ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


―皐月雨ー・(最終話)

 

【挿絵表示】

 

 

                  ―月の窓―

 

 

 病室のドアを開くのを見計らって、あたしは「遅い!!」と声を上げた。入ってきた裕一が、「うひぃ!!」と情けない声を上げて竦み上がる。いつかみたいに、ミカンでも投げつけてやろうかと思ったけれど、生憎手元になかった。

 「もう、こんなに待たせて。何してたのよ?日が暮れちゃうじゃない!!」

 プリプリしながら問い詰めると、裕一は情けない顔で弁解を始めた。

 「いや、それはさ……」

 裕一の話を聞くうちに、あたしからは急速に険が抜けていった。

 そうか。”彼女達”も行ってしまったのか。彼女達にも、お礼の一つ、別れの一つくらい届けたかったのだけれど。最後まで、素っ気ない(ひと)だったな。あの澄ました顔を思い描くと、少しだけ胸が痛んだ。すると、そんなあたしの様子に気づいたのか、裕一が心配そうな様子で覗き込んできた。

 「何だよ?もしかして、そっちもなんかあったのか?」

 彼の問いに、あたしは無言で頷いた。

 

 

 「そうか。あいつらも行ったのか……」

 里香の話を聞いた僕は、そう独りごちて里香の隣に腰を下ろした。ベッドのスプリングがギシリと鳴って、僕らの身体がユラリと揺れる。その拍子に、里香の身体が僕の肩にぶつかる。すぐに体勢を戻すかと思いきや、里香はそのまま僕に身を預けてきた。危うく倒れ込みそうになって、僕は慌てて彼女の身体を支える。

 「もう、あぶないな。しっかりしてよ」

 そんな事を言いながら、里香はその身を離さない。密着する身体。その体温に、鼓動が高鳴る。僕もそうっと右手を上げると、里香の肩に手を回した。抱きしめた細い肩の感触を、僕はとても懐かしく感じていた。

 「ねえ、裕一……」

 里香が囁く様に言った。

 「ん?」

 「夢、みたいだったね」

 言わんとしている事は、すぐに分かった。だから、僕も頷く。

 「ああ、そうだな……」

 この数週間に起こった出来事。僕自身が思い起こしても、まるで現実感がない。里香を襲った突然襲った災厄と、それに呼び込まれる様に現れた、奇跡の体現者達。全然らしくない白い死神と、死者の想いを運ぶ、澄まし顔の郵便配達。まんま、荒唐無稽な夢物語だ。他人に話したら、間違いなく一笑に付されるか頭の中身を疑われるかだろう。それでも、僕達には間違いなく彼女達が残した証が刻まれている。

 「……優しい、人達だったよね」

 「そうかぁ?」

 里香の言葉に、僕は首を傾げる。

 「オレ、結構酷い目に合わされたんだけどなぁ……」

 「何言ってるの」

 そんな言葉と一緒に、里香がペシッと僕の左肩を叩いた。途端――

 「イッテ!!」

 裏返った声を上げて、身を強ばらせる僕。全く、と言った調子で里香が言う。

 「それは、馬鹿な事考えたお仕置きでしょう?あの人達は悪くないわよ」

 「そ、そりゃそうだけどさぁ……」

 声を詰まらせながら、僕は涙目で呻いた。

 そう。僕達には、残されている。

 里香の手の中には、郵便配達から託された今は亡き父親からの手紙が。僕の肩には、死神に打たれたキツイ叱咤の跡が。それらが、彼女達の事が決して夢幻(ゆめまぼろし)じゃなかった事を如実に教えてくれている。

 「……ねえ?裕一……」

 「ん?」

 ズキズキ痛む肩をさする僕に、里香が不安そうに訊いてくる。

 「まだ、思ってる……?」

 「何を?」

 「自分の心臓、あたしに移植したいって……?」

 「!」

 一瞬、言葉に詰まる。そんな僕を、里香が真っ直ぐに見つめる。

 少しの間。肩の跡が、ズキンと疼く。

 「……思ってねぇよ」

 その疼きに後押しされる様に、僕は答えた。

 「本当に……?」

 「当たり前だろ」

 里香の頭に頬を寄せながら、僕は言う。

 「まだそんな事言ってたら、今度は頭を胴体にめり込まされるって」

 それを聞いた里香は、ちょっとポカンとして、そして吹き出した。

 「あはは、モモはそんな事しないよ」

 「いや、怒ると結構怖いぞ。あいつ」

 「あたしは、文伽さんの方が怖いと思うな」

 「ああ、そうだな。何か、この病院半分吹っ飛ばすとか言ってたし」

 「ええ!!嘘でしょう!?」

 「いや、あれは本気の目だったぞ」

 「うわぁ、裕一、何したの?」

 「違うって。やったのはオレじゃねえよ」

 好き勝手な事を言いながら、じゃれあう僕達。こんなやりとりも、本当に久しぶりだ。心に溜まった澱を削ぎ落とす様に、僕と里香はきゃらきゃらと睦み合う。と、里香が思いついた様に言ってきた。

 「そう言えば、裕一も文伽さんから手紙、もらったんでしょう?見せてよ?」

 「ああ?破って捨てちまった。あんなもん」

 「ええ?酷い」

 「いいんだよ」

 あんな父親の宣う事なんて、他人に晒すもんじゃない。僕一人の内にしまっておけばいいのだ。僕は、そう心に決めていた。

 「何か、まずい事でも書いてあったんでしょう?」

 「そんなんじゃないって」

 「本当かなぁ?」

 意地悪く笑う里香。追求の手を緩める様子はない。という訳で、話を逸らす事にする。

 「そういうお前こそ、最後にモモ(あいつ)と何話したんだよ?」

 「ん?別に」

 すっとぼける里香。だけど、今度は僕の番だ。

 「本当か?一緒になって、オレの悪口言ってたんじゃないだろうな?」

 「何言ってるの?裕一の事なんて……」

 そこまで言った里香が、急に口を噤んだ。ん?何かおかしいぞ。僕の服をギュッと掴んで俯いている。その顔が、真っ赤になっている。何だ何だ?何事だ?

 「おい、どうしたんだよ?」

 「……あの……そのね、裕一……」

 朱に染まった顔で、何やらモゴモゴしている。何か言いたいらしいけど、踏ん切りがつかないらしい。里香にしては、非常に珍しい事だ。しばらくムニャムニャして、結局黙り込んでしまう。その様子が、何だか見てて気恥ずかしくて、僕も黙り込んでしまう。下りる沈黙。間がキツイ。さあ、どうしようかと思ったその時、

 サア……

 病室が、淡い光に満たされた。

 二人そろって、顔を上げる。

 さっきまで夕暮れだった空が、いつの間にか星の散る夜天へと変わっていた。明かりを点け忘れていた病室。薄闇の降りた窓の外には大きな半月が浮かび、蒼い光を煌々と降らしていた。

 儚く、優しい夜の光。その光の中で、気まずかった沈黙が溶けていく。誘われる様に、僕達はもう一度その身を寄せた。

 「あのね、裕一」

 僕の肩に頬を預けながら、里香が言った。そこにはもう、羞恥も躊躇もなかった。

 「ん?」

 答える僕。里香は、続ける。

 「モモが、言ったの」

 白く優しいその顔が、脳裏を過る。

 「人は、遺せるんだって」

 「?、何を?」

 小首を傾げると、その反応を察していたかの様に、里香は微笑む。続く、言の葉。

 「人はね、一生懸命生き抜くと、遺せるんだって。その想いを次ぐ、何かを」

 まだ、意味がよく分からない。頭を捻る僕を見上げながら、里香はゆっくりと言葉を紡いでいく。

 「あたしもね、遺したい。」

 話す言葉は、やっぱり何処か照れている。でも、止まる事はない。

 「ママの為に。おばさんの為に。そして、裕一の為に」

 何だろう。里香は、何を言おうとしているのだろう。

 「だからね、あたしは生きる」

 トクン

 鼓動が、高鳴った。

 「一生懸命に生きて、生き抜いて、そして、遺すの」

 見上げる里香の目が、強く燃える。その決意を、示す様に。

 「裕一と、一緒に」

 トクン

 心臓が、鳴る。

 分かった様な気がした。里香の言おうとしている事が。彼女の、想いが。

 「里香……」

 呟く僕に、里香は言う。

 「だから、裕一も生きて」

 願望じゃない。懇願でもない。それは、命令。拒否も反発も許さない、絶対の命令。

 「あたしも、頑張るから。一生懸命、生きるから、裕一も、生きて。一生懸命に」

 里香の手が、僕の手を握る。だから僕も、握り返す。

 「そして、遺せるまで。大切なものを、遺せるまで」

 紡ぐ最後の言葉は、とても、とても、力強かった。

 「一緒に、生きよう」

 ああ、そうさ。もう、迷わない。怯えない。逃げたり、しない。僕も、生きるんだ。この娘と。里香と、一緒に。この世界に、僕達がいた証を。遺すべきものを遺す、その日まで。

 僕がしっかりと頷くと、里香は笑った。綺麗に。嬉しそうに。最高の笑顔で。

 

 

 ドアの向こうから、車輪を転がす音が聞こえてくる。きっと、夕食の配膳車だ。この月明かりの結界が壊れるまで、もうほんの少し。

 なら、そのうちに。

 里香が、目を閉じる。そんな彼女に向かって、僕はゆっくりと顔を近づける。

 

 ――重なる間は、ほんの一時。だけどそれは、永久の時間――

 

 星々が瞬く夜空。煌々と輝く半月が僕達を優しく照らしていた。

 

 

                  ―エピローグ―

 

 

 星が降る夜だった。

 キラキラと、星が降る夜だった。

 無粋なネオンに、霞むでもなく。

 明る過ぎる外灯に、溶けるでもなく。

 キラキラと。

 ただ、キラキラと星が降る夜だった。

 

 月が綺麗な夜だった。

 煌々と、半月の浮かぶ夜だった。

 カンカンと、夜闇を散らすでもなく。

 暗々と、雲に沈むでもなく。

 煌々と。

 ただ、煌々と月輝く夜だった。

 

 

 そんな、星降るの夜の中。少女が一人、歩いていた。

 随分と、風変わりな少女だった。

 黒目がちな大きな瞳に、薄く紅い唇、肌の色は透き通りそうな粉雪色。

 丸みを帯びながらも通った顎。その先へと伸びる髪もまた、雪の様に白い。

 夜闇に浮かび上がるのは、薄手の白いワンピース。そして、白一色の姿の中でただ一点。強く目に映えるのは真っ赤なシューズ。

 けれど、彼女を最も奇異しからしめているのは姿ではない。彼女を見る上で、最も異端たるもの。それは、華奢な右手に握られた存在。彼女の背丈の倍はありそうな長い棒。先端には、鈍色に光る大きな逆L字型の物体。

 ――鎌――

 少女が携えるもの。それは、大きな首狩り鎌。見た目に重そうなそれを肩に担ぎ、少女はトコトコと星の輝る夜道を歩く。

 と、そんな少女の足元に、付き従う様に歩く小さな影がもう一つ。

 リン

 その影が動くたび、澄んだ鈴音が響く。

 影の正体は、一匹の黒猫。そこだけが白い尻尾の先端を天上に向け、テトテトと少女の後をついていく。夜空に浮かぶ月の様な金色の目の下には、真っ赤な首輪。それについた大げさな程に大きな鈴が、小さな身体が揺れる度にリンリンと鳴いた。

 トコトコ テトテト リンリンリン

 星明かりの中を、少女と黒猫は歩いていく。

 と、

 「クシュン」

 小さなくしゃみと一緒に、雪色をした髪がサラリと揺れる。

 「……風邪ひいたかな?」

 ムズムズする小さな鼻を擦りながら、白い死神――モモはそんな事を呟く。

 「まさか。死神が風邪なんてひく訳ないじゃん」

 モモの足元を歩いていた黒猫――ダニエルが、呆れた様にそんな事を言う。

 「じゃあ、誰か噂してるのかな?」

 「かもね。心当たりもあるし」

 「ああ、あの子達?」

 「そう。あいつら」

 「どんな噂だと思う?」

 「さあ?結構な事、言われてたりして。脅したり、痛い目見せたりしたから」

 「あはは。酷いなぁ」

 「ははは。ボクも、そう思う」

 トコトコ テトテト リンリンリン

 キラキラと降る星の中。モモとダニエルは、笑い合いながら歩いていく。

 そのまま、明るく灯る外灯の下に差し掛かかる。と、二人(性格には一人と一匹)の足が止まる。

 一拍の間。そして――

 「う~ん。やっぱりこうなるか」

 ダニエルが、悩ましそうな顔をしてそう言った。

 

 

 そんな、月明るい夜の中。少女が一人、歩いていた。

 随分と、風変わりな少女だった。

 端正な顔立ちに、静かに澄み渡る夜空の様な眼差し。

 丸みを帯びながらも通った顎。その先へと伸びる髪もまた、雪の様に白い。肩口まで伸ばした髪の色は白銀。それを、頭の後ろでリボンで包む様に纏めている。

 けれど、彼女を強く印象付けるのはその顔だけではない。何より奇妙なのは、その格好。

 がま口の鞄を肩から下げ、頭には少し大きめなケピと呼ばれる頭頂部が平らな鍔付きの帽子を被っている。その姿は、まるで昔の映画に出てくるレトロな郵便配達夫を思わせる。

 けれど、彼女を最も奇異しからしめているのは姿ではない。彼女を見る上で、最も異端たるもの。それは、華奢な右手に握られた存在。彼女の背丈よりもさらに長い棒。その先端近くには、時計の役目を果たすのであろう、アナログの文字盤が嵌め込まれている。

 少女が携えるもの。それは、長大な杖。見た目に重そうなそれを肩に担ぎ、少女はスタスタとそそぐ月明かりの中を歩く。

 スタスタ スタスタ

 満ちる月明かりを浴びながら、少女は歩いていく。

 と、

 「クシュン」

 小さなくしゃみと一緒に、頭に被ったケピがズルッとズレる。

 「……風邪でも引いたかしら?」

 ムズムズする小さな鼻を擦りながら、郵便配達夫――文伽はそんな事を呟く。

 『まさか。文伽が風邪なんてひく筈ないよ』

 文伽の手に持たれていた杖――マヤマが、呆れた様にそんな事を言う。

 「じゃあ、誰か噂でもしてるのかしら?」

 『だろうね。心当たりもあるし』

 「ああ、あの子達?」

 「そう。あの子達」

 「どんな噂かしら?」

 「さあ?結構な事、言われてるんじゃない?特に“彼”の方は吹っ飛ばしたり、脅しつけたり、それなりの事したし」

 「必要だから、しただけよ」

 『そう?些か私怨が混じってる様な気もしたけど』

 「マヤマ、ちょっと地面を削って歩いてみる?」

 スタスタ スタスタ

 煌々とそそぐ月の中。そんな事を言いながら、文伽はマヤマを肩に揺らし歩いていく。

 そのまま、明るく灯る外灯の下に差し掛かかる。と、その足が止まる。

 一拍の間。そして――

 『う~ん。やっぱり、こうなるんだね』

 杖が、酷く悩ましそうな声で唸った。

 

 

 キラキラと、星の降る夜の下。煌々と、そそぐ月の薄明かり。その中で、二人の少女は向かい合う。

 「大変だったわね。モモ」

 「そっちこそ。ご苦労様、文伽さん」

 文伽が澄ました顔でそう言うと、モモもニコリと微笑んで、言葉を返す。

 「本当。手のかかる仕事だったわ」

 「でも、最悪の事態は避けられた。文伽さんのお陰だよ。ありがとう。」

 「礼を言われる筋じゃないわ。必要な事をやっただけ」

 「でも、ありがとう」

 屈託のない顔でそう言われ、文伽はケピをキュッと目深に被る。被りながら、モモに問う。

 「で、これからどうするの?」

 「仕事。今度こそ、本業が待ってる」

 「そう。ご苦労様」

 「うん。文伽さんも?」

 「ええ。でないと、スケジュールスケジュールって、マヤマがうるさいから」

 『ちょっと!!何さ、その言い方!!』

 会話に割り込む、マヤマの声。

 『大体、僕がこんなに苦労してるのは何の為だと思ってるのさ!!いっつもいっつも、文伽が我侭ばっかり言うからじゃないか!!それなのに……フギャッ!?』

 頭をどっかと地面に打ち込まれたマヤマが、悲鳴を上げる。

 キュウ……と呻きを上げるマヤマ。そんな彼を見て、ダニエルが言う。

 「……大変だな。お前も……」

 『……分かってくれる……?』

 いつしか、妙な友情の生まれている一匹と一本だったりするのだった。

 

 

 「さて、そろそろ行かなくちゃね。ほら、マヤマ。いい加減泣き止みなさい」

 シクシクとすすり泣いているマヤマの文字盤をコンコンと啄きながら、文伽が言う。

 「そうだね。ダニエル、あたし達も行くよ」

 「はいよ。モモ」

 モモの言葉に、ダニエルも頷く。

 「それじゃ。またいつか」

 「うん。またいつか」

 ごきげんよう。

 さようなら。

 二人の少女はお互いに別れを告げて、それぞれの道へと歩み出す。

 離れてゆく、二人の少女。

 そんな二人の行く道を、降り注ぐ夜の光が照らし出す。

 煌々と光降る、綺麗な半月の浮かぶ夜だった。

 

 

                                    終わり

 




どうも。土斑猫です。

クロスオーバー二次創作、「―皐月雨―」これにて終幕となります。

「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド。」・「シゴフミ」。どれも、ライトノベル黎明期を支えた名作です。

本家には及ぶべくもありませんが、ご覧になった方が少しでも懐かしい思いにひたれたのであれば幸いです。

それでは、次の作品でまた。
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