はきっと、自分()が誰かの傍にある事を望みはしない。

 そうそう。言い忘れては、いけない事がある。

 「そう言えば、ありがとうね」

 「?」

 小首を傾げるモモ。そんな彼女に向かって、あたしは言う。

 「裕一の事。あの馬鹿、止めてくれてありがとう」

 「ああ、それなら筋が違うよ」

 そう言って、モモはあたしを見つめる。

 「あの子を止めたのは、あなたの言葉。あたし達の声じゃあ、あの子には届かなかった」

 「でも……」

 「それでも、感謝してくれるって言うのなら、また一つだけお願いを聞いてくれるかな?」

 「お願い?何?」

 今度は、あたしが首を傾げる番。そんなあたしに、モモはクスリと笑む。

 「大した事じゃないよ。ただ、覚えていて欲しいだけ」

 「?」

 「覚えていて。あなたの生命(いのち)は、与えられるだけじゃない」

 「!!」

 心臓が、ドキリとした。驚くあたしの心を見通す様に、モモが見つめる。

 「今度の事で分かった筈。あなたがいる事、生きる事が、誰かの生きる意味になっている事が」

 紡ぐ声音は、とても優しい。まるで、子供と話す母親の様に。

 「あなたの命は、与えられるだけじゃない。与える事も、出来るの」

 差し込む朱陽(あけび)を受けながら語る、純白の少女。その姿は、聖画に描かれた聖母の様に美しい。

 「だから、忘れないで。諦めないで。どんな時でも、生きる事を」

 「……うん」

 モモの願いを心に刻みつけながら、あたしは頷く。

 「そうすれば、いつか……」

 そして、彼女は最後に言った。

 「あなたと彼の想いと願いは、継がれるから……」

 一瞬、言葉の意味が分からなかった。継がれる?あたしと、裕一の想いが?やがて、その意味がゆっくりと頭に回って……。

 ボッ

 一気に、顔に熱が上がった。

 「え……?あ、それって……!?!?」

 考えた事もなかった。そんな事が。このあたしに、そんな”未来”があるなんて。

 「待って!?そんな事、だって、あたしは……」

 狼狽するあたしに、モモは微笑む。

 「言ったでしょ?一生懸命に生き抜けば、人は”遺す”事が出来るんだよ。この世界で一番、輝くものを」

 「あたしが……?裕一と……?」

 その時の感情を何て言うのか、あたしは知らない。無理に言葉にすれば、それは”喜び”なのだろう。でも、そんな言葉では表現しきれない。とても、とても、熱い想い。

 抑えきれない”それ”を抱きしめる様に、胸をかき抱くあたし。そんなあたしを見て、モモは本当に綺麗に、本当に優しく、微笑む。その足元では、転がるのをやめたダニエル君も、嬉しそうに笑ってた。

 

 

 「……さ、そろそろ行こうかな。ダニエル」

 そう言いながら、窓の縁から下りるモモ。ダニエル君がピョンと飛び上がって、彼女の腕の中に収まる。

 「……行っちゃうんだ」

 あたしの呟きに、頷くモモ。

 「いいんだよ。それで。死神なんて、傍にいていいものじゃない」

 そう言う彼女は、少し自嘲気味に笑う。

 「………」

 「………」

 返す言葉が思いつかない。しばし見つめ合った後、モモが囁く様に言った。

 「それじゃ。身体には、気をつけてね」

 紡がれるのは、最後まで優しい別れの言の葉。

 その顔が何だか悲しく見えて、だから、あたしはこう言った。

 「うん。()()()

 モモが、キョトンとした。

 「変な事言っちゃダメだよ。死神に「またね」なんて、縁起でもない」

 「でも、また会うよね」

 「!!」

 モモが、ちょっと眉をつり上げる。

 「あのね……」

 「分かってるよ、あたしは、生きる」

 言われる前に、言ってやった。

 「一生懸命生きるから、やりたい事、いっぱいやるから、それが終わったら、全部終わったら……」

 モモが、呆気に取られる気配が伝わる。あたしは一気に言い切った。

 「その時は、モモ(あなた)が迎えに来て」

 「………」

 「………」

 また、しばしの間。そして、

 「アハ……」

 華の様に綻ぶ、モモの顔。

 「アハハハハハハハハ」

 たまらないと言った様子で、笑い出す。ダニエル君が、「うわぁ、モモが壊れた!!」とか言って騒ぐけど、構わずに笑い続ける。

 ひとしきり笑うと、目尻の涙を拭いながらモモは言う。

 「そうだね。”いつかは”だね」

 あたしも、笑いながら言う。

 「そう。いつかは」

 「分かった。その時はきっと」

 近づいてくる、モモ。彼女に向かって、あたしは小指を差し出す。モモも手を上げて、小指を差し出す。

 「約束だよ」

 「うん。約束」

 そして、あたし達は小指を絡める。

 「「――指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます――」」

 見つめ合い、そして――

 「「指切った」」

 「アハハ」

 「ウフフ」

 友達の様に、笑い合う。いや、きっともう……

 「じゃあ、またね」

 「うん。いつか、また」

 「元気でな」

 笑顔と一緒に、交わし合う言葉。離れる小指。景色の向こうに沈む夕焼けが、一際眩い斜光を放つ。温かい朱陽(あけび)の中で、真っ白い姿が揺れて――

 ――リン――

 最後に、鈴の音一つ。

 そこにはもう、誰もいない。開け放った窓際で、白いカーテンが名残の様に揺れるだけ。

 確かな感触の残る小指を抱いて、あたしはしばし目を瞑る。

 閉ざした視界の遠くで、近づいてくる足音が聞こえた。ああ、彼が帰ってくる。随分と、待たせてくれた。さて、どうしてくれよう。あたしはグイッと目を拭い、病室のドアへと向き直った。

 

 

                                     続く

 

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